1961年 11月某日(金曜日)1300 熊本 黒森峰女学園
「なほ様~、こっち向いてください!」
「きゃあ~!私も守ってください!」
その日も黒森峰女学園の敷地内部が見える場所には、多くの女性達が人だかりを作り、黄色い声をあげていた。女性達が集まっているのは、黒森峰女学園の戦車格納庫がある傍の空き地で、黒森峰女学園の敷地のすぐ横にあり、学園との間には柵があるだけのため、敷地内は丸見えだった。黒森峰女学園の隊長である西住なほは、今日も戦車格納庫に歩いて行く途中、このような黄色い歓声を上げられ、内心では『もう勘弁してくれ』と思いながらも、西住流の家元の孫娘として、戦車道発展のためにはファンを大事にしなければいけない事を自覚して、無理やり笑顔を作ると歓声あげる女性達に向かって手を振る。その行動に、なほの心境はお構いなく、歓声は更に大きくなった。
「真由子、なんとかならないか?あれでは私は学園の外にも出られないぞ。先日も久しぶりに学園の外に出て散歩でもしようと思ったのだが、正門の前で彼女達につかまり、結局外には出られなかったのだぞ。」
「隊長、一応彼女達もファンなのですから、有効な方法なんてありませんよ。学園長のお爺様にも相談したのですが、敷地内に押し入ってくる訳ではない以上、しばらく様子を見るしかないと言っていました。一応、地元の警察に警備はお願いしたみたいですが、何か悪い事をしている訳ではありませんから、有効な手になるとは思えないとも言っていましたよ。」
戦車格納庫の内部になんとか逃げ込んだなほは、心底うんざりした顔で副隊長の島田真由子に相談するが、真由子の答えは今日も変わらなかった。ここ数日、同じようなやりとりを何度したのだろうか、となほは考えたが、真由子自身は既に学園長である自身の祖父に相談はしてくれたようで、真由子も自分を助けようと色々と頑張ってくれている事は理解していた。
「しかし、どうしてこんな事になったんだ。たしかに全国大会で我々は二連覇したが、ここまで酷い事になったのはつい最近だぞ。真由子、お前は理由を知っているか?」
なほの問いに、真由子を含め周囲に居た小隊長達はお互いに顔を見合わせる。彼女達はこのような事になった理由を正確に理解していたが、自分達の隊長は全くそれを理解していない事に今更ながら気がついた。たしかに、自分達の隊長は雑誌やテレビなどをほとんど見ないため、最近の流行には疎い事は分かっていたつもりだが、ここまで疎いとは考えていなかったようだ。小隊長達が誰も答えないため、仕方なく副隊長の真由子が答える。
「隊長…少しはテレビや雑誌を見ましょうよ。つい先日、テレビでうちの二連覇の特集番組を報道してもらって以来、雑誌などのインタビューを隊長も受けたでしょう?いまや、雑誌もそうですしテレビでも隊長個人が取り上げられていますよ。雑誌などでは『私が全てを守る!これが現在の大和撫子!』なんて煽り文句が入っていますし、女性ファンが大量に押し寄せるようになったのは、それが原因ですよ。」
「真由子、ちょっと待ってくれ。たしかに私はテレビや雑誌のインタビューに黒森峰女学園の隊長として答えたが、なにも変な事を言ったつもりはないぞ。ここまで変な人気が出るなんて思えないのだが…」
真由子に原因を指摘された今になっても、全く理解出来ていない自分達の隊長の姿に、真由子も含め小隊長達も顔を改めて見合わせる。そして、『隊長は本当に何も分かっていないんだ』という事を理解して、更に頭を抱える事になる。
「隊長…隊長の言いたい事は分かるんだけどさ、世間では隊長のように常に冷静でクールに振舞う姿にあこがれを持っている女性は多いんだぜ。それにテレビで隊長のインタビューが放送されていたのを私も見たけどさ、あんな事を真顔で言われたら、私等だって『キャー』って言いたくなるさ。実際に一緒に見ていた同級生達はみんな歓声を上げていたからな。」
