1953年 9月 東京 日本再建連盟 会長室
その日、日本再建連盟の会長室には7人の男と2人の女が集まっていた。辻は会長室に入った瞬間驚きの顔を見せた。議員である自分でも、これだけの人間を同じ場所に集める事は至難の技だ。そして、現政権の閣僚を呼びつける事が可能な岸の影響力をまざまざと見せつけられた思いだった。そんな中、服部は気軽に岸と話している。やはり、終戦時のゴタゴタで何かあったのだろう。同席した女性2人のうち、池田美代子は辻もよく知っているが、もう一人は辻も実際に会うのは初めてであった。おそらく岸が呼びつけたのだろうが、一体どのような伝を使ったのだろうか…。
「服部君には、終戦後のゴタゴタの際に、大きな『カリ』があるからね。その服部君たっての頼みだ、戦時中はそこに居る辻君も含めて色々とやらかしてくれて、その都度その尻拭いをさせられた私としては、言いたいことも多々あるが、『カリ』は返さなくてはならない。それに、服部君が持ってきた提案は、日本という国を再び世界の中枢に戻していく中で十分価値のある物だと思ってね。私も力を貸そうと思ったのだよ。」
岸の一言を聞いて、辻は思わず顔を背けた。太平洋戦争中に軍部の行なった無理による尻拭いをしてきた岸にしてみると、自分や服部は、それを引き起こしてきた張本人だ。言いたいことは片手では足りないだろう。それでも岸は自分達を助けてくれると言う。今更ながらに、自分の上官だった服部のコネクションに辻は感謝した。
「さて、この中にはお互いに言いたいことが色々ある人間も居るだろう。なんといっても私もその一人だからね(笑)。だが少なくとも今は、私の顔に免じてそれは腹に納めておいてもらいたい。池田君、岡野君、佐藤君、木村君、先日私が連絡したように、私としてはこの国の戦車道を早い段階で復活させたいと思っている。そこにいる西住流の家元、西住かほさんから現状をうかがって、このままでは戦車道そのものが無くなってしまう事が、私もよく分かったのだよ。」
岸の言葉に池田美代子と西住かほは、大きく頷いた。池田流と西住流、思想は違えど戦車道の復活と発展を願っているのはどちらも全く同じだった。まして、現在の日本の政治を動かす中心に居る男達が協力してくれる可能性が高いのだ。その期待は嫌でも高まる。
「岸さん、岸さんからの頼みでは断ることは出来ませんが、私も前年まで大蔵大臣を任されてきた身ですから、現在の日本の財政状況は分かっています。たしかに、朝鮮戦争に乗じた特需で我が国の財政は持ち直していますが、ここで新たに戦車道を復活させるとなると、それに必要な資金は莫大な物になるでしょう。戦車を動かすための土地の購入、戦車の購入、人材の育成に必要な資金、どう考えても財政的には厳しいですよ。」
前年まで大蔵大臣であった池田勇人は、少し戸惑いながらも岸に回答した。おそらくそんな事は、岸も分かっているはずだ。それにも関わらずこんな無茶を言ってきた以上、岸には何か案があるはず。それは一体何なのだろうか…政治家として池田には非常に興味があったのだ。
「池田君、君も存外頭の悪い男だな…、この私に何も案がないと思われるとは心外だ(笑)。ほら、そこに座っている旧陸軍の悪党がその解決策を教えてくれるだろうよ。私もそれを知ったときは驚いたが、君達にも驚いてもらおうか。結論だけ言ってしまうと、これを使ってしまって良いのかは問題だが、財政的な問題は全くない。」
岸は服部に視線を向けた。それを見て、その場にいる全員の視線が服部に集中した。
「いや…私は悪党という訳ではないのですがね…。先の大戦で陸軍がフィリピンで徴収したマッカーサー元帥の溜め込んだ財宝があるのですよ。しかも、朝鮮戦争の際の経理のどさくさに紛れて、マネーロンダリングも一部済んでいまして…」
「ちょ…ちょっと待ってくれ。大蔵大臣であった私ですら把握していないなど、おかしいではないか?それに、その話は聞いたことがあるが、いつのまに日本に持ち込まれていたのだ?」
