学園艦誕生物語   作:ariel

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今回より第三章「池田流 対 西住流」が始まります。第二章で知波単学園は黒森峰女学園と全国大会一回戦で戦っていますが、練習試合という知波単学園が本気を出せる試合で戦う機会はこれまでありませんでした。第三章は、池田流、西住流双方の直系の孫娘達が両校に在籍している最後のこの年に、直接対決する章になります。高校生活での最初で最後の真剣勝負になる事はお互いに分かっているため、どちらにとっても負けられない戦いであり、これから世代を超えて続いていくライバル対決の起点になる章にしたいな…と思っています。


第3章 池田流 対 西住流
第32話 新一年生


1962年 4月 知波単学園 大講堂

 

「なぁ早紀江、今年入ってくる一年生、物凄く多くないか?去年の一年生も私達の時に比べて多かったけど、今年はあれよりも多そうだ。それと佳代のやつ、今年入学だろう?これだけ居ると何処に居るのか分からないな…」

 

「今年から機甲科だけではないから入学者が増えるって、この間学園長が言っていたでしょう?節子…もう忘れたの?これまでは機甲科の有志が参加していた学園艦の運航や食料生産が、航海科、農業科、そして水産科という独立した形で新入生を応募したから、その分生徒数も増えているのよ。機甲科自体の生徒数は変わっていないはずよ。あと佳代さんは、入学者を代表して挨拶する事になっているから、たぶん前の方にいるでしょうね。美紗子様は、佳代さんが何処に居るか知っていますか?」

 

「私も佳代ちゃんが代表して挨拶をする事しか知らされていなから分からないよ。そういえばお母様が言っていたけど、今年は入学希望者が多すぎて入学試験があったみたいだよ。何人かの池田流からの子は、お祖母様の推薦で無試験で入っているけど、倍率は結構高かったみたい。早紀江さんはまだしも、節子さんは今年だったら入学出来なかったと思うよ。試験が無かった一期生で良かったね。」

 

「なっ…美紗子様、それは酷い。私だって一応、…いや、美代子様の推薦があれば無試験で入学出来るのだろう?だったら、私は大丈夫だったはずだ…たぶん。」

 

1962年度の新入生を迎える入学式に、知波単学園の戦車隊を引っ張ってきた、隊長の池田美紗子、副隊長の村上早紀江、そして前副隊長の高橋節子は在校生として参加していた。これまで知波単学園は機甲科単科の学園だったが、二年間学園艦を実際に運航してきた学園長の細見は、一期生や二期生の生徒達が積極的に学園艦の運航や食料生産に興味を持ち参加している姿を見て、それぞれ航海科、農業科、そして水産科という形で新しい学科を新設する事を文部省に申請していた。文部省も、これらの科が新しく学園艦に出来る事で、学園艦の運航コストが抑えられるという試算が出たため、細見の申請を受理しその結果、本年度から新設の3学科が知波単学園に設置された。またこの試算の結果は、これから運用される各学園艦にも適用されるようで、今年学園艦が進水した黒森峰女学園、プラウダ高校、サンダース大学附属高校にも、来年度から学園艦の運用に携わる学科が新設されることが決定していた。

 

「あ、佳代さんあそこに居ますね。でも池田流から来た他の子達とは全然違う所に居るみたいですが、何か本家であったのですかね?」

 

「あれ、早紀江さん知らなかったの?佳代ちゃん、お祖母様の推薦をもらった推薦組ではなくて、入学試験受けて入ってきたんだよ。…で、主席だったから入学者を代表して挨拶する事になったんだって。たしか、お祖母様が『推薦書を書きましょうか?』と聞いたみたいだけど、『実力で入ってみせるから、必要ないです』と断ったらしくて、お祖母様もお母様も驚いていたんだって。どうしたの節子さん、ため息なんかついて?」

 

「はぁ…、池田流に居た頃から、佳代は頭が良い奴だなと思っていたけど、まさかそこまで出来るとは思っていなくてさ。美紗子様は自分の学年で両手には入るだろう?早紀江も私達の学年では両手に入るけど、流石に主席というのはな…。今度、私も佳代に勉強を教えてもらおうかな…と思って。」