「そ…そうですよ、隊長。あんな真顔で『黒森峰女学園の隊長として、周りから守ってもらうのではなく、みんなを守れるような人間になりたいと思っています。そして、最後まで決して勝利を諦めず冷静に対処して行く事で、これからも勝利を積み重ねて行きます。』なんて言ったらこうなりますよ。私も同級生と一緒に見ていましたけど、周りの子達は『私も守ってもらいたいな…』なんて言っていましたから。今や隊長は学園の外だけではなく、中にもファンが大勢いるんですよ。もう少し自覚してもらわないと…」
たて続けに、第三小隊と第二小隊の小隊長である吉村真美と玉田豊子がなほに答える。自分達はなほの苦労を知っているため、せめて学園内部だけでも平穏に過ごしてもらおうと同級生達を説得し、なほに群がらないように注意していた。その結果、なんとか学園内ではなほの平穏は保たれているのだが、肝心のなほは真美や豊子の苦労を全く知らなかったようだ。
「それにしても、この騒ぎは酷すぎると思わないか?第一、全国大会の報道では、私達以外にも知波単学園の美紗子達も大々的に報道されていただろう。あちらにファンが押し寄せても不思議ではないと思うのだが。」
「隊長、美紗子達は学園艦に乗っていますから、何処かに帰港しない限り学園艦内では平穏だと思います。たしか昨年、向こうの隊長だった早紀江も『学園艦内では平穏だったけど、陸地に上がったら大変だった』ような事を言っていましたから、たぶん去年と同じような状況かと」
なほの疑問に対して、真由子が答える。実際に第二回全国大会で、知波単学園は準決勝でプラウダ高校相手に善戦して有名になっていた。特に最終局面でプラウダ高校の戦車隊に対して、たった2両で突撃を仕掛け、見事に自分達以上の数の戦車を撃破した姿は何度も放送され、第二回全国大会の中で黒森峰女学園が二連覇を決めた場面以上に有名なシーンとなっている。そのため、隊長である池田美紗子には様々なインタビューの申込が殺到し、一時大変な事になった事を、なほ達も知っていた。しかし肝心の美紗子は学園艦に住んでおり、一般のファンが美紗子に会うためには学園艦が帰港した時しか機会がなく、そのハードルが美紗子を周囲の喧騒から守っていた。また知波単学園の学園艦内では、昨年の村上早紀江の時もそうだったが、自分たちの住んでいる学園艦の隊長に、極力平穏に生活させてやろうという住民達の配慮から、多少は握手や写真をせがまれる事はあっても、普段とあまり変わらない生活が出来ているようだ。
「そうか、美紗子達は学園艦に居るから普通のファンは押しかけられないか。それで、その影響を私が被っているという事だな、真由子?…となると、間接的には私は美紗子の被害者と言っても問題ないはずだ。今度会ったら、抗議でもしてやろうか。」
「隊長…、その理屈は無理があるかと…人の噂も七十五日と言いますし、少しの辛抱ですよ。ただ、美紗子に『もう少し陸に上がって、ファンの面倒を引き受けろ』と言ってやるのはいいかもしれませんね。早紀江や節子が言うには、美紗子は今回の帰港でも学園艦から外に出ないつもりのようですから。」
真由子の何気ない返答だったが、重要な事実が隠されている事に気づいたなほは、直ぐに真由子を問い詰めた。
「ちょっとまて、なぜ真由子がそんな事を知っているんだ。それに今回の帰港というが、知波単学園は何処かに帰港しているのか?」
「あれ?隊長知らなかったのですか?今、知波単学園は佐世保沖の黒島付近に停泊中ですよ。ですから私も、電話で早紀江や節子と話す事が出来たわけですから。佐世保までなら、ここからの電話代もそれ程高くないですから、久しぶりに色々と話せましたよ。あちらの学園では、あいかわらずの…って、隊長何処に行くのです?」
「決まっているだろう。佐世保ならここから近い。直接知波単学園に乗り込んで、美紗子に抗議してくる。真由子、お前もついてこい。」
