世界というのは偶然でできている。
それは最近よく思うことだった。
私たちがあの両親の下に生まれたのも。
私たちが三つ子であったことも。
私たちが今の境遇で育っていることも。
全ては偶然。言うなれば神様の気まぐれだ。
そして同時に思う。
もし私たち三つ子が三つ子でなかったら、と。
偶然が私たちを出会わせたのならそうでなかった可能性もある。
普通の姉妹であれば比べられることはなかったのだろうか。
最初からずっと仲の良いまま育っただろうか。
常に笑い合っていられただろうか。
そもそも他人同士だったら。
完全な赤の他人なら、仲良くできていただろうか。
出会うことは叶ったのだろうか。
答えはわからない。もしかしたらその未来もありえたかもしれないが偶然は三つ子という答えを導いた。
だから考えても仕方ない。わかっているがどうしようもないほど考えてしまうのだ。
仲の良い姉妹の未来を。
ケンカしてもすぐに仲直りできる未来を。
悪の手が伸びない平和な未来を。
今は叶えられない。一つの夢。
♢♢♢
「ギターが弾ける人?」
「はい。朝日先輩の知り合いにいませんか」
電話越しの有咲に私は質問をそのまま繰り返す。
唐突なこと過ぎて有咲の質問意図が読めなかった。
「それは私じゃダメなの?」
「えーっと、私は別にいいんですけど先輩がどう思うかが問題っていうか……」
「…説明してくれる?」
有咲の言葉を聞いてなんとなくの状況は理解できたつもりだ。
有咲の知り合いにギターを始めるやつがいて、有咲は未経験者だからできる人に教えてもらいたいと。それで私に掛けたそうだ。
「なるほどね。それなら私が教えてもいいけど」
「ただ教えるやつが問題っていうか…」
「私がどう思うか、ってやつ?誰。私が知ってる人?」
「……戸山香澄って名前なんですけど」
香澄。その名には覚えがあった。前に屋上で騒ぎ回ってた猫耳だ。
有咲が遠慮気味だった意味がやっとわかった。私のことを思ってだろう。
だが私の知り合いでギターが弾ける人となると、音楽関係の知り合いか紗夜しか知らない。
そして音楽関係の知り合いとは二年以上連絡を取ってないし、今更連絡もしづらい。
「…有咲」
「はい」
「私か紗夜か」
「え?」
「教えてもらうならどっちがいい」
「………朝日先輩でお願いします」
「知ってた。日程教えて」
有咲からしても猫耳からしても紗夜は困るだろう。話したことがほとんどない人と一緒に練習はキツい。私でもキツい。
猫耳に教えるのはどうせすぐ終わるし、有咲の頼みとあれば断る理由もない。
と思ったのが、間違いだったかもしれない。
あれから一週間。私は猫耳に怒りを覚えていた。
「だから!そこはGだって言ってんだろ!?なんで違うコードになるんだ!」
「えぇ!?じゃあこうですか」
「それはCだって!どうやったら間違えるんだよ!」
有咲の家で経営している質屋「流星堂」。その隣に位置する蔵に私はこの一週間出入りしていた。理由は猫耳にギターを教えるため。
そして毎度のことながら私の声が蔵中に響いていた。
「いい加減にしろ!家で練習してたんじゃねーのかよ!次間違えたら承知しねーぞ!」
「あ、有咲!助けてー!」
「無理。そもそも香澄が悪い」
涙目の猫耳。スパルタ教育はこいつには合ってないのか、単に物覚えが悪いのか。知らないが私に習う以上は慣れてほしい。
「香澄、いつも朝日先輩に怒られてるね」
「私、朝日先輩の声にいつも驚いちゃうよ…」
「あ、ごめんねりみちゃん。驚かせる気はなかったんだよ」
「私の時と反応が違う!」
「ああ?猫耳はこの扱いで充分だろ。文句があるなら結果出せ!とっとと弾けるようになれ!できないなら私の時間を返せ!」
「酷い!!」
向かい合う私たちの背後からはクスクスと笑う声。
