同日、知波単学園 大広間
岸が最上階で陛下のお相手をしている頃、艦内の大広間では祝賀会が始まっていた。勿論この場には、学園艦関係者や西住流の人間、池田流の人間、そして各国から戦車道に関係する人間が集まっていた。そんな中、西住流の家元である西住かほが、池田美代子の元にやってきた。
「池田さん、今日は本当に嬉しいですね。やっと、これで私達の戦車道も完全に復活ですね。これからはお互いに頑張っていきましょう。それに…残りの学園艦は外国の力を借りている物ばかり、私のところもドイツ戦車にドイツ人の教官ですから、あまり人の事は言えないのですが、それでも心まで売り渡したつもりはありません。池田さんの所とは日本人同士、お互いに切磋琢磨していきたいと考えています。」
「ありがとう、西住さん。西住さんの言葉を聞いて安心しました。ちょっと心配していたのですよ、本当に。でも、これからは一緒に頑張りましょう。ところで、西住さんのところの学園艦は凄く大きな艦になるようね。乗員もうちの約五倍でしょ?羨ましいわ。」
美代子が答える。辻から聞いた話では、西住流が主導する学園艦は全長10kmを超える巨大艦になり乗員数は約10万人と計画されているようだ。大きさの比較は単純には出来ないが、乗員数だけを考えると知波単学園の約5倍の規模。羨ましい限りだ。
「たしかに、艦の大きさは池田さんの所よりは大きいでしょうね。でもね、その分池田さんは大きな名誉をもらったわけでしょ?私からすると羨ましい限りですよ。」
「そうね、まさか天皇陛下が名前を与えてくれるとは思っていなかったわ。たしかに知波単学園は規模は小さいけれど、天皇旗がはためいた学園艦というのは悪くないわね。」
そう、これは大変な名誉になるだろう。そういう意味ではお互い様か…かほも美代子も同じような思いだった。
「ところで、池田さん。学園長の任命式はこの祝賀会で行なわれるのでしょう?細見さんが就任することは知っているけど、いつ任命式は始まるのかしら。もうそろそろ祝賀会が始まって一時間になるわ。細見さんもなんだかソワソワしている様子ですし…」
「それが…岸さんが任命してくれるという話なのだけれど、岸さんがまだこの会場に居ないのですよ。私もちょっと心配で…」
計画では、この祝賀会の席で細見の学園長就任が発表され、岸から任命される事になっていた。しかし岸は進水式が終了後、陛下と共に最上階に行ってしまい、未だにこの会場に姿を見せていない。祝賀会自体は未だ盛況なため、無理に今任命式を行う必要はないのだが、それでも岸が顔を出さない事は、池田にとっても気がかりだった。
その後30分程経過しただろうか、役人と思しき人物が美代子の元にやってきて耳打ちした。美代子は一瞬目を見開いたが、直ぐに冷静さを取り戻し、会場の壇上に上がった。
「皆様、私は戦車道池田流家元の池田美代子でございます。本日は、知波単学園学園艦の進水式並び祝賀会にご参加いただきまして、本当にありがとうございました。たった今、係の者から連絡を受けたのですが、もうすぐこの会場に陛下がいらっしゃるとのことです。また、陛下から本学園の学園長の任命が行なわれるとの事なので、申し訳ありませんが一端、御歓談を中断していただきたく思います。ご協力感謝します。」
美代子は壇を下ると、再びかほの元に戻ってきた。
「ここまで陛下に贔屓されると、私も一番艦を選べば良かったかな…と思うわ。とはいえ、元々は私の方に一番艦をという話を、私が断ったのですから仕方ないのだけれど(笑)。」
「あらあら、常に前進という西住さんでも後悔する事があるのですね(笑)。でも、今回だけはこの名誉は独り占めさせてもらいますよ。おそらく、陛下もこの学園艦に魅せられたのですよ。私達も最初にこの学園艦に足を踏み入れた時、年甲斐もなく心が躍ったでしょう?陛下も殿方ですから、私達以上に心が躍ったのでしょね。」
