東洋租界奇譚 ―The Strange Episode of Oriental Concession― 作:soliquid
懐かしい顔との再会、そして新たな仲間との生活。圧倒的地味な筆力でお送りします!
前話では乙女汁ブシャアなヒロインでしたが、今回は可愛く描けるといいなぁと思います。
無茶な。
それではどうぞ。
『カァン、カァン、カァン……!』
夜営番の訓練兵が起床の鐘を鳴らす。
訓練兵団の朝は早い。各人、寝床を整え、着替える。顔を洗い、用便等を済ませる。少年達はカミソリで髭を剃り、少女達は櫛で髪をとく。その間――十分。
「――はょ……」
「うーす」
寝起きの顔ながら、ぞろぞろと少年少女達が朝の「持ち場」へ向かう。清掃や点検、食事準備等々、割り当てられた当番を行うためだ。新入りは、主に二年目の訓練兵の元で、このような兵団の生活周りの雑用を覚える。三年目の訓練兵も指導や管理を行うこともあるが、専ら訓練に明け暮れているため、積極的に指導することは少ない。
「――よい、しょ……と」
訓練兵の一人、クリスタ・レンズは調理場に居た。スープの具材になる根菜類を切るように指示を出され、決められた大きさに切り、鍋に放り込む。頭に頭巾を巻き、前掛け(エプロン)をする姿は、「聖母」と呼ぶに差し支えない。
「――あ、スバル、ニンジン終わったよ。次は――」
「はい、ジャガイモね」
そして、隣にはスバルが並び、クリスタ同様、野菜を切り分けている。艶のある黒髪を白い頭巾で覆い、エプロンを締めている。クリスタが「聖母」であるならば、スバルはさしずめ「天女」とでも形容できようか。この二人の調理当番の期間は、いつもより訓練兵がてきぱきと朝仕事をする。少しでも見たいのだろう。
「――お~お~、同期の綺麗どころが揃って!絵になるねぇ!」
「ユミル!遅かったじゃないの」
「――悪い悪い、と、ほれ」
ユミルが、鶏舎から採ってきた卵を調理台に置く。このご時世では豆と並び、卵は貴重なタンパク源だ。スバルは手際よく卵を器に割り溶き、ひと煮立ちさせたスープにサッと流す。
「――上出来だね」
――スバルは、クリスタ、ユミルと行動を共にすることが多かった。ユミルとはどこかで会えるかもしれないと思ってはいたが、まさかヒストリアとこんな場所で再開するとは思いも寄らなかった。
『私――名前を変えたの。だから、昔の名前では呼ばないで……』
再会して間もなく、ヒストリアからそんなことを密かに告げられた。爵位剥奪の噂は昔に聞いていたし、此処へ至るまでの経緯も充分察することができた。スバルはそれ以上詮索しなかったし、むしろ、彼女と再開できたことの喜びの方が大きかった。
ユミルは折に触れクリスタに難癖を付けるが、その割に大概一緒に居る。そこにサシャ・ブラウス、ミーナ・カロライナ等を加え、いわゆる「仲良しグループ」を形成しつつあった。
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「――鉄柵16、ロープ5」
「――あいよ、鉄柵16、ロープ5ぉ……」
「――模造刀3ダース、疑似銃剣1ダース」
「模造刀……えと、3ダース、疑似銃剣、1ダース、ふあぁ……」
兵倉で、物品の確認が行われる。二年目の訓練兵に倣い、新兵達が点呼と帳簿付けをする。そして、本日の訓練で使用する兵具や物品を運動場や訓練場へ持ち運ぶ。訓練兵一年目のナック・ティアスとミリウス・ゼルムスキーもその中に居た。
「――おい、ナック、まだ寝ぼけてんのか?」
「悪ぃ、エレンの寝言が五月蠅ェんだ……」
「あ~……そいつはご愁傷様だったな」
軽口を叩きながらも、黙々と点呼と帳簿付けを行う。いつもの朝の光景だ。
「――で、その駆逐マニアは、今日は当番無しじゃなかったか?」
