「おねーちゃん!見てみて星がいっぱい!」
「本当ね。綺麗だわ」
「あれ確かオリオン座だよね!砂時計みたいな形してるやつ!」
「うん。そうだよ。オリオン座で一番光ってるのが一等星のべテルギウス。ちなみにその近くにある一等星がこいぬ座のプロキオンとおおいぬ座のシリウスで冬の大三角だよ」
「わぁっ!おねーちゃんすごい!物知りだね!」
「星って綺麗だから見てるの楽しいよ。ずっと見てたらどんな星座があるのか気になって」
「ねえねえおねーちゃん!あたしにも星座教えて!」
「姉さん。私にも教えてほしいわ」
「もちろん。あそこにあるのがふたご座のカストルとポルックス。この星座には面白い話があってね……」
楽しかったんだ。
心の底から大好きだった。
♢♢♢
スマホと財布だけをカバンに詰めて家を抜け出す。仕事場に立ち寄ってシャワーを浴びて、ギターを背負って私は歩き出した。
行き先は夜の学校。
時刻は八時過ぎ。部活動生たち数人の横を通り過ぎて、人気のない階段を上がっていく。
この時間からここに足を運ぶ者はほとんどいない。いるとしても忘れ物を取りに来たくらいですぐにいなくなる。屋上なんて誰も来やしない。だって用事があるやつなんかいないから。
だからこそ私が一人ギターに没頭するにはちょうどいい空間だった。
ここなら誰にも邪魔されない。
初めて来たわけじゃないからわかる。ここは警備員もほとんど見回りに来ない。来ても非常階段を登ってタンクの置かれている所まで行けばバレやしない。
壁にもたれてギターを取り出す。チューニングをして空を眺めた。
今日は星が綺麗に見える。そんな日はあの曲が聞きたくなる。
星に願いを込めて、大切な人たちへの想いを歌った曲。私たちが中学生の頃に流行って未だに売れ続けている曲だ。ずっと好きでこういう星が見える日に弾きたいと思う。
ギターはアンプに差していないから音はたいして鳴っていない。歌声が屋上に響いているわけでもない。それでよかった。
こんな下手くそなギター、誰かに聞かせるようなものじゃない。他のやつらに訊かせる時はある程度できていないといけないから気が抜けない。
けど今は違う。私が勝手に弾いて満足すればいい。下手くそでも関係ない。
だってここには私しかいないんだから。
「あなた素敵なギターと歌声ね!」
そう思っていたのに聞こえてきた明るい声。ギターの演奏をやめて声のした方を見れば花女の制服を着た金髪の美少女がいた。見たことないし一年か。彼女はニコニコと私のことを見ている。
「……誰」
「あなたいつもここで演奏しているの?」
「質問に答えろって」
「私は弦巻こころよ!あなたは?」
「名乗るほどの者じゃない」
「そうなの?まあいいわ!私は答えたんだから今度はあなたが私の質問に答える番よ!」
「……別に。気が向いたから来ただけだ」
帰ろう。これ以上はこいつに邪魔される気しかしない。
そう思いギターを仕舞おうと動けば彼女は不思議そうに私のことを見つめていた。
「もうやめちゃうの?」
「お前が来たからな」
「私が来たらやめるの?」
「誰が来てもやめるつもりだったんだよ」
警備員なら別に何も思わなかった。けど同じ学校の生徒なら話は変わる。
面倒なんだよ、ここにいたことがバレると。
「それはどうしてかしら?」
「は?」
「先にいたのはあなたなんだし私はあなたの演奏を邪魔する気はないわよ」
「そんな話じゃねーんだよ」
こいつ、私のこと知らない口だな。どうしよ。速攻で突き放すか。けどこの純真無垢そうな目のやつを遠ざけるのはやっぱ抵抗あるな。
……って。あこちゃん突き放した後に何言ってんだろ。
関係ないだろそんな私情。全く関わっていない今突き放すのが一番楽なのはわかってるだろ。
「お前らがここに居続けるって言うなら私は出て行く」
「ねえ、ギター弾いてみて!」
「人の話聞いてんのか」
「どっちかが出て行かないといけないなんて変じゃないかしら。私はどっちもいていいと思うの」
「それはお前の意見だろ。聞いてねえよそんなこと」
なんなんだこいつ。なんで私に構うんだよ。
「あなた星を見ながらギターを弾くのが好きなの?」
「なんで」
