輪廻の花弁 作:社シロ
それと、今回は長いです。
「は! 案の定か」
画面の奥では、開始直後に通路の曲がり角から爆豪が奇襲を仕掛けていた。
爆豪は良くも悪くも戦闘一辺倒の思考をしている。
彼の戦闘における
──だからこそ、彼の思考回路を読むのは容易い。
なまじ自身の腕に覚えがあるからこそ、全ての問題を力で解決しようとしてしまいがちなのだ。
緑谷が爆豪の奇襲を避けられたのは、開始早々に戦闘を始めるであろう、爆豪の思考を分かっていたから。
奇襲を回避されたのを気にも留めず、爆豪が追撃の右腕を振り抜く。
「ほう……」
輪廻が目を細め感心の息を漏らしたのは、緑谷が爆豪の一撃を反撃に利用した時だった。
まだ付き合いは浅いが輪廻の知る緑谷は、いつも爆豪に怯えていて怒鳴られれば肩をビクリと震わせている友人だった。
無論やる時はやる男ということも理解しているが、少なくとも相対した爆豪相手にクロスカウンターに転じれるとは思っていなかった。
だからこそ輪廻は、勇気を出し先に一撃を見舞わせた緑谷に感心し、評価を少し改める。
対して背負い投げの要領で地面に叩きつけられた爆豪は、自身よりも格下と思っていた緑谷相手にしてやられた事で、完全に怒りの琴線に触れたようだ。
「アイツ何話してんだ? 定点カメラで音声ないとわかんねぇな」
「……どうやら爆豪のやつ飯田からの通信を一方的に切ったみたいだな。『黙って守備してろ。ムカツいてんだよ俺は今』って言ってたぜ」
「花咲お前、読唇術使えんのか!?」
「ああ、昔に遊び半分で覚えた」
隣に居た切島の疑問がたまたま耳に入ったので、爆豪の口の動きを見て、彼が言い放った言葉を伝える。
切島は輪廻が読唇術を使える事に驚いていたが、輪廻はむしろ読み取った爆豪の言動に驚きを隠せなかった。
果たすべき目標があるにも関わらず、緑谷との因縁を優先した愚かさに、失望を隠せない。
A組の中でも轟・緑谷と並んで一目置いていたが、今回の件で流石に呆れ果てた。
(幾ら
輪廻が呆れている最中も、状況は動き続ける。
緑谷が爆豪から離れ逃げの一手を選び、相方の麗日が核のあるフロアに辿り着いた。
初戦もいよいよ終局に入る。
誰よりも先に打って出たのは、やはり爆豪だった。
ゆっくりと、緩慢な動きで右手を緑谷へ向けて翳す。
モニターを眺めていた輪廻は、爆豪の妙な雰囲気を察知して彼の口元に神経を向け……焦り始めた。
「あのバカ、緑谷を殺す気か!!」
「爆豪少年ストップだ! 殺す気か!」
オールマイトも爆豪のしようとしている事に気が付き、輪廻と声を重ね叫んだ。
『当たんなきゃ死なねぇよ!!』
だが、爆豪が止まることは無い。
周りがモニタールームの二人の焦りを感じ取り、訝しむようにモニターへと目線を向けた時──。
──ドゴォォォン!!!
放たれた爆破の威力は、大きな衝撃と揺れを齎した。
地下のモニタールームにもそれは伝わり、皆がそれぞれ壁や床に手を付いている。
立っているのも難しい程の揺れで、崩れ落ちずに済んだのは輪廻とオールマイトの強靭な体幹を持つ二人だけで、あとは全員尻餅を付いてしまっていた。
「大丈夫か上鳴、八百万?」
「ってて……。爆豪の野郎、容赦ないの放ちやがって……と、サンキューな」
「ええ、ありがとうございます……」
三半規管が揺れたのか、頭を抑えながら差し出された輪廻の手を取り上鳴と八百万が立ち上がる。
輪廻は上鳴に続いて他の全員が無事そうなのを確認したあと、モニターに視線を戻した。
揺れの影響か、若干ノイズの走る映像の奥には、格闘し続ける二人がいる。
「先生止めた方がいいって! 爆豪あいつ相当クレイジーだぜ、殺しちまうぜ!?」
「…………いや。止めない方がいい」
切島の言葉を否定したは、輪廻だった。
「花咲お前も見てたろアレ! このままじゃマジで緑谷が死んじまうよ!?」
「もし仮にここで止めたとして、それじゃあ緑谷と爆豪の間に禍根が残っちまう。下手すりゃ今後の訓練にも影響が出るかもしれねぇ。……どうせもう授業の評価は見込めないんだ。ならいっその事開き直って、死なない程度に戦わせてやりゃあいい。俺はそう考えますが……」
ちらっと、眼球だけを動かして冷や汗を流す担任へ視線を送る。
モニターを食い入るオールマイトもどうやら輪廻と似通った考えらしく、先の大技を使わない事を条件に、訓練を続行させた。
屋内戦闘に限らず、路地裏、人の密集した通りにおいて、全てを蹴散らす大技をぶっぱなす事は、人命を何よりも優先するヒーローとしては論外。
今回はあくまで訓練であり、周りには人がいなかったから良かったものの、もしこれが現実だったのなら、人が大量に死んでいたかもれない。
そうでなくとも、核に刺激を与え誘爆していた可能性だってある。
爆豪の行動は、確実に大幅減点ものだった。
そして点数的には期待出来ない以上、訓練の事はもう放っておき気が済むまで戦わせた方が、色々と実りを期待出来る。
(……緑谷のやつ、何考えてやがる?)
