学園艦誕生物語   作:ariel

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第1章 学園艦誕生
第1話 約束


1944年6月 東京 市ヶ谷 帝国陸軍参謀本部

 

 

戦局が悪化し、かつて士官学校で競い合った同期の桜たちも徐々に散っていく中、後の世から見ると奇跡的な出会いが、ここ市ヶ谷の陸軍参謀本部で実現した。

 

「池田さん、お久しぶりです。陸軍戦車学校の校長代理への就任おめでとうございます。偶然とはいえ、こんな所で池田さんに会えるとは思っていなかったですよ。」

 

「西君か、ありがとう。丁度帝都に所要があったので、この機会に同期の友人に会おうと思ってね…。もっとも奴さん忙しいようで、こうやって待たされとるよ。それにしても、私も明後日には満州に戻らなくてはならないから、本当に偶然だね。西君は何故ここに?君の戦車連隊は満州防衛の任に当たっているのでは、なかったかね?」

 

少し不思議そうな表情をして西竹一の挨拶を受けたのは、満州で陸軍戦車学校の校長代理を務めることとなった池田末男であった。戦車隊の神様とまで呼ばれた池田末男は後進の指導のため、戦車学校で指導をする傍ら、婦女子を対象とした戦車道の池田流を創設した創始者でもあった。

 

「いえ、参謀本部から私の戦車第26連隊は小笠原兵団直轄部隊として硫黄島に移動するように下令がありまして、今は任地への移動中です。丁度帝都に来たので、参謀本部に寄って太平洋戦線の詳細な情報をもらいに来たところです。」

 

「そうか…。君が移動してしまうと満州は寂しくなるな。」

 

その答えを聞いて、西は少し思いつめたような表情をしていたが、やがて意を決したような表情で池田に答えた。

 

「池田さん…ここであなたに会えたのはまさに天佑です。私が散った後をよろしくお願いします。あなたは戦車学校の人間だ。おそらくこの戦争、帝国は敗北するでしょう。しかし、いつの日か再び戦車が使える日が戻ってくるはずです。その時、私達が作った戦車道を後世に伝えてください。お願いします。」

 

「西君。何処に耳があるか分からないのだ。滅多な事をこんな所で言うものではないよ。だが…、後輩のたっての頼みだ。私に出来る限りの事はすると約束するよ。」

 

「池田さん、ありがとうございます。これで思い残す事はありません。」

 

池田の答えに安心したのか、西の表情はとても穏やかなものとなった。

 

「おや?西ではないか?」

 

「? 辻!辻ではないか。何故貴様がこんな所に、貴様は参謀本部から飛ばされて、たしか南京に居るはずではないのか?」

 

そう、本来であればここに居ない筈の人物。以前は参謀本部の作戦課に居たが、ガダルカナルを始め最前線にまで出向いてしまう参謀、辻政信が西と池田に後ろに居たのだ。

 

「相変わらず口が悪い奴だ。今度、第33軍の参謀としてビルマに派遣される事になってな、まぁ、必ず生き残ってやるつもりだが、その前に悪い先輩に一言文句を言ってやろうと参謀本部に来たのだ。」

 

気に入らなければ、たとえ海軍の連合艦隊司令長官の場所にでも文句を言いに行く辻の評判を西は思い出し、苦笑いを浮かべる。

 

「おや、辻君ではないか。相変わらずだね君も。士官学校時代から全く変わっていない。」

 

「池田さんですね。お久しぶりです。士官学校時代は大変お世話になりました。ところで、満州に居るはずの池田さんが何故ここに?」

 

「同期の服部君に会おうと思ってね。」

 

「おや、奇遇ですね。私も服部さんに会いに来たのですよ。おそらくもう少ししたら、服部さんも仕事が終わると思いますので、一緒に飲みに行きましょう。西、折角の機会だから貴様も一緒に来いよ。それくらいの余裕はあるのだろう?」

 

「分かった。俺も行くよ。」

 

西は士官学校時代、辻と決して特別に仲が良い訳ではなかったが、同期がどんどん散っていく中、生き残った者達だけでも仲良くやっていこう思い、辻の誘いを受けることにした。

 

 

 

同日 都内某料亭

 

 

