東洋租界奇譚 ―The Strange Episode of Oriental Concession―   作:soliquid

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訓練兵団での描写が続きます。

淡々と状況を書くだけでなく、心理描写とかも上手くなりたいですね。

少しずつリハビリも兼ねて、何本か本筋の進行には絡まない(あるいは絡みが少ない)閑話的なお話を描ければと思います。お風呂シーンもあるよ(錯乱)。

それでは、どうぞ。



ミーナ・カロライナ

847年度入団の104期訓練兵は二年目を迎えていた。教官の間では、少しずつ評価や序列が作られつつあった。

 

総合的な評価では、ミカサ・アッカーマンを筆頭に、ライナー・ブラウン、マルコ・ボット、ミリウス・ゼムルスキー、ベルトルト・フーバー、エレン・イェーガー等ら上位者に名を連ねている。

 

また、成績の上位下位に関わらず、一芸に秀でた者の評価も行っている。アニ・レオンハート、サシャ・ブラウス、コニー・スプリンガーをはじめ、クリスタ・レンズ、スバル・タカチホ、アルミン・アルレルト等の名が挙がっている。

 

来年度から本格的な実践形式の模擬戦や演習が始まる。それに向けた班割りを決定するため、教官は評価報告書を丁寧に作成する。そして、訓練兵団長であるキースは、座学や実習等、各担当教官から渡された膨大な資料を精査する。

 

――子供達の、ひいては人類の未来を担う作業だ。生半可に決めるわけにはいかない。日々の教練、各兵団への資料作成、責任者としての決裁、要人との会談……その間を縫って、一人一人、少しでも生き残るように、活躍できるように、適正や編成を考える。調査兵団の頃とは異なる疲れだ。せめて事務要員だけでもあと数名欲しいところだが、ただでさえ予算削減、緊縮が叫ばれる中、復興や防衛のための予算が優先されるため、訓練兵団には自由に裁量できるほどの予算が無い。

 

 

更に言うなら、訓練兵団長とは名ばかりの名誉職で、雀の涙ほどの役職手当が出る以外、旨味など無いのが現実だ。しかし、キースは馬車馬のように現場での指導に率先して奔走し、尚、このように時間を作っては細々した仕事も行う。その姿勢は、エルヴィン、リヴァイ等、調査兵団の後輩達にも引き継がれているし、また、駐屯兵団や憲兵団ですら、彼のことを尊敬、畏敬の念で見る者は少なくない。

 

 

――時刻はそろそろ午前零時に差し掛かる。キースは、この時間ならもういいだろう、と、酒瓶から琥珀色の蒸留酒をグラスに数センチ注ぎ、沸かした湯で希釈する。一日の終わりに少しだけアルコールを入れ、今日はこれで最後にしようと、次の訓練兵の資料を手に取った。

 

「――ミーナ・カロライナ、か」

 

基本項目から目を通す。

 

『「ミーナ・カロライナ」。ウォール・ローゼ領内の小さな街、ツォップ・シューンの出身。小さい頃から活発で、男の中でも元気に遊んでいた。気質は御転婆ではあるが、家族思いの長女。家には幼い妹弟が多い。そのため、自ら志願して兵団に入る。

 

開拓地では、同年齢の子供達の中でリーダーシップを取り、また、生来の明るさで彼女の担当した区域の子供は脱走もほとんど無く、作物の生産性も上々であったと聞く(憲兵団南東方面支部人事課:報)』

 

ここまでは何度か読んでいる。キースは思い出すようにざっと読んだ。ここからは比較的新しい評価報告だ。

 

『訓練兵一年目は、早々に広範かつ良好な人間関係を築いた。広く顔が利く。演習や座学での実績は上位者に劣るが、中程度以上は維持している。

 

演習中は(度が過ぎない程度の)冗談を言って場を和ますなど、周りの空気を察し、行動できる印象。殺伐とした空気を変え得る特性は士気の向上、維持に大いに期待できる。』

 

「ふむ――」

 

 

以下、座学や演習の評価項目に目を通しつつ、キースは実習での一件を思い出す。

 

 

「なんね!――あ、なんなんですか!あなたは!」

 

独特の訛りを正しながらも、サシャ・ブラウスがアニ・レオンハートに激昂している。

 