輪廻が違和感を覚えたのは、格闘と言えないリンチを前に、緑谷が再び背を向け逃げの一手を選んだ時だ。
駆ける背からは、恐怖で逃げ出した訳でも、痛みを恐れた訳でも、ましてや諦めて逃げ出した訳でもない。
緑谷の顔からは勝利を掴まんとする覚悟が、未だ消えていないのだ。
とうとう緑谷が壁際まで追い込まれ、まさに袋のネズミと化した時、輪廻はその意図に気付いた。
「そういうことか……!」
輪廻が喜色の声を発し。
オールマイトが中止を呼びかけ掛けるよりも早く、緑谷が麗日に合図を送り、個性を使った一撃を──
強大な力から放たれた衝撃波は建物を貫通し、天へ進み続ける。
止まることを知らない破壊の一撃は、やがて麗日と飯田のいる階層を突き破り、麗日が瓦礫を利用して目眩しを兼ねた攻撃を仕掛けた。
迫る礫に視界を塞いでしまった飯田は、麗日の行動を読めず。
「ヒーローチーム……
核を確保した麗日によって、緑谷達が勝利を飾った。
1
「続く二回戦は、こいつらだ!」
飯田以外の三人が八百万と輪廻にボロクソ酷評を受けた講評のあと、オールマイトがクジを引いた。
二つの球状のクジにはそれぞれ、『ヒーロー・B』『
つまりCチームである輪廻達は、Bチームの轟と障子が対戦相手となる。
自身たちの出番が回ってきたことにより、輪廻達は気合いを入れた。
最初のビルは爆豪が半壊させた為、別のビルに会場を移して、それぞれ始まりの合図を待つ。
「八百万、このビルの見取り図は覚えたか?」
「はい、大体の構造は暗記致しました」
「やる事は分かってるな?」
「ええ、勿論ですわ」
「ならよし。行くぞ八百万。……峰田、始めろ」
「へいへい。ったく、人使いが荒いぜ」
八百万へ問い、問題無い事を確認すると、峰田へ指示を出して作戦を開始する。
開始以前の戦闘行為は禁止されているが、罠の設置の是非は言い渡されていない。
ならばする事は簡単、このビルを侵入してきた蝶を捕らえる為の蜘蛛の巣に変える。
手始めに峰田がビル全体の電源を落として、中を暗闇で満たす。
窓が少ないこの建物では、窓から光が入ってこようとも闇を晴らすことは出来ない。
夜目の利く輪廻以外の二人は、八百万が作った暗視スコープを装着しているので動きが制限されることもない。
着々と準備が進み、八百万と輪廻がそれぞれの位置に着いた頃だ。
『
タイミングよく、開幕の狼煙が上がった。
訓練の始まりを告げる声は、同時に輪廻のスイッチを押す合図でもある。
纏う空気がズッシリと重く、戦場の獣へと変化していく。
嗚呼……よかった、と別々に分かれた仲間の二人を思い呟く。
もし輪廻の振り撒く異質な空気を八百万と峰田が目の当たりにしていたら、きっと耐えられずに叫んでしまう。
確かにこれは訓練だ。人を殺めることは許されてはいない。
────だが、戦闘であることに変わりはない。
そうである以上、内から溢れて暴れ出す《
自然と笑みが漏れた。
自覚していながら、それを抑制する事が出来ない。
口元を手で覆い隠し、敵が来るのを待っていた時……奴らが来た。
「四階東側の広間に一人。後はじっとしているのか、気配を感じない」「建物全体が暗くて視界も悪い。待ち伏せされているのかもな」
障子の複製腕が、感じ取った情報を提示していく。
「出てろ、危ねぇから。向こうは防衛戦のつもりだろうが……俺には関係ない」
言うな否や、轟を中心として氷結の波紋が広がる。
体の一部でさえ絡み取られれば、抜け出る事の出来ない天然の拘束具。
徐々に足元から壁、天井、やがてビル全体を呑み込んで……────元通りになった。
「──は?」
常にクールを纏わせていた轟には似つかわしくない、理解の及ばない声が漏れた。
今まさに自分の氷はビルを呑み、決着を齎す筈だった。
しかしどうだ、瞬きをした次に幻を見ていたかのように、元のビルに戻っている。凍らせた跡も無い。
