「知波単学園全車へ、F07地点まで一端後退します。移動準備が出来た車両から、順次移動してください。」
敵の副隊長が率いていたS35ソミュアを全滅させた事を確認し、早紀江は全車に一端南に後退するように指示を出した。副隊長の節子は、快速部隊を殲滅し折角士気が上がっているので、そのまま敵の主力に全車で突っ込んだほうが良いのではないかと隊長の早紀江に提案したが、改めて一端後退するようにとの命令が伝えられる。
「節子に伝えて、こちらも第3小隊に被害が出ているし、隊列もグチャグチャになっているから、一端南に下がって部隊の再編成をすると。あと生き残っているケヌ1号車にも一端敵から離れてF07地点で合流するように連絡してください。大丈夫です。敵よりもこちらの速度の方が速いですから、離れてしまえば追いつけません。」
マジノ女学院の隊長のあの性格では、別働隊がやられたからと言ってまさか後退などしないだろう。むしろ、一気に勝負をつけるためにこちらに向かってくる可能性が高い。そう考えた早紀江は、一度距離を置いて自分の部隊を再編成したほうが良いと判断したようだ。しかし、知波単学園の戦車隊が後退していく様子が観戦席に伝えられると、旧陸軍軍人達を中心に不満の声が上がった。
「我が無敵皇軍が下がるとは何事だ~!」
丁度酒も入っていたこともあるだろう。そのような声はあちらこちらで聞こえてきた。もっとも、早紀江の判断を評価して見ている人間も多かった。
「…美代子さん、知波単学園の隊長さん、なかなかやるわね。美代子さんの所の門下生でしょう?ここで後退する判断が出来るなんてたいしたものよ。」
「そうね、かほさん。普通なら勢いに任せて敵に突撃するところですし、部隊の士気を考えたらそういう判断も正しいと思うのですけど、部隊をきちんと把握しているから、こういう判断が出来たのでしょうね。作戦的には、かほさんの所の西住流に通じているような気がしないでもないけど…」
池田流の家元の美代子は、今回の早紀江の判断は、勝利に徹底的にこだわる西住流のような作戦だと思いながらも、今回の勝負にそれだけ早紀江がこだわっている事を理解して納得する。池田流の考えでは、相手が劣勢にも関わらず突撃してきた以上、ここは受けてたつ事を考えるのだが、流石に今回は知波単学園にとって初試合になるため、どうしても勝ちたいという早紀江の思いを否定することは出来ない。
「もぉ~、なんで早紀江さん後退したのよ。そこは一気に突撃して、敵の主力と正面からぶつかって叩きのめすところでしょ!」
同じく観戦中の池田美紗子も不満を口にする。そんな様子を見ながら、隣に居た西佳代と辻政信は苦笑いをしている。
「早紀江さん、結構やるね。私でもあそこは一端後退して再編成するかな。こちらは好きなように戦えるのだから、わざわざ焦って攻撃に出る必要もないし。そうでしょ、辻さん?」
「そうですね。あれはいい判断だと思いますよ。こちらの方が有利ですし、なかなか後退は出来ない所でしょうが、それを敢えて後退の決断をしたのですから、たいしたものです。逆にこれでマジノ女学院は苦しくなりましたね。」
二人の答えを聞いて、今度は美沙子が面白くなさそうな顔をする。佳代も辻も早紀江の判断を支持しているということは、おそらくそちらが正解なのだろう。しかし、自分だったら間違いなく勢いに任せて突撃しているだろう。来年、自分が隊長になった時、うまくやれるのだろうか…美沙子は少し不安を覚えた。
F07地点 知波単学園 隊長車
「いい?とりあえず、軽戦車を臨時に第3小隊に組み込んで3両編成にします。そして第1、第2、第3小隊はこれからマジノ女学院に突撃しますが、中央は第1小隊、左翼が第2小隊、右翼が第3小隊の配置で敵の右側面から突っ込みます。突っ込んだ後は、小隊単位で自由戦闘としますが、第1小隊と第2小隊は敵の重戦車を優先的に叩いてください。」
