学園艦誕生物語   作:ariel

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第13話 進水式

1959年 3月 鈴鹿沖 学園艦最上甲板

 

1959年3月、ついに学園艦第一号艦は完成した。当時総理大臣にまで上り詰めていた岸信介は、万感の思いで学園艦の最上甲板に立っていた。また、服部卓四郎も最近は年のためか、少々体調が悪いものの元気な姿を見せているし、議員の辻政信もその姿を見せていた。

 

「ようやく、ここまで来たか…」

 

それが、この学園艦に関わってきた者達の偽らざる感想だろう。残念な事にこの学園艦の教育理念に賛同して個人的に出資まで行った鳩山一郎は、この月の始めに病に倒れ、学園艦の進水式を見る事なく世を去ってしまったが、死の間際、ほぼ完成した学園艦の姿を見る事は出来たようで、本人は満足していたと言う。

 

そして今日、いよいよ一号艦の進水式が最上甲板で行われようとしていた。本来進水式は、艦をドックから海上に移動させ「進水」させるが、学園艦が巨大過ぎ移動させる事が困難なため、ドックに注水し学園艦を海上に移動させてから、形式的に艦上で進水式を行う事になっていた。もっとも、これから更に一年かけて甲板に学園の建物や街並みを急ピッチで作り、長期航海に耐えられる設備を艦内に作らなくてはならないため、本当の意味での完成とは程遠い。そのため、今の最上甲板には空母の艦橋を模した建物があるのみでその他は何もなく、だだっぴろい平面が広がっているに過ぎない。

 

しかし、その最上甲板は異様な熱気に包まれていた。全長7200m、全幅930mと、バランスをとるため少し当初の予定よりも横幅が広くなったが、その大きさだけでも見るものを感動させる。そして今日の進水式には天皇陛下もご臨席し、命名式では自らこの学園艦の名前を発表するとの情報が流れたため、国内はおろか海外の報道関係者まで学園艦の進水式に詰めかける事となった。学園艦のマストには、軍艦形状の船に掲揚されるのは何年振りになるか分からない、天皇陛下が座乗している事を示す天皇旗がはためいている。

 

「これより、学園艦一号艦の進水式を行う。」

 

進水式は何事もなく進んでいく。岸も内閣総理大臣として、そして実際に計画段階から関わってきた関係者として万感の思いを込めて祝辞を読み上げた。そして、いよいよ学園艦に名前が付けられる時となった。自らが希望したと伝えられるが、天皇陛下が中央の台に立ち、学園艦に命名される名前が書かれた紙を収めた封書を開封し読み上げた。いや、本来であれば

 

「本艦を○○と命名する。」

 

の一言があるだけなのだが、ここで予期せぬトラブルが起こった。

 

「本日はこのような艦が完成し、私は誠に嬉しく思う。私、裕仁の名において、本艦に『知波単学園』の名前を与える。」

 

一瞬の空白の後、最上甲板に爆発したような歓声が上がる。

 

「…しまった。」

 

内閣総理大臣の岸の顔には焦りが見えた。しかし…事ここに至ってはやむなし。岸は瞬時に頭を切り替え、自分で出せる最も大きな声で叫んだ。

 

「天皇陛下! 万歳!」

 

「万歳!!」

「万歳!!!」

 

最上甲板の盛り上がりは最高潮に達した。

 

 

 

同日 知波単学園 天皇陛下休憩所

 

 

知波単学園の進水式に陛下がご臨席する事は、数年前に決まっていた。そのため知波単学園内には、陛下が使用するための休憩場と称する部屋が、空母艦橋を模した建物部分の最上階に設けられていた。そこには、進水式が終わった天皇陛下、宇佐美宮内庁長官、そして内閣総理大臣の岸がいた。

 

「陛下、この度は進水式にご臨席賜り、誠にありがとうございます。関係者一同に成り代わりまして、私から御礼申し上げます。」

 

岸が頭を下げた。

 

「岸、お前はこの艦の計画段階から参加していたと聞く。ようやくこれで一安心だね。」

 

「ハッ、ようやく肩の荷が下りた気持ちです。ところで陛下、何故先程の命名式の際に、予定とは異なる言葉を用いられたのでしょうか?もしよろしければ、その心の一端を臣に教えていただけないでしょうか?」

 

そう、あの言葉のためにこの実験艦を取り壊す事は出来なくなり、池田流はいつまでもこの艦を学園艦として使用しなくてはならない。人間宣言を行い、更には新憲法では国民の象徴と規定されているが、未だに陛下は現人神だと考えている国民は多い。その陛下が、陛下の名においてこの艦に名前を与えた。これでは、実験艦だから実験が終わったので壊します…という訳には行かない。

 

「岸、すまないね。だがね、私もこの艦を実際に見て本当に心が踊ったのだ。このような気持ちになったのは本当に久しぶりだ。そう思うと、この艦を長い間大切に使って欲しいという気持ちが出てしまったのだろうね。岸には申し訳ないが、そのように取り計らってくれないだろうか。それと折角こんな場所まで用意してくれたのだから、私も時々はこの学園艦を見に来たいものだ。宇佐美、よろしく頼むよ。」

 

「陛下…、臣の役目は、宮内庁長官として陛下が政治的に利用される事を警戒し、陛下を政治から守ることです。ですが陛下の心、たしかに承りました。」

 

宇佐美が答え、そして岸も頷く。そうか…陛下もこの学園艦の甲板に立って、私と同じような気持ちになったのだな…と岸は納得した。自分も初めて最上甲板に立った際、年甲斐もなく興奮した。後で池田美代子に謝るのは自分の役目だろう。もっとも、美代子本人も非常に喜んでいた様子なので特に問題はないかもしれないが…岸はこれから起こるであろう問題を整理した。

 

「岸、私の我侭ついでに、もう一つだけ是非やりたい事がある。お前には迷惑ばかりかけることになるが、頼めるか?」

 

陛下の目が笑っていた。どうやらまだサプライズがあるようだな…岸は覚悟を決めた。陛下もかなりこの学園艦を気に入ったようだ。

 

その後、昭和の時代は約30年程続く。その間、より大きく最新式の学園艦も完成したが、数年に一度の学園艦への陛下の行幸先は常に知波単学園であった。晩年、その当時の宮内庁長官が、一度は他のもっと新しい学園艦に行幸されてはいかがでしょうか?と尋ねられた事があったが、その問いに対して陛下は笑ってこう答えたと記録が残っている。

 

「自分が名前を与えた船だからね。」

 

知波単学園の最上部にある「陛下の休憩所」は、絶えず知波単学園の生徒の掃除や手入れが入り、年月が過ぎても建造時のこの部屋の輝きは失われなかった。

 

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