1973年 7月 鹿島造船所
「班長、今回の船はこれまでの学園艦と比べるとえらく小さい船ですね。それに今までとはだいぶ工程も違いますが、本当にこれでいいんですかぃ?」
「あぁ、一応俺の所に来ている工程表だと、これで合っているはずだ。しかし今まで作ってきた学園艦に比べると、なんというか高さがかなり低い気がするな。まぁ、こっちの形の方がスマートに見えるから、俺は好きだがね。」
新造学園艦の予算が通り、昨年の終わり頃に茨城県選出の国会議員の橋本登美三郎が鹿島造船所の社長に断言したように、新造艦建艦の仕事は鹿島造船所に回ってきた。当初、員数外の学園艦建艦ということで、全国各地の学園艦建艦に携わってきた造船所が、この仕事の受注を勝ち取ろうと熾烈な駆け引きが展開されたが、最大のライバルとなると考えられていた鈴鹿造船所が手を上げなかった事、そして自民党の幹事長でもある橋本の力によって、鹿島造船所が最終的にこの受注を勝ち取った。各地の造船所は、最も有力な造船所である鈴鹿が今回の新造艦の受注に乗り出さなかった事を不思議に思っていたが、この話と前後して一号艦改装の話が公になったことで、その理由を理解した。
一号艦の改装は、遥か昔に鹿島造船所が二号艦を世に産みだした時を超える仕事になることは確実であり、国内で有数の鈴鹿造船所と言えども単独で全てを行うことは事実上不可能だった。そこで鈴鹿造船所は、近隣の東海地方や関西地方の造船所を総動員してこの仕事に当たることになったため、鹿島造船所が受注した新造艦の話は、あっという間に造船業界の話題から消えてしまった。しかし実際に建艦を行っている鹿島造船所では、従業員達の間で新造学園艦に対する様々な話題に花が咲いていた。そして、おそらく最後となる学園艦建艦に社を挙げて取り組んでおり、急ピッチでその作業が進んでいた。
「そういえば班長、巷では一号艦の改装の方に話題は取られてしまっていますけど、あの一号艦を、どうやって改装で二号艦に匹敵する大きさにするんですかね?」
「お前知らなかったのか?俺の友人が鈴鹿で働いているんだが、なんでも主要部分を除いて一度完全にバラすという話だぞ。それで、そこから主要部分をそのままブロック単位で新造艦に組み込んで、ほぼ新造艦に近い形で改装するという話だそうだ。だから書類上は改装だが、実質は新造艦という話だぞ。」
「へぇ~。それくらいなら、新しく艦を作っちまった方が楽ってもんですね。東海や関西地方の造船所は、今回の改装に総動員って話ですが、それだけの大仕事でしたら当然といえば当然ですよね。」
「お前、一号艦は恐れ多くも天皇陛下が名前を与えた艦だぞ。あれを廃艦に出来るわけがないだろう。だから偉い先生方が知恵を絞って、今回のように大規模改装という名目で、ほぼ新造艦を作るという話になったんだ。さぁ、おしゃべりはそれくらいにして、とっとと作業に戻れ!」
鹿島造船所の作業員達の間でも時折話題になっていたが、鈴鹿では現在一号艦の解体作業の真っ最中だった。計画では今年中に主要部分以外全ての解体を終わらせ、そこから約2年半かけてほぼ新造艦に近い形で部品を組み立てていくことになる。この間、一号艦である知波単学園の生徒達は、戦車道池田流が管理していた愛知県東部の広大な土地に生徒全員が移り、しばらくは陸上で教育が行われることになっていた。そのため、この年に知波単学園に入学した生徒達はおそらく学園艦での生活は行えないだろうと言われていた。
「はぁ、ようやく休憩時間か…。班長、それにしても今回の学園艦建艦はえらく急ピッチな仕事ですよね。予定では再来年度にはもう生徒を受け入れる事になっているようですから、それに間に合わせるためといえば仕方ないのかもしれませんが…それにしても工期が短すぎますよ。」