早紀江は、自分自身が指揮する機動戦力に対して改めて指示をする。こちらの部隊の方が優速のため、好きな方角から攻撃可能だ。軽戦車からの報告では、敵の右翼はルノーD1が配置されている。早紀江は、敵主力の中ではもっとも脆弱なこの分を狙って攻撃を仕掛けようと考えていた。
「節子の部隊は、ここからは長距離狙撃を中心にお願いね。私たちは敵の右側面から突っ込むので、突撃の間は敵の左側面を集中的に叩いて、左側の部隊が自由に動けないようにしてください。この時点では撃破出来なくてもいいので、とにかく撃ちまくって相手が自由に動けないようにしてくれるだけでいいです。私たちが突撃した後は、砲戦車は自由射撃を許可します。あなたたちの射撃技術に全てを賭けますから、出来るだけ多くの敵を撃破してください。敵味方が入り乱れている状態での狙撃だから大変だと思うけど、あなたたちの腕ならなんとかなるでしょう?」
そう、このために節子の部隊には、池田流から知波単学園に入った少女達の中でも特に錬度の高い砲手達が配置されていた。もっとも、第3小隊の九七式中戦車の乗員のように頑なに配置転換を拒否した者もいたが。
「早紀江、了解した。各砲戦車は、タングステン・クロム鋼弾を示す染色弾を装填しろ。各車5発は持っているだろう?どうせここからはそんなに撃てる機会なんてないのだから、ここからは全て特甲弾で行くぞ。砲撃距離は1000mで行く。この距離なら、B1bisだろうと、どこに当たっても撃破判定が出るからな。あと、ここからは私が砲撃目標を指示するから、各車はそれに従って狙撃をするんだ。」
節子が、自分の指揮する砲戦車部隊に指示を出す。ここからは完全に砲撃指揮に集中して、少しでも有利な状態にしようと考えたようだ。知波単学園の戦車隊に改めて作戦が割り振られたころ、マジノ女学院の戦車隊と思わしき土煙が北方から近づいてくる様子が確認できた。
「さぁ、最後の勝負よ。捷二号作戦開始します。」
F06地点 マジノ女学院 隊長車
「ムキーッ!こちらが突撃しているのに、コソコソ逃げ回ってばっかり!腹が立ちますわ。こうなったら、戦場の端まで追い詰めてやりますわ!全車さらに前進!」
「パトリシア隊長、12両全車、トラブルもなく前進出来ます。それにしても、いつまで逃げ回るつもりなのでしょうね。」
パトリシア率いるマジノ女学院の主力部隊は、敵を求めて前進を続けていた。前進速度はルノーD1に合わせていた為、時速20kmと遅かったが、ルノーB1bis4両を中心に12両が美しい隊列を組んで前進している。パトリシアは、相手の方が数的優位を持っているにも関わらず、いつまでたっても攻撃をしてこない現状に、少し不安を持っていたが、自分が動揺すると部隊全体に影響が出ると考え、強気な姿勢を崩さなかった。
「各車、ミシェルの部隊が嵌められたように、砲戦車が待ち伏せしている可能性もあります。姑息な手を取るのは、おサルさん達の得意技ですから、十分に注意しなさい。」
ひょっとしたら、ミシェルの時のようにまた砲戦車が隠れている可能性がある。しかし、隠れているのさえ見つけてしまえば、回転砲搭を持たない砲戦車ならば簡単に撃破出来るだろうと、パトリシアは考えていた。しかし、パトリシアが考えていたことは、左翼を固めるルノーD1部隊からの報告で否定された。
「パトリシア隊長!左翼部隊から連絡。敵主力部隊、左翼から密集体系で突っ込んできます。数10両」
「やっと来たわね。全車、敵主力部隊に向かって突撃!ただし、敵にはまだ残りが居るはずです。十分に伏兵に注意して行動しなさい。B1bis部隊は私に続きなさい。おサルさん達に私達の強さを見せ付けてやるのです!」
パトリシア率いるB1bis部隊は、速度を上げて左に向かって方向転換を始めた。続いて、右翼部隊のルノーD2部隊も左に方向転換を始めたが、突如ルノーD2部隊周辺に着弾があった。移動していた事も幸いして、命中弾こそなかったが至近弾の連発にルノーD2部隊の足が止まる。結果的に知波単学園の突撃に対応出来る部隊は左翼のルノーD1部隊と中央のB1bis部隊のみとなり、右翼のルノーD2部隊は初動に遅れた。
