学園艦誕生物語   作:ariel

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第17話 作戦会議

1960年 6月 東富士演習場

 

その日、自衛隊が管轄する東富士演習場はお祭り騒ぎとなっていた。練習試合とはいえ、戦後長らく途絶えていた戦車道の試合が行われる事、そして自分達の陸軍が使用していた戦車が、かつての連合国の一員であるフランスの戦車と戦う事が重なり、旧陸軍軍人はもちろんの事、戦車道の関係者、そして政治家の一部までもが東富士演習場に詰めかけていた。また、学園艦建造に関わった辻政信も、外交日程の合間を利用して試合観戦に押しかけるだけでなく、知波単学園の関係者が集まっている待機棟に当然のような顔をして参加していた。

 

「辻さん、お久しぶりです。しかしいいのですか?来賓のはずの辻さんが、こんな所に居ても。」

 

「いやいや、美代子さん。私は来賓だけど、この知波単学園の関係者と言っても過言ではないでしょう。ここに居ても今更私に文句を言ってくるような人もいないでしょう。ところで、知波単学園の方はどうですか?たしか、師範の美奈子さんが相当テコ入れしたと聞いていますが。」

 

池田流の家元である池田美代子が辻の相手をする。たしかに知波単学園は、ここに居る辻政信と今は亡き服部卓四郎の二人の尽力がなければ影も形もなかっただろうし、自分達もこのような形で戦車道を続ける事も出来なかったはずだ。そういう意味では、辻は知波単学園の関係者と言っても過言ではないし、戦車道を行なっている関係者にしてみれば恩人だ。もっとも、来賓として中立に近い立場で試合観戦に来ている人間としては、大いに問題があるのだろうが。

 

「今回は練習試合という事で、知波単学園の全力が見られるという事を小耳に挟みましてね。帝国陸軍の関係者としては、結局本土防衛のために温存したことで、実際には実現しなかった帝国陸軍機甲科の全力出撃が見られると聞いては、是が非でも見学に来なければ…と思いましてね。今回は勝てそうなのでしょう?」

 

「辻さん、勝負は時の運といいますから、どうなるかは分かりませんが、恥ずかしくない戦いはお見せ出来ると思いますよ。」

 

美代子は辻に答えた。学園艦に行かせている娘の美奈子からは、元々池田流で訓練していた人間を中心に今回の練習試合を戦う事が知らされている。更に使用する戦車もかなり強力な物を使う予定とのことだ。池田流から知波単学園に与えた戦車の中でも強力な戦車を使用する以上、おそらくこの勝負は勝てるだろう。

 

「そうですか。折角ですから今回戦う皆さんに、私もエールを送りたいのですが、戦車整備場に入らせてもらっても、構いませんね?」

 

美代子は少し考えたが、ここまで力を貸してくれた辻の希望を断るのも問題があるだろうと思い、少し躊躇したが許可を出した。

 

 

 

戦車整備場

 

 

今回の練習試合は20両ずつで戦う試合のため、知波単学園に割り振られた戦車整備場には、計20両の戦車が並んでおり、整備を行う人間が忙しそうに戦車の周りを動き回っていた。また、おそらく試合に出る戦車の車長を担当する少女たちであろう、旧帝国陸軍の野戦服に似た服に身を包んだ少女達が、大机の周りに集まり、最後の作戦会議をしていた。

 

「みんな注目。今日の試合だけど、お互いに20両ずつで戦う殲滅戦ルールが適用されます。だから、相手を全滅させた方が勝ちなので注意してください。今回の試合は練習戦ですが、知波単学園にとっては最初の戦いです。ですから今回だけは何が何でも勝ちたいですから、これまで池田流で訓練をしてきた子を中心にメンバーを組みました。知波単学園に入って初めて戦車に乗った人達は今回の試合に出ませんが、観戦場で観戦しているでしょう。ですから、彼女達のお手本となるように無様な姿は見せないようにしましょう。」

 

隊長である村上早紀江は、今回の練習試合に参加する車長達に話す。当初は、新人も入れてチームを組もうかとも考えたが、今回だけは負ける事が出来ない、いや負けたくない戦いだったため、ある程度実力が分かっている池田流で訓練済のメンバーを中心で編成することにした。また、隊長である早紀江自らが四式中戦車に搭乗し、機動戦力を指揮することにもなっていた。副隊長の高橋節子は待ち伏せ用の戦力として三式砲戦車に搭乗し、砲戦車を中心とした部隊を率いる。今回は公式戦ではないため、自分達が使用可能な最大戦力を投入する事を師範の美奈子と相談して決めたようだ。

 