「そうでしょうね。女の私達でも興奮したのですからね…。池田さん、学園艦の名誉は全て池田さんに渡すと決めたのですから、しっかり名誉を受け取ってきてくださいよ。池田さんの受け取った名誉は、最終的には戦車道全体の名誉になるのですから。」
「えぇ」
しばらくすると天皇陛下が会場に入場してきた。それまで騒がしかった祝賀会場は静けさにつつまれ、空気に緊張感がただよう。この時ばかりは、外国人の招待客も周りの日本人の様子に感化され、会話を止めて陛下の方を注目している。そんな中、堂々とした足取りで陛下は壇上に上がった。それを見て岸が会場全体に向かってアナウンスした。
「これより、知波単学園の学園長の任命式、及び学園旗の親授を行う。細見惟雄、壇上へ」
「はっ」
老いたとはいえ、流石に旧帝国陸軍で将官まで勤め上げた細見は、緊張しつつもしっかりとした足取りで壇上に上がった。細見が陛下に拝謁するのは戦時中も含めてこれが二度目、しかし前回は何人かで拝謁した内の一人だったが、今回は自分のみ。細見は年甲斐もなく自分の手が震えるのを感じていた。
「細見。これから我が国の若人の教育、よろしく頼むぞ。以前、鳩山が私に学園艦の教育理念に感動したと話していたが、私も同じ気持ちだ。しっかりやってくれ。」
「はっ」
自然と細見は頭が下がった。
「細見惟雄を本日より、知波単学園初代学園長に任ずる。」
「謹んでお受けいたします。」
「そして、本学園に対して学園旗を授与する。」
細見は陛下から直接、学園旗を親授された。旗を渡す際、天皇は小声で細見に話した。
「細見、お前は陸軍に居たから分かっているとは思うが、昔の軍旗のようにはこの学園旗を扱ってくれるなよ。旗のために命をかけるというのは、ならんぞ。」
帝国陸軍では、軍旗は天皇陛下から直接親授される物であり、それが敵の手に落ちた時は命をかけてでも取り返す事が義務付けられていた。旗一つに命をかけるのは止めて欲しい、名誉は大切だが命はもっと大切だ。そう陛下は伝えたかったのだろう。
任命式と学園旗親授式を見守っていた岸は思った。これでは、知波単学園の学園長職は昔の親任官と同じ扱いだな…。陛下は今回だけの我侭だと言っていたので、次からはこのような事はないだろうが、それでも知波単学園はこれから生まれてくる全ての学園艦の代表になったに等しい。それに、細見には大変な重責を担わせる事になってしまった…申し訳ないと岸は心の中で細見に詫びた。どうやら、今日は詫びる事ばかりだ。
この時、知波単学園に親授された学園旗は、その後、旗の四方に金モールが付けられ、知波単学園の中でも特別な旗となる。そして歴代学園長の手によって学園長室に大切に保管された。後世、学園長職が単なる名誉職に変わってからも、学園旗の保管だけは学園長の職務から外れる事はなかった。また、知波単学園にとって大切な試合が行なわれる際は、必ずこの学園旗が掲揚され、学園の生徒達からは「まるで昔のZ旗のようだ」と言われる事となる。
任命式などが終わり、陛下が会場から退場すると、再び会場では様々な場所で会話が始まった。そんな中、岸は美代子の元に来ると開口一番謝罪した。
「美代子さん、本当に申し訳ない。最初は、この船は実験艦だから、ある程度運用して問題が出た段階で新しい船に移って貰う予定だったが、陛下が名前を与えた以上、この船を廃艦にする事は出来ない。だから、申し訳ないがこの船で最後までやって欲しい。それと、語感が良いからといって付けた『知波単学園』の名前、これも変えることは出来ない。たとえ単科ではなくなっても、知波単学園の名前に変更は認められないだろう。その謝罪の代わりと言っては何だが、この船は政府が責任を持って最後まで面倒を見るように歴代内閣総理大臣に申し送りをする。すまないが、それで勘弁して欲しい。」