「右翼部隊何をしているの!少し遅れてもいいから、私達に追随して敵主力部隊に向かって突撃するのよ!」
パトリシア率いる部隊は、敵の主力部隊に向かって突撃を開始したが、右翼のルノーD2部隊の初動が遅れたため、一時的に数的不利な状態で戦う事になった。パトリシアが敵の部隊配置を確認すると、中央に大型戦車が3両、左翼に中型戦車4両、そして右翼に小型戦車が3両いる。自分達ルノーB1bis部隊は、一時的に中央と左翼の7両を相手にしなくてはならない。少し耐えれば直ぐにこちらのルノーD2部隊が来るが、それまで僅かな時間とはいえ、かなり厳しい戦いが予想される。
「小隊各車、敵左翼の中型戦車をまず狙うのよ。これだけ距離が縮まっていれば、お互いに当たればそこで撃破判定が出るわ。重戦車に乗っている私達としては不本意だけど、こうなったらやるしかないわ。攻撃開始!」
「知波単学園 三式中戦車 3号車 命中 判定 戦闘不能」
F06地点 知波単学園 隊長車 (敵車両との距離 約200m)
「隊長!第2小隊の三式中戦車3号車、撃破されました。また、臨時編入した第3小隊のケヌも撃破判定が出ています。」
「損害に構わず突撃しなさい。ここまで来たらあとは決して退ない強い精神力が勝負の鍵です。それにこちらが有利なのですから、問題ありません。砲手、敵の隊長車狙えるわね?行進間射撃になるけど、ここはなんとしても当てて。隊長車が撃破されれば敵の指揮は乱れるわ。」
早紀江は、自車の砲手に命令した。ここまで接近するまでに、思っていたよりも撃破車両が出た。相手の錬度を少し甘く見ていたようだ。しかしそれもここまでだ。ここまで来れば、こちらの命中率は行進間射撃でも高い。
数秒後、早紀江の隊長車も含め突撃中の知波単学園の戦車隊が行進間射撃を開始した。また、それに合わせて砲戦車を率いる節子の部隊も一斉に長距離狙撃を行う。そして打ち込まれた砲弾はマジノ女学院の戦車に吸い込まれていく。
「敵、隊長車に撃破判定出ました。また、五式中戦車、第二小隊もそれぞれB1bisを一両ずつ撃破です。あと…第3小隊ですが…」
「どうしたの?まさか、全滅したの?」
通信手が少し言いよどんだため、早紀江は最悪の事態を想像した。
「いえ…そうではないのですが、敵のD1部隊を2両撃破、あと副隊長の率いている砲戦車の長距離狙撃で1両撃破のようで、残り1両とのこと。ただ、D1を2両撃破したのが…」
「あ~…例のチハね。」
早紀江は通信手が言葉を濁した理由を理解した。たしかに、あのチハの搭乗員の錬度は飛び抜けている。おそらく池田流本家にいる、来年度入学予定の美紗子率いるチハ小隊の小隊車と比較しても勝るとも劣らないレベルの錬度があるだろう。せめて練習試合だけでも三式中戦車辺りに搭乗してくれれば、より戦力として数えることが出来るのだが…おそらく、今回の練習試合での戦果を盾に、更に強硬に搭乗車の変更を拒否するようになるだろうな…と思うと気が重くなる。
「副隊長から連絡です。敵のルノーD2小隊のうち2両を撃破したとのことです。これで、敵はあと4両のみですね。」
「そうね。でも攻撃の手を緩めないで。ここで確実に全滅させます。第3小隊は、そのまま前進してルノーD2部隊の生き残りを叩いて。第1小隊と第2小隊はこの場で、残りのB1bisとD1を叩きます。」
数分後、マジノ女学院の全車に撃破判定が出たことで、練習試合が終了した。最終的に知波単学園は5両の戦車が撃破されたが、マジノ女学院に完勝したと言える。
試合終了後 演習場 中央部
「試合終了。勝者、知波単学園!」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
両校の隊長、副隊長の前で、審判長から試合結果が伝えられる。パトリシアもミシェルも悔しそうな顔をしつつも、一応礼をする。顔合わせは最悪な形で終わり、試合結果も終わってみれば自分達の完敗と言っても過言ではない結果となった。
「あなたたち、なかなかやりますわね。でも次やる時は、こちらが勝たせてもらいますことよ!次に戦う時までに、あなたたちも少しは優雅な振る舞いが出来るようになることね!」
