「氷川朝日ね」
「そーだけど何か」
「話があるの」
放課後。正門を通過したら聞こえた声に視線を移す。
銀髪の長い髪。その隣には笑顔で手を振る人物。
真っ直ぐ帰りたかったため無視して彼女たちに背を向けた。
「ちょいちょい!なんで無視するの朝日!」
急いで私の目の前に回り込む人影。それにため息を吐く。
「帰りたいからだ。お前らといるとろくなことないだろ」
「長時間拘束するつもりはないわ。すぐ終わるもの」
ギャルの隣の彼女が誰かなんて聞かなくてもわかる。
湊友希那。Roseliaボーカルでありリーダーだ。前のオフ会であこちゃんとりんりんから彼女のことは聞いている。
曰く厳しい人。曰く音楽に全力な人。曰く歌姫。
そんな人が私の元に来る理由なんて一つしか思いつかない。
「答えならノーだ。他を当たれ」
「まだ何も言っていないのだけど」
「Roseliaに入れって話だろ。どこから私のこと知ったか知らないが嫌だね」
「あれだけの実力を持っていながらどのバンドにも所属していないなんて宝の持ち腐れよ」
「宝の持ち腐れで結構。そもそもお前らのバンドに入る理由もない」
「……なぜ、かしら」
「は?」
「どうしてギターをやめたの。あれだけライブでも楽しそうに演奏していたのに、やめる理由がどこにあったのよ」
やめる理由。
忌々しいバケモノのせい。
使えない腕のせい。
想像するだけで手首に痛みが走った気がする。
「飽きたんだよ音楽なんか。くだらないと思った」
やめる理由。
紗夜に自信を失わせないため。
紗夜のプライドを傷つけないため。
紗夜を輝かせるため。
「くだらない、ですって」
どうやら歌姫さんは私の言葉が気に入らなかったらしい。本気でやってる人からすれば怒って当然だ。
それなら畳み掛けよう。バンドに誘われぬように行動しよう。
「そうだよ。所詮学生のやるバンドなんてお遊び、たかが趣味程度だろ。それに全力を尽くす必要はない。音楽なんて結局何の意味もないんだ。本気でやってる方がバカみたいだよ」
「あ、貴方ねぇ!」
「はいストップ〜!友希那も朝日もケンカしないで。ここ学校の前だし、決着なら別の場所でつけて」
ギャルが仲裁に入る。歌姫さんは怒っている様子だったがギャルの言うことには従うようだ。
しかし、別の場所で決着をつけるというのには納得できない。なんせ私は今すぐに帰りたいのだから。
歌姫さんは考える素振りを見せた後言った。
「……なら、こうしましょう。今からRoseliaのスタジオ練習があるわ。そこで私を納得させる演奏を見せて」
「どうして私がそんなことしないといけないのかな」
「音楽をやめる理由が『飽きた』や『くだらない』と言うのならそれなりの実力はあると思っただけよ。貴方の実力を見せつけて私を黙らせればいいだけじゃない。それとも何。実力もないのに『飽きた』と言ったのかしら。随分口が達者なのね」
見た目のわりに下手な挑発。この程度の挑発に私が乗るとでも思ったのか。バカバカしい。
でもいい機会だ。ここで私の実力を見せつければ彼女は二度と私をバンドに誘わないだろう。その後誘われることになっても断る口実になる。
そもそも私を誘うのはバンドのためにもやめた方がいい。
「いいよ。乗ってあげる。自分が言ったことだ。後悔するなよ」
「ついてきなさい」
後悔するのは私かもしれない。
そう思いながら二人の後ろに続く。
今日だけでいいから持ってほしいと手首を握った。
「あれ、朝日さん?」
スタジオに入れば既に三人が準備を進めていたようで突然の来訪者である私にそれぞれの反応を見せる。それに構うことなく紗夜の元へと向かった。
「紗夜、ギター貸して」
「……なぜですか」
「お前たちの歌姫さんが私を挑発したからだ」
「意味がわからないのですが」
「あーはいはい。アタシが説明するね」
ギャルは三人に事情を説明する。
すると紗夜は納得したのかすんなりギターを渡した。
「チューニングは?」
「まだです。今チューナーを」
「いらない。自分で合わせる」
驚く五人を視界に入れつつ私は弦をはじいていく。
当たっている確信はない。ただこの辺だったという感覚だけで合わせた。わざとズラしてもいいがそれはなぜかバレる気がしたからやめる。
「で、曲は何にすればいい」
「そうね、弾ける曲で構わないわ」
弾ける曲って、全部思い出の曲だ。ここで、紗夜のいる前で弾くのは気が引ける。
「紗夜、適当に楽譜貸して」
「それでは…これを」
『Hacking to the Gate』か。譜面をとりあえず一番だけ確認する。
聞いたことあるし、これならきっと大丈夫だろう。自分を信じてやるしかない。
「それじゃあ始めていいかな」
「いつでも」
「あこちゃん、最初のカウントだけ取ってくれる」
「わ、わかりました!」
あこちゃんのカウントに合わせギターを奏でる。悪くない感覚。紗夜の相棒だしいつもと違う感触だがすぐ馴染むだろう。
バンドでやる用に作られてるだけあってギターだけだとやはり物足りないが、今回はやむを得ない。
もう一番が終わる。ここまでだ。これでRoseliaに関わることもなくなる。
そう気が緩んだのが原因かもしれない。
「……っ!?」
弦を全て抑えて音が鳴らないようにする。ピタリと音が止んだ。
それに対して幾人かの困惑の声が耳に届いた。
「…どうして、やめたの」
「これ以上やる意味はない。私の実力ならわかっただろ。ギター返す」
「え、朝日!?」
「姉さん!」
紗夜にギターを返し鞄を持ってスタジオを出た。外に出た瞬間に走り出す。
見てしまった紗夜を。驚いて悲しげな瞳をした紗夜のことを。
紗夜は私の演奏をどう思った。きっとまたギターに触れたことを喜んではいない。喜んでいたらあんな顔しない。見間違えるわけがない。
あれは紗夜を落ち込ませた。それだけでなくムカつかせたはずだ。
ギターを長年弾いていなかった人間が昔のままの演奏をする。私だってそんなことされたら嫌なのに。
手首のことが必死すぎて、気が回らなかった。
姉なのに、大切な人なのに、私が紗夜を追い込むなんて。最悪だ。
♢♢♢
「姉さん!」
出て行く姉さんに声を掛けるもそれは空しくスタジオの扉が閉まった。
スタジオ内に静寂が広がる。
ただ私はその場に立ち尽くしていた。
姉さんが突然現れた時は驚いた。信じられなかった。でもまたギターを弾いてくれたことは少なからず嬉しかった。久しぶりに聞いた姉さんの演奏は昔に比べても劣ることのない、引き込まれる演奏だった。私よりも明らかに上手い。才能の差を感じるレベルだった。
そのはずなのに、どうして姉さんはあんな顔をしたのだろう。
曲の一番が終わる寸前、一瞬だけ向けられた目線に急に止まった音。俯く姉さんに静まり返った私たち。
逃げるように去った姉さんはどこか辛そうで寂しそうだった。
「あ、あの紗夜さん‥‥‥‥大丈夫、ですか?」
「‥‥‥‥」
宇田川さんの言葉に全員の視線が私に集まる。その視線を避けるように持ち場についた。
「練習、しませんか」
「‥‥そうね」
もちろんだが今日の練習は集中なんかできなかった。
姉さんの表情が脳裏をよぎって仕方ない。
姉さんは一体私に何を隠しているの。