「そりゃ今回の新造艦は、うちの橋本大先生たっての希望で造られる学園艦だから、仕方ないとえば仕方ないだろうよ。それにうちの社長も、久しぶりの地元の学園艦ということで、相当気合が入っているという話だ。まぁそれに、再来年度から生徒を受け入れるという事は、うちの娘も入学出来る可能性があるという事だから、親の俺としては気合が入るってもんよ。」
「あれ?班長の娘さん、茨城学園に入学させると前に言っていませんでしたか?」
「あぁ、最初はそのつもりだったんだが、中学に入ってから成績が下降線気味でな…。このままだと茨城学園は難しそうだから、この新設艦に志望変更だな。情けない話だが、新設学園ならそれほど成績が良くなくても入れるだろうし、俺が船の仕事をしているから出来れば娘を学園艦に入学させたいんだ。」
「流石に新設学園の初年度ですからね。問題も多いだろうという事で、多くの生徒は敬遠しますから必然的に入りやすくなるでしょうね。まぁ、うちの娘にとってはまだまだ先の話ですが、娘には『目指せ、黒森峰女学園!』といつも発破をかけていますよ。」
「あれ?お前の娘が通っていた学校って、そんなに戦車道強かったか?えっ?普通科?…お前、鳶が鷹を産む事なんて滅多にないんだぞ。お前の地頭を考えてから娘に発破をかけろよ。大体、黒森峰女学園の普通科の入学倍率って、たしか一般入試で20倍超えているぞ?どうあがいても、お前の娘では無理だろう!」
「班長…、夢くらい見させてくれたっていいではないですか!黒森峰女学園も、戦車道関係だけではなくて、学園艦を建艦した鹿島造船所の功を考えて、うちの従業員の娘のために推薦枠をいくつかくれてもいいのに…。」
1973年 8月 黒森峰女学園学園艦 学園長室
前年、代議士である橋本から直接、新設艦の初代学園長になることを要請された青山一郎は、学園長としての経験を少しでも積ませてもらおうと、橋本の伝を頼って今年の四月から、黒森峰女学園の学園長である島田豊作の助手として学園艦で働いていた。通常の公立学園艦では、学園長は5年程の任期で交代することが常だったが、黒森峰女学園では開校して既に10年以上が経過していたが、未だに初代学園長である島田豊作が学園長としての職責を担っていた。そして、既に教育者としてはベテランの域に達していた島田は、まだ若い青山を学園長として育てることが自分の役割と感じたのか、なるべく多くの時間を青山と過ごす事を心掛けていた。
「島田学園長。黒森峰女学園では普段の学園生活については、かなり生徒に任せているように思いますが、これは開学当初からの伝統なのですか?」
「いや、青山君。流石に開学当初は学生自治など考えてもいなかったよ。これは、現在知波単学園の学園長をやっている星野さんのアイデアなんだ。うちは、元々規律と秩序を重んじる教育だったから、当初は学生自治という考え方はうちの学園には似合わないと考えた事もあったが、これが実際に取り入れてみたら案外上手く行ってね。ということで、今となっては私は、完全にお飾りの学園長ってとこさ。」
島田が言うとおり、知波単学園の第二代学園長である星野利元が始めた学生自治の方針は、当初黒森峰女学園では導入に否定的な考え方が主流だった。学園長の島田自身も、厳格な規律と秩序の元に運用されている黒森峰女学園で、生徒に全てを委ねてしまっては早晩大きな問題が発生するだろうという考えだった。しかし、知波単学園での学生自治が思っていたよりも上手く行っている事を知り、試験的に黒森峰女学園でも導入した結果、自分が考えていたよりも上手く進んだという経緯がある。
もっとも、知波単学園では学生自治を行うための生徒会は当時の在籍生徒全員による選挙の結果そのメンバーが選ばれたが、島田はそこまでは踏み切る勇気がなく、最初の生徒会長は島田自身が指名することで選んだ歴史もある。黒森峰女学園は、その開学の経緯から戦車道に参加している生徒はその他の生徒達から一目おかれていたため、初代の生徒会長は当時の戦車隊の隊長であった三年生の桜井芳子という少女が指名された。初代生徒会長となった桜井は、島田の期待に添う形で活動を行ったため、学生自治になっても黒森峰女学園の開学の精神である規律と秩序が損なわれる事はなかった。その後、黒森峰女学園でも生徒会選挙が行なわれるようになったが、自然とそれなりの生徒が執行部に選ばれる事になり、島田が心配していたような規律の乱れが出てくる事は、これまでのところなかった。