「今回の編成と作戦をこれから説明します。まず今回の戦いの基本方針ですが、機動戦力と待ち伏せ用の戦力、そして偵察用戦力を分けて、包囲殲滅戦を行なう予定です。まず機動戦力ですが、これは私が四式中戦車に乗って指揮します。そして私の指揮下に、私が直接指揮する第1小隊の五式中戦車、四式中戦車の各1両、第2小隊の三式中戦車4両、第3小隊の一式中戦車3両、九七式中戦車1両を編入します。」

 

早紀江はまず、自分が直接指揮する機動戦力の発表を行った。自分の指揮車を含めて三個小隊11両。搭乗する乗員は全員が池田流で訓練を受けてきた頃からの仲間ばかり。一部、非常に頑固な搭乗員がどうしても九七式中戦車で戦うと言い始め、説得も不発に終わったため、全てを一式中戦車以降の車両にする事は叶わなかったが、それでも知波単学園が使用可能な機動戦力としては最大級に近い戦力を集中させている。この戦車の戦力、そして搭乗員の錬度を考えると、余程の事が無い限り危なげない戦いが出来るだろう。

 

「つづいて、待ち伏せ用の戦力だけど、これは副隊長の私が指揮する。私は、三式砲戦車に乗るけど、指揮下には直接指揮の第4小隊として五式砲戦車、三式砲戦車を各1両、第5小隊の三式砲戦車2両、一式砲戦車2両を置くぞ。本当は、一式は使いたくないのだが、どこかに頑固者が居てな…ま、こだわりがあるのはいいけど、負けたら只ではおかないぞ。」

 

副隊長の節子が率いる部隊は、砲戦車ばかりの7両。待ち伏せを主体として戦う予定だ。こちらも一部の頑固者が一式砲戦車から降りるのを拒否したため、2両の一式砲戦車が混じっているが、それでも帝国陸軍の戦車としては破格の攻撃力が期待できる。また、砲撃能力が特に優れた砲手が優先的に配属されているため、こちらもかなりの長距離からの狙撃が期待できた。

 

「あと、偵察や牽制用に四式軽戦車を2両使うけど、この2両はそれぞれ独立して動いてもらうから、よろしくね。」

 

当初、早紀江は偵察も全て機動戦力が行なう事を考えていたが、節子から少しでも機動戦力は纏めておいた方がいいだろう、との指摘を受けて、急遽2両の軽戦車を使う事に決まった。また、この2両の操縦手は池田流でも指折りの操縦技術を持つ子を割り振る事にした。

 

「相手の戦車ですが、マジノ女学院はフランスがテコ入れをしている学校ですから戦車もフランスの戦車です。今回の練習試合に申請してきている戦車は、重戦車のルノーB1bisが4両、中戦車のルノーD1が4両、D2が4両、それとこれが強敵だけど、騎兵戦車のソミュアS35が8両。おそらく、このソミュアS35を如何に止めるかが今回の勝負の別れ道になるでしょうね。」

 

「隊長、どうする予定ですか?」

 

ソミュアS35は、フランスの最良戦車で、主砲こそ47mm砲だが、正面は47mmの傾斜装甲を持ち、時速40kmを出すことが出来る快速戦車だ。こちらの機動戦力である三式中戦車以降の戦車であれば有利に戦えるが、場所によっては距離500mで主砲弾をもらえば撃破判定が出る可能性もある。また、一式中戦車の場合では側面であれば距離1000m以上でも撃破判定が出る恐れがある。勿論、早紀江もこの快速戦車を如何に潰すかが今回の勝負の決めてとなる事は分かっていたため、それへの対応策を考えていた。

 

「基本的には、ソミュアとルノーは速度差があるので、この二つのグループを如何に分離させるかが最初のポイントになります。マジノ女学院はフランス人の教育を受けているわけですから、フランスの戦車戦術の基本である防御が中心になるでしょう。ですから、最初はソミュアが警戒線を作り、ルノーが後方に居る状態だと思います。ここに、こちらの偵察用の四式軽戦車を突っ込ませ、かく乱と挑発を繰り返して、砲戦車部隊が待ち構えている所に引きずり出します。あとは折を見て、機動戦力が逃げ道に蓋をすればソミュア部隊を叩き潰せるのではないかと思っています。ルノーの方は、強引に機動戦に引きずり込んでしまえば、機動力と攻撃力に勝るこちらが有利ですから、たぶん大丈夫でしょう。」

 

早紀江が基本戦術を説明すると、後ろから拍手が聞こえた。ふと振り向くと一人の男が立っており、拍手している。

 

「素晴らしい作戦だ。相手の戦力を、速度差を利用して強制的に分離させた後に、こちらは戦力を集中させて叩く。戦術の基本を守った良い作戦だと思うよ。」

 

 

早紀江は、何処かで見たことがある人だな…とは思ったが、生憎思い出すことは出来なかった。しかし横で黙ってこれまで少女達の話しを聞いていた顧問の星野利元は、男の方を見るとニヤリと笑って言った。