 

節子の発言を聞いて、美紗子も早紀江も顔を見合わせて忍び笑いをした。いくらなんでも、三年生が一年生に勉強を教えてもらうのは…と思ったが、佳代と節子を考えると、案外本当に教える事が出来てしまうのではないか?と想像出来たからだった。そうこうしていると佳代が壇上に呼ばれ、入学者を代表して挨拶を行なった。佳代も流石に緊張した様子を見せていたが、それでも大人数を前にして堂々と挨拶を行い、学園長の細見や来賓として来ている家元の池田美代子も、佳代の堂々とした態度に笑みを見せていた。

 

「やっぱり、主席様は違うよな…。私達の時は早紀江が挨拶したけど、あがりまくって声が裏返っていたし、去年の美紗子様は堂々とはしてたけど、『三年間楽しく戦車道を行います。』なんて最後に言ったもんだから、学園長には『勉学にも励んでもらいたいものですね。』と釘をさされて、来賓の美代子様からも『学生の本分は勉学ですから、戦車だけではなく勉学にも勤しんでください』なんて突っ込まれて、美紗子様、壇上でボロボロになっていたしな。」

 

「節子さん、嫌な事を思い出させないでよ。あの後、お母様からもたっぷりお小言もらって、精神的にキツかったんだから。今回の佳代ちゃんは私の時の事を踏まえて、猫被ってるだけだよ。どうせ考えている事なんて戦車の事に決まっているよ。」

 

「美紗子様、そこで取り繕えるだけでも、美紗子様よりは上だと思うのですが…。見てくださいよ、学園長達の顔を。二年続けて酷い挨拶でしたから、今年はまともな挨拶だと思って、ホッとした顔をしていますよ。」

 

早紀江の言葉に促され、美紗子と節子が壇上の学園長達を見ると、あからさまにホッとした表情をしているのが分かる。そのような姿を見ると、美紗子としては非常に面白くない気分になってきた。たしかに、自分達が『少しだけ』ヘマをした事はわかるが、なにもあそこまで露骨にホッとした顔をしなくても良いではないか…。しかも、佳代を見ると妙にすました顔をしており、間違いなく猫を被っている事は、ずっと一緒だった美紗子はよく分かった。

 

「なんか、面白くないよね。佳代ちゃんはすました顔しているし、学園長達もホッとしているし…。ちょっとからかって佳代ちゃんを慌てさせてやろうかな。」

 

「美紗子様、また怒られますよ。」

 

「どうせいつも怒られてるから、今更それが一回増えたって構わないよ。」

 

早紀江が止めるのも聞かず、美紗子は丁度壇上から降りようとしている佳代に向かって、大声で叫んだ。

 

「佳代ちゃん、入学おめでとう!これから一緒に戦車乗り回そうね!」

 

美紗子の大声に周りからは大笑いが起こり、これ幸いにと周りの池田流本家から一緒に居た少女達も佳代に呼びかけ始めた。

 

「佳代ちゃん、歓迎するよ。早く戦車一緒に乗ろうね!」

「ずっと待っていたよ!やっと佳代ちゃんと一緒に戦車道やれるね!」

 

壇上から降りる途中だった佳代は、いきなり大声で声をかけられた事に一瞬動揺し、段を踏み外しそうになったが、なんとか体を保ち無様な姿を見せる事だけは避けることが出来た。しかし、折角の自分の晴れ舞台を全てぶち壊しにされた事を理解すると、美紗子達が居る方向に向かって怒鳴り返した。

 

「美紗子!よくもやってくれたわね!練習中に美紗子の戦車を撃ち抜いてやるから、後で覚えておきなさいよ!」

 

入学式という晴れの舞台に学園長を含め全員の前で、上級生しかも知波単学園を代表する先輩を名指しで怒鳴り返した佳代の姿を見て、入学式に参加した入学試験組の新一年生達は、『この子に逆らうと大変な事になる』と思い、まだ入学して初日だというのに、既に佳代の名前は彼女達の要注意リストに記録された。学園長の細見達は、『今年もやっぱり荒れたか』と頭を抱えていたが、これはこれで知波単学園らしいのかもしれないと、半分諦めの境地に達していた。ちなみに、今回の騒動の主犯者である美紗子は、入学式の直後に学園長室に呼び出され、学園長や家元である美代子、母である美奈子によって午前中一杯、説教される事になる。