池田は呆然とした状態で服部に問いただした。日本国の財政を預かる大蔵大臣であった自分ですら把握できていなかった財源。しかも経緯が経緯なだけに、あっても使えない財源が、いつのまにやらマネーロンダリングまでされていると言う。到底容認できる話ではなかった。とはいえ、金は間違いなく存在するようだ。それも尋常ではない額の金が。
「いえね…ひょっとしたら岸さんは、気づいていたかもしれませんが、先の大戦中、山下将軍がマニラを占領した際に摘発したマッカーサーの財宝が、一時的に昭南島(シンガポール)に保管されていたのですよ。そして、終戦の年の1945年に海軍さんが実施した北号作戦の際に本土にそれが持ち込まれましてね…。あの作戦は表向き戦略物質を昭南島から本土に運ぶ作戦でしたが、実は参加した艦艇の内、戦艦日向の倉庫には戦略物質ではなく例の財宝が詰め込まれていまして。北号作戦自体は、私が支那に派遣されてから行われましたから、実施には立ち会っていませんが、その計画及び海軍さんとの折衝は私自身が行いましたので、それは間違いありません。その総額は、現在の日本の国家予算のおよそ15年分程でしょう。」
服部の告白にあちらこちらから息を飲む音がする。この告白には、服部と同じ穴の狢である辻も仰天していた。たしかに開戦初期、フィリピンで山下将軍が大量の金塊を摘発した事は辻も把握していたが、まさかあれが今の日本で眠っていたとは、辻も想像していなかった。
「服部さん、事の善悪はこの際置いておきましょう。戦時中の話ですから。軍部の中枢に居たあなたが実施した以上、それは確実に日本までは来たのだと思います。しかし終戦の後、一時的に占領下に置かれた我が国の何処にそんな物を隠せたのですか?まして、占領軍のトップはマッカーサー本人です。生半可な隠し方では見つかるでしょう。」
郵政大臣であった佐藤栄作が、服部に質問した。服部が有ると言っており、岸もそれを認めている以上、実際に使える金があるのは間違いないのだろう。しかし、終戦時に持ち込まれた金が何故占領下でも無事だったのか、佐藤には全く想像出来なかったのだ。
「私自身は当時支那で戦っていましたから、あくまでも伝聞による情報になりますが、日本に到着した日向から金塊は一端、市ヶ谷の参謀本部に移されたそうです。ただ、当時の陸軍大臣阿南大将は、帝国の敗戦は免れられないと認識していたようで、これを隠す事に尽力したそうです。結局は、灯台の元なんとやらですが、日銀の地下倉庫の下にある秘密の倉庫に全て隠し、出入り口は完全に封鎖したようです。おそらく、当時の日銀総裁だった渋沢敬三さんもこの件には絡んでいると思いますよ。ただし、この移動は軍事作戦として行われたため、当時の政府には通知が行っていなかったと思います。おそらく、独立後の再軍備のための資金にしようと考えたのでしょうね。」
服部の説明を聞きながら、岸は苦笑していた。岸自身も服部からその事を聞かされるまで、この件については全く把握しておらず、内心では『陸軍もやりおるな』と感心してしまったほどだ。そしてこの件を把握してからの岸の行動は早かった。直ぐに現在の日本銀行の総裁である一萬田尚登に連絡をとったのだ。一萬田は、終戦の翌年から現在に至るまで長く日銀の総裁として君臨する人物であり、近々政治の世界に打って出る事が囁かれていた。岸からの連絡を受けた一萬田は、全てを岸に伝えたという。曰く、占領下ではこの財宝は完全に隠し通した。日本銀行の地下倉庫に米軍は来たが、完全に出入り口が封印してある隠し倉庫の存在はばれなかった。そしてサンフランシスコ平和条約が締結された後、朝鮮戦争時の国際金融の混乱に乗じて、マネーロンダリングを少しずつ行い、一部ロンダリングが完了した事。もっとも、元々の額が額なだけに完全にロンダリングが終わるのは、まだ相当な時間がかかる事も付け加えていたが。岸は、この金を使って日本の産業育成を考えていたが、一部は文化振興という名目で戦車道につぎ込んでも問題ないと判断していた。元々無かった所から出てきた金なのだから…