「いえ、岸さん。私達は満足しています。西住さんには既に言ったのですが、たとえ小さな船で実験艦でも、陛下が直接名前をくれたのです。これに勝る名誉はありません。ですから、どうかお気になさらないでください。」
「そうか、そう言ってもらえると、私も多少だが心が軽くなる。すまなかった。」
たしかに、陛下によって直接名前を与えてもらえる学園艦は今回だけだろう。そういう意味では名誉なことだ。しかし実際に学園艦を運用する上では、どうしても実験艦だけあって不便な事も出てくるだろう。そんな時は、私の力が及ぶ限り助けてやらなくては…岸はそう考えていた。
「なぁ、辻君。これでようやく我々の仕事も終わったな。終戦から14年、長いようで短かったな。ここまでやれば、池田や西君にも申し訳がたつだろう。」
「そうですね、服部さん。私もようやく約束を果たす事が出来たな…と思いますよ。後は、自分の遣り残した事をやれれば、私は満足です。」
辻と服部は会場の隅で、任命式などの様子を見ていた。ここから先は、細見や池田、西住達が上手くやっていくだろう。自分達がやれる事はもうない。終戦の前年、四人で約束した時から15年。少し時間はかかってしまったが、どうやら約束を果たせた。
「辻君、自分の遣り残した事をやるというが、これからどうするのだ?」
「いえ、第33軍の参謀としてビルマに居た頃、ちょっと遣り残した事がありまして、それを片付けようと思っているのです。そういう服部さんはどうするのですか?史実研究所でまた仕事を?」
辻は、まだ遣り残している事があるようだ。行動力だけはあるこの男の事だ、きっとまた何か仕出かすのだろう。しかし自分は…
「いや、私はもう長くないのだよ。死ぬ前に学園艦が見られて本当に良かった。鳩山さんは結局見られなかったからね、そういう意味では私は幸せだよ。どうやら君よりも一足先に池田や西君のところに報告に行く事になりそうだ。」
「そうですか、彼等によろしく伝えてください。私もそのうちそちらに行くので、またあの時のように四人で飲みましょう。」
辻と服部が直接話しをするのは、その日が最後となった。服部は翌年病に倒れ帰らぬ人となる。丁度知波単学園第一期生の入学式前日のことだった。また、辻はしばらく議員として主に外交面で活躍するが、1961年東南アジアへの視察の折、ラオス北部で行方不明となる。それ以降、辻の姿を見たものは誰もいない。
学園艦一号艦「知波単学園」は、こうして様々な人間の力と偶然の積み重ねで生まれた。そして、この学園艦を中心に日本に戦車道の花が咲くことになる。
第一部 完
ようやく第一部終了です。一応、学園艦が出来るまでを本物の歴史上の人物を絡めた形で書いてみました。一部、実際の歴史とは違う部分もありますが、そこはフィクションということで笑って許してください(笑)。最初は、辻~んは勿論、服部卓四郎を活躍させる予定はなかったのですが、軍人から政治家になった人間(これは辻~んね)、池田末男の同期で戦後もそれなりの地位にあり、外国にコネクションがありそうな人間(こっちは、服部卓四郎)となると、この辺りの二人しかおらず、消去法でこの二人が選ばれました(笑)。
おそらく本物の辻~んは、ある種のカリスマはあったと思いますが、この小説に出てくるような人間ではないと思いますので、本物と違う!というツッコミはなしの方向で…。たぶん、どこか違う平行世界の辻~んが出張してきたのだと思います。ガルパンの世界感は、どうしても時代が違いますので、この時代ではこれが精一杯。あの独特の世界感は、完全に平和になった2010年代だからこその物だと思いますので、少し違うよ!というのは時代が理由です…という事にしておいてください。第二部何処から書き始めましょうかね…