 

 

 

1962年 4月 黒森峰女学園 学園艦

 

 

時を同じくして、黒森峰女学園でも入学式が行われていた。こちらは、今年から学園艦に全ての生徒が移動してきているため、これまで熊本にある仮の学園で学んできた二年生、三年生も全員、新一年生と一緒に入学式に参加していた。

 

「真由子、ようやく私達も学園艦に入れたな。私達は、最後の一年だけしか学園艦では過ごせないのが残念だが、これからの一年、本当に楽しみだな。」

 

「そうですね隊長。なにか私達も、今日入学してきたような気分になります。それにしても長かったですね。」

 

黒森峰女学園の隊長である西住なほと副隊長の島田真由子は、『ようやく学園艦で生活出来るのだな』という感動で胸が一杯だった。昨年、知波単学園に一週間という短い時間だったが転校し、学園艦で実際に生活をしてみて海の上での生活というものの良さを実感した二人は、ようやく自分達の学園艦が出来、自分達もそこで生活出来る事に喜んでいた。

 

黒森峰女学園の学園艦は、全長は10kmを超え学園艦上の町の人口も合わせると約10万人と、知波単学園に比べても巨大な学園艦であった。また、ドイツ戦車を使用する西住流が後押ししてきた黒森峰女学園の学園艦ということで、デザインはドイツ第三帝国の航空母艦『グラーフ・ツェッペリン』を元にしたデザインとなっていた。当初、学園艦建造の許認可権を持っていた文部省は、帝国海軍の空母型ではない事に難色を示したが、同時に建造計画が立ち上がっていたプラウダ高校やサンダース大学附属高校の学園艦も、それぞれの学園を後押ししてきた各国の思想が色濃く反映されたデザインを提出してきていたため、黒森峰女学園の学園艦のみを却下する訳にはいかず、最終的には建造許可を出したと言われている。

 

「そういえば、隊長。今年の一年生は有望な子が入ってきますかね。現在の二年生の世代は、西住流本家に居た頃から谷間の世代などと言われていましたが、たしかに今ひとつな感じがします。今年こそ優秀な一年生が入ってこないと、私達が卒業した後が心配ですよ。」

 

「そうだな真由子。まだ私が本家に居た頃の実力がそのままなら、あの世代だと…桜井と野中の二人がそれなりに出来ると思うが…、私もしばらく彼女達の実力を見ていないからな。私達二人の後を継げるように成長していてくれれば、嬉しいのだが。」

 

真由子が心配していた事は、当然なほも感じていた。また現在、黒森峰女学園で戦車道を指導している西住流の師範であり母のさほも、同じ心配をしていた。開校以来現在までの2年間、黒森峰女学園は公式戦も練習戦も負けた事はない。勿論、使用しているドイツ戦車の性能により圧倒する事もあったが、これまでの勝利は、なほの作戦や部隊統制能力、真由子や各小隊長達の指揮能力に大きく依存してきた事は間違いない。しかし、現在黒森峰女学園の戦車隊を指揮している小隊長クラスは全て現在の三年生であり、彼女達が卒業した後の指揮能力の低下を考えると、非常に頭の痛い問題だった。実際に一つ下の学年である二年生達を見てみると、たしかに真面目に練習などに取り組んでおり、他校であれば十分に指揮官が勤められる能力を持っていたが、西住流のお膝元でもある名門黒森峰女学園の隊長となると、少し物足りなかった。

 

これに対して、ライバルの池田流のお膝元である知波単学園を見てみると、現在の二年生に家元の孫娘である池田美紗子が在籍しており、さらに今年の一年生にも有望な子が入学する事を、さほは池田流の師範である池田美奈子から聞かされていた。したがって、今年であれば黒森峰女学園は知波単学園と問題なく『練習戦』で戦えるが、なほ達が卒業した以降の戦いはどうなるのか、西住流の関係者等はとても心配していた。