「いや隊長、無理ですよ。そもそも学園艦の関係者ではないのですから、入れてもらえませんよ。第一、どうやってこの状態で黒森峰女学園の外に出るつもりなのですか?学園の周りは隊長のファンが取り囲んでいますよ。」
そんな事は百も承知だという様子で、なほは真由子に二泊三日で出かける準備と知波単学園でもらってきたパンツァージャケットを用意するように言い、また30分後に黒森峰女学園の全搭乗員を戦車格納庫に集合させるように指示した。そして30分後、自分達の準備が終わり、搭乗員達が格納庫に集合している事を確認すると、なほは集まった搭乗員達に協力を求めた。
「ここ最近、私達の学園の周りが騒がしくなってしまい、練習が難しくなってしまった事は皆も承知のとおりだ。そしてこの原因の一つは、知波単学園の隊長である美紗子が学園艦から出てこない事にあると、私は考えている。そこでこれから私と真由子は、佐世保沖に停泊している知波単学園に乗り込んで、美紗子に直接抗議をするつもりだ。ただこのままでは、私達は黒森峰女学園の外に出ることすら難しいだろう。そこで、お前たち全員にお願いしたい。私達は正門から堂々と出るが、裏門やその他の学園の門で、私が外に出そうだという話をでっち上げて陽動をしてくれ。私達の平穏な日常を取り戻すために、しっかり頼むぞ。それと土曜日の授業は私達は休むから、教官には熱が出たと伝えておいてくれ。」
なほの言葉を聞いて、集まった搭乗員達の多くは『色々と理由をつけているけど、隊長は知波単学園が近くに来ているのだから、向こうの隊長に会いに行きたいのだな。それにしても、あの真面目な隊長が仮病まで使うくらいだから、やっぱりそういう関係なのか』となほの心境をほぼ正確に理解するのと同時に大きな誤解をしたが、自分達の隊長の恋路のために協力しようと勝手に解釈し、学園の各門に散っていった。また実際に、学園の外が騒がしくなっているため、自分達の練習に支障が出ている事も事実であったため、なほの行動を止めに入る者は居なかった。
しばらくすると、学園外に居るなほのファン達の行動が慌ただしくなってきた。どうやら学園の様々な門で、なほが外に出てくるという噂が飛び交ったため、その噂に踊らされファン達があちこちに移動を始めたからだ。ところが、まさか正門から堂々と出てくるとは、ファン達も考えていなかったようで、ファン達の移動の隙を付いて、なほと真由子は学園の外に出ることに成功した。一応二人は私服に着替え帽子を深々とかぶり、なるべく顔が見えないようにしていたのだが、正門の周りにはファンの姿は一人も見えず、変装する必要がない程、なほの計画した陽動作戦は大成功に終わった。正門から二人が外に出るとき、その場に居た黒森峰女学園の搭乗員達数人は、『隊長、頑張ってきてください!』と声をかけて、二人を見送った。
1600 佐世保港
熊本を出発したなほ達は汽車で、知波単学園への連絡船が出ているであろう佐世保に向かったが、なほはこれまで汽車に乗ったことはなく、切符の買い方も知らなかったようで、結局真由子が全ての面倒を見る事になった。また、切符の値段を全くしらないなほは、とりあえず真由子にお金を渡しておこうと、聖徳太子の描かれたお札を何枚も財布から取り出そうとし、真由子が慌てて止めさせるなど、真由子にとっては心労の大きな移動の旅となっていた。すったもんだの末、なんとか連絡船が出ている佐世保港に到着した頃には既に時計の針は16:00を周っており、丁度佐世保に遊びに来ており学園艦に戻ろうとする知波単学園の生徒達の集団を港周辺でなほ達は見つけた。
なほと真由子は、美紗子からもらった知波単学園のパンツァージャケットを着用し、雰囲気を変えるために髪型を変え偽メガネを着用すると、それらの集団の一つに紛れ込んだ。そして何食わぬ顔で連絡船の前のチェックを掻い潜り、船に乗り込むことに成功した。チェックをしている人間も知波単学園の全ての生徒の顔を把握しているわけではないようで、知波単学園では有名な、戦車搭乗員のパンツァージャケットを着ている二人のことを、本物の知波単学園の生徒だと思ったようだ。