「服部さんの話は分かりました。財源の使用用途としては問題が残りますが、少なくとも金がある事は間違いないようですね。ただ、戦車道を復活させると言ってもどうするのですか?それに私がここに呼ばれた理由も分からないのですが。」
不思議そうな顔をして発言したのは、現職の文部大臣である岡野清豪だった。たしかに、文部大臣である彼がここに居るのはおかしな話だ。同じくこの場にいる木村篤太郎は保安庁長官だから戦車が絡むこの案件の相談に居るのは普通だ。また、近々北海道開発庁長官に就任する事が決まっている佐藤栄作がここに居るのも理解出来る。おそらく戦車を走らせるための土地確保だろう。しかし、何故自分が。この疑問に回答したのは、岸でも服部でもなかった。
「戦車道は、婦女子が行う武道です。元々、外国におけるTank Game for Womenも学校教育の課外活動として発展してきたという歴史もあります。ですから、現在の学校教育の一環として戦車道を取り入れてもらい、戦車道の裾野を広げたいと思っているのです。また、戦前から続く全国高校野球のように戦車道の全国大会を文部省主催で開催してもらうことで、より戦車道を発展できるかと…」
回答したのは、西住流の家元である西住かほだった。「軍神」西住小次郎の忘れ形見にして、西住流を支える家元。元軍人達も西住流を残すために、陽に陰に支援をしているという話だ。そんなかほからの提案は、驚くべきものであった。たしかに、戦車道を行う人間が増えれば裾野が広がり、戦車道は発展していくだろう。しかし、そこまでして戦車道をやる意味があるのだろうか?この疑問は現保安庁長官であった木村からなされた。
「日本の国防を預かる身としては、戦車道が広がり、いざという際の戦車搭乗員を確保できるのは、ありがたい。しかし、教育にまで絡める程の意義がありますかな?現在は、戦時中と異なり、軍事教練など世論が許さないでしょう。まして戦車を実際に扱う以上、軍国主義の復活だ!などと騒いでくる輩は相当数居るでしょうに…」
木村の質問に、岡野は大きく頷く。たしかに、武道の一つとして振興するなら分かる。また最大源譲歩して、その武道の一つを学校の課外活動として行う程度なら許容できるだろう。しかし、かほの提案はおそらくそれ以上のものだ。学校教育の一環ということは、それを授業として取り入れる事。現在の日本でそんな事が許されるとはとても思えない。それが、日本の教育行政を預かる責任者としての感想だった。
「いえ、これはやり方次第で日本の国際的地位を高める事が出来ます。国策として進める意義はあると思いますよ。」
辻の発言に、全員の視線が辻に集中する。
「まぁ、辻君の考えているところは私もこの会合の前に西住さんから話を聞いて、なんとなく理解している。辻君が言うよりも私から答えよう。」
岸が続けた。どうやらこの会合を開く前に、岸は西住かほから戦車道の現状を含め色々と話を聞いているようだ。おそらく岸は西住流を後押しするつもりなのだろう。もっとも、こちらも池田流を後押ししているため、非難出来るような立場ではないが…と辻は考えた。
「まず、現状の確認から行こう。現在世界的にこの分野は、Tank Game for Womenという形で楽しまれている。しかしこれは各国でルールも統一性がなく、ただ単に戦車を使った遊びという認識だ。ここに日本が大々的に戦車道という物を提示して、国際的なルールの制定を含めて、新しく出来る競技の主導権を握ってしまおうと考えている。たかが遊びといっても、動かすのは実際の戦車だ。自国の安全保障も絡んでいるだけに、時が来れば必ず各国ともにこの競技に参加し国が後押しする形になるだろう。しかし、その頃には既に日本が中心となって定めたルールの中での競技になる。勿論、我が国が多少でも有利になるようにルールは作っておく。おそらく最終的には国際大会のような物が開催されるだろう。そしてその大会の開催国はこの競技の中心国が選ばれるだろうが、我が日本はその有力な候補になる。実際の戦車を使用した競技の世界大会で日本が優勝する事が出来れば、それは裏を返せばそれだけ優秀な戦車搭乗員を我が国が抱えている事になる。これは、日本の安全保障にも有利に働くし、巨大な金が動く競技大会だ、今は持ち出しでも将来的には経済的な効果が必ず出てくるだろう。」
