「泣かないで」
誰に向けての言葉?
「頼ってよ」
何を?
「私を信じて」
信じてるよ?
「好きだよ。君はどう思ってるの?」
どうしてそんなこと聞くの?
私は好きだって言ってるでしょ。
なんで伝わってないの?
私が君たちを大切にしてることは、目に見えていたはずなのに。
ねえ、こんな私でもまだ愛してくれますか?
♢♢♢
「りんりん!最近朝日さんと連絡取った?」
Roseliaの練習後、あこちゃんがそんなことを言ってきた。突然のことに首を傾げる。
「私は……取ってない、けど……どうか、したの……?」
「最近NFOにもログインしてないしメッセージ送ったんだけど一週間経っても既読にならないの。なんでか知ってる?」
「……ううん……私は、何も……」
あこちゃんの発言に私は疑問しか生まれなかった。
今まで朝日さんにメッセージを送って返事が返ってこなかったことなんて一度もない。一週間も既読がつかないなんて以ての外。そういえば学校でも姿を見ていない気がする。
何かあったのだろうか。
「宇田川さん、白金さん。片付けは終わったの?もう出る時間ですよ」
「あっ、紗夜さん!」
「す、すみません……まだ、終わってないです……」
ギターを背負った氷川さんが私たちに声をかける。時計を見ればあと数分で出なければいけない時間だった。慌てて片付けを始める。
友希那さんたちはもう部屋から出て行ったようだ。
「私は先に行きます」
「あの紗夜さん!」
「なんですか」
「あ、えっと、その……」
足を止めた氷川さん。あこちゃんは少し口ごもっていた。
多分氷川さんと朝日さんの仲があまりよくないことを知っているから聞いていいのか戸惑っているのだろう。
「……最近、朝日さん……どうしてますか……」
「……姉さんがどうかしたんですか?」
「いえあの大したことじゃないんですけど朝日さんと連絡が取れてなくて……」
あこちゃんがそう言うと氷川さんはキョトンとしていた。
「姉さんなら普通に学校に行ってます。まあ、大概サボっているようですが」
「え、そうなんですか?」
「はい。連絡が取れないってことないと思いますよ。日菜はメッセージを送ったら返ってきたと喜んでいましたから」
「へ?」
「早く来てくださいね」
氷川さんは私たちの言葉を信じずに出て行ってしまった。あこちゃんと二人顔を見合わせる。
「……朝日さん、いつも通り……みたいだね」
「うん……。けどどうして日菜ちんとの連絡には返信があるのにあこたちにはないのかな?これって変だよね?」
あこちゃんの言う通りだと思う。朝日さんは連絡したら一日以内に絶対返信が返ってくる。マメで丁寧な人だから日菜さんにだけに返信してあこちゃんにだけ返信しないなんてことしないと思うけど。
「明日……学校で、話してみるね……」
「お願いりんりん」
あこちゃんのお願いに頷いた。
多分朝日さんに何かが起こってる。何かはわからないけど、とてつもなく嫌な予感がした。
結果から言うなら私の予感は当たっていた。
次の日のお昼休み。私は朝日さんと会うために屋上へ続く階段を登っていた。体力のない私はそれだけで息が上がってしまう。やっとのことで登りきった階段。なのにそこに朝日さんはいなかった。お昼休みは屋上の適当なところで昼寝でもしているものだとばかり思っていたから予想外だ。
お昼はもう食べ終わっていた。朝日さんがどこに行ったか見当がつかない以上戻ってくるまでここで待とうと決心する。
けどいくら待っても朝日さんは現れなかった。お昼休み終了五分前のチャイムを聞いて仕方なく屋上を後にした。
放課後にもう一度訪れても朝日さんはいなかった。もしかしたら今日は休みだったのかもしれない。そう思ってRoseliaの練習に出るために正門へと移動した。
「だからなんで!?」
正門の前には私を迎えに来てくれたあこちゃん。
「わからないわけじゃないだろ」
そしてもう一人。私が探していた朝日さんがいた。
仲良しな二人。そのはずなのになぜか今日は険悪な雰囲気だった。いや、あこちゃんが一方的に怒っている?そんな風に見えた。
その背後には友希那さんと今井さん、氷川さんが立っていた。それぞれが驚いたような表情をしているように見える。
「……お待たせ、しました……どうか……」
「わからないですよ!なんで急にそんなこと!」
私の言葉を遮るようにあこちゃんが声を上げた。あこちゃんに余裕なんかなさそうでとても焦っている様子だ。
「本当に、わからないのか」
「わかりません!朝日さんが何考えてるのかあこには全然!」
「じゃあ教えてやるよ」
いつもの朝日さんじゃない。あこちゃん相手に攻撃するような声を出して、鋭い目つきで睨みつけて。
