学園艦誕生物語   作:ariel

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アンツィオ戦のOVAが発売される7/25までまだしばらくありますが、とりあえず予約しました。結果はもう分かっていますが、どんな戦いになるのか(漫画版と違う流れになるのでしょうかね…)楽しみに待っています。


第58話 姉妹

1975年 7月 知波単学園 九七式中戦車内 中村静子

 

「後輩ちゃん達、どうやら攻勢に出てくるみたいね。まぁ、その勇気は褒めてあげるけど、勇気だけでは勝てないんだよね~。操縦手、向かってくる戦車に対して斜行する方位に転進!回避パターン『ハの2』、射撃タイミングと装填時間はギャラクシーリーグの新人選手を想定して!砲手は、敵先頭車に照準!距離600mで行進間射撃をするよ。通信手・・・じゃなかった・・・中村ちゃんは、とりあえず僚車がいない今回は仕事ないから、よく私達の動きを見てなさい。さぁ、後輩ちゃん達は私のチハちゃんを撃破できるかしらね・・・それじゃ、行くよ!チハちゃん、ばんざ~い!」

 

「ばんざ~い!」

 

佳代から教祖達の操る九七式中戦車への搭乗を指示された大洗女子学園副隊長の中村は、興奮した面持ちで目の前で繰り広げられる動きに魅入いっていた。まさか自分が、ギャラクシーリーグでもエース級の搭乗員達が操る戦車に同乗する事になるとは想像もしていなかったため、その幸運を喜ぶのと同時に、数的不利なこの状態をどのように引っくり返すのだろうかと興味を持ち、注意深く動きを観察していた。中村が、自分達の動きを目を皿のように開けて見ている事を確認した車長は満足そうに頷くと、時折中村に解説を入れながら操縦手や砲手に指示を出し始めた。

 

「中村ちゃん、よく見ておきなさい。相手と正面からぶつかる時は、戦車を左右に振って回避するけど、相手に対して横切る場合は、戦車の速度の緩急差で回避するの。・・・で、今回は斜行するから、両方を使って回避出来るわけ。まぁ、あなたの所の戦車もそうだろうけど、うちのチハちゃん達も一発もらったらその時点でアウトだから、少しでも回避パターンが多く取れる斜行が私は一番好きなのよね~。砲手、敵先頭車までの距離は?」

 

「約750m!相対速度は約60km/hですから、およそ9秒後に射撃予定距離に到達します。」

 

「了解!射撃タイミングは砲手の良いようにして!いい、中村ちゃん?こうやって予め射撃予定距離を決めておくと、あとどれくらいの時間で射撃可能かも分かるから、便利だと思うよ。それと、相手の火力とこちらの装甲を考えて、相手がどれくらいの距離で撃ってくるかを見極めることも大切ね。ここ重要だから、よく覚えておくこと!」

 

車長がしゃべり続けている間に、射撃タイミングが来たのか、搭乗している九七式中戦車の主砲が火を吹いた。そして初弾は、寸分違わず突撃してきている先頭の相手車両の正面装甲に派手に染料を撒き散らした。

 

「まずは一両・・・。ん~?焦って発砲してきたけど、残念ながら行進間射撃でこの距離で確実に当てるのは、そんな簡単には出来ないんだよね。まぁ、この距離で確実に当てられるならギャラクシーリーグでもエースに成れると思うけど・・・ちょっとばかり、後輩ちゃん達は腕が足りなかったようね。操縦手、進路変更!敵隊列に正対する方位で後退!相対距離を保つように動いて!砲手、次弾装填が終了次第、砲撃。目標、敵最後尾。次弾の砲撃完了と同時に、進路再び相手に対して斜行する方位に転進!さぁ後輩ちゃん達、次はどんな手を打ってくるかしらね~。楽しみになってきたわ。」

 

 

 

九七式中戦車 隊長車

 

 

「福田さん!先頭のニ号車に撃破判定!敵進路変更、後退を開始。距離が縮まりません!こちらの砲撃は全て外れました。」

 

