1945年 1月 東京 市ヶ谷 帝国陸軍参謀本部
「よぉ、服部。俺も前線に出ることになるようだな。」
「池田か。すまんが北を頼む。今のところ中立条約があるが、ソ連は何をするか分からない。申し訳ないが、北の守りを頼む。それに、俺も支那に行くことになりそうだ。」
満州の陸軍戦車学校で校長代理をしていた池田の元に、戦車第11連隊の連隊長に任命するとの人事命令が来た。帝国は、教育を行う筈の人材ですら前線に送らなくては立ち行かない状況に追い詰められていたのだ。
「ん?貴様も前線に出るのか?いよいよ帝国も終わりだな…。それで何処に行くのだ。」
「まだ、内示のみだが、支那派遣軍の歩兵第65連隊の連隊長だ。まぁ、今まで後ろで『イケイケ』と太鼓を叩いていた者は最前線で死んでこいという事のようだな。もっとも、そう簡単に死ぬつもりはないが」
また、参謀本部の作戦課長だった服部も支那の最前線に歩兵連隊長として着任することが決まっていた。
「ということは、お互い靖国で再会する可能性もあるということか…。ところで、あの約束を覚えているか?既にサイパンは陥落し、次はおそらく西のいる硫黄島が戦場になるだろう。あいつとの約束は誰かが果たさなくてはならんし、俺もあいつと同じ願いを持っている。」
「たぶん、そうなるだろうと思って、既に我々の願いを託せそうな人物に伝えてある。」
服部の嗅覚は抜群だった。自分が最前線に出される可能性がある事を知った服部は、自分の力をフルに使い、自分に万が一の事があっても西や池田の願いを叶えてやれるような工作をしていたのだ。
「誰に頼んだのだ?言ってはなんだが、この帝国で戦車に理解があり、最後まで生き残れそうな人間などいるのか?一体誰に頼んだのだ?」
「陸軍機甲整備学校で校長をしている細見閣下だ。あの西住大尉の上官だった方だ、戦車の理解はあるだろう。それに細見閣下は、今でも西住流を支援している方だから、おそらく貴様と同じような思いを持っていたのだと思う。二つ返事で引き受けてくれたよ。」
陸軍機甲整備学校で校長をしている細見惟雄中将は、大佐時代に西住小次郎大尉を部下として日本陸軍戦車隊を率いていた人物だ。この人が助けてくれるなら間違いないだろうと、池田も感じた。
「西住流か…。『撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れなし、鉄の掟、鋼の心』だったか?私が戦死したら池田流も御終いで西住流に一本化ということか…。」
戦車道池田流は、日本陸軍内にあって西住流と双璧を成す戦車道の流派である。戦車道は婦女子が行う武道のため、池田の家内が家元となり流派を率いていたが、夫である創始者池田末男の影響は大きく、ここで池田が戦死するような事があれば、「軍神」西住小次郎が開いた西住流に一本化されるであろうことは火を見るより明らかだった。
「それがな、池田。細見閣下が言うには、おそらく帝国陸軍の正当な後継は池田流しかありえないとのことなのだ。」
「何故だ?細見閣下は西住流を後押しする立場だろう?」
「西住流は、勝利を最も尊ぶ流派だからな。つまり、一度敗戦した後に再び戦車道を復活させた場合、非力な帝国陸軍の戦車は使わないだろう…とおっしゃっていてな。おそらく、ドイツ軍の戦車に全て切り替わるだろうと予想していらっしゃった。となると、我が国の正当な後継は池田流しかありえないだろうとのことだ。」
「そうか…複雑な気もするが、そういう事なら是非お願いしたいと伝えておいてくれ。あと、池田流として是非伝えて欲しい事があるので、今記述するから閣下に渡しておいてもらえるだろうか?」
たしかに、西住流と池田流は全く異なる思想の元に作られた戦車道の流派だった。西住流は戦争を想定し、例えどのような手段を用いても勝つことが最も崇高だと教えているが、池田流はたとえ負けると分かっていても美しく散るようにと、日本の滅びの美学を体現したような流派であったのだ。
