「沙綾。どれにするか決めたか?」
「いえ。どれも良さそうで‥‥」
沙綾が正式にPoppin'Partyのメンバーとなって最初の休日。私と5人は江戸川楽器店に足を運んでいた。
今までバンドを避けて来た沙綾には自分のドラムがない。蔵で練習するのにそれは不便なため買いに来たのだ。その話を沙綾の両親と弟妹に話せばとても嬉しそうな表情をしていた。金銭面もとても協力的なよう。
そして楽器店に入ってからはや20分。
沙綾は色々なドラムを見て、いい感じに悩んでいた。
「いい音で叩き心地が良すぎるのは高すぎて手が出せませんし‥‥」
「どれ?」
「これなんですけど」
そこには20万近いドラムセットがあった。
あーさすがに20万はな。いくら貯金と親からの支援があっても気を遣って高すぎるものは買えないだろう。
よし!ここは先輩が一肌脱いでやろう。
「沙綾。私が半分出そうか?」
「え!?それはさすがに遠慮しますよ!」
「いいよ沙綾にはお世話になってるし」
「私の方がお世話になってますって!それに自分の楽器は自分で買いたいんです」
そう言われたら手は出せないなー‥‥。
がしかし、金銭面は簡単にどうにかできるもんじゃない。私にならゆっくり返していくって形でもいいのに。
「ねえ沙綾。これ面白いよ」
おたえがとある電子ドラムに触れていた。音の高さや音色を調節できるタイプらしい。
沙綾も興味津々だ。
「‥‥うん。いいねこれ!」
どうやら気に入ったようだ。
「それじゃあこれにする?」
「うーん‥‥そうしようかなー」
「でもお高いんでしょ?」
有咲の言葉にその場にいた全員が目線を向けた。
11万の文字。
「たけぇぇぇ!!」
有咲の声が店内にこだまする。沙綾も悩んでいた。
そこに近づく一つの影。
「あなたは欲しくなーる」
「え、リィ先輩?」
「欲しくなーる。欲しくなーるー。どんどん欲しくなーる」
グリグリのベース担当、江戸川楽器店で働いているリィ先輩が
沙綾は動揺しつつも気持ちは買う方向に揺らいでいた。
「学割あるよ」
「買います!」
即答だった。確か学割はありがたい。
にしてもリィ先輩商売上手だな。
「よかったな沙綾」
「はい」
笑顔でそう言う沙綾に自然と頬が緩む。
奥の方ではクマの絵の描かれたエフェクターを手に取った猫耳が「買います!」と叫んでいた。
沙綾と猫耳はレジにてお会計をする。
買ったドラムは分けて全員で持つことになった。小分けしてもらった袋を片手に店から出ようとすると
「ねえ朝日」
リィ先輩に呼び止められた。
素直に振り返ると笑顔を向けられた。
「朝日がまたここに来てくれて私は嬉しいよ」
「‥‥私も、来られてよかったです」
それは紛れもない本心だった。
♢♢♢
蔵につき次第ドラムセットを組み立てていく。
出来上がってすぐに「私の心はチョココロネ」を演奏した。
最初聞いた時はなんて変な曲だと思ったけどりみちゃんがゆりさんと作った曲なら段々いい曲のように思えてきた。てか普通に好き。
うん。前に聞いた時よりも確実に上手くなってる。猫耳も間違えずに弾けてるな。まさか短期間でここまで伸びるとは。正直初めて教えた時は思いもしなかった。
これはご褒美でも考えておくか。
「それじゃあ次何の曲やる?」
「新曲作ろう!」
「はあっ!?」
唐突にそう言った猫耳。みんなキョトンとして有咲が驚いた声をあげる。
「SPACEで披露する用に?」
「そう!」
「いや別に新曲じゃなくてもオーディションは受けられるだろ‥‥‥」
有咲の意見はごもっとも。だがレベルアップしている最中なら色々挑戦させてもいいだろう。
「いいんじゃないか新曲。どうせこれからもライブやるようになるんだろ?自分たちのしたことをやりたいようにやった方がいい」
だから私は猫耳の発言を肯定した。
「朝日せんぱーいぃ!!」
「その分猫耳への指導は厳しくなるけどな」
「うっ‥‥‥そ、それは‥‥‥」
猫耳は目を泳がせる。
どのみち短期集中になるんだから厳しくなるんだけどな。SPACEのオーディションは1ヶ月後だ。
「猫耳」
「は、はい!」
「毎日指の動きを練習すること。あとは往復練は怠るな!ちゃんとやれよ!」
「な、なんで私だけ!?」
「お前が下手くそだからだよ!」
「事実だけど酷い!」
「ならさっさと上手くなれ!」
「はい!」
「なんなんだあれ」
「朝日先輩もなんだかんだ香澄の世話焼くの好きだからね。愛故の行動だよ」