 

「なるほど、作戦の神様である辻君が褒めるくらいだから、大丈夫だろう。あ~、この男は昔、我々陸軍の参謀本部の作戦課に居た辻政信という男でね、作戦の神様などと呼ばれていたが、大作戦の立案となるとカラッキシ駄目な男でな。もっとも前線指揮官としては優秀で、戦術レベルの構想やその実施は信用してもよいだろうな。その男が、戦術方針としては素晴らしいと評価してくれているのだ、もっと自信を持って良いと思うよ、隊長さん。」

 

「星野閣下、酷い言われようですな。まぁ、結果的には何も反論できないところが辛いところですが。」

 

星野は、辻を参謀としては全く信頼していないようだが、少なくとも前線指揮官としての能力は評価しているようだ。たしかに、最前線であろうと実際に出向いた高級士官となるとそれ程多くない。そのため、辻を慕っている兵士や下級指揮官は多く、大作戦の立案以外であれば、信用しても良いだろうと考えている。もっとも、大本営の作戦参謀としては失格だと言っているようなものだったが。

 

「あの…こんな作戦ですが、本当に問題ないですか?」

 

しかし、早紀江にしてみると辻は雲の上の人に見えた。参謀本部の作戦参謀といえば、エリート中のエリートだ。そんな人間が自分の作戦を評価してくれている事を実感できないのだろう。

 

「いや作戦方針としては、相手を分散させこちらは戦力を集中する。これは基本原則にも則っているから、正しいと思う。問題は、上手に餌に食いついてくれるか?という事と、全ての餌が一度に動いてくれるか?というところだろう。そこでだ、餌の釣り上げに偵察部隊を使う事自体は良いのだが、これに機動戦力も組み込んで大規模に挑発をした方が成功率は上がるだろう。おそらく敵は防御主体であるから、そう簡単に偵察車両だけでは挑発に乗らない可能性もある。しかし、相手が主力部隊であれば、ここぞとばかりに戦力を集中させて勝負に出ようと動いてくるだろうな。そこを上手に誘導し、餌と後方部隊の速力差を利用して孤立させた方が成功率は高いだろう。一応、こちらの機動戦力も速力では相手の機動戦力に負けていないのだから。あとは、包囲殲滅には拘らない方が良いだろうね。」

 

「包囲殲滅には拘らないのですか?」

 

早紀江は辻に質問する。私の作戦では最終的に包囲殲滅をすることで敵を殲滅する予定だ。そのために、待ち伏せと機動戦力を分けて包囲することを考えている。しかし、辻はそれに拘っては駄目だと言う。どういうことなのだろうか。

 

「いや、勿論包囲出来るのであれば、問題はないのだが、戦いは相手が居るのだ。そう簡単にこちらの思惑には乗ってくれないだろう。だから、駄目だった場合も考えておく必要があるのだ。例えば、包囲出来ないにしても、こちらの砲戦車の前まで引きずり出してしまえば、砲戦車からの一方的な攻撃も可能だろう。次善の策も用意しておくに越した事はない。」

 

「あ…はい。ありがとうございます。そういえば、うちの佳代ちゃんも同じような事をよく言っていました。事前の策も考えて置かないと駄目だって…」

 

辻の提案に早紀江は喜んだ。少なくとも作戦の神様がアドバイスしてくれだのだから、自分一人の考えよりは余程問題は少ないだろう。早紀江も少し自信をもったようだ。

 

「辻君、余計な事を吹き込まないでくれよ。今回は彼女達の力を私は見たいのだからね。」

 

「すいません、星野閣下。ただ、私もこの学園には色々と思い入れがありましてね。それに、元々の作戦は彼女が考えたわけで、私はそれに少しだけ花を添えただけです。問題ないでしょう?」

 

辻の言いように、星野は困ったものだ…と思ったが、この学園艦誕生の経緯を、学園長である細見から聞いて知っているため、これくらいの肩入れは致し方ないだろうとも考えていた。自分でも同じ立場であれば、色々と手を出したくなるだろうな、と思いながら。

 

「早紀江、良かったな。これならたぶん勝てるさ。ところで、作戦名はどうするんだ?折角だから、何か作戦名つけようぜ。」

 

「う~ん、作戦名ね…縁起はあまり良くないけど、私達にとってはある意味最初の大事な戦いで、決戦でもあるから…捷号作戦かな…」

 

それを聞いた節子は、『捷号作戦』は確か失敗した作戦ではなかったか?いくらなんでもこんなに縁起が悪い名前は…と頭を抱えたが、折角隊長である早紀江がその気になってくれたのだから、余計なツッコミはしない方がいいかと思い直し、沈黙を守った。

 

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