「――避けられないアンタが悪い」

 

一方のアニは対照的なもので、淡々と事実だけを述べている。

 

サシャとアニが接触事故を起こしそうになったのだ。

 

立体機動実習の初期の頃の話だ。まだ不慣れな者が多い中で、アニ含む数人は徐々に立体機動のコツをつかんでいた。しかし、サシャは生来独特の感性があるのか、動きにムラがある。そんな折、二人のワイヤーの軌道が重複し、あわや大惨事になるところであった。

 

表面的にはサシャの技量不足なのだが、厳密には――アニにも非がある。立体機動で移動するということは、チーム単位での行動が大前提なのだ。日が浅いとは言え、チームのメンバーに遅延や不具合が出れば、それ相応の陣形に立て直す必要がある。あのリヴァイでさえ、班単位、チーム単位での行動を基本軸とした戦闘の組み立てをしているのだ。

 

しかし、アニはお構いなしで当初の経路を選択した。これは技量云々の問題ではなく、作戦遂行上、大きな問題となる。

 

地上に降り、サシャとアニが対峙する。同班のメンバーや他の班の者まで周りに集まってきた。一触即発の雰囲気の中で、凛とした声が挙がった。

 

「――みんな!まだ作戦遂行中だよ!私たちなら大丈夫だから!持ち場に戻って!!」

 

 

ミーナの鶴の一声。興味本位で集まっていた面々は元の配置に戻り、そのまま実習を続けた。その後、ミーナは二人の前に来て、こう言った。

 

「今日帰ったら、二人ともご飯食べながら反省会ね!さ――行くよ!」

 

それから後、アニは最低限ではあるが、立体機動中は単独行動を控えるようになり、サシャは立体機動の技量が著しく向上した。その陰に、ミーナの努力や折衝があったことは、想像に難くない。

 

この演習を担当した教官からの私見は、こう締めくくられていた。

 

『技量や知識だけでは計れない付加価値を有する。戦闘時には班と班との連携、非戦闘時では調整、交渉など、大いに期待できる人材』、と。

 

 

キース自身もこの演習を担当した。よく覚えている。

 

なるほど――報告を読み進めながら、思わず笑みがこぼれていたことに気付く。きっと酒のせいもあるのだろうが、ミーナだけではない。決して優秀者では無いが――確実に育っている者も居るのだ。

 

「――今日はここまでにしておくか」

 

時計の針は既に午前零時を15分ほど過ぎていた。明日は幸い非番だ。部下の墓参りの行き帰りの馬車の中で、少しはゆっくりと調書が読めるな――などと思いつつ、キースは執務室を後にした。

 

---

 

訓練兵団の夜営当番は、一定の周期で回ってくる。駐屯兵団はもちろん、調査兵団や憲兵団であっても、夜通しで任務に当たることは少なくない。基本的な夜営の手順から始まり、連絡方法、夜間兵站など、夜間ならではの実習や演習が盛り込まれる。本日は駐屯兵団の指導のもと、夜間監視の実習を行っていた。

 

壁づたいに、灯した明かりを決まった間隔で点滅させ、信号の解読をするという実習だ。地味で単調な作業が続くため、集中力が削がれる。

 

カムイはミーナと同じ実習班になった。

 

「ねぇ、カムイ――」

 

「――ん?」

 

眠気覚ましだろうか、退屈しのぎだろうか、ミーナがカムイに話しかけた。実習中の私語はもちろん禁止されているが、先ほどから駐屯兵団の指導担当が席を外している。煙草でも一服しにいったか、用を足しに行ったか。

 

ミーナはカムイの横顔を、少し眺める。カムイは双眼鏡を見ており、気付かない。

 

よく見ると、あまり高くない鼻。でも、艶のある黒髪。ジャケットを上に羽織っていても、相当に鍛えてあるであろう広背筋が盛り上がっている。

 

 

「カムイは――さ、スバルと幼なじみなんだよね?」

 

「うん、そうだけど?」

 

「スバルって可愛いよね?女の私から見てもそう思うもん――あのね、訓練兵の男子の間では、クリスタと人気を二分してるんだって」

 

「――マジか、知らなかったよ。あ、点滅三、のち消灯」

 

「あ――はい、点滅三、のち消灯」

 