まるで初めから個性を発動していないような……。
「……終わりか?」
暗闇揺蕩う空間に、男の声が聞こえた。
カツ、カツ、カツと闇の深い通路の奥からゆっくりと足音が聞こえる。
轟と同じ空間に彼が足を踏み入れると、入口から入ってきた光でその姿を捉えることが出来た。
「花咲……」
低い声で男の名を紡ぐ。
「轟、何があった!? ビルが凍ったと思ったら元に戻っていたぞ……!」
轟に言われ外で待機していた障子が、異常を察知し駆け寄り──警戒を最大限に引き上げた。
暗闇を背景に、今現れたであろう軍服姿の輪廻を見て、本能的に危機を感じたのだ。
逃げろ、あれは危険だ、近付くなと生物としての本能がうるさいぐらい警鐘を鳴らす。
──誰ダ、コイツハ。
二人が抱いた言葉はそれだった。
相対する輪廻の顔は、影が覆っていて表情が見えない。
轟と障子の背中をツーっと汗が伝う。
気付けば汗が滝の如く流れ出ているではないか。
室内の温度が高い訳ではない、ビリビリと肌に突き刺さる輪廻の圧が、二人の身体機能を狂わせているのだ。
「お前……本当に花咲か?」
問いかけたのは轟だった。
何が面白いのか、轟の言葉にニヤリと笑い、問いには言葉を返さなかった。
「……お前、何をした?」
続けて質問を投げかけると、漸く喋り始めた。
「戦いのさなかに手の内をばらす阿呆が居ると思うか?」
「そうかよ──!」
間髪入れず轟が二度目の個性を右足から打ち出す。
迫り来る氷晶、食らえば確実に再起不能に陥るレベルの攻撃だ。
常人ならば回避行動か個性を使った相殺を選択するが、輪廻は動かない。
何を考えている、轟が視線を鋭くさせ輪廻の一挙手一投足に注目する。
障子も何が起きても対応出来るように、轟の氷結に合わせ身構えていた。
────
花弁が舞う。
輪廻を襲う氷晶は、再び姿を消した。
一度目の時とは違い戸惑いはないが、種が分からない以上轟はどうする事も出来ない。
シュレーディンガーの猫をご存知だろうか。
詳しい説明は省くが、簡単に言ってしまえば、箱の中に毒ガスと一緒に猫を閉じ込めることで、猫が生きている可能性と死んだ可能性を重ね合わせた状態を作り出す、シュレーディンガーという偉人が脳内で想像した思考実験の事だ。
輪廻が使った能力『猫は選択者』は、無数にある可能性を選択できる能力。
その力を使い、『
一度目の氷結も同様に、『
「始めようか」
────不死の兵。
花弁が舞い上がる。
輪廻の両腕には、いつの間にか小火器が顕現した。
腰にある発煙弾を手に取ると、安全装置のピンを外し転がした。
瞬時に煙が勢いよく吹き出し、瞬く間に1m先の視界すら見えなくなる。
ダダダダンと、重く鈍い音が響く。
「轟!?」
「俺は大丈夫だ!」
障子がパートナーの安否を確かめると、声はすぐに帰ってきた。
だがしかし、遠い。移動しているのだろう。
暫くして煙が晴れると、そこに輪廻と轟の姿は無かった。
2
「すげぇな花咲のやつ、あの轟が防戦一方だ」
呟いた上鳴の見つめる画面には、逃げる轟とゆっくりと歩きながら後を追う輪廻。
上鳴に限らず負傷している麗日と緑谷以外の全員が、初戦の時以上に集中して画面を見ていた。
「花咲少年!? 銃の使用は……」
『中身はゴム弾だオールマイト。安心しろ死にやしないし、重症を負うこともない』
「むぅ……ならいいが」
慌てて通信をすれば、予め分かっていたのか声を被せて問題無いと告げる。
訓練が始まる前に八百万に頼み、複数作ってもらったゴム弾入りのマガジンを、顕現した小火器の実弾と入れ替えたのだ。
中身がゴムならいいか、となんとか納得し画面を静観した。
(轟少年の個性を無効化させることで警戒心を抱かせ精神的に牽制し、障子少年と連携を取らせないために発煙弾を使い分裂させる。的確でベストな行動だぜ花咲少年。だがあれではまるで……)