 

「まぁ、桜井と野中の二人なら、なんとかやっていけるとは思いますが、この一年間頑張って鍛えてやるしかないですね。」

 

「また『鬼の真由子』と呼ばれる訳だな。頼んだぞ真由子。」

 

どうやら今年も憎まれ役を引き受けなければならないか…と、副隊長の真由子は思ったが、流石に自分達の隊長に憎まれ役をやらせる訳にはいかないため、これは自分の役目だな、と考えた。

 

「そういえば、たしか隊長はこれから、在校生を代表して新入生への歓迎の言葉を言う事になっているのですよね?大丈夫ですか?」

 

「流石に私も人前で話す事は慣れたぞ。あれだけ雑誌やテレビでインタビューされたのだからな。まぁ、任せておけ。」

 

なほは自身満々で真由子に答えたが、この時なほは思い違いをしていた。雑誌やテレビのインタビューでは、インタビュアーは黙って発言者の言葉を聞いてくれるが、今回なほが話しかける相手はプロのインタビュアーではなく年頃の少女達だった。また、なほはこの年齢の少女達にも絶大な人気を誇っており、今年黒森峰女学園の入試倍率が跳ね上がったのは、一重に二重になほの影響でもあった。真由子は『本当に大丈夫か?』と思っていたが、やがてなほは学園長に呼ばれ壇上に上がった。

 

「新入生の皆さん、西住なほです。在校生を代表して皆さんの入学を歓迎します。まず、…エッ?エッ?」

 

なほが最初の一言を言った瞬間、前に並んでいた新入生達から大音量の悲鳴にも似た歓声が湧き上がった。なほは学園艦に移るまで、学園外では何度もこのような騒ぎに巻き込まれていたが、学園内ではクラスメイト達の協力もあり平穏が保たれていた。そのため、まさか学園内でこのような騒ぎに巻き込まれるということを、全く想定していなかったためとても戸惑い、予定していた半分も挨拶は出来ず、壇を下りる事になってしまった。それを見ていた真由子は『あ~、やっぱりこうなったか』と思ったが、隣に戻ってきたなほがとても落ち込んでいたため、『戦車道に入部してきたら、きちんと教育しますから、少しだけ辛抱してください。』と伝えるに留めた。こうして、少しトラブルはあったが、黒森峰女学園も無事に入学式と学園艦への移乗が終了した。

 

 

 

同日 黒森峰女学園 戦車格納庫

 

 

入学式の終了後、新一年生達はそれぞれの寮の部屋が割り振られた後、ほとんどの生徒は学園艦上に設置されている町の探索に出かけていた。しかし西住流本家から入学してきた一部の生徒達には、入学式が終わった直後に副隊長の島田真由子の名前で、戦車格納庫前に集合するように指示が出ており、町の探索もそこそこに格納庫前に集まってきた。格納庫前には既に戦車道に所属している二年生と三年生が整列しており、呼び出された新一年生達はこれから何が始まるのだろう、と少し不安を感じながら自分達も整列した。全員が集まった事を確認すると、隊長のなほと副隊長の真由子が一年生の前に立った。

 

「本来は、明日ここに集まってもらうつもりだったが、西住流本家から入学してきたお前達に、予めお願いしておきたい事があって、今日こうやって集まってもらった。まずは入学おめでとう。これから3年間、黒森峰女学園でしっかり戦車道を頑張って欲しい。他の一年生達の模範になるように、しっかり頼むぞ。」

 

まだなほが本家に居た頃、なほに対して憧れに近い感情を持っていた新一年生達は、本人から直接『頼むぞ』と言われたことに感激し、あちらこちらで『なほ様に、頼むぞと言われちゃったよ。』という言葉が飛び交った。しかし、なほの横に立っていた真由子が手を叩いた事で、そのざわめきは止まり緊張感ある沈黙が戻った。

 