「しかし、島田学園長。新しく選ばれる生徒会長には、学園長から訓示なりなんなりを出しているのではないのですか?それもあって、黒森峰女学園では学生自治に移行した現在でも厳格な規律の元に学園が運営されていると、私達外部の者は聞いていますが。」
「いや、青山君。たしかに私は新しく就任する生徒会長に訓示は行っているが、特に規律を重んじるようにと説いた事はないんだよ。選ばれた生徒が自主的にこれまでの学園の雰囲気を自分の代で壊さないように気をつけているだけなのだ。そういう意味では、歴史や伝統というのは便利な物なのかもしれないね。」
島田はある時、就任したての生徒会長に『今年一年は、君が中心となって学生自治を行う事になるが、どのようにする予定なのかね?』と尋ねたことがあった。これに対して、その生徒は島田に『これまでの先輩が守ってきた黒森峰女学園の雰囲気を壊さないように気をつけて、学生自治を行います。』と答え、島田は自分が考えているよりも、自分の学園の生徒達は現在の学園の雰囲気を大切にしようと考えていることを知り、喜んだこともあった。
「なるほど、学園長。一回、その学園の雰囲気が固まってしまえば、その雰囲気が好きな生徒が入学してきて、今度はその生徒達がそれを守っていくという事ですか…。そういう意味では、一番最初にその雰囲気をゼロから作らなくてはならない世代の人間は大変ということですね。私も、今更ながらに初代学園長を本当に勤め上げられるのか心配になってきますよ。」
「そうだね青山君。そういう意味では、私は幸せな学園長だったのかもしれないな。我が黒森峰女学園は、第一期生に西住なほという絶対的な生徒が居たからね。彼女が居るだけで、学園の雰囲気はピリッと引き締まったものになったもんだよ。」
そう言うと島田は、学園長室に飾ってあった一枚の写真を懐かしそうに見た。その写真は、黒森峰女学園が全国大会で三連覇した時の写真で、戦車道をあまり知らない青山でも知っているような、ギャラクシーリーグの有名選手達の黒森峰女学園時代の姿が並んでいた。
「私が新しく学園長になる新設艦でも戦車道が行なえたら、学園の方向づけや生徒達の結束を深めることも出来そうなのですが…。流石に現在の茨城県の教育予算では、うちで戦車を揃えられないでしょうから、他の道を考えなくてはいけませんね…。」
「そうだな、青山君。私も君の新設学園に手を貸してやりたいところだが、流石に予算まではな…。うちは、建艦経緯からして戦車道の西住流が全面的にバックアップしていたから戦車関係には困らなかったが、実際に一から戦車を揃えるとなると難しいだろうな。まぁそうとはいえ、折角の機会だから青山君もここに居る間に、うちの自慢の機甲科の授業などをよく見ていきたまえ。」
その時は、島田もまさか新設艦で戦車道が立ち上がるなどとは、夢にも考えていなかった。そのため、数年後に青山が学園長を務める大洗女子学園で戦車道が行われる事を知った時は驚いたが、青山に直接エールを送り全面的にその始動の援助をすることになる。青山はこれまで黒森峰女学園に赴任して四ヶ月、進学校としても有名な黒森峰女学園の普通科の授業や、学園艦の運営に携わる学科の授業、そして学生自治を行っている生徒会の活動などについては熱心に見学してきたが、自分のところには直接関係ないと思われる戦車道を行う機甲科については、見学をする機会もなかった。しかし島田の話を聞いているうちに、折角黒森峰女学園に来ているのだから、一度くらいは有名な機甲科も見学してみようと考え、島田に機甲科の見学の許可を求めた。