「真由子。こんなにチェックが甘くて知波単学園の警備は大丈夫なのか?あのチェックをしていた子は、私達の事を見て『いつもご苦労様です。今度の試合も頑張ってくださいね』などと言っていたぞ。」
「このパンツァージャケットは本物ですからね。しかもこれだけ髪型を変えてメガネまで付けていますので、私達が黒森峰女学園の隊長と副隊長だなんて、まさか思わないでしょうから、それを責めるのは可哀想ですよ。それに隊長は、あそこで見つかりたかったのですか?」
真由子の返答に、なほは首を横に振った。ここまで来て自分達の正体がばれ、知波単学園に入れなくなってしまっては元も子もない。しばらくなほと真由子が話していると、沖合いに大きな学園艦の姿が見えてきた。それは、なほと真由子にとっては二度目となる知波単学園の姿だった。
「ところで隊長?聞くの忘れていましたけど、今日私達何処に泊まるのですか?」
「ん?私は美紗子の部屋に転がり込むから、真由子は向こうの副隊長達の部屋に泊めてもらえばいいだろう。」
真由子は、なほがこのような件については全くあてにならない事を分かってはいたが、案の定と思われるなほの返答を聞き、『私がちゃんとしていないと、やっぱり駄目だ』と強く思った。たしかに以前、知波単学園に転校した際、二人の部屋に真由子は転がり込んでいたから、一応寝るスペースくらいあるだろう。しかしいきなり来て泊めてくれと言って、果たして本当に泊めてもらえるのだろうか…と真由子は少し心配したが、ここまで来たらなるようにしかならないと、諦め顔になった。
そうこうしていると、連絡船が停止した。いよいよ知波単学園に到着したようだ。
1730 知波単学園 戦車格納庫
知波単学園の学園艦に到着した二人は、勝手知ったる学園艦内部を移動し、知波単学園の戦車格納庫に向かった。なほの勘は、美紗子はそこに居るだろうと告げており、この種の隊長の勘は大体外さない事を知っていた真由子も、黙ってなほに従って格納庫に向かった。格納庫に近づく前に、ここまで来たらもう大丈夫だろうと、髪型を元に戻しメガネを外すと、格納庫の前にたむろしていた知波単学園の搭乗員達に『美紗子は何処にいるか?』となほが尋ねた。尋ねられた搭乗員達は、流石になほ達の顔は覚えていたが、『どうしてここに居るのですか?あぁ…』と変な納得をしたようで、黙って格納庫の入り口を開け、二人を中に招いた。
二人が中に入ると、どうやら格納庫内では美紗子や知波単学園の小隊長達が何かの話で盛り上がっているようだったため、なほは驚かせてやろうと、静かに彼女達が話している傍の物影に移動した。そうすると、美紗子の声がなほの耳に入ってきた。
「…そうなんだよね。これだけ騒がれちゃうと、私も流石に困るよ。たしかに戦車道の発展のためには、こういう宣伝も必要だという事は分かるけど…。私もやっと早紀江さんの気持ちが分かった気がするよ。学園艦では皆気を使ってくれてるんだけど、上陸したら大変だよね。海の上に住んでいて、本当に良かったよ。」
「美紗子様も、やっと分かってくれましたか。私も去年は大変でしたから。私、今でもなかなか上陸できないのですよ。でも、私達が上陸していないと、逆に黒森峰女学園のなほさん達に迷惑をかけていないでしょうか。」
美紗子の言葉に早紀江が答えた内容を聞いて、なほはウンウンと首を縦に振った。ところがそれに答えた美紗子の回答に激怒することになる。
「たしかにかなりの数のファンが、熊本の黒森峰女学園に行っているみたいだから、なっちゃんには迷惑をかけちゃってるかな。でも、大丈夫だよ。なっちゃん言っていたでしょ?『私が全てを守る!』って。私の平穏な生活も守ってもらうよ…ハハハ」