「あぁ、だからいつもの様に、運動場に出てっちまったよ。走り込みだとさ」
「は――まったくよくやるよ」
模造刀と疑似銃剣に破損が無いことを確かめながら、二人は世間話をする。二年目の訓練兵もあまり厳しく言わないところを見ると、「せいぜいこの時間に息抜きをしておけ」、ということなのだろう。
「ってことは、アイツも一緒か?あの――租界の大人しいヤツ」
「あ、カムイ、ペシュカ――だっけか、いや、あいつは昨日の夜から夜営当番のはずだ」
「ふーん」
しっかり者のミリウスと、ややマイペースなナックも、いつもの様に物品管理を終えた。この後、彼らも食堂に向かい朝食を摂るのだろう。
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同じ頃――
「ハッ、ハッ、ハッ……」
エレン・イェーガーは運動場を走っていた。元々、身体を鍛えることは嫌いではない。そして彼には「巨人を駆逐する」という命に代えても遂げたい目的がある。しかし――
しかし、今の彼を突き動かしている感情は、少し異なる。
まだ訓練兵になり一ヶ月だが、エレンは訓練当初に、全員の前で大恥をかいたのだ。立体機動の適性試験で、あろうことか、無様にひっくり返り――嘲笑の的となった。
その後、器具の整備不備ということですぐに追試合格はしたものの、衆人環視の前で大恥をかいたことには変わりが無い。少年期特有の気恥ずかしさや悔しさ、ごちゃ混ぜになった感情を振り払うために、彼はとにかく身体を動かすことを選んだ。
しかし、いつもであれば、もう一人、黙々と鍛錬をしている訓練兵が居るはずだが――
『カムイは、今日は来てないのか――』
いつもであれば、カムイ・ペシュカは朝方からエレンと同じように運動場や鍛錬場に顔を出している。エレンのように激しく動くことはあまり無いが、軽い走り込みの後、傍目から見るとすり足でくねくねと歩くか、柔軟体操やストレッチばかりしており、奇妙ではあるが、見ないとそれはそれで落ち着かない朝の風物詩になっていた。――と、
「――エレン、おはよう」
後ろから声がする。
「よう、カムイ。今日はどうした?」
「夜営当番だったんだ。だから朝ご飯食べて――寝る。今日は上がりだよ」
「なんだ、そうだったのか、お疲れさん!」
エレンはそう言って、走り去っていく。カムイは食堂へ向かった。
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訓練兵達が食堂に集まる。今日一日のために、しっかりと食べるのも兵士の努めだ。
「――あ、カムイ、お疲れ様……ごはん用意できてるよ」
「――ありがとう、今日も旨そうだ」
「おーおー、長年連れ添った夫婦感出しちゃってさ」
「――私とエレンも、負けてない……ね?…………ね?」
「い、いいだろ!そういうのは!!」
「くすくす」
「――あれ、さっきの銃剣の剣先って今日要るっけ?」
「要らねぇよ、その訓練はまだまだ先だ――」
十代も前半から半ばの者が集まる食堂は、朝から賑やかである。配膳係の兵が器に主菜と副菜を盛りつける。別の者が汁椀にスープを注ぐ。献立は、さすがに内地に比べれば質素なものだが、温かく立ち上る湯気と少し焼いたパンの香ばしさが食欲をそそる。
「――心臓を捧げよ!」
「「「――はっ!」」」
一同が敬礼をし、朝食が始まる。朝食が始まると再び活気を帯びた喧噪になる。
「――ねぇクリスタ、後で一昨日の調査概論の講義記録、写させてよ。私、夜営当番だったんだ」
「あ、ミーナ一昨日だったんだ、うん、いいよ。じゃあお昼になったらね」
「お疲れ――カムイは今日は上がり?」
「うん、今日の座学の講義記録なんだけど――アルミン、いいかい?」
「もちろん」
「――ナック、塩取って」
「おう……あ、カラだわ」
