「と、言うわけで花音先輩。朝日先輩のこと頼みますね!」
「うん。任せてたえちゃん!」
次の日教室に行くとなぜか松原花音と楽し気に話しているおたえと猫耳がいた。その後ろにはりみちゃんと有咲が控えめに少し居心地悪そうにしている。
それに嫌な予感がして私は松原花音と話している二人の肩を掴んだ。
「おいお前ら。こんなところで何してる」
「あ!朝日先輩!おはようございます!」
「おはようございます朝日先輩」
「おはよう氷川さん」
「おはよう。じゃなくて、質問に答えろ」
笑顔で挨拶をしてくれた三人にとりあえず挨拶を返す。
私を差しおいて何かよくないことが起こっているのだけはわかった。
「氷川さん咲祭ちゃんと参加してくれるんだね!よかった!」
「は?何言って」
「昨日約束してくれたんですよ!『香澄のために男装してやる』って!」
「言ってない!そんなの一言も言ってないから!」
「でも男装はするって言ってました!」
確かに言ったけども、それは別に今じゃなくたっていいだろ。
まさかこいつらと松原が知り合いだったなんて思いもしなかった。神は私に味方しないな……。
「すみません朝日先輩。でもこうなったら香澄とおたえは止められないので諦めてください」
「有咲、お前私を見捨てるのか‥‥?」
有咲は頭を掻いた。まさか有咲に見捨てられるなんて。
で、でもきっとりみちゃんは‥‥。
「が、頑張ってください」
見事に見捨てられました。
うん。知ってたよ。
「でもこうでもしないと朝日先輩に逃げられるかもしれないって聞かなくて‥‥」
猫耳にすら私の行動は見透かされてるのかよ。
「か、香澄ちゃんは単純に朝日先輩の男装を見たいだけなので別に朝日先輩の邪魔をしようとしてるわけじゃないんです」
「わかってるよ。…………はぁー。ギリギリまで休んでて適当なタイミングで衣装係のやつから衣装借りて見せて終わろうと思ってたのに」
「全部聞こえてますよ」
「朝日先輩!ちゃんと咲祭出てくださいね!」
完全に退路は閉ざされた。これはいくらなんでも逃げきれないな。
ため息をつく。もう諦めよう。松原花音にこの会話が聞かれてる以上きっと逃げられもしないんだろう。どうしようもない。
「それじゃあ氷川さん。今日の放課後家庭科室で料理しようね」
♢♢♢
私は今すごく後悔していた。
目の前の無残な姿のクレープを見て思う。
「……なあ松原」
「な、何。氷川さん」
「私帰るな」
「待ってください!」
帰ろうとする私の手を松原が引き止める。
あからさまに嫌な表情をしたのは言うまでもない。
最初は普通に作っていたはずなんだ。メニューがクレープだと聞いていたから楽勝だと思っていた。だって生地作ればいいだけだから。
だが調理に入った直後に状況が変わった。
メニュー表を見ながら材料を入れていくだけ。何の迷いもなくできるはずの工程だった。
ただ知らなかっただけなんだ。
松原が不器用だってことを。
どうして?
そう言いたくなるようなことばかりだった。
粉の入ったボールをひっくり返して床を白くする。
冷蔵庫から持ってきた牛乳を溢して白くする。
挙げ句の果てに生地焦がして真っ黒にする。
もう無理手に負えない。ここまで酷いとは想定してなかった。
しかも料理が下手じゃなくて全部ドジしてるせいで時間食ってるし。まだ料理ド下手な方が良かったっての!
「……お前執事になれ。そしたら全部解決する」
「む、無理だよ!男装なんて似合わないし人がたくさん来るんだよ!?それにもう役割は決まっちゃったから……」
身長あるし似合わないことはないだろうけど、頼りない執事にはなるな。松原のヘマでクラスの出し物を潰したら彼女が責められ落ち込むハメになるし、やっぱり裏方がいいのか。
「お、お願い!どうにか当日までにはできるようになりたいの!」
「言っとくけどこれ全部お前のドジだからな!?料理以前の問題だからな!?まずはそのドジっ子直して出直して来い!」
「ふ、ふぇぇっ!す、すみません!」
家庭科室の現状は酷すぎる。さすがに真っ白になった床はすぐホウキではいて雑巾で拭いた。けどその他の片付けは後回しにしていたのだ。流しにはボウルやら計量カップやら今日使った器具が大量に積まれていた。
時間も時間だから早く片付けないと。
いや、先に残った生地と食材をどうにかしないとな。
「あ、片付けは私がやっておくから氷川さんは先帰っていいよ?」
「は?なんで?」
「なんでって、今日半ば無理矢理手伝わせちゃったわけだし時間も思ってたより遅くなっちゃったし、これ以上氷川さんに迷惑かけられないもん」
「……なるほど。そういうこと」
松原の言葉に納得する。確かに正しい判断だ。無理矢理連れてきた自覚もあって助かる。
だから私は____
「……氷川さん?何してるの?」
「いいから見てろ」
コンロに火をつけフライパンを温める私を松原は不思議そうに見ていた。それもそうだろう。帰ると思っていた相手が突然料理を始めようとしてるんだから。
出来上がった生地にイチゴ、生クリーム、チョコを盛り付けてクルリと巻く。あっという間にクレープの出来上がり。我ながら上出来だ。
「ほれ」
「え」
「食え」
「あ、うん」
呆然とする松原に出来たクレープを差し出す。それを一口食べた彼女はいい笑顔を浮かべていた。
「お、いしい。美味しいよ!」
「だろうな。クレープなんだし」
「すごいね氷川さん!こんなすぐに作れるなんて!」
「まあ大して難しいことしてないからな」
褒めてくれて何よりだ。そう思って自分の分も作っていく。
「氷川さん、料理上手だね」
「普段からやってるからな」
「私は全然できなかったのに」
「お前は下手すぎ。要領悪くて笑えた」
「ひ、酷いよ!」
「事実だ」
作り終えたクレープを食べる。うむ、美味い。
「……氷川さんも笑うんだね」
「私をなんだと思ってるんだよ」
「だって教室にいる時、退屈そうにしてるでしょ?その顔しか見たことなかったから」
「……まあ。教室は暇だからな」
仲良くする理由が見つからなかったから仲良くしなかった。
私が不良生徒だからみんなから離れて行った。
そんな居心地悪い環境にしておいて楽しいはずがない。
「なんだっていんだよそれは。それよりさっさと片付けて帰るぞ」
「うん!私も手伝うね!」
片付けを始めてからも松原のドジは空気を読むことはなかった。
一人で片付けた時の倍以上時間がかかったのは言うまでもない。