放課後の誰もいない空き教室。そこに私は呼びだされていた。
今日蔵練は休み。だから他の三人は帰ってしまった。時間も五時半を過ぎていてほとんどの生徒は帰宅したことだろう。残っているのは部活生徒生徒会くらいではないか。そもそも空き教室に用がある生徒なんていない。
故に秘密の話をするには最適だ。
空き教室の扉を開けば椅子に座り本を読んでいる有咲がいた。
私に気づいてそれをしまう。
「やっと来たのか。遅かったな沙綾」
「ちょっと、先生に呼ばれて。‥‥‥それで話って何、有咲」
「わかってるんだろ沙綾。とぼけるなよ」
イスに座ったままそう返される。頬杖をついてこちらを見ていた。
もちろん有咲の言いたいことは理解していた。だけどそれはここで話してもいいものなのか判断しかねる。
「なあ沙綾。お前さ朝日先輩のこと好きだろ」
そんな時に飛び出した発言に心臓が飛び出しそうだった。
「そ、そりゃあ好きだよ。大切な先輩だし」
「そっちじゃねえ。恋愛対象としてだよ」
誤魔化しの言葉が有咲によって否定される。やっぱり有咲相手に誤魔化しなんて通じなかった。この状況からの言い逃れは多分できない。
そして同時に、目を逸らしていた事実に目を向けなければいけなくなってしまった。
「好きなんだろ」
「有咲相手に隠したって意味ないか。そうだね好きだよ朝日先輩のこと」
むしろどうやったらあの人のことを嫌えるのか不思議なくらいだ。
「けど、それは有咲もでしょ」
「ああそうだな。好きだよ」
あっさり肯定される。
恥ずかしがる様子はない。些細なことでも照れる有咲が何一つ動揺していなかった。いつもの照れ屋はどこへやら。
ペースを乱されそうで。いや。ペースを乱されるだろうから、それが怖くて仕方ない。
「‥‥‥いつから気づいてたの」
「さあな。一つ言えるのはお前自分で思ってるよりもわかりやすいよ。すぐ顔に出るし」
「有咲も大差ないじゃん」
「けど最近のお前はあまりにも積極的だった。文化祭の時のあれ、私が知らないとでも思ってたのか」
「‥‥‥隠れて見てる、なんて悪趣味じゃない?」
「人がやっとの思いで撮ってもらったツーショット見て嫉妬するなんて心が狭すぎねえーか?」
普段の何気ない会話なら主導権を簡単に握れるのに朝日先輩のことだと全く主導権を握らせてくれない。
こういう時の有咲は、ハッキリ言って苦手だった。
「お前さ、朝日先輩に告白したんだろ」
「っ!?」
「けど保留されてるから必死にアピールしてる、だろ?」
すべて見透かしたように言う有咲が怖かった。
「‥‥‥なんで」
「私も同じだからな。先輩からの返事待ち。だから朝日先輩のことは誰よりも見てるつもりなんだよ」
朝日先輩の事情を知っていて、昔も今も見ていて、朝日先輩のことが好きで、その先輩からの返事待ち。
つまり私たちの状況はほとんど同じってわけだ。
「‥‥‥それを知ってて、何の用なの?別に朝日先輩にアピールするのは勝手でしょ?」
「そりゃあな。別に私もそれに文句言う気じゃねえよ」
だったら一体何なのか。呼ばれて、そんな話しておいて。
「そろそろ本題に入るが」
有咲は立ち上がり私の前に立つ。身長は私の方が高いはずなのに真っ直ぐすぎる目に見上げられるのが嫌だった。
名前を呼ばれる。
そして口から出た言葉に驚きを隠せなかった。
「一時休戦にしないか」
「え?」
「それより協力してくれ」
突然すぎて何を言っているのかわからなかった。
一時休戦、というのは話の流れから察するに朝日先輩へのアピールをだろう。別に戦ってはいないのだからその表現が正しいのかは微妙。
けど協力というのは一体。
「朝日先輩を、助けたいんだ」
それは私と同じ想いだった。
「わかるだろ私の言いたいこと」
「っ!もしかして紗夜先輩たちと」
「ああ。仲を戻したい」
協力というのは氷川姉妹の仲を戻すのを、らしい。それは私も戻してあげたい。だけど。
「どれだけ難しいこと言ってるかわかってるんだよね」
「当たり前だろ。そもそも朝日先輩の考えを改めさせねぇと‥‥‥」
「む、無理だよ!だって朝日先輩が紗夜先輩たちにあんな態度取ってるのだって」
有咲だってわかってるはずだ。何の勝算もなくそんな目標みたいなものだけ持ってたって意味ないことも。
「わかってるだろ。朝日先輩が元に戻るためには紗夜先輩や日菜先輩との仲を戻して、そのうえで両親との問題を解決しないと意味ねえって」
「わかってるよそんなこと!けどどうしようもないじゃん!」
「なあ沙綾。お前朝日先輩のこと好きって言うわりには意気地なしだよな」
「ッ!?」
「好きならさどんな時でもどんな状況でも助けたいって思うもんじゃねえの」
言われなくたってそんなこと。だけど私にはいくら手を伸ばしたって助けられる未来が見えない。
今までの楽しかった日々はあくまで表面的。裏では暴力に傷つく人がいるのに見えていないフリをして、そして解決してほしいと祈っている。
他人行儀だと言われてもおかしくない。
みんな私に言うんだ。「力になるよ」って。