「クソッ!こんな距離で行進間射撃を当ててくるなんて・・・流石は教祖様。砲手、次弾装填が完了したら教えて!次は停止射撃に切り替えて砲撃するから、装填準備が完了したら停止!辻さん、残っている三号車に連絡。『こちらは停止射撃に切り替えるから、こちらに構わずに全速力で距離を詰めて』急いで!」

 

「了解。真田、隊長から連絡『こっちは停止射撃に切り替えるから、こちらに構わず全速力で距離を詰めるように』だって。」

 

無線機の向こう側から、真田の了解の声が聞こえてきたため辻は一安心したが、目の前で行った事について未だに驚いていた。自分達も戦車道の訓練を始めているためよく分かるが、静止した状態で静止目標に砲撃を命中させる事すら自分達にはやっとなのに、まさか動いている状態から動いている目標に正確に当ててくるとは思ってもいなかった。しかも、距離600mはあったはずだ。この距離だと、自分達の腕では静止目標に対しても当たるかどうか微妙だ。それをいともたやすくやってきた事を見て、これがトップクラスの人間の技術なのか・・・という事を知ったのと同時に、今自分が搭乗している知波単学園の隊長車ですら難しい程の高いレベルの砲撃が見られた事を純粋に喜んだ。

 

「連絡ありがとう、辻さん。まぁ、私の憧れの選手でもあるから、凄い腕だという事は知っていたけど、まさかこの距離でも当てられるとはね・・・想像以上ね・・・。でも、まだこっちは2両あるし負けた訳ではない以上、やれる所まで頑張るよ!次の停止射撃が勝負になるから、皆気合入れなさい!」

 

「了解!」

 

福田の激に、搭乗員達は次々に『了解』と答えた。その声を聞いた福田は、まだ自車の士気は高いと感じ、注意深く車長席から相手の動きを確認し始めた。

 

「敵、再び発砲!三号車に撃破判定が出たわ。装填手、まだ!?」

 

「車長、装填完了!」

 

「操縦手、急速停止! 砲手、停止と同時に射撃!偏差射撃で相手の少し先に弾を放り込んでやるのよ!」

 

「了解!砲撃!・・・クソッ・・・避けられた・・・なんで、この距離の停止射撃が避けられるのよ・・・。」

 

距離は先程と変わらない約600mだったが、今度は停止射撃という好条件だったため、いつもの福田達の戦車であれば、まず命中させる事が出来る。それにも関わらず、敵の九七式中戦車は、まるでこちらの射撃が分かっていたようなタイミングで、回避運動をとってきた。福田の戦車の砲手は、敵がまっすぐ後退していく事を想定して偏差射撃を試みていたが、まさかの相手の回避行動に、放った弾は敵戦車の傍を通り過ぎてしまったようだ。

 

「隊長、もう無理だよ・・・、次の装填は向こうの方が間違いなく早いし、こんな距離の停止射撃でも避けてくるんだよ?どう頑張っても勝てないよ。」

 

こちらが絶対に外さない距離から放った必殺の一撃を外されたことのショックは大きかったようで、砲手と操縦手の二人は『もう駄目だ』と思わず弱音を吐いてしまった。同乗していた辻も、『こんな距離で避けられる敵には、どう頑張っても勝てない』と思ったようで、何も言わなかったが内心では『もう、お仕舞いだ』と考えていた。しかし隊長の福田は、そんな車内の雰囲気に喝を入れた。

 

「まだ終わっていない!相手の攻撃を避けて、もう一度こっちの砲撃を叩き込むまでよ!操縦手、相手に向かって進路変更!砲手、急いで次弾を装填しなさい!私達は、現役の隊長車よ。このまま負ける訳にはいかないのです!突撃!」

 

車長の福田がまだ諦めていない事を知った搭乗員達は、なんとか踏みとどまったようで、指示に対する動きに活気が出てきた。福田は続けて、『この距離で相手が避ける事が出来たのは半分運だから、私達だって避ける事は出来るはずだ。』と操縦手に言い、車長席の覗き窓から目の前を斜行して来る相手の戦車をジッと見つめた。そして、ある瞬間に操縦士の左肩を思い切り蹴飛ばした。福田のこの動きに対応して、操縦手は左方向に急速進路変更を行った瞬間、相手戦車の主砲が光り、進路変更していなかった場合の自分達の予想位置を弾が通過していった。