美紗子がなほの声色を真似して『私が全てを守る!』と言った時、早紀江や節子を始め知波単学園の小隊長達は『似てる、似てる』と囃し立てていたが、ある瞬間を境に急に静かになり美紗子から視線を外した。
「あれ?皆どうしたの?」
周りの態度が急変した事に気づいた美紗子は、一体どうしたんだと思って早紀江の方を見ると、早紀江は無言で『後ろを見ろ』とジェスチャーを送った。それに応じて美紗子が後ろを振り向くと、そこには顔を真っ赤にしたなほと、顔に手を当てて『あ~ぁ』という表情をした真由子が立っていた。
「美~紗~子~!やっぱり、私が大変な目に合うと分かっていて、引き篭もっていたんだな。許さないぞ。明日は私と一緒に陸に上がってもらうから覚悟しろよ。私をこれまで困らせてきた罰だ。明日は私にしっかり付き合ってもらうからな。」
「な…なんで、なっちゃんがここに居るのよ。どうやって、ここに来たの?」
なほはそう言って美紗子に掴み掛かったが、周りから見ると、どう見てもじゃれ合っているようにしか見えなかった。そんな様子を見た真由子は、自分の友達である早紀江と節子に事情を話した。『美紗子に抗議しようという名目で知波単学園に来たけど、隊長の本音はただ単に会いたいと思っただけだろう。』『学園艦には知波単学園のパンツァージャケットを着て来たら入れた。』『日曜日には帰るから、今日と明日は泊めて欲しい』と真由子から伝えられた早紀江と節子は、真由子を自分達の部屋に泊める事を了承すると、声を潜めて相談を始めた。
「どさくさに紛れて、なほさん明日は美紗子様と佐世保でデートするみたいだな。私達も一緒に佐世保に行くけど、今日中に誰かからカメラを借りてこないとな。来月の会報誌は楽しい事になりそうだ。」
「節子、カメラの件は大丈夫です。黒森峰女学園でカメラ持っている子から、借りて持ってきていますから。」
「さすが真由子さん、よく考えているね。明日は私達もしっかり楽しませてもらいましょうよ。」
後ろでそんな会話がなされている事に気づいていない二人は、尚もじゃれ合いつつ文句を言い合っていた。
「なっちゃん、皆を守ってやる!って言っていたでしょう?私も守ってよ。」
「いや、美紗子は守られなくても十分強い。逆に私が守ってもらいたいくらいだ。」
その大騒ぎは、夕食の時間になるまで続いた。そして、なほと真由子は久しぶりの知波単学園での生活を楽しむ事になる。
翌日、昨夜のなほの宣言どおり、美紗子はなほに連れられて、しぶしぶ佐世保に足を運ぶ事になった。佐世保では、隊長の美紗子が連絡船から下りてきた事を知って、凄い数のファンが押し寄せたが、美紗子の横に黒森峰女学園のなほまで居る事が分かると、『これはスクープだ』と雑誌の記者やカメラマンまでもがやってきた。美紗子となほは、絶えず誰かに見られ、周りから握手を求められたりと、大変な状態で佐世保の町を周る事になったが、お互いに久しぶりに話せるということで、顔には笑みが浮かんでいた。しかし、流石に一日を終え学園艦に戻ると、全く気が休まらない時間を送っていたため、二人ともぐったりしたような感じでへたり込んだ。
「美紗子、これだけファンにサービスすれば、しばらくは私も大丈夫だろう。それと、今年は私は陸で逃げ場がない状態で頑張っているのだから、美紗子もなるべく陸にあがるんだぞ。」
「わ…分かったよ、なっちゃん。たしかになっちゃんだけに押し付けていたら駄目だよね。これまでゴメンね。これからは、私もなるべく頑張るから。それと、今回来てくれてありがとう。嬉しかったよ。」
疲れてはいたが、明日には帰るということで、その日なほと美紗子は遅い時間まで話が盛り上がり、夜更けまで美紗子の部屋の明かりは消えなかった。また、真由子も早紀江や節子とよからぬ相談で夜遅くまで盛り上がり、楽しい夜を過ごすことになった。
日曜日 1300 知波単学園学園艦
「えっ、最後の連絡船はもう行ってしまったのか?」
「た…隊長、どうしましょう。これでは私達、黒森峰女学園に帰れないですよ。」