カムイは双眼鏡から目を離さずに、向こう側からの信号をチェックする。ミーナは点呼を繰り返し、帳簿に付ける。

 

「けっこうカムイのこと、妬いてる男子も多いんだよ?スバルを独り占めしやがって!――って」

 

笑いながらミーナが話す。事実、クリスタと同じくらいスバルは人気がある。人気というのは少し違うかもしれないが。クリスタが人目を引く美人であれば、スバルはひっそりと、しかし不思議な存在感がある美人なのだろう。しかも、公にはしていないものの、この二人は期間が幼少期の数年に限定されるが幼なじみだった。数年を経て再開した後も、やはり気が合うのか一緒に居ることが多い。それだけでも絵になるだろう。

 

「アイツ、けっこう猫かぶってるんじゃないかな?」

 

猫をかぶっているどころではない。カムイと分担して諜報活動をしているのだ。未だ露呈する気配も無いが、カムイは言葉を選んでミーナに返答する。疲れているとき、かつ、フッとリラックスしているときは特に、本音や秘密が出てしまうものだ。

 

確かに、スバル生来の御転婆姿はなりを潜めている。兵団では今のところ比較的お淑やかに過ごしているので、「猫をかぶっている」というのは妥当な表現だろう。本格的に格闘訓練が始まる下半期から、評価が変わるだろうなぁ、と内心苦笑する。

 

「ふぅん――あ、知ってる?ハンナとフランツのこと」

 

何故か今夜のミーナはよくしゃべる。顔が広く、明るくて屈託ないのは良いことだが、たまに羽目を外しすぎることがある。だが教官が帰ってきていないのは幸いだ。カムイは苦笑いしながら話を合わせる。

 

「――最近付き合い始めたんだろ?アイツら。フランツが舞い上がってるよ。ハンナもすごいって聞くぜ?」

 

 

訓練兵同士で恋仲になるのは、特に珍しいことでも無い。さすがに実習や訓練に支障が出るほどであれば注意や指導されるが、逆に交際が励みになる者も居る。ハンナとフランツは、少々いちゃつき過ぎの嫌いはあるが、交際を切っ掛けに、座学、実技共に伸びを見せている。少々……いちゃつき過ぎの嫌いはあるが。ライナーやジャンなどはよく物陰で「爆発すればいいのに」と呟いているとかいないとか。

 

「そうそう、毎日のろけ話に付き合わされる身にもなってよぉ……」

 

「――ははっ、ミーナは面倒見がいいもんな。気むずかしいミカサやアニだって、ミーナとはよくしゃべる」

 

『――!』

 

カムイは、こういうところが狡いと思う。見ていないようで、見ている。そしてさりげなくこういう言葉をひょいと口にする。気恥ずかしくなったミーナは、話題の矛先を少し逸らす。

 

 

「――あと、なんと言ってもエレンとミカサよね」

 

「あぁ、エレンはさほどでもないけど、ミカサが凄いよな……。あれも愛情の一つの形なんだろうけど」

 

「あはは、女子の間でも、エレンはけっこう人気あるんだけどねー、あれじゃ声かけるのもひと苦労だよ。あと――」

 

伏し目がちに視線を逸らす。ふぅ……と軽く吐息を零し、ミーナはこう言った。

 

 

 

「――カムイもね、かなり人気あるんだよ……?」

 

 

 

ランプだけが灯る薄暗い部屋。言ったミーナも言われたカムイも、少し落ち着かない雰囲気。カムイは、口の中が乾いていることに気付く。

 

「ぉ、俺が――?そんな――」

 

カムイが言いかけたとき、向こうの壁に短い点滅。

 

 

 

「あ――点滅二、のち消灯」

 

「……はい、点滅二、のち、消灯」

 

――点呼、そして転記。そう、今は夜営実習の最中なのだ。程なく上官が戻ってきた。

 

 

 

夜営明け、眠い目をこすってカムイが食堂へ向かう。ミーナも一緒だ。徹夜明けで少し疲れてはいるが、いつものように弾んだ調子の会話。

 

「――でさ、夜間実習や野営訓練なんかのときは、ずっとクリスタに講義記録写させてもらってるんだ。あとたまにユミルかな。あの子、口は悪いのに意外と字が綺麗なんだよね――カムイは?」

 