 

「よし!避けたわ!まだ諦めるには早かったでしょ。次はこっちの番よ。次こそ確実に仕留めましょう。操縦手、このまま距離を詰めて!砲手、距離200mまでは我慢よ。ここで教祖様を仕留めたら大金星だから、頑張って!」

 

相手戦車の砲撃を避けた事で、隊長車の車内は一気に士気が上がり、その様子を見ていた辻は、福田の士気回復能力と、ここぞと言う場面での的確な指示に感心していた。

 

 

 

九七式中戦車内 中村静子

 

 

「後輩ちゃん達、やるわね。この距離で私達の砲撃を避けたのは褒めてあげるわ。でもね・・・。操縦手、斜行から再び正対する方位に進路変更!回避パターン『イの4』、相手の射撃タイミングをこれまでよりも10%早く想定して回避行動。砲手、難易度は高いけど、回避行動をしながら砲撃。ここまで頑張った後輩ちゃん達に、私達のチハちゃんの真の力を見せてあげましょう。」

 

車長の指示に、中村が搭乗する九七式中戦車の内部は慌ただしくなってきた。砲手兼装填手は流れるような動きで次弾装填を行う。相手戦車はこちらに突っ込んできているようで、車長である教祖もこれまでのような軽口を止め、真剣な表情で覗き窓から相手の動きを見ているようだ。中村は、今まで一方的に2両撃破した時とは違う緊張感が車内に漂ってきた事で、ギャラクシーリーグのおそらく頂点に居る選手達が本気になった事を理解した。

 

「来る!」

 

車長の言葉とほぼ同時に相手の戦車の主砲が光ったが、中村が搭乗する九七式中戦車は一端小さく左に進路変更をするような機動を見せた後、次の瞬間に逆方向に急激な進路変更と急な増速がかかり、敵弾を見事にかわす事に成功した。そして、その回避行動の最中に主砲が火を吹き、相手の戦車のほぼ正面に着弾した。

 

「ま、ここまで私達を本気にさせたのは褒めてあげるけど・・・、まだまだね。中村ちゃん、よく見ていた?あなた達も頑張ってここまで技術を高めれば、チハちゃんでも今のような芸当が出来るようになるから、頑張ってね~。」

 

「は・・・はい、頑張ります。それと、凄い技を見せてくれて、ありがとうございました。」

 

中村は、自分が搭乗していた戦車が一体何をしたのか瞬時には分からなかったが、どうやら複雑な回避行動を行っている最中に砲撃を行い、それを命中させた事が理解出来ると、こんな事が出来るんだ・・・という驚きと、自分がその場に居合わせた事の幸運を喜んだ。

 

中村が搭乗していた戦車では、車長を中心に『チハちゃん、万歳!』などと騒いでいたが、中村が担当する無線機から、美紗子と思われる声で『もう皆待っているから、早く戻ってきなさい!』という指示が届いたため、車長は少し不満気だったが、美紗子達が見学している場所に戻るように操縦手に指示を出した。

 

 

 

集合場所

 

 

「後輩ちゃん達、結構頑張ったみたいだけど、まだまだね。私のようにチハちゃんを動かせるようにもっと練習を頑張ることね!それと、大洗女子学園から来た子達も、いい経験になったでしょ?あなた達は、チハちゃんを使わないみたいだけど、どの戦車を使ってもこれくらいの練度があれば、どんな戦車相手でも戦えるから、頑張るのよ!」

 

集合場所に戻ると、そこには既に撃破されていた第一小隊メンバー達が整列して勝者を待っていた。そして教祖は、想定外の善戦をした福田を一応褒めたが、きちんと釘を刺すことも忘れなかった。福田達は、負けてしまった以上何を言われても仕方ないと覚悟を決めていたが、意外にも先輩からの叱咤はなかったためホッとしたが、それでも3両がかりで勝てなかった事はくやしかったようだ。

 

「先輩、次に戦う時は、必ず先輩を撃破出来るように頑張りますので、楽しみに待っていてください!」

 