朝日さんはいつだってあこちゃんに優しくて、あこちゃんもそんな朝日さんが好きで「もう一人おねえちゃんができたみたい」って嬉しそうにしていたのに。
一体どうしたというのか。この雰囲気は機嫌が悪いとかそういうレベルじゃない。明らかな、敵意だ。
「私が拒否する言葉を出さないからってはしゃぎまわってさ。私があんだけうざ絡みされて何も思ってないと思ってたのか。お前の行動の一つ一つが
「ッ!?」
何を言ってるの。素直にそう思った。
鬱陶しい?冗談だよね。あこちゃんにそんな酷い言葉を朝日さんが投げかけるわけ、ないですよね。
だって一緒に過ごした時間、本当に楽しそうに嬉しそうにしてたのに、あの笑顔や言葉が全部嘘だったなんてそんなわけ……。
「そんだけ。だからもう、私には
決定的だった。言葉が出ない。朝日さんがそんなこと言うなんて思いもしなかった。
その場で固まっていた私の方を見ずに朝日さんはあこちゃんや氷川さんの横をすり抜けて行ってしまった。
涙が零れて私に抱きつくあこちゃんを抱きしめながら、朝日さんの後ろ姿を眺めていた。
♢♢♢
あんな姉さん、知らない。それが今日思ったこと。
Roseliaの練習のため、学校に集まった私たち。スタジオの予約時間は迫っているが白金さんだけがまだ来ていなかった。教室にいなかったからもう来ているものだと思っていた。しかし白金さんが遅れるというのも珍しい。そう思いながら待っていると先にやってきたのは白金さんではなく姉さんだった。
「朝日さん!」
真っ先に反応したのは宇田川さんだった。笑顔で姉さんに近寄って行く。飼い犬が飼い主の元へ駆けるようですごくほっこりした。
「最近連絡取れなくて心配してたんですよ!何かあったんですか?」
「……」
「忙しかったんならそう言ってくれればよかったのに」
「……」
「えっと……本当にどうしたんですか朝日さん。いつもの朝日さんじゃない気がするんですけど……」
だがそれを見た姉さんは不機嫌そうで違和感を覚える。変だと思った。
前にスタジオに宇田川さんの荷物を届けに来た時はもっと優しく微笑んでいたはずだ。それなのに今はそんな様子は一切ない。ただ見下したような視線。宇田川さんもそれに気づいて戸惑った表情になっていた。
「朝日さん……?何か言ってくれないとあこ困っちゃいますよ」
「……ならこの際、ハッキリ言わせてもらう」
やっとのことで口を開いた姉さんの声は普段よりも明らかに低くて、機嫌の悪さが滲み出ていた。というより、なぜか宇田川さん相手に敵意が見えた。
「もうお前と話すことはない。二度と私に関わるな」
「え…………」
宇田川さんが目を見開く。だけど姉さんの言葉を理解できていないのかポカンとしていた。姉さんの表情は変わらない。
まるで
「ど、どういう意味ですか」
「意味?そんなもの必要か」
「必要ですよ。じゃなきゃあこ、何も納得できない」
「話す必要がないから話さない。理由はそれだけで」
「だからなんで!?」
宇田川さんの心からの叫びが正門辺りに響き渡った。それでも姉さんの表情は変わらない。
「……わからないわけじゃないだろ」
「わからないですよ!なんで急にそんなこと!」
わかるわけない。今の姉さんが何を考えているのか、私には見当もつかない。
だって姉さんは仲良くなった人を傷つけるようなこと、言ったりしない。だからこそ姉さんの周りには人が集まってくる。どれだけ言葉が素直じゃなくても優しさは変わらないから皆それに惹かれる。
そのはずなのに、なんで姉さんは。
「本当に、わからないのか」
「わかりません!朝日さんが何考えてるのかあこには全然!」
「じゃあ教えてやるよ。
私が拒否する言葉を出さないからってはしゃぎまわってさ。私があんだけうざ絡みされて何も思ってないと思ってたのか。お前の行動の一つ一つが鬱陶しかったんだよ」
「ッ!?」
どうして、そんな酷いことを言うの。私たちを突き放したときの言葉よりも遥かに酷い。しかもそれを言った相手が宇田川さんなんて。
どうしてなの姉さん。
「そんだけ。だからもう、私には関わるな」
横を通る姉さんのことを私は止められなかった。知らない人の様に見えて怖かったというのもある。わけわからない行動ばかりして驚いたというのもある。
だけど一番は。
「くそっ……」
すれ違う寸前、小さく漏らした言葉と苦しそうな表情があまりにもミスマッチすぎたこと。
高校生になって、姉さんのことがわからなくなった。なんで姉さんがそんな顔できるのよ。宇田川さんを傷つけたのは姉さんなのに、どうして自分が傷ついた顔なんか。
この場の誰に聞いたって、答えてくれる人はいなかった。