「むしゃむしゃ、もぐもぐ……ぷっはァ!まうごつ、うまかぁ!(はっ……!つい地元の言葉が……!気をつけないとですね……)」
楽しい食事の時間も決して長くはない。食べ終えた訓練兵から、食器を水桶に入れ、それぞれの座学や訓練へ出かけていく。
「じゃあ俺はこれであがるよ。みんな、今日も頑張って」
カムイは皆にそう告げて、食堂を出る。
「さて――と」
一回大きく伸びをする。カムイは、彼の寝床がある兵舎と反対の方向へ歩いて行った。水桶に溜まった汁椀や食器を洗いながら、スバルは気取られないように、その姿を見送った。
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カムイは教官室へやって来た。朝食が終わり、座学や訓練が始まるこの時間帯、各教官も訓練兵同様、それぞれの持ち場へ就く。シガンシナ陥落以降、兵団は慢性的な財政難に陥っている。民衆の不満からくる人員削減の煽りもあり、訓練兵団にも十二分な人員を配備できなくなっていた。
そのため、朝のこの時間に限り、教官室は――無人になる。
スバルとカムイは、兵団に入ってからこの方、空き時間や休み時間、移動時間、消灯時間後――すなわち、訓練や座学以外のすべての時間を利用し、教官の行動、移動経路を追っていた。
ある教官の事務机の上から三番目の引き出しを開ける。今期の訓練兵団の概要書類が入っている。中央憲兵団や王政からの方針や指示、運営状況、訓練や座学の計画表、割り当てられた予算、人事――などが事細かに記されている。
『巡回の教官が帰ってくるまで、時間は10分てところ――か』
概要書類は機密に当たる。本来であれば、金庫や鍵付きの書類棚に入れておくのが常識だ。しかし、この事務机の所有者である教官――彼は、駐屯兵団からの左遷人事でこの訓練兵団に配備された。左遷されるくらいの人物だ。仕事ぶりは推して知るべし、旧態依然の平和ボケを引きずり、仕事ぶりが杜撰(ずさん)なのだ。
つぶさに観察を続けていたしていたスバルとカムイは、まず諜報の取っ掛かりとして、この教官を標的に選んだ。
「諜報活動」――これは租界からの指示ではない。スバル、カムイが自ら「諜報を行う」と大老――租界側に申し出たのだ。こんな時代だ。芸は身を助けるのは百も承知。術式と武芸だけでなく、諜報活動も磨き、彼らなりに未来を開こうとしているのかもしれない。
基本的なやり方は、憲兵団所属のカムイの父に習っている。カムイの父は、租界から兵団に送られたスパイ――間諜である。壁内に赴任しているため、いつでも会えるわけではないが、彼が休暇で租界に帰ってきたときを見計らい、時間こそ短いものの、基本的な手解きを受けてきた。
『今日は、人事の項目――』
カムイはジャケットの内ポケットから手帳を取り出し、さらさらと内容を写す。朝から堂々と機密を暴く――。よもや有るまいと思う状況こそ、虚を突く絶好の機会だ。
見つからないことが第一義ではあるが、万一見つかる、あるいは盗難、紛失した場合も、おそらくは大丈夫だろう。
二人は、故郷(ふるさと)の古代文字――「ニホンゴ」に翻訳してから転写しているのだから。よしんば見つかったところで、「暗号作成の練習です」とでも答えておけば無難だろう。
『今日は――ここまでだ』
自分で思うよりも早めに切り上げる。それが父から教わった鉄則だ。僅かな情報でも、持ち帰れば宝になり得る。しかし、明るみにでてしまえば水の泡なのだ。
「いいか、100の情報があったら、1ずつ取っていきなさい。決して少ないと思わないこと――分かるな?」
『――分かってるよ、父さん』
