ずっと、後悔してた。
中学の頃にバンドを始めて、家に帰る時間が遅くなって母さんが倒れた。
バンドをやめると決意して、ナツたちと顔を合わせるのが辛くなった。
香澄にバンドに誘われて、断るのがしんどかった。
全部全部、今までやりたいと思ったことが悪い方向にしかいかない。
そのせいで色んな人を傷つけた。気を遣わせた。悲しませた。
だから自分のやりたいことなんて言わない。みんなのために行動して後悔しないようにしてた。それでいいと私も思っていた。
それなのに。
『私は、来てほしい』
電話越しの朝日先輩のたった一声に、今までの決心が揺らいだ。
『沙綾にあいつらの演奏見てほしい。だってあいつらまだ全然下手だけど頑張って練習してたんだから』
『私が見たいんだ。沙綾がまたドラムを叩いてる姿。あいつらの演奏を見てまたやりたいって言ってほしい』
『こんなのワガママだってわかってる。お節介だってことももちろん。それでも私は!』
『ずっと沙綾のドラムが好きだったから、このままやめてほしくない』
朝日先輩の言葉一つ一つが私の心に落ちていく。
先輩はこういうことを嘘で言えない。だから本心だってことはわかっていた。
『沙綾の気持ちがわかるなんて言わない。もしかしたら私は沙綾のことなんて何もわかってないのかもしれない』
『ただ家族のために頑張りたいのはよくわかるよ。私だって、同じだから』
『けどさ、やりたいこと全部我慢する必要はないだろ』
『沙綾はずっと家族のために頑張ったんだ』
『バンドくらい、好きなことの一つくらいやったって誰も文句言わねーよ』
私のことを家族のように理解してくれる先輩。
それが、何よりも嬉しくて、仕方なかった。
『私は待ってるから』
こんな私に「待ってる」と言ってくれた。
こんなどうしようもない私に。
こんなに私を認めてくれる先輩。
その期待に応えたかった。
好きな人にそんなこと言われたら嫌でも期待が大きくなってしまう。
単純な自分が、今日は嫌いじゃなかった。
咲祭でのライブは、私が乱入するというサプライズを含め大成功に終わった。
初めてのライブは、すごく楽しくて自然と笑顔になれて、ナツたちも嬉しそうだった。
朝日先輩も、同じだった。笑って誰よりも嬉しそうにしてた。
私はそれが嬉しかった。
「朝日先輩!」
その名前を呼ぶ。
「沙綾」
その声で私の名前を呼んでくれる。
「来てくれて、よかったよ」
微笑みを向けてくれる。
こんなことで嬉しいなんて単純すぎ。
そんな自分が好きだって最近思う。
「私、朝日先輩の言葉が無かったら来てなかったと思います」
「沙綾が来なかったら私泣いてたかもなー」
「それはだいぶレアですね」
「わりと本気で言ってるんだけど?」
ちょこっと先輩をからかってみる。眉を寄せる表情はなんだか可愛かった。
知ってますよ。だって朝日先輩の言葉は全部まっすぐで偽りなかった。それに私が無理にしないように図ってくれていたんですから。
私たちが好きなのも、わかってますよ。
「私を待っていてくれてありがとうございます朝日先輩」
「お前が望むならいつまでも待っててやるよ」
ほんと、そういうこと言っちゃうのはズルいですって。
「……じゃあ、先輩」
欲が出ちゃうじゃないですか。
「今日の後夜祭。一緒にいてくれますか?」
「もう執事の時間は終わったんだけど、仕方ないから
沙綾姫という単語に心臓が跳ねる。
そういえば朝日先輩は執事になってたんだっけ。
見たかったなぁ、朝日先輩の執事姿。絶対かっこいい。
「けど少し用があるんだ。だから後夜祭が始まって30分後、迎えに行くからクラスで待ってて」
「わかりました」
朝日先輩は手を振ってどこかへかけて行った。
その姿が離れて行くのが、嫌だった。
後夜祭が始まってすぐ、私は有咲との約束の場所である屋上へ向かっていた。
ベンチで私を呼んだ有咲はとても真剣だった。言っていた通り大切な話なんだろう。内容に見当はつかないが遅れては行けない気がした。
階段を駆け上がる。そして屋上に続く扉を開けた。
外は赤く染まる。視線の先にはフェンスから校庭を見下ろす待ち人の姿があった。
「有咲」
その名前を呼ぶ。
「……待ってましたよ朝日先輩」
振り返った有咲はやはりどこか悲しげだった。今にもどこかへ行ってしまいそうに見えた。
そんな彼女の元に一歩ずつ近づいていく。
「それで話って何?」
相談事か何かだと、そう思っていた。
けど有咲の発言がそんなわけないと言ってくる。
「好きです」
はっきり聞こえた声にピタリと私の足が止まった。
有咲の口角が少しだけ上がる。悲しげな顔は変わらない。
「好きって何が」
「もちろん朝日先輩のことですよ」
平然と当たり前だと言うように、有咲は言った。
いつもの照れ屋な市ヶ谷有咲は見当たらない。
目の前にいるのは別の誰かだ。
「朝日先輩、私朝日先輩のことが好きです。この世で一番、大好きです」
衝撃だった。
「朝日先輩が好きだから一緒にいられるのは嬉しかった」
そんなの私の秘密を知っているから良くしてくれているんだと思ってた。そうじゃなくても話しやすいからだって。
「朝日先輩が好きだから山吹さんとか香澄とか他の人の話ばっかするのが嫌だった」
いつも普通に聞いていたから気にしたことなんてなかった。
有咲が私との距離を詰めてくる。
「朝日先輩。私朝日先輩のことがどうしようもないほど好きなんです」
苦しげな表情の彼女になんと言えばいいのかわからない。
だって好意を持たれているなんて知らなかった。
私は有咲のことを後輩として見ていたから。だから急にそんなこと言われたって……。
「あ、りさ……?」
「先輩は、誰が好きなんですか」
私に控えめに抱きついてくる有咲。呟かれた言葉。
その言葉のせいで、その小さな背中に手を回すことも、言葉を付け足すこともできなかった。
私はきっと有咲とそれから沙綾に甘え続けていたのだろう。
二人ならどんなことでも受け止めてくれるって思っていたから。
その思い込みが結果的に二人に好意を持たせてしまった。
私は、一体どっちが……。
その答えはいくら待っても出なかった。