「たしか、池田流は『例え負けると分かっていても、無様な姿を見せるな。負けを恐れるな、名を惜しめ』だったかな?他に閣下に伝えておきたい事はあるか?」
「そうだな…。我々帝国陸軍機甲科の悲哀や苦労を忘れないでもらいたいから、公式戦は97式戦車以前の車両のみ許可。練習試合についてはその限りに非ず、と伝えてもらいたい。もし戦車道を教える学校が出来るのであれば、何があってもこれだけは守ってもらいたいと。」
この会話が、後の学園艦1号艦となる「知波単学園」の方針が決定した瞬間であった事は、当事者たちも考えていなかった。しかしこの池田の言葉が、知波単学園が公式戦では97式チハしか使わず、全車一斉突撃で華々しく玉砕する作戦のみが使用されるキッカケとなったのは言うまでもない。また練習試合における知波単学園の、まるで公式戦の恨みを晴らすかのごとく強力な戦車(しかし、帝国陸軍の戦車のためドイツなどに比べると弱いが)の使用や、えげつない作戦をとってくるのも、この言葉によるものなのかもしれない。
「分かった。必ず伝えよう。さて池田、これでお別れだな。次に会うときは靖国になりそうだな。」
「さらばだ、服部」
これが今生の別れになることはお互いになんとなく理解していたが、今更同期の間で湿っぽい挨拶もいらないだろうと、二人はあっさり分かれていった。
1945年 3月 硫黄島 東海岸付近の壕
1945年2月19日、アメリカ第5水陸両用軍団の3個海兵師団が硫黄島に上陸した。帝国は小笠原兵団隷下の第109師団が中心に迎え撃つも、兵力の差は圧倒的で2月23日には島の要所である摺鉢山も占領されてしまった。97式中戦車と95式軽戦車28両からなる西中佐の第26連隊も、ダグイン戦術を駆使し対抗したが、彼我の戦力差は如何ともし難く、小笠原兵団は徐々に追い詰められていった。そして運命の3月某日。
「西連隊長、司令部より伝令です。」
「ん?……。司令部に了解したと伝えてくれ」
「連隊長、司令部からはなんと?」
「栗林司令官は最後の突撃を行うそうだ。我々もこれまで耐えてきたが、そろそろ限界…。最後は華々しく突撃して、帝国陸軍の意地を見せるのみ。まだ動ける戦車はあるか?」
もはや事ここに至っては、取るべく策もなし、おそらく司令官の栗林中将も同じ思いだろう、と西は確信していた。既に本土の防衛体制を整えるための十分な時間を稼いだ、万策尽きて矢尽き刀折れた以上、最後は名を残すのみ。今更捕虜になるのも潔と出来ない以上、西がとれる行動は限られていた。自分の希望は、辻か服部、もしくは池田が叶えてくれるだろう。あとは、自分の子孫が自分達が作った戦車道を引き継いでくれることを願うのみ。自分の愛馬ウラヌスにも最後に会えたし、もう思い残す事はないな…
「チハが2両使用可能です。連隊長、これまでありがとうございました。次は靖国で…」
戦車を枕に戦死するのも悪くないな…、これまで一緒に戦ってきたチハで死ぬことが出来るのであれば本懐だ…最後まで一緒について来てくれる部下にも恵まれた西は幸せだった。
「よし…それでは行こうか…。戦車第26連隊の各員に告ぐ。我が連隊はこれより敵正面に対し最後の突撃を敢行する。まだ動ける者は私に続け!戦車隊、前へ!! …ウラヌス、さらばだ。」
記録では西中佐は火炎放射器によって負傷してもなお戦い続け、戦死したとされている。そして3月15日、アメリカ軍は硫黄島の完全占領を宣言した。この戦いは、当初のアメリカ側の攻略予定であった5日間を大幅に超える作戦となり、太平洋戦争の後期において、アメリカ軍の損害実数が日本軍を上回った稀有な戦いとして戦史には刻まれる事となる。
1945年8月18日 占守島