「あれだけコテンパに負けたのに、よくそんな事が言えるわね。公式戦で戦う事になったら、九七式中戦車と九五式軽戦車でまた同じ目に合わせてあげるわ。首を洗って待っていることね。」
言葉こそ厳しい応酬になったが、早紀江とパトリシアは握手して笑っていた。早紀江は、パトリシアが不利な状況にも関わらず勝負に出てきた事を評価しており、パトリシアは早紀江が最後まで冷静に勝利にこだわった指揮をしたことと、知波単学園の各搭乗員の錬度に感心したようだ。
「ま、多少なりともあなたたちに優雅さというのを理解させてあげるために、今度私達の高校に遊びに来なさいな。私自らフランス料理を料理して振舞ってあげましてよ。」
パトリシアの言葉に早紀江よりも先に、節子が食いついた。
「フ…フランス料理?たしか凄く美味いんだろう?な、早紀江、折角こんな事言っているし、ここは是非お呼ばれされようよ。」
「うんうん。私もフランス料理なんて食べたことないから、是非お邪魔させてもらいましょう。池田流に居た頃は毎日麦飯だったし、知波単学園に入ってからは白米になったけど、ずっと和食だし…」
早紀江と節子の会話を聞いて、パトリシアとミシェルは大笑いを始めた。この子たちは、一体どんな食生活をこれまで送ってきたんだ?マジノ女学院では、フランス人教官の指示で食事は大事な要素になっているため、学院で出る食事は非常に気が使われている。それに比べてこの子達はこれまで麦飯で、知波単学園に入ってやっと白米?やっぱり、おサルさんだわ…。
ま、本当にマジノ女学院に一度呼んで、食事でビックリさせてやるのも面白いかもしれないわ…とパトリシアは考えていた。ついでに、私も料理が得意だから、私の作った料理でも出してやれば、私の素晴らしさも理解出来るだろう…。ところが、副隊長のミシェルはある事に気づいて、喜んでいる早紀江と節子に小声で話す。この時期のフランス料理でパトリシアが料理するといったら…
「あ…あのね?喜んでいる所、申し訳ないのだけど…この時期の名物で、隊長の作るフランス料理って、たぶんエスカルゴよ?ま、ニンニクが利いていて美味しい事は美味しいのだけど…あなたたち大丈夫なの?」
「エ…エスカルゴ?何それ?美味しいなら何でもいいよ。私達嫌いなものなんてないし。」
ミシェルは心の中で、『私はちゃんと忠告したぞ!』と呟いた。実際に出てきた料理を見て驚けばいいだろう。今回こっちは散々な負け方を喫したのだから、これくらいの仕返しは許されるだろうと思いながら。
そして数日後、本当にマジノ女学院を訪問した知波単学園の少女達数人は、マジノ女学院の食事に感動することとなる。しかし、パトリシア自らが料理したというエスカルゴなる料理が目の前に並べられたときは、悲鳴があがったと伝えられている。その後、知波単学園の生徒達は、毎年開かれる事となるマジノ女学院との交流会を楽しみにしつつも、その開催時期が梅雨の時期にならないように最新の注意を払って日程調整がされることとなる。
対マジノ女学院の練習試合は無事に終了しました。結果からいくと知波単学園の圧勝なのですが、マジノ女学院はガルパンの本設定でも弱い学校ですから(なんと、1回戦であのアンチョビ達に負ける設定…イタリヤにも勝てないなんて)、この結果はある意味当たり前なんですよね。ただ、知波単学園がこの時期存在する学校で勝てそうな所というと、この辺りしか…ということで、初戦はマジノ女学院にしました。
ちなみに最後のエスカルゴですが、蝸牛の料理です(笑)。結構美味しい料理なので、機会があったら是非食べてもらいたいのですが、なにせインパクトがね…。ちなみに、蝸牛本体を殻から取り出すのは結構面倒でして(エスカルゴ用の専用のトングとフォークがありまして、結構面倒です)、そういう意味では味はともかく、食べ難い料理ではあります。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。