二人がクレープを食べ終わり適当に校内を回る。
他の飲食店やお化け屋敷、ダンス部の出し物なんかを見て、去年以上に満喫した咲祭だったと思う。
まだ終わってないけど。
猫耳は体育館でライブの最終打ち合わせをしに行き、私は有咲と二人、中庭に設置されているベンチに腰かけていた。
ちなみにまだ私は執事の、有咲は姫のままだ。有咲姫可愛い。
「先輩、今日めちゃくちゃ楽しんでましたね」
「そーかも。やっぱ滅多にないイベントだからかな」
「普段なら参加しないくせによく言いますよ」
「うっせ。そっくりそのまま返す」
どの口が言ってんだか。サボり魔のくせに。
「でも良かったです。朝日先輩が楽しそうで。去年なんか、ほんとにつまらなさそうでしたし」
「そもそも去年はずっと屋上で有咲と話してただろ。適当に昼ご飯買って。けど有咲と話してるのにつまらなさそうなわけあるかよ」
「‥‥‥先輩って、そういうところズルイですよ」
「ズルイって何が」
「わからないならいいです」
そう言って有咲はスマホを覗く。猫耳に連絡でもしてるのだろうか。
「朝日先輩。香澄から『ライブのことりみりんとおたえに伝えてくる!』ってメッセージ送られてきたんですけどどう思います?」
「……あいつは何のためにスマホ持ってるんだ?」
「さあ。鉄の塊だから筋トレじゃないですか」
「何の筋肉もつかねえよ」
いくら弟子と言えど未だに猫耳の考えてることは理解できない。それはきっと有咲も同じなんだろう。頭を抱えていた。
ライブまであと一時間半くらい。つまりもう姫衣装とはお別れということ。このまま何もしないのはなんだか勿体ないな。
「あ、そうだ有咲。スマホ貸して」
「どうぞ。何に使うんですか?」
「ほれ有咲。笑って」
スマホを有咲に向ける。すると顔を赤くして慌てていた。
「ちょ!待って!何するんですか!」
「何って写真。せっかくの衣装なのに撮らないのは損でしょ。思い出残そうぜ」
「だ、だからって私単体で撮る必要ないじゃないですか!」
「えー。めんどくさいなー」
私は有咲との距離を詰める。スマホを持ち直して内カメにした。所謂自撮りと呼ばれているやつだ。
「これならいいだろ?」
「‥‥‥まあ、それなら」
「私と撮りたかったんならそう言えよ」
「‥‥‥わかってるなら最初からそうしてください」
にやける私と睨む有咲。有咲を宥めつつ写真を撮った。流れで私のスマホに送る。
これで有咲のスマホから消されても安心だ。消されないと思うけど。
「スマホ返すよ」
「先輩って、私に意地悪じゃないですか」
「そんなことないよ。気のせいだろ?」
こんなにからかいたくなる後輩はなかなかいない。ここまで反応がいいとついやってしまうのは仕方ないことだと思うんだ。この場合悪いのは有咲だし。
後輩と言えば、今日はまだ沙綾のこと一度も見てないな。クラスでも見てない。沙綾こそ真っ先に私の元に来そうなのに。
「有咲。そういえば今日沙綾は____」
「朝日先輩。今日のライブ、楽しみにしててください。絶対盛り上がるライブにしますから」
「え、あ、それはもちろん」
遮られた言葉。真剣な眼差し。その目に引き込まれて。
「それから今日の放課後、後夜祭が始まったら屋上で待っててもらえませんか。大切な話があるんです」
口元は笑っているはずなのにその表情は何故か悲し気に見えた。
♢♢♢
沙綾は体調を崩した母親に付き添って朝から病院に行っているらしい。
ライブが始まる前にりみちゃんが教えてくれた。
道理でいないわけだと納得する。だけどそれを知るのが午後ってどうなんだよ先輩として。
絶対拗ねてる。‥‥‥今はそんな余裕ないかな。
私はスマホを持ってダメもとで沙綾に電話をした。4コール目で出てくれた。
『もしもし、朝日先輩?』
「もしもし沙綾。今大丈夫か」
『はい。大丈夫ですよ』
いつもと変わらないトーンだった。そこから母親に何もなかったことを察してホッとする。
『どうかしたんですか?』
「りみちゃんから沙綾が今日来てないって聞いて電話したんだ。お母さんの具合どう?」
『あーはい。今は大丈夫です。わざわざありがとうございます。心配かけちゃってすみません』
「気にするなよ。私が勝手にやってるだけなんだから」
あいかわらずこの後輩は自分以外に気を遣ってばっかだ。
「それよりそっちが落ち着いたんなら学校来たらどうだ?今から来ればあいつらの演奏見れるぞ」
『‥‥‥でもまだ病院にいないと。弟たちを置いていけないですから』
「そっか」
いつだって自分の優先順位が低い。性格的にそうなのだろうけど、決定的なのは去年バンドを始めて家の手伝いが疎かになったことで母親が病院に運ばれたこと。そしてそれを自分のせいだと思い込んでいること。
なら誰かがその思い込みを壊さないとずっと沙綾はこのままだ。
『はい。だから先輩__』
「私は、来てほしい」
『‥‥‥え‥‥‥』
「沙綾にあいつらの演奏見てほしい。だってあいつらまだ全然下手だけど頑張って練習してたんだから。それに」
スマホを握る力が強くなる。
違う。私が言いたいのはそんなことじゃない。ちゃんとまっすぐ、伝えるんだ。
「ううん。あいつらのことを先にあげたのは建て前。本当はあいつらは関係ない。
私が見たいんだ。沙綾がまたドラムを叩いてる姿。あいつらの演奏を見てまたやりたいって言ってほしい。
こんなのワガママだってわかってる。お節介だってことももちろん。それでも私は!」
仲間と一緒に笑顔で楽しそうな沙綾の姿は今でも鮮明に思い出せる。
心から何かを成し遂げるために努力していたあの頃の表情がないのは、嫌だった。
「ずっと沙綾のドラムが好きだったから、このままやめてほしくない」
『‥‥‥っ』
「沙綾の気持ちがわかるなんて言わない。もしかしたら私は沙綾のことなんて何もわかってないのかもしれない。
ただ家族のために頑張りたいのはよくわかるよ。私だって、同じだから。
けどさ、やりたいこと全部我慢する必要はないだろ。沙綾はずっと家族のために頑張ったんだ。バンドくらい、好きなことの一つくらいやったって誰も文句言わねーよ」
沙綾は何も言わなかった。
私もそれ以上は言わなかった。
ここから先は沙綾が決めること。私にできるのはこれくらい。
これでも沙綾がやらないと言うのなら私はそれを受け入れるだけだ。
「私は待ってるから」
返事も聞かずに一方的に電話を切った。
そろそろライブが始まる。
私はスマホをポケットにしまって体育館の中に入った。