「島田学園長、そういえば私はここに来てから自分には関係ないと思っていたので、機甲科の授業や活動は一切見てこなかったのですが、折角の機会ですから一度見学させてもらえませんか?」
「なに?青山君は、うちの機甲科をまだ一度も見ていなかったのか?それはいかんよ。うちで最も伝統がある機甲科を見ずに、黒森峰女学園で研修を終わらせるなどという事はあってはならんことだ。私が案内してあげるから、これから私と一緒に機甲科のところに行こう。」
島田は、青山が機甲科をまだ一度も見ていなかった事を知らなかったようで、少し驚いて青山の申し出を受けた。たしかに現在の黒森峰女学園は進学校としての側面が強く、年々普通科の生徒数が増えているが、一方で伝統ある機甲科も非常に有名だ。いくら直接自分には関係ないからと言って、まさか一度も見学していなかったとは…そう思った島田は、自分が直接青山を案内しようとして、青山を連れて学園艦内の機甲科が集まる戦車格納庫に向かって部屋を出た。
黒森峰女学園 戦車格納庫
「あっ、島田学園長だ。機甲科全員集合、整列!」
島田と青山が戦車格納庫に入ると、それに気付いた機甲科の生徒が、格納庫内に居る生徒達を全員集合させ、あっという間に整列をした。青山はこれまで黒森峰女学園で様々な学科を見学し、黒森峰女学園では規律と秩序が重要視されている事を実感していたが、今回の機甲科ではそれが特に顕著だな…と感じた。元々、黒森峰女学園は機甲科から始まった学園のため、そのもっとも伝統のある学科で黒森峰女学園の校風が重要視されていることはむしろ当然なのだが、そのあまりにも統制された動きに青山は戸惑ったようだ。
「Achtung! 機甲科の諸君、学園長の島田です。それと、こちらは今度茨城で新設学園艦の学園長になる青山先生です。青山先生は今年の4月から当学園で研修中のため、知っている者もいるかと思いますが、今日は君たちの機甲科を見学したいとの事です。私は、この学園の中で最も黒森峰女学園の伝統を受け継いでいる機甲科を見てもらう事が、この学園を知ってもらうにふさわしいと考えています。今日は、しっかり頼みますよ。」
「Jawohl, Herr Präsident Schule ! (了解、学園長)」
「青山君、現在の我が校の戦車道顧問をしている野中君を紹介しよう。野中君はうちの三期生で、卒業後に教職免許を大学で取得した後に、うちに教員として戻ってきた方でね。君も知っているかもしれないが、例の天覧試合に参加した選手でもあるんだ。今日は、彼女に案内してもらうといい。野中君、青山君に今日はうちの機甲科をしっかり見学させてくれ。」
「分かりました、学園長。青山先生、黒森峰女学園機甲科、戦車道顧問をしております野中美鈴です。今日はよろしくお願いします。」
青山は、学園長に一斉に返答した機甲科の生徒達の姿に驚いたが、直ぐに学園長から顧問の女性を紹介されて我に返った。野中美鈴と名乗った顧問は、まだ30代には達していないであろう若い女性だったが、非常に意思の強そうな目つきをしており、青山は流石にあの名門黒森峰女学園の戦車道顧問だけあるな…と内心で思っていた。青山に野中を紹介した学園長の島田は、その後戦車道を行っている少女達と少し話をした後、青山を置いて学園長室に戻っていった。取り残された青山は、さてどうしたものか?と考えていたが、顧問の野中が『少し、うちの戦車道の歴史を見ていきませんか?』と青山を、格納庫内に区切られた応接室に案内した。
青山が案内された応接室は、黒森峰女学園の戦車道がこれまでに獲た賞状やトロフィー、そして集合写真が所狭しと飾られた部屋だった。野中は、室内の応接セットのソファーを青山に勧めると、自分も向かい合うように座った。
「この部屋には、黒森峰女学園戦車隊の歴史の全てが飾られています。勿論、私がまだ学園の生徒として、そして副隊長として戦ってきた歴史もあります。黒森峰女学園の戦車道を選択する生徒は、試合の前に必ずこの部屋に一度入ります。そして、自分達がここにある記録に負けない戦いをすると奮起してから、試合に臨むようにしているのです。」