1945年8月15日。大日本帝国はポツダム宣言を受諾し、無条件降伏した。これで全ての戦いが終わると思われていたが、帝国の北の端では帝国陸軍戦車隊の最後の戦いが、まさに開始されようとしていた。日本軍の降伏受け入れ分担を巡る駆け引きで、千島列島の日本軍の受け入れはソ連が担当することが決まったことを受け、この機会を利用し北海道に至る日本北部をソ連の権益に組み込む事を画策した軍事行動が開始されたのだ。そして、千島列島の最北端である占守島に、ソ連の先遣部隊が大挙上陸を開始した。作戦目的は、占守島に居る日本人の抑留。勿論、帝国もこれを黙って受け入れる筈もなく、占守島に残っていた日本人の脱出時間を稼ぐため、第5方面軍司令官の樋口中将は守備隊である第91師団に反撃を命令、そして隷下の池田大佐率いる戦車第11連隊にも反撃が下令された。
「さて…、奴らは先の戦争の結果に懲りずに上陸して来たわけだが、今回は如何せんこちらの状況が悪すぎる。ただ…このままでは国民の脱出は不可能だ。ここは全力で上陸してきた部隊を叩き、脱出の時間を稼がなければならん…たとえ我らがここで果てるとしても…。動ける車両より各自出発。集合地点の天神山に急げ!」
同日 占守島 天神山
集合地点とした天神山には戦車が集結しつつあったが、降伏受諾のための武装解除の途中での再武装のため整備に時間がかかり、集結出来た戦車の数は少なかった。しかし、将校が搭乗する将校車より戦車の起動を行っていたため、集結地点に居た戦車は、そのほとんどが将校が搭乗する戦車であり、精鋭部隊である戦車第11連隊の中でも特に練度の高い戦車が集結していた。そして、この急造で少数ながらも最精鋭の戦車隊を率いて、戦車隊の神様とまで呼ばれた池田末男最後の戦いが始まる。それは、帝国陸軍最後の戦略的勝利を呼び込む戦いとして記録されている。
「池田連隊長、現在集合地点に集結した戦車は、将校車と第3中隊のみです。いかがしますか?残りの集結を待ちますか?」
「いや、上陸したばかりの今が勝機。竹田浜では、未だ友軍が防戦を続けている。今出なくては、我々の勝機は失われるだろう。」
たしかに戦力は少ない。ただ、今この機会に戦闘に参加しなくては友軍は壊滅するだろう。竹田浜の友軍が壊滅すれば我が方の戦線は崩壊する可能性がある。たとえ自分達が戦死しようと今このタイミングで参戦しなくてはならない…池田は自分の中で結論を出した。
「しかし、現在の戦力ではたとえ勝ったとしても、甚大な損害を受けることになるでしょう。ここは味方の集結を待った方が良いのでは?」
「お前たち、赤穂浪士となって恥を忍び後世に仇を報ずるか、それとも白虎隊となり民族の防波堤として玉砕するか…何れを選ぶ?」
「連隊長、我々は最後まで連隊長についていきます。ここで帝国の防波堤となりましょう。」
どうやら自分の最後の戦闘になりそうだな…。だが後悔はない、最後は国民を守るために戦えるのだ。また率いる部下も精鋭揃い、帝国陸軍機甲科の誇りは必ず守る…池田はキューポラから上半身を出し、静かに手を上げた。
「…すまない。司令部に無電『0550 池田連隊はこれより敵中に突入せんとす。祖国の弥栄を祈る!』戦車隊、前へ!!」
池田の手は、敵が居る方向に向かって振り下ろされた。それに従い、帝国陸軍最後の戦車隊は一斉に前進を開始していった。
戦車第11連隊は、ソ連軍を撃破し四峰山を奪還する事に成功するも、ソ連の圧倒的な対戦車火器の前に、池田連隊長以下大多数の将校は戦死した。しかし、この戦闘によりソ連の出鼻はくじかれ、占守島に居た多数の日本人は無事に北海道に戻る事が出来た。
そして歴史は動き出し、いよいよ日本が再び主権を回復する時がやってくる。
戦死していった男達の希望を叶えるため、生き残った人間が再び動き出す日々が。