「静かに!本家から来たあなたたちが、そんな浮ついた気持ちでどうするのですか!あなたたちは、今年の一年生の中心となって頑張っていくのですよ。こんな事だろうと思ったから、他の子が入って来る前にあなたたちを呼び出したのです。今日は特別に、私自らあなたたちに気合をいれてあげますから、覚悟しなさい。」

 

真由子の言葉が終わった瞬間、一年生は勿論、真由子の後ろに並んでいた二年生や三年生の間にもざわめきが起こった。本家に居た頃から真由子のしごきは有名で、当時年少だった一年生達にとって、真由子はとても怖い先輩の一人だった。その真由子が、自分たちに『気合を入れてやる』などと言っている以上、これからどんな目に合わされるのか火を見るより明らかだったため、一年生達の間には動揺が走っていた。

 

「真由子、今日はまだ初日だ。それは追々やっていけばいいだろう。それよりも、まずは肝心な事を決めておこう。」

 

なほの発言に、一年生達は『助かった』と思い、安堵する。戦車道の訓練は嫌いではないが、流石に入学式のその日から厳しい訓練をさせられるのは、勘弁して欲しいというのが、彼女達の偽らざる本心だった。

 

「お前達を前もって呼び出したのは、他でもない。お前達の学年の中で代表となる人間を決めて欲しいからだ。簡単に言えば、私達が卒業した後の隊長と副隊長になるための候補生ということだな。ん?何を驚いた顔をしている。私も真由子も今年が最後の年だ。私達の卒業後は、誰かがこの黒森峰女学園を率いていかなければならない。今の二年生とも相談したのだが、少しリスクはあるが今年の一年生から隊長と副隊長を選ぶのが良いだろうというのが、私と真由子の考えだ。誰か立候補する者はいるか?」

 

なほの言葉に、一年生はシーンとなった。冷静に考えれば、なほと真由子は三年生のため、今年が最後の年だ。そのため、その後は誰かが黒森峰女学園を引っ張っていかなければならない。ただ、なほが率いてきたこの二年間、黒森峰女学園は公式戦、練習戦いずれも無敗を続けており、これを引き継ぐ事のプレッシャーは並大抵の物ではなかった。集まった一年生達は『二年生の先輩達は、逃げたな…』と内心では思っていたが、なほから直接、自分達の学年から将来の隊長と副隊長の候補生を選ぶと言われてしまっては、これに反対する事は出来なかった。ただし、誰もがその重すぎる責任を理解していたため、お互いに顔を見合わせ、誰も立候補する者は居なかった。

 

「全く情けないですね。名誉ある黒森峰女学園の隊長と副隊長に立候補する子が誰もいないとは…。桜井!野中!前に出なさい!」

 

「は…はい!」

 

「…はい」

 

元々、誰も立候補などしないだろうと予想していた真由子は、『やっぱりな』と思う気持ちを持っていたが、副隊長の立場としてはそう言う訳にも行かず、二人の生徒を呼び出した。自分が一年生の立場だったとしても、なほの後を継いで隊長になりたいなどとは、思えない。呼び出された二人の少女は、前に出た瞬間にどうなるかを正確に理解していたが、真由子に逆らう事の怖さは、本家に居た頃からよく分かっていたため、少し躊躇したが、やがて諦めの表情を浮かべて前に出た。

 

「隊長、桜井芳子と野中美鈴の二名が立候補するようです。」

 

その場に居た一年生達は、『立候補?』と思ったが、それを口にしたら自分に火の粉が降りかかってくるかもしれないと思い、沈黙を守った。

 

「二人ともよく立候補してくれた。まぁ、隊長と副隊長になるのはまだ一年先の話だから追々考えてもらえば良いのだが、まずは一年生の代表としてしっかり皆を纏めていってほしい。何か困った事があったら、遠慮なく私か真由子の所に相談に来ればいいぞ。」

 

「はい、なほ様。」

 

「分かりました。」

 

『困った事があれば、なほに直接相談出来る』という事と、直接なほから指揮官としての指導が受けられると考えた二人は、たしかに苦労はしそうだが、それなりの役特はありそうだ…と思った。しかし彼女達の認識は少し誤っていた。隊長のなほは、対外的な仕事も含めて非常に忙しく、実際に相談出来る相手というのは副隊長の真由子であること。そして真由子に下手な事を相談でもしたら、更に説教をくらうということ。彼女達が現実を知るのは、もう少し先の事になる。