「なるほど…これが伝統の強さという事ですね。ところで正面に飾られているトロフィーですが、時折背の低いトロフィーも混じっていますが、何か順番にこだわりがあるのですか?」
野中の言葉を受けて、青山は『これだけの伝統と実績があれば、そういうやり方で生徒の奮起を促す事も出来るのだな』と考えた。そしてふと視線を部屋の正面に向けると、トロフィーがズラッと並んだ棚が見えた。しかし、時折少しだけ背の低いトロフィーが規則性はなく混じっている。
「あぁ、あれは戦車道全国大会のトロフィーです。昔は夏の大会だけでしたが、ここ数年は夏と冬の二回開催されている全国大会です。とはいえ、来年からはまた昔どおり夏の大会だけになるようですが。あぁ、話がそれましたね。背の高いトロフィーは優勝した年、背の低いトロフィーは準優勝の年です。流石に決勝まで残れなかった年はありませんが、決勝で何度か負けていますので、その年は背が低いトロフィーになっているという事です。幸いな事に私が現役だった頃は決勝戦で負けた事はありませんが、私が卒業した二年後に初めて決勝戦で負けてしまって、その時の隊長を務めていた後輩は、それは可哀想なくらい落ち込んでいましたよ。ですが、それも黒森峰女学園の歴史の一ページですから、そういう悔しい思い出もここには飾られているのです。」
野中の言葉を聞いた青山は、『優勝する事が当たり前で、準優勝は悔しい思い出か…』と今更ながらに黒森峰女学園の機甲科の凄さを思い知った。そして、勝つ事が当たり前と思われている巨大なプレッシャーを背負いながら毎年の試合を行う黒森峰女学園の生徒達の精神力の強さを想像する事が出来た。たしかに、これだけのプレッシャーに毎回打ち勝っていれば、ここの卒業生達が卒業後に様々な分野で有名になっている事も理解出来る。
「あの…先程、島田学園長が、野中さんも現役時代は機甲科の方だとおっしゃいましたし、あなたも自分が副隊長だったと言っていましたが、やはり現役時代は活躍されたのでしょうね。」
「私の現役時代ですか?私が一年生の時は、西住隊長が居ましたから、私達はついていくだけで良かったのですが、西住隊長が卒業した後の二年間は物凄く苦労しましたよ。それに、全国大会でこそ黒森峰女学園は負けませんでしたが、知波単学園との練習試合…、あっ、これは半分公式戦のような毎年開かれる定期戦ですが、知波単学園の同級生に凄く優秀な人が居ましたから、結局私達はその子に三年間とも勝てなかったという苦い思い出もあるのです。ですから、昔の活躍と言われるとちょっと…。」
青山は、野中が部屋の片隅にある写真を見ながら懐かしそうに昔の思い出を語っている姿を見て、この部屋には開学以来の黒森峰女学園の歴史が詰め込まれているのだな…と感じていた。そして、名門校を現在率いている目の前の女性にも苦い思い出があるのか、と少し安心した思いで野中を見ていた。
「ただ現在の私は、ここの顧問として今のところ全国大会で連覇を重ねていますから、現役の時よりも現在の方が活躍しているかもしれませんね。あっ、うちのOGには言わないでくださいよ。こんな事が、西住隊長はまだしも真由子さんの耳にでも入った日には、会った時に何を言われるか分かりませんから。」
「たしか…島田学園長のお孫さんですよね?島田学園長からは、何度も孫自慢をされましたよ…ハハハ。しかし、伝統というのは良いものですね。私は、近い将来新設艦の学園長を拝命することになっていますが、そのような良い伝統の基礎を作る事が出来るのか不安ですよ。」