福田の言葉に、教祖は『まぁ、頑張ってね~』と軽く流していてが、それを聞いていた今回の模擬戦の発案者である早紀江は、『とりあえず、目的は達成出来たか・・・』と頷いた。

 

「それじゃ、辻さん達もお疲れ様。今日の練習はここまで!解散!」

 

隊長の福田の号令で、その日の練習は終了した。辻達は、この日から知波単学園の生徒寮で宿泊するため、福田達に連れられて宿泊場所となる生徒寮への移動を開始したが、生徒寮の近くで辻は自分が一番会いたく相手と遭遇する。

 

「ん?なんで、あんたがここに居るのよ。」

 

「ゲッ…姉ちゃん…なんで、姉ちゃんこそこんな所に居るのよ!」

 

福田達と一緒に歩いていた辻は、いきなり後ろから声をかけられ振り向くと、そこには東京に居るはずの自分の姉が立っていた。どちらも本来ならばここには居ない筈の人間であったため、お互いに何故相手がそこに居るのか?と不思議に思っていたが、辻の姉が理由を説明してくれた。

 

「私は、明日西先輩の講演会があると聞いて、東京から母校に駆けつけたのよ。私達、知波単学園普通科の卒業生にとったら、機甲科であるにも関わらず東北大学に入学した西先輩は、あこがれの先輩だからね。あんたこそなんでここに居るのよ。あんたは、大洗女子学園に入学したのでしょ?さっさと、自分の巣にお帰りなさい。ここは、あんたが来る場所じゃないの!」

 

「フン!私は、その西先生にここに連れてきてもらっているのよ!うちで戦車道を開始するにあたって、知波単学園の戦車道を見学させてもらうためよ!大体、私達は今その西先生に直接教えてもらってるのよ。姉ちゃんにとやかく言われる筋合いはないわ。福田さんも、何か言ってやってよ!」

 

期せずして姉妹喧嘩に巻き込まれそうになった隊長の福田は『拙い場所に居合わせたな…』と困った表情を浮かべた。福田は機甲科の人間で普通科の事情には詳しくなく、また数年前に普通科を卒業した辻の姉とは直接の面識はないが、それでも東京大学に現役で入学した目の前の先輩の顔は、知波単学園の入学パンフレットなどで何度も見た顔だった。そのため、いくら現役の知波単学園の戦車隊隊長の福田といえども、おいそれと文句を言えるような相手ではない事は理解していた。しかし福田が困惑して黙っていると、辻姉妹のボルテージはどんどん上がっていく。

 

「あんたのようなお馬鹿が、西先輩に何かを教えてもらっても、猫に小判よ。先輩の大切な時間を無駄にするだけだから遠慮しなさいな。第一、あんた黒森峰女学園すら落ちたんでしょ!お父様の助言で新設校に行ったらしいけど、少しは自重して大人しくしていたらどうなの!」

 

「私は、姉ちゃんのようなつまらない人生は送りたくないから、自分のやりたい事やってるだけよ!第一、西先生が『いいよ』と言ってくれたから、私達は西先生に教えてもらっているのよ。姉ちゃんに何か言われる筋合いはないわ!」

 

生徒寮前で始まった辻姉妹の口喧嘩は目立ち、今や生徒寮の様々な窓から知波単学園の在校生達が見学し始めていた。特に普通科の在校生にとっては、辻の姉は最近卒業した先輩達の中ではかなり有名人だったため、その彼女が生徒寮の前で口喧嘩をしている事から、窓から心配そうな顔つきで眺めていた。また近くに居た福田やその他の機甲科のメンバー達も迂闊に手を出す事が出来ず、この喧嘩をどうやって収束させようかと考えていると、助けの神がようやく現れた。

 

「二人とも、そこまで!」

 

「西先輩!」

 

「教授!」

 

機甲科のメンバーの一人が、辻姉妹の口喧嘩が始まった事を見て、念のために美紗子や佳代達に知らせに行ったようで、美紗子達が飛んできたようだ。辻を教えている佳代は、普段辻が文句を言っていた姉はこの子か…と、この時初めて分かったが、どっちもどっちだな…というのが佳代の感想だった。