「──まるで
切島がオールマイトの考えを代弁するように、言葉を発した。
口を三日月に歪ませ、狩りを楽しんでいるかのように緩慢に轟を追い詰め、時折手に持つ小銃で足元を狙い牽制をする。
そう、今の輪廻は敵を彷彿とさせていた。
顔に張り付いた笑みは狂気を孕み、今まで幾度となく見てきた敵そのものだ、とオールマイトは思ってしまった。
そんな筈はないと首を振るが、凄惨なまでに口を歪める輪廻が、どうしても先程までここに居た花咲輪廻と同一人物とは思えない程に、狂気的に見える。
「何言ってんのさ、今の花咲くんは敵役でしょ?」
切島の言葉に芦戸がそう答え、周りはそう言えばそうだったと和むが、オールマイトは笑うに笑えなかった。
3
轟は焦っていた。
先程の訳の分からない力で個性を無効化され、反撃に使おうとすれば間髪入れずに小火器で射撃され発動出来ない。
故に逃走を余儀なくされ、今は通路の角で隠れていた。
少し顔を出し覗いてみれば、ゆっくりと輪廻が近付いてくる。
「仕掛けるしか……!?」
輪廻の視界に映らない曲がり角から個性を使おうと発動しようとした時、カランと軽快な音を奏で足元に何が転がって来た。
転がってきた黒い球体は、轟も見た事のある道具。
アクションドラマや戦争映画等でよく見る、他を殺すための兵器。
「
急いでその場を掛け離れ、通路の奥に逃げる。
ドゴォン、と手榴弾は爆発し風圧で轟を押し飛ばす。
無論この手榴弾も八百万に頼み、威力弱め火薬少なめで作ってもらった特注品で、殺傷力は皆無だ。
だがそんな戦場では役立たずの小道具でも、
為す術なく追い詰められた轟の逃げた先は、一つの空間だった。
逃げ場がないと悟ると、一か八かに掛け後を追いかけて入ってきた輪廻に体を向ける。
されど、この空間に入った時点で轟に勝機などは無かった。
「やれ八百万」
輪廻が合図を送ると、四方八方から何が飛んでくる。
「クソっ……ぐ!?」
個性を使い飛んでくる何かを防ごうとすると、輪廻の銃からゴム弾をくらい全身に激痛が走る。
発動出来ぬのならば避けるしかない。
瞬間的に行動をシフトさせ足を動かそうとして……動かせなかった。
床を見れば丸い何かが足に張り付いて離れない。
如何に個性が無類の強さと規模を誇ろうが、たじろぎ個性も発動出来ない状況では、どうする事も出来ない。
痛みで霞む視界に狂気的な笑みを浮かべる輪廻を映して、轟は八百万の放った、射出と同時に既に熱を加えてあった形状記憶合金の縄により捕縛された。
「個性も強く、頭の回転も悪くない。そして初手で勝負を決めに行く大胆さもある。……だが残念だったな。俺に誘導されていることに気付かなかった時点で、お前の敗北は必至だった」
近付く輪廻を睨みながら、どうにか個性を使い拘束を脱出しようとするが。
「諦めが悪いのはいい事だが、
銃口を轟に向けることで、抵抗を止めさせた。
捕縛され銃を突き付けられた今、轟はパートナーの障子が何とか核を確保してくれるのを祈るしかない。
捕まった轟を助けに行くという選択肢も存在するが、その場合輪廻は八百万達を呼び寄せるだろう。
そうなれば三対一となり、勝利は絶望的になる。
内心で頼む、と零していると輪廻が心を読んだのか語り始めた。
「
一分もしないうちに、閉幕の声は上がる。
『ヴィランチーム、
ほらな、と戦闘中に感じた異質な雰囲気を霧散させ、輪廻はいたずらっ子ぽい笑みを浮かべた。
彼の顔を見ながら、轟は己との実力差を思い知らされ、奥歯を噛み締めた。
なんとか日が変わる前に投稿出来て良かったです。
因みに、猫は選択者のルビは勝手に付けました。
それと誤字脱字の報告ありがとうございました。
見直しをしていたのに、思ったより誤字脱字多くてビビりました。
あと、ランキングの方にも乗れました。
読者の皆様、改めてありがとうございます。