「朝日先輩、香澄ちゃんのこと大好きだもんね」
「おいそこ聞こえてんぞ!」
こういうやり取りは5人になっても変わらないらしい。それが落ち着く。
ただ猫耳が好きってことは否定させてもらう。
「照れてるのはわかりますけど、落ち着いてくださいよ朝日先輩」
「照れてない。時間ねえんだからそんなこと言ってる場合じゃないだろ。練習しろよ。もしくは新曲でも考えてろ」
「えー。一回休憩しましょうよー」
「まだ一回しかやってないのにか?つかなんで猫耳がそれを言うんだよ。私さっきなんて言ったと」
「はいはいそこまでですよ朝日先輩。一旦休憩して、それから新曲考えましょう。いいですよね?」
「‥‥‥わかったよ」
確かに落ち着きがなかったと思う。落ち着くためにも休憩にしよう。ソファに腰かけ息を吐く。
そう言えば、変わったことが一つあったんだっけ。
「私飲み物取ってくる」
「
「じゃあ手伝ってくれ
有咲と沙綾のお互いの呼び方が変わった。
そうなったのも香澄が原因らしく「なんでさーやと有咲って名字で呼びあってるの?」と言われたそうだ。確かに私も二人が名前で呼び合っているのを見たことがなかった。本人たちは中学の頃からその呼び方で慣れてしまっているから気にしたことがなかったそう。だからPoppin'Partyを機に名前呼びに変えたそうだ。
二人はそれで納得したと言う。まあ別にあの二人の関係性なら突然名前呼びになっても違和感ないし。そもそも今まで名前呼びじゃなかったことが不思議でならない。
二人は、少し変わったように見えた。
それなのに私は、何も変わってないように思う。
答えを出さないといけないのに、二人の優しさに甘えて返事を先延ばしにして。
早く答えを出さないといけないのはわかってるんだ。
それなのに答えを出せないのは。答えが出てくれないのは。
ガタッと蔵の入り口が開いた音がした。
「あれ、早かったな」
「家にいないと思ったらこんな所にいたのね朝日」
「っ!?」
狼狽した。勢いよく立ち上がって後ずさる。ローテーブルにぶつかった。
なんで。そう言いたかった。
目の前の人はここには絶対いないはずの人物。口元だけ笑っていた。ただ目が笑っていなくて。足が震えて仕方なかった。
「探したのよ朝日。まさかこんな所にいるとはね」
「‥‥‥どうして、ここが‥‥‥」
「さあ。どうしてでしょうね」
いや、そんなことどうだっていい。問題なのはこの状況に
「貴方たちは朝日とどういった関係なの?」
「わ、私たちですか?私たちは」
「言うな!!」
猫耳が驚いたように私を見るも私はそれに気づけなかった。こっちは誰かの表情気にしてるほど余裕なんてないんだ。悪いが何も話さないでくれ。
目で合図を送る。伝わったかは全くわからない。
「あら。私相手に随分と威勢がいいのね。家ではそんなことないのに驚いたわ」
「……用件は、なんですか」
「そうね。貴方を家に連れて帰るのが目的だったんだけど。やっぱりやめたわ」
嫌な予感がした。笑うバケモノは猫耳に近づく。
「ねぇ貴方たち。これからお茶でもいない?全額きちんと奢ってあげるわよ」
「何言ってんの」
「私はただお茶に誘っているだけよ。朝日の
「冗談を言うのは家だけにしてくれ」
猫耳の腕を引いてりみちゃんたちの方へ後ろ手に押しやる。
「冗談に見えていたの?」
こいつらに何しようとしてたんだよこの野郎。
無意識に身構えてしまう。
「へぇ。そんなに大切なのね」
「……っ、いいから帰れよ」
「それ、誰に向かって言っているのかしら」
早くこの場から抜け出したくて零れた言葉はバケモノの機嫌を損ねるには十分だった。
気づいた時にはもう遅い。左頬に感じる痛みとともに倒れていた。「先輩!」という声がする。次に右の手首を踏まれた。激痛が走る。息が止まった。苦しくてもがく。痛みは和らいではくれなかった。
「アンタ!何してんだよ!!」
有咲の声だった。今戻って来たのだろう。最悪のタイミングだ。
声にバケモノが振り返る。その間も踏み続けていて辛かった。
「まだいたのね、朝日のおともだち」
「今すぐに出て行け!警察呼ぶぞ!」
「あら。それは困っちゃうわね。今はこのくらいにしておこうかしら」
やっとの事で離された足。笑うバケモノは仕方ないというようだった。
警察沙汰にはなりたくないことはわかった。が、痛いのは勘弁してくれよ。歪む顔でバケモノを睨む。
「それじゃあ朝日。また家で会いましょう」
それはただの死刑宣告だった。