「まあ朝日先輩の言う通り香澄はさっさとギター弾けるようにならねーとな」
「じゃないとバンド活動できない。ファイト香澄」
「頑張ってね香澄ちゃん」
「うぅー。頑張るよぉー」
「なら10分後に見てやるからそれまで自主練してろ」
猫耳はピックと指を構えまた弾き始めた。既に間違っている。見てられない。下手にも程があるだろう。
私はソファに腰を下ろす。鞄の中から水の入ったペットボトルを取り出し一気に煽った。
「お疲れ様です先輩。めっちゃ疲れてますけど大丈夫ですか」
「大丈夫に見えてるならお前の目は節穴だよ。猫耳のやつ今まで教えてきたギタリストの誰よりも下手くそだ」
「それは素人目から見てなんとなく察してました」
「よくこれでバンド始めるなんて言ったもんだ」
猫耳のレッスン初日。今蔵にいるメンバーでバンドを組むことになったと言われた。
有咲はピアノ経験者。花園たえは小学生からギターを弾いていた。牛込りみは『GLITTER☆GREEN』のギターボーカル牛込ゆりの妹で姉と共にセッションしていたという。この段階ではできそうなメンツが揃っているように見えていた。しかしそれ以外に問題を抱えていた。
このメンバーを率いるリーダーが猫耳こと戸山香澄だが、まさかの楽器未経験者。いやそれはいい。誰だって最初はあるから。
問題なのは異常なほど下手だと言うこと。センスの欠片もない。もう三人だけでいいのでは?と言いたくなるレベルである。
「まだ始めたばかりですから大目に見てください」
「そうしてるよ。じゃなきゃ私の方が疲れてたりしない」
有咲の頼みでなければこんなの引き受けてない。すぐに逃げ出してる。
「でもホント助かってます。ありがとうございます」
「いいよいいよ。どうせ暇だったし。それより曲の方は順調?」
「ボチボチって感じですかね。私も鍵盤に触れるのは久しぶりでしたから」
「ブランクあるのによくできるよな」
「それ、先輩が言いますか…」
苦笑する有咲だが間違ったことは言っていない。
私は一応定期的にギターに触ってはいた。ただ痛みが走るから長くできないだけで音楽は好きだしギターは生活の一部だ。
長らく触ってすらいなかったのに弾けている有咲が恐ろしいよ。
「てかお前らドラムはメンバーにいれないのか?リズム隊足りないと思うんだが」
「私たちの知り合いにドラム叩ける人がいなくて…」
「え……」
有咲のやつ、まさか沙綾がドラマーってこと知らないのか?じゃあ有咲と沙綾は別に仲良しってわけでもないのか。
まあ、もしバンドに誘われてたとしたら沙綾は断るだろうけどな。
「グリグリのひなちゃんに頼もうかなー?」
「でも別に絶対必須ってわけでもないだろ。ドラムがいなくてもバンドできないわけじゃねーし」
「朝日先輩の知り合いで私たちと同い年くらいのドラマーっていませんか?」
無茶言うなよ。沙綾以外知らねーよ。グリグリのひなこさんに頼めるならそれでもいいと思う。
にしたって、初めてここに来た時は私に怯えてたのによく一週間で話せるようになったもんだな。私も教える側だし物腰は優しくしたつもりだがまさか効果があるとは…。
そもそも猫耳とおたえは最初から私に怯えた感じはなかったな。
りみちゃんくらいか、怯えてたの。…それはそれで悲しい。妹属に怯えられてたなんて…。
「…生憎同い年のドラマーに心当たりはないかな」
「ならとりあえず今は4人でやろう。メンバーが増えるなら後ででも問題ない」
「そうだねおたえちゃん。一曲完成させよっか」
「そのためにはまずあのバカどうにかしないとだぞ」
ドラマー。一応沙綾に話してみるか。猫耳がこの調子じゃライブなんてどうせまだまだ先の話だ。それまでに説得できればきっと沙綾も変わるかもしれない。
「おい香澄!何お菓子食ってんだよ!」
………猫耳の師匠として教えることは多そうだ。