「だって星を見て歌っている時のあなたは楽しそうだったもの」
「っ……」
当たり前だろ好きなんだから。
好きなことで笑えないほど私の精神はまだ腐りきってない。けど
「……好きじゃねえよ。星に興味なんてねーし。適当なこと言ってんじゃねえ」
「どうして?星座を見てるのすごく楽しいじゃない!ほら!べテルギウスが綺麗に見えるわ!」
「は?何言ってんだお前。今オリオン座が見えるわけ」
「興味がないって言っておきながらよく知ってるわね」
しまったと思った時にはもう遅い。彼女は私を見て笑っていた。
まさか頭の中がお花畑そうなやつ相手にこんなカマかけられるなんて。侮ってた。
「ちょっとこころ!急に走らないでって!……ひ、氷川朝日先輩!?」
「朝日さん?どうしてここにいるの?」
彼女に続いて階段を駆け上がってきたのは黒髪の女の子。私のことを確認して驚いていた。
そしてもう一人は松原だった。どうしてはこっちのセリフなのに。
「か、花音さん知り合いなんですか!?」
「クラスメイトだよ。意外と仲良いんだ」
「仲良いの!?」
「勝手なこと言うな。良くねえよ」
ただ一方的に話しかけてきて少し優しくしたら懐いただけ。傷を見られたのも弱みのように感じている。
「朝日さんここで何してるの?」
「なんだっていいだろ」
「花音!この人さっきギターを弾きながら歌ってたのよ!すっごく素敵だったわ!」
やめろそんなこと言うな。
「朝日さんギター弾けたんだね」
「……確か、紗夜先輩と日菜先輩も弾けるんでしたよね。なんか納得です」
「どうして紗夜と日菜が出てくるの?」
「知らないのこころちゃん。その二人と朝日さんは姉妹なんだよ」
「そうなのね!だからあなたのギターが上手だったのね!」
「だからってなんだよ。あれを上手なんて、ありえねえよ」
バラバラで途切れ途切れのギター演奏、誰が喜ぶ。あんな演奏、幻滅されるだけだろ。
「そうかしら?私にはとっても上手に見えたわよ!歌もとても素敵だったわ!」
「なわけあるか。お世辞も大概にしろ」
「朝日さん。こころちゃんはお世辞なんて言わないよ。口から出る言葉全部本心だから」
そんな人間いるのかよ。怖すぎだろ。
「知るか。出て行く気がないなら私は帰る」
「待って朝日!」
「あ?何呼び捨てにしてんだよ一年。初対面のくせに馴れ馴れしいんだよ」
「どうしてそんなに怒っているのかしら。笑顔の方が良いことあるわよ!」
「は?」
「大切なのは笑顔なの!笑顔になったらみんながハッピーになるわ!朝日だってギターを弾いてる時は……」
「黙れ」
笑顔の方が?何も知らないのにどうしてそんな適当なことが言えるんだよ。
笑顔で何もかもが解決できるわけないだろ。ふざけんな。どれだけおめでたい脳なんだよ。
それで全てが解決できるって言うのなら私はなんでこんなことしてる。
みんなを突き放して、心にも思ってないこと言って、困らせて怒らせて泣かせて。
なんだよ。あの暴力的な
「言っておくがそれは恵まれたやつだから言えるんだよ。肉体的にも精神的にも不安なんてないやつだから言えるんだよ。そんなの押し付けられたってみんながみんな幸せになれるわけじゃない。苦しんでるやつに笑えなんて頭おかしいだろ。
笑っていて何もかも上手くいくならみんな笑ってる。貧富の差なんか生まれない、いじめなんて起こらないし、ムカつくこともないからストレスなんか微塵も感じない気持ち悪い世界になってるはずだろうが!」
どうせならそんな世界の住人になりたかった。
そうしたら私は誰かを傷つけたりしないのに。したくないのに。
「私はおめでたいやつは嫌いなんだよ。二度と顔見せんな」
都合のいいことばかり起こらないことくらい知ってるんだ。世界が、私の身近な場所が理不尽なことはもう。
けどそれを変えるのは私だ。他の誰でもない私が変えるんだ。
あいつらを警察送りにしたら有咲たちにはすぐに謝るつもりなんだ。
どんな願いでも聞いて、許してくれるのなら一生をかけてでも尽くすつもりでいる。
だから今は少しでもそんな美しい世界の希望を持たせないでくれ。
私は、それができるかもと信じてしまうから。甘えてしまうから。
辛い現実を突きつけられた方がマシなんだよ。