「青山先生、あまり肩に力を入れては駄目ですよ。おそらく一期生として入ってくる生徒は、それなりに志を持って新設校に入ってくるはずですから、彼女達を信じてあげればきっと上手く行きます。この黒森峰女学園も、一期生の先輩達が作った雰囲気がそのまま今も引き継がれているわけですから、青山先生の学園も大丈夫です。それに私の友人の桜井が初代生徒会長をしていたのでよく知っていますが、生徒達は必ず自分達の学園を良くしたいと考えてくれますから、問題なんて起こりませんよ。」
青山は、戦車道顧問の野中に少し元気づけられたような気がした。そして、学園長として自分の学園の生徒を信頼していれば大丈夫なのだろう、と理解できた。その後青山は、野中に連れられて黒森峰女学園の戦車道の練習風景などを見せてもらったが、その迫力に圧倒される事になった。そしてそんな練習風景や生徒達が熱心に活動に打ち込む姿を見て、予算が許せば本当に自分の学園でも戦車道を始めてみたいな…と考えていた。
1974年 2月 黒森峰女学園学園艦 学園長室
青山は、黒森峰女学園の島田の元で学園長としての経験を学んでいたが、鹿島造船所で建艦中の自分の学園艦が五月に進水式を迎えるという知らせを聞き、いよいよ自分の学園艦の準備のために黒森峰女学園を後にする日が迫ってきた。青山はこの一年間、黒森峰女学園の様々な学科の見学や、学園運営について学び多くの経験を積んできた。また学園長の島田だけではなく、教員や学園艦の運営スタッフとの面識も出来、当初期待していた成果は十分に得ることが出来たようだ。そして青山が黒森峰女学園を去る日が明日に迫ったその日、学園長の島田は青山にある事を伝えるために学園長室に呼び出していた。
「青山君、いよいよ明日には黒森峰女学園を去る事になるが、この一年本当によく頑張ったと思う。後は、ここで積んだ経験を活かして新しい学園艦の運営をするだけだが、君なら大丈夫だろう。色々と今は明日の退艦の準備で忙しいと思うが、一年間頑張ってくれた君に、私から餞別を渡そうと思ってね。申し訳ないが、少し時間を作ってもらった。」
「島田学園長。この一年間本当にお世話になりました。最初は、学園艦について全然分からなかった私ですが、今なら新設の学園艦を自分の手でなんとか出来ると思えるだけの自信もつきました。本当にありがとうございました。それと新設学園ですから、色々とこれからトラブルも出てくると思います。ひょっとしたら、お知恵を拝借する事になるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。」
青山は島田に、この一年間お世話になった事に礼を述べた。黒森峰女学園に来た当初は、学園艦の運営について何も分からなかった青山だったが、この一年間で様々な経験を積んだことで、今であればある程度の運営は出来るだろうと自信も出来た。ただ、新設学園ではどんなトラブルが出てくるかも分からないため、今回の一年で得たコネクションを利用して、今後も黒森峰女学園から何らかの援助もしてもらいたいと考えていた。そして学園長の島田は、そんな青山の希望はお見通しであったようで、青山に対して最高のプレゼントを用意していた。それは遠い将来、青山が初代学園長を務める大洗女子学園の運命を変えることになるプレゼントでもあった。
「青山君、君への餞別なのだが、君と君の学園艦に対して何が一番良いか私なりに考えた。その結果、最も良いのはこの黒森峰女学園とのコネクションではないか?と私なりに結論を出した。だから、まだ君の学園は出来ていないが、君の新設学園との間に一つの関係を結ぼうと思う。」
島田の申し出は、たしかに青山にとっては最高のプレゼントだった。青山の学園艦は茨城県が管轄する公立の学園艦だが、名門黒森峰女学園と関係が出来るというのは大きな利点になる。しかし、どのような関係を結ぶことになるのか?それが青山には少し気がかりだった。姉妹校などのようにあまり派手な関係になってしまえば、その他の公立艦からの視線も厳しくなるし、下手をすれば黒森峰女学園の学園長である島田の立場も悪くしてしまう。
