「どうして上手くいかないの!どうして紗夜ちゃんや日菜ちゃんが私に冷たいの!全部お前のせいよ!!」
また一日の終わりと共に理不尽な一日が始まる。
仕事の失敗も妹たちと少し距離が離れたことも全て私のせいにされて、私を罵る声も痛めつける行動も。慣れてはいけないことなのに慣れてしまっている自分がいる。
そろそろ飽きてほしい。こんなことしても何の意味もないと自覚してほしい。
最初からこの人たちが嫌いだったわけじゃない。
嫌いになったのは三つ子を比べ始めた時から。それがなければ子供のことをちゃんと想っている人たちだったはずなのに。
日菜という天才が生まれてしまったから。
三つ子の中で飛び抜けている才能があったから他にもそれがあると期待してしまった。
私は日菜と並ぶ才能があった。ただ紗夜にはそれがなかった。才能ある者たちの間に挟まれて、窮屈な想いをしていたことだろう。証拠に人以上の努力を積み重ねて今の紗夜がいる。今となっては努力の才能を持っていたと言えるところだが、努力の才は天才には届かない。よくても秀才止まりなのだ。
見えない壁が私たちと紗夜の間にある。秀才ではどうやっても壊せない壁。
日菜は人の感情を気にしないから何も行動することはない。
だから行動した。
見えないはずの壁を私は無理矢理破壊した。
才能なんてあってほしくなかった。
そうすればみんな平等に、愛されていたはずなのに。一人の才能が、関係を大きく崩すことになるなんて。
神様は意地悪だね。
「…姉さん?」
ほんと意地悪だ。なんで今紗夜と鉢合わせにするかな。
まあどうせ、紗夜と話すことなんてないからいいか。
「そのケガ、なんですか」
けど今日は普段起こらないことが起こるらしい。
大して触れられることのない腕の傷のことを紗夜に問いかけられた。
ボロが出ないうちに部屋に戻らないと。
「……何って見ての通り。殴り合いの痕だよ」
「…いい加減ケンカなんてバカバカしいことやめてください」
あんなこと言った後なのに話してくれるなんてやっぱり紗夜は優しい子だ。
「それは風紀が乱れるから?それとも他の理由?」
「……前者です」
「そう」
本当は私の心配もしてくれているんだ。けど紗夜はそれを言わない。私に言っても無駄だと思っているのか、それとも羞恥からか。こんな私になってもまだ諦めてくれないのはありがたい。
紗夜は優しい。優しすぎるくらいだ。
だからこそ私は、いつ捨てられるのかという恐怖に怯えている。
「悪いけど私がふっかけたわけじゃなくてあいつらが始めたことだから。私にはどうすることもできないよ」
「…どうにか関わらないようにすることも、ですか?」
「無理だね。確実に」
同じ家に住んでいるんだ。私が関わろうとしなくてもあいつらが関わってくる。どうしろと?
「…あと、もう一つ」
「何」
「……髪染めるのもやめてください」
「また説教?校則がどうとか言うんだろ?」
「いえ。確かにそれもありますけど」
真っ直ぐ私の目を見て紗夜は言った。
「姉さんは青より水色が似合っているから」
「…そう。助言どーも」
私は部屋に戻り扉を背に座り込む。
そして地毛の色に戻りかけている髪に触れた。
「青より水色が似合う、ねぇ…」
♢♢♢
学校帰り、今日は真っ直ぐ仕事場に行く予定だった。
それなのにどうして私は今ファミレスにいるのだろう。
「うーん。何にしようかなー」
しかも、名前も知らないような人と。
「えっと、朝日、でいいんだよね?何にするか決めた?」
「…フライドポテトとドリンクバー」
「わかった。アタシ注文するねー」
注文ボタンを押せば茶髪ギャルは私のものと自分のものを注文していた。ドリンクバーを取るため席から移動する。コーラを取って席に戻った。向かいのギャルはオレンジジュースか何かを取ったようだ。
「…なんか意外」
「は?」
「甘いものって言うよりコーヒーとか頼む人だと思ってた」
「突然どんな偏見だ。ポテトとコーヒーの組み合わせは好きじゃないだけだよ」
よくわからない。どうしてここに連れてこられたのかも彼女の言動も。
「つか、誰」
「そう言えば自己紹介してなかったね。アタシは今井リサ。羽丘女子の二年生で、Roseliaのベース担当。これからよろしく〜」
「面倒だからよろしくはしない」
「えぇー!?そんなこと言わないでよ〜」
チャラい、明るい、コミュ力オバケ。こんな人もバンドやるのか。しかも紗夜、あこちゃん、りんりんと同じグループで。全く想像できん。
「んで?その今井リサ?が私に何の用?私は用ないから帰るな」
「ちょ、ダメダメ!アタシは聞きたいことがあるの!ステイ!」
「私は犬か何かかよ…」
初対面の人にその対応はどうなんだ。これだから明らかに属性の違う人は得意じゃないんだよ。住む世界絶対真反対でしょ。
「いいでしょちょっと話するくらいさ。遅くまでいるつもりもないし」
「それまでの時間を君と過ごす理由もないだろ」
「ホント紗夜とも日菜とも違うんだね。三つ子でここまで変わるんだ」
「…日菜とも知り合い?」
「クラスメイトだよ。結構仲良いんだ」
紗夜とは同じバンドだから知っていて当然だが、まさか日菜とも知り合いだったなんて。しかもこのタイプだ。日菜と間違いなく話が合う。
面倒だ。日菜に色々