「ん、俺はアルミンやマルコかな。やっぱりアイツら凄いよ、教官の無駄話までメモしてあって――」

 

「はは、らしいよね」

 

食堂に入る。今日はクリスタやスバルが当番ではないようだ。食卓に着いている。

 

「――あ、カムイ、ミーナ、夜営お疲れ!」

 

スバルがにこりと笑いかける。整った顔。艶のある黒髪。それなのに、小動物のような愛嬌のある表情。――カムイとお似合いだと思う。フランツとハンナみたいに。エレンとミカサみたいに。

 

『あーあ、らしくないなぁ……』

 

笑顔を繕いながら、ミーナは独りごちる。あの二人が付き合っていようがいまいが、恋仲になっていようがいまいが、あまり関係がない。既に完成された雰囲気というものは、介入する余地すら無いように思えてしまうのだ。

 

---

 

厄介な人間に興味を持ってしまったものだ、とつくづく思う。

 

――ここは訓練兵団の浴場。浴槽には五から十人程度収容できるだろうか。洗い場は十ほどある。各人が今日一日の汚れを落とし、疲れを癒す。

 

「ふぅ……」

 

ミーナは浴槽に浸かりながら、ぼんやりと天井を眺める。温められた湯が、肌に心地よい。

 

 

――いつからだろう。

 

やっぱり――なのかもしれない。ひょっとすると――だけなのかもしれない。

 

さすがに四六時中こんなことを考えているわけにもいかない。座学は覚えることが膨大にあり、実習、演習は体力、集中力を削がれる。怪我の危険もあるので、真剣にならざるを得ない。あのミカサでさえ一日の終わりにはぐったりしているのだ。しかし、入浴から就寝までの時間くらいはいいだろう。それに――仮に顔が赤くなっていても、変に怪しまれることは無いのだから。

 

 

所謂「ガールズトーク」や「恋バナ」――訓練兵とは言え、思春期に差し掛かった少女達である。ユミルのように妙に達観したり、アニのように取り付く島も無いような人間でなければ、年相応にその手の話題になる。もちろんミーナはその手の話題も嫌いではない――

 

向こうの一団に聞き耳を立てる。104期には美男子が多いと聞く。なるほど、同感だ。

 

エレン、ミリウス、ジャン、マルコ等々、名前が挙がる。

 

 

『――カムイもね、かなり人気あるんだよ……?』

 

数日前、なぜこんなことを言ってしまったのだろう。二人きりになり、浮ついた気分で少しどうにかなってしまったのだろうか。

 

ああは言ったものの、実際のところカムイは目立たない。座学や実習の成績も決して悪くはないはずだ。しかしこの手の話題にはほとんど名前が挙がらない。顔立ちだって悪くないし、努力家だし、実直だし、優しいし――

 

カムイの長所を挙げていくうちに、同期の女子の目は節穴かと些か憤慨するミーナであったが、その後、彼の良さに気付いているのはスバルと私くらいなものかしらとニヤニヤするミーナであった。

 

「……ミーナ、どうしたんだろ?」

 

「――疲れてちょっと情緒不安定なんだろうよ、放っといてやろう」

 

 

――クリスタとユミルに、しっかりと百面相を見られているとも知らずに。

 




● あとがき
ミーナ・カロライナはおさげ可愛い。もう一度言う。

ミ ー ナ ・ カ ロ ラ イ ナ は お さ げ 可 愛 い !

す、スバルだって黒髪ぱっつん可愛いですけどね!主人公ですが何か!

――と、今回はミーナに焦点を当てた感じです。主人公ズにも定期的に絡む予定です。


また、キース教官も描きたかった人物のうちの一人です。「訓練兵団長」というのは独自解釈です。だって、前任の調査兵団長でしょ?本人が責任取って辞任するとしても、周りがそれ相応のポストを用意するんじゃないかなぁ……と。

脇を固める人や大人も、描写できるような作品を描きたいです。
……ぐ、群像劇だから(震え声

ともあれ、104期訓練兵のお話を書けて、幸せです。


● 次回予告

憲兵団での小さな人事。

同じ頃、調査兵団は訓練兵団への視察を決定。

そして、訓練兵団では、「格闘訓練」が始まる――


次回、「穏やかな修羅たち(仮題)」
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