「まぁ、関係と言っても色々あるし、あまり大事にすると余計なトラブルを招き込む可能性があるから、極ささやかな関係になるがね。お互いの学園に居る生徒自身が希望し、相手側の学園長の許可が得られた生徒は、無試験で編入を認めるという規則を、お互いの学則に入れるというものだ。最初は、青山君の学園からうちへの編入を希望する者も居ると思うが、私の許可が必要である以上、無制限の編入にはならないから大丈夫だろう。それに…将来的には、うちから青山君の学園への編入を希望する生徒も出てくるかもしれない。どうだろうかね?」
島田の申し出を、青山は少し考えた。たしかに島田が言うように、相手側の学園長の許可が必要である以上、無制限に自分の学園から黒森峰女学園に生徒が流出する事はないだろう。しかし島田が認めれば編入出来るため、優秀な生徒の流出はありえるかもしれない。
「島田学園長、非常に魅力的な案なのですが、それでは私の新設学園から黒森峰女学園に優秀な生徒が流出してしますような気がします。…もっとも、うちで優秀な生徒だからと言って、黒森峰女学園でやっていけるかは別問題なのですが。どうして、お互いの学園長ではなく、相手側の学園長の許可のみとするつもりなのですか?」
「青山君、なんらかの理由でその学園に居られなくなった生徒が居たとして、その生徒はその学園の学園長に『この学園艦から移りたい』と言う事は非常に難しい事だろう。だとしたら、相手側の学園長の許可のみで移れるようにしておいた方が現実的ではないかね?それに、私は別に無尽蔵に君の学園から生徒を受け入れるつもりはないよ。それに…うちの校風に馴染めなくて違う学園に行きたいと考える生徒も、そのうち出てくるだろうから、君の学園が得をする事もあるのだよ?」
島田の答えを聞いて青山は、たしかに生徒の事を考えれば、島田の提案通りの方が良いだろうと考え直し納得した。そして島田の餞別をありがたく受ける事を決めた。その後二人は、この件について少し話を詰め、『このルールはあまり公にはせずに、お互いの学園の学則に上手に潜り込ませる』という事を同意した。本当に他学園に編入を希望する生徒は、自分の学園のルールをきちんと熟読すればそのような道が存在する事が理解できるだろうという考えだった。
「さて、それでは青山さん。明日は残念ながら私は所要があるので、君の見送りに行けないからここでお別れになるが、これからは私と君は同格の学園長になる。もう私が君に一方的に教えてやるような事も出来なくなるだろう。しっかり頑張りなさい。」
「島田さん、何から何まで本当にありがとうございました。この御恩は決して忘れません。それと、これからは同じ学園長としてよろしくお願いします。」
島田は、自分よりも二回りは若い青山と固く握手をした。先ほど青山は、自分の事を『学園長』と呼ばずに『島田さん』と呼んだ。どうやら同じ学園長としての立場になるだけの覚悟がついたのだろう。島田は、青山が堂々と学園長室を退室する姿を見て、『これから頑張れよ』と心の中でエールを送った。
黒森峰女学園はアニメ版では超名門校の設定ですし、逆に大洗女子学園はマイナー校だと思います。ですから、西住みほが黒森峰女学園から大洗女子学園に編入してくるのは、ある意味不自然なんですよね(いくら戦車道がここでは行なわれていないという理由があっても、他の九州や東京の学園艦でも良いでしょうから)。ということで、大洗女子学園と黒森峰女学園の間でなんらかの編入に関する協定があったという事にしてみました。ただし、その条文は半分死文化しており、試みた生徒はほとんどいない…という感じです。
それと、今回黒森峰女学園の戦車道の顧問として野中美鈴に再登場してもらいましたが、私学に極めて近い形態の黒森峰女学園でしたらOGが教員として戻ってくる事は結構あるのではないか…と考えて再登場してもらいました。
次回は、ようやく大洗女子学園学園艦の進水式の会になり、第一期生が入学してくる会になると思います。今回も読んでいただきありがとうございました。