カムイは転写した手帳をジャケットに収め、何食わぬ顔で教官室を後にした。万一、教官や訓練兵に遭遇しても、「夜営明けで、鍵やら帳簿を返却しに来た」、とでも言えば、まず疑われることはない。そして、今日明日のうちに、スバルの手帳にも複写する。さらに、月に数度発生する休暇には、小まめに租界へ戻り、転記した手帳ごと記録を保管する。保管先は高千穂家の蔵であり、簡単な結界文を付与してある。スバルでなければ開けられないようになっている。念には念を入れる。既にこの「記録」は少しずつ溜まりつつあった。
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そして――東洋租界では。
「――どしたよ、富嶽(フガク)、流麗(ナガレ)、辛気臭ェ顔して……」
大老の家での一件以来、国定(クニサダ)は以前よりも高千穂夫妻と接するようになった。というよりも、昔に戻ったと言うべきか。
二十年ほど前――彼らは租界の「悪ガキ三人衆」として有名であったが、国定が租界から逐電(ちくでん)し、消息を絶ってしまった。数年前、ひょっこり帰ってきたと思ったら、かつてのように武芸に精を出さず、低俗な商売ばかりに手を染めるようになった。何が彼を変えてしまったのか――いち時期はやや疎遠になってしまったのだが――
国定は、今では当たり前のような顔をして――今夜も高千穂家に夕食を食べに来た。隣には――
「そうだよ、父様!母様!ため息なんてついちゃってさ、お師匠と同い年には見えないよ!」
スバルの弟、北斗(ホクト)が座って、頬を上気させながら夕食を食べている。ホクトは兄貴分であるカムイに憧れを抱いている。そのカムイに師匠が付き、本格的に武芸の稽古を始めた姿を何度も見て、居ても立ってもいられず、押しかけ弟子になったのだ。事実、国定はあの一件を期に、商売からは少し身を引き、町道場の席主も兼任している。
「――ま、お嬢なら心配要らねぇだろ、俺の一番弟子が付いてるし、気丈な娘じゃねェか」
煮付けと一緒に麦飯をほおばりながら、国定が話す。老酒(ラオチュウ)をこくりと口に含み、フガクも答える。
「――そうだな、だが、術の暴走があれほどまでとは――」
「えぇ――」
ナガレも懸念する。あの時、娘が初めて見せた狂気の顔。親としては常に身を案じるのは当然だろう。ましてや、兵団に所属する以上、「巨人」と闘う可能性だってあるのだ。少し表情が曇る。
「あ、そういやタルキスんトコにもこないだ顔出したわ。坊主に嬢ちゃん、ヤツから間諜の手解きを受けて、早速真似事始めたってよ」
ポンポンとホクトの頭を優しく撫で、国定は食事に戻った。
「まぁ、俺らやあの爺さん達が思ってる以上に、坊主と嬢ちゃんは成長してると思うがね――」
窓の外の月を眺め、国定は、高千穂夫妻と同じく、二人の身を案じた。
●あとがき
いよいよ訓練兵団での生活が始まります。それに伴い登場人物が増えます。そりゃそうか、前作「調査兵団亡霊部隊」では登場人物をかなり絞って書いていたのですが、今作では相対的に登場人物が多くなるので、兵団側/租界側ときちんと書き分けができるようにしたいです。漫画やアニメーションに出てくる登場人物の全員を深く描くことはしないと思いますが、やや群像劇風になりながらも、スバルとカムイの成長物語を少しずつ書いていきたいです。
な に げ な く 、 ナ ッ ク と ミ リ ウ ス も い る よ 。
原 作 キ ャ ラ だ よ 。
――さて、「タルキス」という人物が出てきます。本名「タルキス・ペシュカ」、カムイの父です。西アジア風の名前です。ちなみに母は「トマリ(泊毬)・ペシュカ」という設定です。北方系民族の末裔であるため、なんとなくアイヌ風の名前です。
●次回予告
厳しい訓練兵団での日々。
その中で、少年少女達はそれぞれ少しずつ成長していく。
そんな、スバルやカムイを取り囲む人々の、何気ない日常のひとコマを切り取ってみたい。
次回 「ミーナ・カロライナ(仮題)」