「それで聞きたいことなんだけどね」
「その前に一つ約束しろ」
「ん?何?」
「今日私に会ったことは紗夜にも日菜にも話さない。それだけだ」
「…なんで?」
「なんでもだ。じゃなきゃ今すぐ帰る」
「あーわかったわかった。言わないよ。それでいい?」
「ああ。それで何かな?」
「わかってると思うけど、紗夜のこと」
やっぱりか。まあここ数日であったことと言えばそれしか思いつかないから当然だ。想定はしていた。
「朝日は紗夜が日菜に負けないように努力してるのは知ってるんでしょ?」
「そりゃあね」
「ならなんであんなこと言ったの。紗夜が傷付くかもしれないのに」
なんで、か。答えは一つしかない。
「全部紗夜のためだよ」
「紗夜のため?」
リサは首を傾げる。
店員さんが持ってきたポテトを摘み口に運ぶ。
「紗夜と同じバンドで日菜とクラスメイトなら二人の関係性はわかるだろ。はっきり言って最悪だ。壁がある」
「…まあ、そうだね」
「何よりも問題なのは紗夜が勝手に壁を作っていること。日菜がいくら紗夜のことを認めていても紗夜は天才の日菜の隣に自分が立てていないと思っている。だから紗夜はいつまで経っても日菜の隣に立てない。いや、立っていても気づかない。
紗夜は日菜を嫌っていない。むしろ大好きなはずだ。それなのに日菜が大好きオーラを振り撒いても素直に受け取れないのは、紗夜の性格もあるだろうけど一番はプライドのせい。どう努力しても日菜の隣に並べない不甲斐ない自分に腹が立ってるんだよ。
でも私はそうじゃないと思っている。紗夜の努力で培った能力と日菜の才能は全くもって別物。そもそも姉妹だからって比べられること自体おかしなことじゃないか。人間なんだし二人は違って当然だ。比べる理由も意味もない。比べたら片方の良いところがくすむ。そんなのダメ。二人には二人の良いところがあるんだから。
だからこそちゃんと向き合わせないといけない。紗夜は日菜と向き合って想いをぶつけないといけない。紗夜は日菜に劣ってなどいないとわからせないといけない。私がヒントを与えるんじゃ意味がないんだ。自分で答えを見つけ出さなきゃ。そうじゃないと紗夜も日菜も、本当の意味で仲良くなれない。お互いの優秀なところも劣っているところも全部引っ括めて尊重しあってこその姉妹だからね」
「……ホント、意外だね」
「何が」
「不真面目そうなわりに、ちゃんとおねーちゃんしてるんだなーって」
優しく笑う彼女に視線を逸らす。
くだらないことを言ってしまった。一応口止めしているとはいえ本当に話さない保証はないというのに。何してるんだ私は。
「…君にだけは不真面目だとは言われたくない」
「ちょっとー。それアタシが不真面目に見えるってことー?」
「見えるだろ。授業抜け出して男と遊んでそう」
「ちょっ!偏見だよ!そんなことしたことないって!」
「どーだか」
「そ、そういう朝日こそ遊んでそうな外見してるじゃん!」
「遊んでるって言ったら?」
「え…?え!?」
「嘘だよ。まともに受け止めるな」
「も、もう!朝日!」
私の冗談にリサは顔を赤くして反論する。どうやら彼女はそういった手の話にはあまり耐性がないらしい。意外だ。
だがそうなったのはからかってきた彼女が悪い。
「ごめんごめん。人は見かけによらずなんだね」
「それはこっちのセリフだって。変な汗かいたよ…」
どうやら本気で慌てたらしい。ふぅーと息を吐いていた。
「…にしても、朝日って案外話しやすいんだね。最初の印象は紗夜より怖い人かと思ってたよ」
「よくそれで話しかけようと思ったな」
「それは紗夜のこと聞きたかったからだよ。それにあこが怖がらず笑顔で向かって行ったからね。危ない人でないのはわかったよ」
「酷いな。中学生に手を出してるやつだと思われかけてたのか」
「紗夜みたいな外見なのにピアス付けて髪染めて、目付きも鋭いし腕には包帯とか完全に不良じゃん?思われてもおかしくないでしょ」
「だろうな。よく言われる」
中学生になって日菜の才能が開花して、紗夜が努力するようになって、私は出来損ないだと言われ続けた。
不良だの不真面目だの。それでもそれなりの成績は出していたから気に入らなかった生徒たちはよく思わなかったのだろう。悪い噂だってそれなりにあったし目をつけられもした。
本当ではないから気にしたことはなかったしずっと無視していたが。
「別に昔からそうだったわけじゃないさ。紗夜と日菜が仲違いしたように私も二人から離れただけ」
「…仲違いしたままでいいの?」
「私か?私のは仲違いじゃねーからな」
もういいだろう。これ以上話すことはない。紗夜や日菜にバレるのはここまでの情報だけで充分だ。
「じゃあ私は帰るから」
「え、もう?」
「あいにくこれ以上君に話すことはない。ポテトも食べていいよ」
財布を取り出しとりあえず2000円をテーブルに置いた。席を離れようとしたら焦った声が耳に届く。
「ちょ!お金こんなにいらないよ!」
「んじゃ余った分は口止め料ってことにしとけ」
2000円くらいなら痛くも痒くもない。細かいお金を出す気にもなれないしそれでいいだろう。
ファミレスから出て家を目指し日も暮れかけた道を歩く。
今井リサ。一緒にいて心地のいい陽だまりみたいな人だった。