 

「折角、今年の一年生の主力となるお前達もいるし、二年生、三年生も揃っているから、今年の私達の目標を話しておきたい。」

 

今年の目標など全国大会で三連覇する事だろう、と真由子など一部の小隊長クラスを除くほとんどの少女達は考えていたが、なほの考えは違っていた。

 

「おそらくお前達の多くは、今年の目標は全国大会の三連覇だと思っているかもしれないが、私の考えは違う。全国大会の三連覇など目標としなくても、私達であれば普段通り戦えば達成できるだろう。私達の今年の目標は、今年の10月頃に行なわれる事になっている、知波単学園との練習戦に勝利することだ。」

 

なほの言葉を聞いて、ほとんどの搭乗員達は不思議そうな顔をした。知波単学園といえば、強豪校相手に善戦はするものの、全国大会では一回戦を勝つのがせいぜいの弱小校だというのが、一般的な見方である。風の噂では、練習試合は今の所負けた事がないらしいが、練習試合は所詮練習試合。何故そんな学校との練習試合が全国大会の三連覇以上の目標になるのか、搭乗員達には分からなかった。そんな様子をなほも感じたのか、更に言葉を続ける。

 

「お前達の中には、知波単学園など恐るるに足りないと思っている者も居ると思う。実際に一昨年の全国大会の一回戦では、私達が勝っているからな。だが、あの高校は練習試合でしか本気で戦わないという変わった高校で、公式戦での強さと練習戦での強さは、文字通り桁が違うだろう。実際に、知波単学園は練習戦でこれまで負けた事はない。その相手には、あのプラウダ高校も含まれているのだから、あそこの本気は私達の強さに匹敵する事はお前達も分かるだろう。それに…おそらくこの知波単学園との練習戦が、私や真由子が指揮をとる最後の試合になるだろう。私達はこれまで2年間、全ての試合に勝利してきた。そして出来れば、無敗のまま高校生活を終えたいと考えている。そのために、みんなの力を貸してくれ。」

 

それを聞いて並んでいた少女達は、なほが指揮をとる最後の試合がこの練習試合になる以上、負けるわけにはいかないという事が分かり、先ほどまでの『微妙な相手だな』という考えを消し去った。また、自分達が二度にわたって全国大会の決勝戦で戦ったプラウダ高校ですら、練習試合では知波単学園に撃破された事を聞かされ、これまでもっていた知波単学園は弱小校だという意識が間違っていた事を知った。

 

「知波単学園には西住流に匹敵する戦車道の大流派である池田流がついています。そして現在の知波単学園の隊長はその家元の孫娘である池田美紗子。隊長のなほ様が、ここには絶対に負けたくないという事は、あなたたちも分かりますね。そしてこの練習試合はこれから毎年、黒森峰女学園と知波単学園との間で開催される事が既に決まっています。その一番最初の試合で私達が負けるわけにはいきません。今日決まった一年生の代表である二人には、来年以降の試合のためにもこの練習試合に出場してもらいますから、しっかり練習するのですよ」

 

最後に副隊長の真由子が、なほの言葉に続けて負けられない理由を語った。一年生の代表に決まった二人は、そんな大事な試合に出場する事になるのか…と焦ったが、これから毎年続いていく練習試合のために、少しでも自分達に経験をつませようとしている事が分かり、これは相当真面目に普段から練習しておかないと拙いぞという事を理解した。こうして、黒森峰女学園の学園艦に移っての初めての年は開始した。

 




なんとか第三章を始める事が出来ました。ここから年末にかけて本業が忙しくなるため、おそらく以前のように直ぐには更新する事は出来なくなると思いますが、気長に待ってもらえたらと思います。

ちなみに今回の文中にあるような『立候補』ですが、昭和の時代では結構普通にあったりします。といいますか、著者はこの種の『立候補』の被害者だったりしますw。

今回も読んでいただきありがとうございました。
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