結局は金か…だが理由としては悪くない。岸もおそらく服部からの頼みを聞いて動き出しているため、目的と手段は逆だ。だが、理由に安全保障や経済が絡めば…そう悪い理由にはならない。
「岸さん、なんとなく目的と手段が逆転しているような感じがしますね。ですが、岸さんがそこまで言うのでしたら、私から敢えて言うつもりはありません。私の力が及ぶ限り協力させていただきます。まぁ、あなたがそこまで肩入れするから私は協力するのです。間違ってもそこに居る辻君が同じ事を言っても、私は納得しないでしょう。それだけは覚えておいてください。」
おそらく完全には納得していないだろう。しかし、岡野は協力を約束した。
「ところで、学校で教えると言っても、現状の学校でどうやって戦車を教える予定なのですか?戦車を動かして、模擬弾とはいえ大砲をぶっぱなす以上、広大な土地が必要になります。そんな場所、あるのですか?…それで、佐藤さんを呼んだのですか?北海道に新設校を作るのですね?」
岡野は続けて疑問を出したが、自分でも大体の解答を想定しての疑問だったため、続けて答えた佐藤の答えには驚いた。
「いえ、北海道は無理です。おそらく岸さんは、北海道の広大な土地に新設校を作り、そこで戦車道を推進しようと考えていたのだと思いますが、こればかりは岸さんの頼みとはいえ聞けません。それに、本当に戦車道を推進するのであれば、全国津々浦々で行わなくては意味がありませんので、北海道で行う事は問題の根本的な解決にはなりません。」
「佐藤君、何故北海道ではダメなのかね?」
岸は自分が想定していた事を完全に否定されたため、佐藤に問いただした。
「まず、北海道はソ連との間の国防の最前線です。従って、つい先日発足した保安隊を展開させなければならないため、そちらに全て取られてしまいます。それに、最前線にそのような特殊な学校を作るのは、安全保障の観点からも私は反対です。」
たしかに、これは佐藤の言うとおりだった。現在の日本の仮想敵国はソ連。おそらく、これから北海道には大量の保安隊が配置されるだろう。そうなると、たしかに新設校は難しい。しかし広大な土地が余っているのは、北海道にしかないのも確かだった。
そんな中、議論の蚊帳の外にいて、ひたすら議論を聞いているだけだった辻が発言した。
「別に北海道ではなく、無人島かなにかでもいいでしょ。」
ところが、服部は辻の提案を即座に否定した。
「いや、ダメだ。既に戦車が動かせるような平地を持つ島には、誰かが住んでいる。それに戦前はまだしも今の政治形態では、簡単に住民を追い出せない。」
日本は大小多数の島で構成されている国家だ。しかし、ある程度の広さで無人島となると、まずないだろう。名案だと思って発言した辻も、それに気づいて提案を引っ込めた。しかし…いや、海自体は使えるはずだ。大砲の弾が外れても誰もいない海ならば問題ない。戦車を動かす平な土地…海に浮いていれば戦車はその上で動かせる。…形だけなら、昔海軍が使っていた、空母のような物でも良いわけだ…いや、巨大な空母であればいい。しかも、今回は空母から航空機を飛ばす必要がないから、船の速度は遅くても問題ない。要は戦車を積んで外洋に出かける事が出来る程度に動けば良いのだから。辻の考えが纏まった。
「服部さん、巨大な空母型の艦艇を作って、その上で戦車を動かしたらどうですかね?」
学園艦のアイデアは、あの「つじ~ん」発案になってしまった…ま、いいか(笑)。政治家や軍人など公人に極めて近い人は実名にしてしまいましたが、それ以外は全て仮名です。まぁ、フィクションである事は皆さん分かっているでしょうから、名前の部分のツッコミはなしでお願いします。また、学園艦を実際に作らせようと思うと、これくらいトンデモ理由をつくらない限り無理(笑)!。この辺りは、どこか違う世界の日本だな~といった感じで楽しんでください。