「なぁ服部、本当に西を硫黄島に配置する気なのか?孤立した島の防御戦で戦車などほとんど役に立たんだろう。それに西が持っている97式チハではまともに米軍の戦車とやりあえん。」

 

「いや池田、我が方に戦車があれば敵も戦車を揚陸せざるを得なくなるし、兵団長はあの栗林さんだ、あの人なら有効に戦車を使ってくれるだろう。それに、栗林さんが自由に使える戦力を少しでも渡しておきたい。馬鹿どもは、硫黄島など戦略的に何も意味がないと言っているが、あの島があればこそ、現在サイパンから飛来するB29を多少なりとも迎撃出来ているのだ。あそこを落とされると帝国は後が無くなる。西君、申し訳ないが硫黄島で死んでくれ」

 

池田の質問に参謀本部作戦課長の服部卓四郎は理路整然と答えた。服部とて西を硫黄島に送り出したら戦死確実な事は分かっている。西は海外にまでその名を轟かした五輪の馬術で金メダルを取った有名人だ。出来れば終戦まで生き残らせてやりたい。しかし、もはやそんな贅沢が言えるような戦況でない事も、参謀本部にいる服部はよく理解していた。

 

 

「服部さん、死に場所を与えてくれてありがとうございます。このまま満州に配置され終戦を迎えたのでは、死んでいった同期達に顔向けが出来ません。硫黄島では、必ず恥ずかしくない戦いぶりをお見せしますよ。」

 

西も服部の心情は理解できるのだろう。努めて明るい声で服部に答えた。

 

「西、ということは今回の酒宴が今生の別れになりそうだな。俺も明日はどうなるかしれない身だが、何か頼みごとはあるか?」

 

「辻。お前は最後まで生き残りそうだよ(笑)。実は一つだけ頼みごとがあるんだ。折角ですから服部さんにも聞いてもらえませんか?先程池田さんにもお願いしたのですが、この戦争が終わり、いつの日か帝国で再び戦車が使えるようになった日には、戦車道を復活させて欲しいのです。今この帝国には、西住さんの起こした西住流や池田さんが戦車学校で教えている池田流など素晴らしい戦車道の流派があります。これが後世にきちんと伝わり、我々機甲科の栄光が残るのであれば、私は悔いなく靖国に行くことが出来ます。」

 

折角の機会だ、参謀本部に居て最後まで生き残りそうな人間に自分の希望を託しておこうと西は考えたのだが、この言葉がこの世界で学園艦が出来るキッカケとなったとは、当の本人は勿論、願いを聞いた辻や服部もこの時点では思ってもいなかった。

 

「なかなか難しいお願いだな…まず、終戦まで生き残らなくてはならんし、生き残った後も、戦車道を復活させるだけの権力を手に入れなくてはならん。おそらく敗戦国になるであろう我が帝国の軍人が再び権力を手にするのは非常に難しいだろうな…。だが、俺がもし生き残ったら、必ずなんとかしてやる。だから安心しろ」

 

辻は答えた。そのとおり、敗戦国の軍人が敗戦後も一定の力を持ち続けるのは至難の業だ。まして、辻はこれからビルマの最前線に出ることが決定している。終戦まで生き残れるかも微妙な状態だ。

 

「生き残るとすれば、現在参謀本部の作戦課長である私が一番確率は高そうだな。もっとも、終戦後の権力となると難しいかもしれんが…。それに、敗戦ともなれば海外の我が帝国の版図はほとんど無くなるだろうから、この狭い4つの島だけでなんとかしなくてはならん。そんな状態で、戦車を自由に走らせる必要がある戦車道を復活させるのは、なかなか厳しい願いになりそうだな。とはいえ、死にゆく後輩の頼みを無下にする程、私も無粋な人間ではない。約束しよう。」

 

たしかに、参謀本部の中心に近い地位にいる服部は、戦争の最後まで生き残る事は可能だと思われたが、終戦後は辻よりも厳しい立場に立たされる可能性も高かった。だが、辻も服部も戦死が確実視されている西の希望を断る程無粋な男たちではなかった。

 

後に、第1号学園艦が進水式を迎えた際、当時衆議院議員であった辻政信は、新聞記者達のインタビューでこう答えたと記録されている。

 

「あの日4人で飲んだ時の約束が、ようやく果たせた。厳しい道のりだったが、辻は約束を守ったぞ」と

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