 

「二人とも…ここは生徒寮前よ。少しは周りを見てから喧嘩をしなさい。まず、あなたが辻さんのお姉さんね?はじめまして、東北大の西佳代よ。あなたの何年か前の先輩になるけど、私の事を知っているようで光栄だわ。まぁ、この妹さんが相手なら分からないでもないけれど、あなたの方がだいぶ年上なのだから、少しは優しくしてあげないと駄目ですよ。あなたは冗談のつもりで言っていても、この子には冗談には聞こえない事もあるのですからね。それと、辻さん達をここに連れてきたのは私です。ですから少なくとも今回は、私に免じてここに辻さん達が居るのを受け入れてあげてね。」

 

「はい…先輩。妹がお世話になっているようで、これからよろしくお願いします。正子…ちょっと言い過ぎたわ。ごめんね。」

 

西の言葉に、辻の姉は素直に引き下がった。元々辻姉妹が喧嘩になるのは、辻の姉の冗談が冗談でなくなってしまった事が原因になる事が多く、あっさりとそれを指摘されてしまっては素直に聞くしかなかった事もあるが、やはりあこがれの先輩からの直接の言葉は大きかったようだ。そしてそれを見ていた辻も、あの姉があっさりと引き下がり自分に謝罪した事には少なからず驚いたようだが、こうなってしまっては自分も矛を収めなくてはいけない事を理解した。

 

「辻さん、あなたもよ。一人しかいないお姉さんなのだから、仲良くしろとまでは言わないけど、普通に会話出来るくらいにはしておいた方がいいわ。将来、お姉さんの助けが必要になる事もあるかもしれないのだから…。まぁ、これからは少し考えなさい。」

 

「はい…教授。姉ちゃん、私も言いすぎたわ。ごめん。」

 

『姉の助けなど絶対に期待できない』と辻は考えたが、自分の姉が内心はともかく謝罪を口にした以上は、こちらも一応謝っておくか…と考えて謝罪した。とはいえ、周りから見ればあれだけ口喧嘩していた姉妹を、あっという間に説得した西の姿は、まさに偉大な先輩と映ったようで、一緒にいた福田達は改めて凄い先輩だという認識を強く持ったようだ。

 

「佳代ちゃん…また後輩達からポイント稼いでる…。なんか余裕そうだけど、明日の講演大丈夫なの?一時間よ?一時間。まだ何も準備もしてないでしょ?間に合うのかな~。」

 

あっという間に後輩達の尊敬を勝ち取った佳代を見て、一緒に居た美紗子はあまり面白くなさそうな顔をして、佳代に話しかけた。また、自分が仕掛けておいて言うのも変だが、美紗子としても佳代があまりに酷い状態で講演をしてしまっては、流石に学園長達に申し訳ないな…と考えていたためだったが、佳代の答えは美紗子の想像とはだいぶ違っていた。

 

「え?講演会の準備ならもう終わってるよ、美紗子。」

 

美紗子は、佳代も自分と一緒にこれまで知波単学園の戦車道の練習を見学していた事を知っているため、『そんな筈はない』と思ったが、佳代があまりにも普通にそう言ったため、どうやら本当に準備は終わっているという事は理解したようだ。

 

「佳代ちゃんも私達と一緒にずっと練習見ていたよね?いつのまに、そんな準備していたのよ!」

 

「美紗子…あなた、私の職業を分かっていないんじゃない?私、今でも一週間に一回は東北大学に講義のために戻っているのよ。つまり、一週間に一度は学生を前に90分間話しているの。今回は、美紗子が勝手に題目まで決めてくれているから、あとはどんな流れで話すかを決めてしまえば60分くらいなら問題ないわ。お生憎さまね。まぁ、明後日の美紗子の講演会を楽しみにしているわ。」

 

「ず…ずるい!佳代ちゃん。それ、ずる過ぎるよ!それじゃ、苦労するのは私だけじゃん!ほら、早紀江さんも何か言ってやってよ!」

 

