一体私は、誰が好きなんだ。
考えれば考えるほど迷宮入りしていく問題に私は頭を抱えた。
有咲からの告白には驚いた。けど嬉しくもあって。
それは沙綾に抱いたものと同じようで少し違ったように思う。
わからなかった自分の気持ちが。
ずっと紗夜と日菜のために戦って来たから、他のことをしっかり見れていなかったのかもしれない。そのせいで二人には悲しげな顔をさせてしまった。
そんな表情見たくないのに、どうすればいいのか全く分からない。慣れの問題だと言うのならlevel1の見習い勇者の私には経験値が足りなすぎた。
そしてこれから一緒に後夜祭を過ごす沙綾がどんな顔をするのか見当がつかなかった。
今日二度目の1-Aカフェ。扉の前で一度深呼吸。覚悟を決めてその仕切りを開いた。
「朝日先輩!」
「悪い沙綾、待たせた」
「いえ全然ですよ」
中にいた沙綾は窓際の席に座っていた。私に笑顔を向けてくる。かわいい。
そんな沙綾の前の席に私は腰を下ろした。
「用事終わったんですか?」
「っ‥‥‥ああ。大丈夫だったよ」
有咲に告白されたことは言えなかった。
「そうですか」
沙綾は窓の外に目を向けていた。つられて外を見る。
校庭に作られた簡易ステージ。その上でギターをかき鳴らす猫耳がいた。無論音は遠くて聞こえないが観客は盛り上がっている様子。
「香澄、楽しそうですね」
「そうだな」
下手くそなギターでも雰囲気次第で上手く聞こえることはある。楽しめばそれだけ上手くなれる。だからこそああいう場は猫耳に合っていると思った。笑みが零れる。
「盛り上がりすぎて明日バテないといいですけど」
「いいんじゃないか。どうせ明日休みなんだし」
「それもそうですね。香澄の演奏、聞きに行きますか?」
「‥‥‥いや。それはいいや」
ちょっと聞きたいが聞いたら聞いたで口出しするかもしれない。さすがに楽しんでいるところに水を差す気にはなれなかった。だから今回ばかりは見なかったことにする。どうせあとでうざ絡みされるのはわかっていたし今くらい休んでいてもいいだろう。
「そう言えば気になってたんですけど、先輩ってどうして香澄のこと猫耳って呼んでるんですか」
「どうしてって?」
「だって弟子って言うわりには扱いが雑だし、考えてみたら先輩が香澄のこと名前で呼んでるところ見たことないなーと思って」
確かにそうだ。私は一度も猫耳のことを香澄と呼んだことはない。
けどそれがそんなに変だろうか。
「別に大した理由なんかないよ。初めて出会った時からそう呼んでる。それに今更呼び方変えるのもおかしくないか」
「そうですか?名前で呼んだら香澄喜ぶと思いますよ」
「そんなの求めてないから」
ただ猫耳の反応はなんとなく想像できる。騒ぎまくってうるさくなる。それむしろ呼びたくねえよ。
「で?なんで沙綾はそんなこと言うわけ?猫耳の話振ってくるなんて珍しいじゃん」
「‥‥‥朝日先輩。私決めたことがあるんです」
「うん。何?」
「私、またバンドやろうと思います」
自分の耳を疑った。沙綾に目線を向ければまっすぐに私だけを見つめていた。その瞳に吸い込まれそうになる。
「朝日先輩のおかげですよ。ありがとうございます」
「‥‥‥別に私は何もしてないよ。ここに来たのは沙綾の意思でしょ」
「言ったじゃないですか。先輩の声でここに来たって」
ずっと後悔してました、と続く。
「私本当に家族のためなら何を犠牲にしてもいいと思ってました。けどバンドだけは違っていて、楽しくて上手く叩けるようになるのが嬉しくて達成感があって。そんなバンドを、ドラムを、本当はやめたくなかった。
やめなくてよかったって、今日の香澄たちとの演奏で思いました。
だからあの電話をくれた朝日先輩は私の恩人なんです。本当にありがとうございます」
沙綾は目に涙を溜めたまま頭を下げた。机の上に涙が数滴落ちる。肩をふるわせ下を向いたままの彼女の頭に片手を置いて、優しく撫でた。おそるおそるといったように顔を上げる。
「恩人は大袈裟だ。私は沙綾のためにと思って行動しただけ」
「なにそれ、口説いてるんですか‥‥‥?」
「事実しか言ってない。……でも少し違うか。私は自分のために動いたんだ。私が見たいって電話越しでも言ったでしょ。私的な理由だったんだから恩人は間違ってるよ」
「もしそうだったとしても、手を差し伸べてくれたのは朝日先輩だったから」
沙綾は私の手を机の上に置き直し、イスからおもむろに立ち上がった。
急な行動に首を傾げていると私の前に立ち手を広げる。
「朝日先輩、抱きしめてもらえませんか?」
「‥‥‥今日は強引にキスしたりしないんだ?」
ニヤニヤしながら聞くと沙綾は口角を上げ近づいてきた。片手で私の顎を撫でる手は少し冷たくて肩が跳ねる。
「しても、いいんですか?」
心臓がバクバク動く。何も言えず固まってしまう。多分顔は赤いことだろう。
「ふふっ。冗談ですよ」
「‥‥‥心臓に悪い」
「先に仕掛けたのは先輩ですよ?」
この小悪魔な後輩のことを黙らせたくてその手を引っ張る。こちらに倒れ込む沙綾を抱きしめた。沙綾は私の背中に手を回す。
「‥‥‥好きですよ朝日先輩」
「知ってるよ」
「自分から抱きしめてくれたってことは先輩も私のこと好きなんですか?」
「人肌が恋しくなっただけ」
「その言い訳、苦しくないです?」
「じゃあもう離れろ」
「ダメですよ。離しません」
再度強く抱きしめられる。
教室内が、少しだけ暑かった。
「ご機嫌だね沙綾」
「おかげさまで」
イスに座る私の足の間に座っていた沙綾は笑う。落ちてしまわぬようにお腹に手を回しこちら側に引き寄せた。
「先輩は、私がしてほしいと思うことしてくれますよね」
「気のせいじゃないか」
「気のせいで抱きしめたりしてくれるんだぁ」
からかい口調の沙綾に私は何も言えなくなる。
「朝日先輩、せっかくの咲祭なんだし写真撮りませんか?」
「いいよ。撮ろっか。スマホ、私のでいい?」
「はい」
私はポケットからスマホを取り出して沙綾に渡す。
カメラを起動し体勢そのままにシャッターをきった。
沙綾が画像フォルダを開いて撮った写真を確認していた。
そして思う。これ、色々勘違いされる写真じゃね?と。
「写真、大丈夫みたいですね」
「そうだな……」
「先輩、執事姿の写真ってないんですか?」
「一枚だけなら撮ってるよ」
「見ていいです?」
「ああ」
写真をスクロールして、沙綾の身体が固まった。
「……市ヶ谷さんと、撮ったんですね」
「時間とタイミング的に他のやつらとは撮れなかった」
「ふーん……」
明らかに拗ねた声だった。が、それくらい許してほしいものだ。
そもそも私誰とも付き合ってないし。
ただこの程度のことで嫉妬している後輩を可愛いと思う。
「今先輩は私の執事なんです。他の人に愛想を振りまいてる姿は嫌でしかないんです」
「……じゃあ私はどうすればいいんでしょう姫様」
「抱きしめてください」
それで機嫌が直るなら安いものだ。
そう思って私は沙綾を後ろから抱きしめた。