前夜、明け方近くまで楽しんだ二人は、疲れも貯まっていたのか二人そろって寝過ごしてしまった。同部屋の美紗子や、早紀江や節子もまた同様で、目が覚めた時間には既に最後の佐世保への連絡船は出発しており、知波単学園の学園艦も外洋に向かって動き出していた。流石にこのままでは拙いと、なほも真由子も顔面を蒼白にしており、昨晩一緒に騒いでいた美紗子や早紀江、そして節子も、どうしたものか…と困っていた。やがて仕方ないという顔になった美紗子は、あまりやりたくなかった解決策を示す。
「怒られるの覚悟で学園長のところに行って、ヘリコプターを出してもらうよ。たぶん、私もなっちゃんも後から大目玉だけど、背に腹は変えられないよね…」
なほも真由子も仕方ない…といった感じで、美紗子に連れられて知波単学園の学園長の部屋に向かった。
「細見学園長…その、お願いが…実は…」
学園長室には学園長の細見と、戦車道の顧問でもある星野が将棋を打ちながら楽しんでいたが、美紗子がなほと真由子を連れて入ってきたのを見て目を丸くして驚いていた。二人とも、なほが自分達の学園に来ていることを知らなかったようだ。そして、美紗子となほから事情を聞くと、二人そろって大笑いする事になる。
「ハハハハ、それは、それは。昨日、佐世保で面白い事があった事は知っていたが、まさかそんな事になっていたとはね。いやいや、後先を考えずに無茶をするのは、若い者の特権だな。どうかね星野さん。」
「全くじゃな。しかもそれをやらかしたのが、あの池田さんの所と西住さんの所のお孫さんというのも、楽しいもんじゃな。まぁ、お互いに反省もしておるようじゃし、学園長、助けてやりましょう。」
「そうですね、星野さん。ただ説教もなしというのは、これは教育的に良くないと私は思うな。まぁ、美紗子さんの方は、これから私のお説教とお母様に経緯を伝えて叱ってもらう事にして、なほさんの方は、向こうの学園長の島田君とお母様のさほさんに連絡して、叱ってもらえばいいだろう。」
「二人とも、かなり厳しい説教を受ける事になりそうじゃの。まぁそれだけの事をやったのじゃから、しっかり責任をとって反省する事じゃの。ただ、その友情はこれからも大切にするんじゃぞ。」
二人は大笑いしながら、なほと真由子を黒森峰女学園に戻すためにヘリを準備してくれた。しかし、二人の言葉を聞いた美紗子となほは、この後に待っている説教の事を考えると、震えながら感謝をすることになる。美紗子はこの後直ぐに師範である母に呼び出され説教をされる事になるだろうし、なほも黒森峰女学園に戻ってから同様の事が待っているだろう。ただ、なほも美紗子もこの二日間の楽しかった時間を考えると、仕方ない…と思い、それ程後悔はしていなかった。
こうしてなほの小さな冒険は終わるが、巻き込まれた島田真由子は、祖父で学園長の島田豊作から説教をされながら、『戦車の事以外で隊長をあてにすると、大変な事になる』と肝に銘じていた。ちなみに、土曜日になほと美紗子が二人で佐世保の町を楽しんだ姿は、真由子によって全てが隠し撮りされており、それらの写真は例の会の会報誌に掲載され、二つの学園では二人の関係がより誤解されていく事になる。
これで幕間のエピソードは全て終了になります。今回の話は、西住なほが知波単学園に転校した後の後日談的な話になりましたが、これらの話から、池田美紗子と西住なほの関係が少し設定出来たかなと思っています。この後、第3章では二人は戦車道の試合で激突することになりますが、只単なる戦車道のライバルではなく、お互いの事を理解しあった親友同士の激突といった感じで、第三章を読んでもらいたいな…と思い幕間の話を作りました。
ちなみに、普段しっかりしている人でも、時々致命的なミスする事って、結構あるんですよねw。ただ、そういう人がミスした時というのは、結構な確率で周りの人が笑ってフォローしてくれたりするわけで、やっぱり普段の行動というのは大事だな…とw。