美紗子は騒ぎ出したが、早紀江は『だから、佳代さんにちょっかいをかけない方が良いと言ったのに…』と答え、美紗子に同情する者は誰もいなかった。また、それらのやり取りを聞いていた辻姉妹も『さすが先輩(教授)』と、西への評価だけが上がっていた。

 

 

 

翌日 大講堂

 

 

「…以上で私の講演は終わります。皆さん、最後まで静かに聞いてくれてありがとう。それでは、皆さんがこれから頑張って、自分達の夢が実現する事を、先輩の一人として心から願っています。」

 

佳代の講演はピッタリ60分で終わり、一夜漬けの準備とはとても思えないような出来栄えで、学園長の星野達も喜んだ。また、佳代と一緒に壇上に上げられてしまった美紗子や早紀江達も佳代の講演中に出汁として使われ、所々笑いも入る楽しい講演となった。

 

「西君、ご苦労じゃったな。流石は帝国大学の先生じゃな。話も上手いし、現役生達にも良い話になったようじゃ。これなら、明日の池田君の講演も楽しみじゃな。」

 

星野が壇上から戻ってきた佳代に声をかけ、佳代も『多少準備不足な点もありましたが、なんとか任は全う出来たと思います。明日の美紗子の講演会は私も楽しみにしています』などと、余裕を持って返事をした。

 

「西先輩、非常に勉強になりました。私はもう卒業してから何年か経ち、今は大学に在学していますが、これからはもう少し友人の事も考えながら残りの大学生活を送りたいと思います。今日は本当にありがとうございました。それと、正子…あんたも自分の事をしっかり考えて頑張りなよ。」

 

「姉ちゃん、分かってるよ。それと姉ちゃんも、大学生活頑張って。あと、時々は実家に戻りなよ。お父様達も心配していたから。」

 

今回、何人かのOG達も飛び入りで佳代の講演会を聞きに母校に来ていたが、壇上から降りてきた佳代に辻の姉が声をかけた。どうやら佳代の講演した『友人』という物に思うところがあったようで、それを聞いた佳代も『少しはこの子の役に立ったのかな』と感じたようだ。

 

「頑張りなさい。あなたの妹は自分の道を選んだようですから、あなたも自分の道を進めばいいのです。姉妹で仲良くやっていくのですよ。それと、辻さんもお姉さんの事を少しは考えなさい。あなたとは違う道を選んではいますが、あなたのお姉さんも頑張っているのですから。」

 

「は~い、教授。」

 

少し不満はあるようだが、辻も素直に佳代の言葉に頷く。そしてその姿を学園長の星野は、『昨日は騒ぎがあったと聞いたが、とりあえずこの姉妹の仲も多少は好転しそうだな』と思って見ていた。

 

「美紗子?明日の美紗子の講演会が終わったら私達は熊本に移動しちゃうけど、美紗子の講演会はちゃんと聞いてから行くから、楽しみにしているわよ。」

 

「クソッ…佳代ちゃんが今日しっかりハードルを上げてくれたせいで、私は今日完全に徹夜だよ。佳代ちゃんが、こんなにこういう事に慣れているというのは、誤算だったわ…。とはいえ、福田達の前であまり無様な姿は見せられないし…困ったよ…」

 

普通科の生徒相手に佳代の講演会が大成功に終わったため、間違いなくそれと比較される事になる美紗子は頭を抱え、そんな姿を見ながら学園長の星野は大笑いして『まぁ、頑張るのじゃな。』と励ました。

 




考えてみれば、大学の先生は毎回90分の講義をやっていますから、60分くらいの講演なら問題なく出来そうなんですよね。私が大学生だった時代はかなり昔になりますが、当時大学の講義で教授達が好き勝手90分間話し続けていた事を少し思い出しました。今の大学の講義がどうなのか私は知りませんが、当時は雑談だけで90分終わってしまうような講義も多く、非常に楽しかった思い出があります。そういう雑談の方が未だに頭に残っていたりしますから、実はそっちの方が現在役に立っているんでないのか…と思わないでもないですが^^;

次回は知波単学園での話しはサラッと流して、黒森峰女学園でのエピソードを次回を含めて2話程書き、その後に第五章に移りたいと思います。今回も読んでいただきありがとうございました。
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