何の、何に対しての言葉なの。私は所詮力を持たない人間なのに、どうして私に力を貸そうとするの。意味ないんだよ私に力なんか貸しても。だってそれを上手く使えないから。何のアイディアも浮かばない。何が今の先輩に必要なのかもわからない。
それなのにどうして。
「朝日先輩の演技をやめさせたいなら紗夜先輩たちとの仲を戻すのが一番だ」
「だ、だからって」
「現状を変えようとしない朝日先輩にも問題はある。けどなそれが手を差し伸べない理由にはならないだろ」
「っ……」
わざと不仲になっていること。
姉妹の距離を一定以上詰めようとしないこと。
虐待されていること。
そのせいで傷が増えていくこと。
妹さんたちに被害がいかないように身代わりになっていること。
証拠は揃っているはずなのに警察に行かないこと。
知っている。先輩の意見も想いも。だけど一番知るべきなのは紗夜先輩と日菜先輩だ。なのに朝日先輩は心配をかけたくないからと言わない。
本当にバカで優しくてどうしようもない人。
「お前にやる気がねぇならいいよ。私一人でどうにかするから」
有咲は、すごいと思う。
今言ったことは一人でやった方が明らかに朝日先輩からの好感度は上がる。それをわかっていて私に話したんだ。一人では支えが足りないと思って。多分これに協力したら、そのせいで朝日先輩が取られたってきっと文句一つ言わないで祝福してくれるのだろう。
本当に怖い子。私が一人で抱え込むようなことを平気で人に想像して、自分が絶対に勝つと闘志を燃やしている。
大変な子と好きな人が被っちゃったもんだ。
正々堂々としたライバル宣言。もちろん受けたいよ。
だけど私は有咲に勝てるなんて思ってない。けど。
「‥‥‥わかった。協力する。助けよう絶対に」
受けないと納得できないよね。有咲も私も。
私たちは誓いも握手を交わす。それを受理するように下校を示すチャイムが鳴った。
♢♢♢
それはただの偶然だった。私は風紀委員の活動で校内の見回りをしていただけ。
「朝日先輩を助けたいんだ」
足が止まった。空き教室の扉にかけていた手が動かなくなる。
気づけば教室内の会話に聞き耳を立てていた。普段なら絶対にやらないことなのに。
それだけ中から聞こえてきた言葉が衝撃的だった。
「どれだけ難しいこと言ってるかわかってるんだよね」
「当たり前だろ。そもそも朝日先輩の考えを改めさせねぇと‥‥‥」
会話をしているのは声的に市ヶ谷さんと山吹さんの様だ。両者共に姉さんと話しているのを見たことがあるし仲は良いのだろう。
どちらも成績優秀者と記憶している。そんな二人が不良児の姉さんと仲良くなったきっかけがわからないが。
「む、無理だよ!だって朝日先輩が紗夜先輩たちにあんな態度取ってるのだって」
「わかってるだろ。朝日先輩が元に戻るためには紗夜先輩や日菜先輩との仲を戻して、そのうえで両親との問題を解決しないと意味ねえって」
「わかってるよそんなこと!けどどうしようもないじゃん!」
「なあ沙綾。お前朝日先輩のこと好きって言うわりには意気地なしだよな」
「ッ!?」
「好きならさどんな時でもどんな状況でも助けたいって思うもんじゃねえの」
何かもめている様子だった。一方的に市ヶ谷さんが突っかかっているのか歯切りの良い山吹さんがどもっている。
内容も、姉さんが好きだとかそういう話だしやはり聞くのはよくない。そう思って教室から離れようとしたら
「朝日先輩の演技をやめさせたいなら紗夜先輩たちとの仲を戻すのが一番だ」
「え…………?」
衝撃的な言葉が聞こえた。
「だ、だからって」
「現状を変えようとしない朝日先輩にも問題はある。けどなそれが手を差し伸べない理由にはならないだろ」
「っ……」
演技……?仲を戻したい……?どういうこと。脳をフル回転して考える。
演技って何が。仲を戻したいって何。現状を変えようとしない?何を言っているのか。
疑問がどんどん溢れていく。一旦整理しよう。
今までのことが全て演技だと二人は言った。それも元々知っていたかの様な素振りで。この際二人が知っているのかはどうだっていい。
問題なのはその理由だ。
あの日姉さんは私たちに酷いことを言った。本当に突然に。でもそれは姉さんの本心であったと思い込んでいた。突き放したのだって私が日菜にしてしまったことと同じだと。
しかしそれが全て間違っていたとしたら?
今思い返してみればおかしな点は多い。姉さんが私たちを嫌いだったというのなら何度も私と日菜のフォローをしなくてもよかったはずだ。
面倒を見ろ、というのが両親からの指示なら仲直りさせたりケンカの仲裁に入る必要なんてなかったはずなのに。どうして姉さんは‥‥‥。
今までに感じていた違和感は間違いじゃなかったってこと?
「じゃあ帰るか」
その声にハッとする。
このままここにいては盗み聞きしていたことがバレてしまう。素早く物陰に身を隠した。
幸い二人は私に気づいていない様子。ゆっくり物陰から出ればもう彼女たちの姿は見えなくなっていた。早々と生徒会室に戻ってカバンを回収する。
校内の見回りはあの教室が最後だったため「何も異常はなかった」とだけ報告して帰宅する。まあ私にとっては異常だらけだったけど。
帰宅中も帰宅後も市ヶ谷さんと山吹さんの会話が頭から抜けることはなかった。