部屋の扉をノックされたのと同時に開かれた扉の先にいたのは妹たちだった。
二人して真面目な顔をしている。
「姉さん。話があって来ました」
「‥‥‥私、入っていいなんて言ってないけど」
「ノックはしました」
鍵をかけ忘れていた数十分前の自分に舌打ちをする。だが二人で私の部屋に来るなんて珍しいこともあるもんだ。色々問い詰められる想像ができてしまう。
「と、突然ごめんねおねーちゃん。あたしたちおねーちゃんに訊きたいことがあって‥‥‥」
「私はお前たちに話すことは何もないよ」
「そんなこと言って逃げようとしないで」
打った先手を後手の紗夜に止められる。
二人に塞がれている扉からは出られない。かと言って背中側のベランダの先は行き止まりだ。それに加えここは二階。物理的に退路は塞がれた。
逃げられないなら上手く言い包めるしかない。
「単刀直入に言います。姉さんは私たちに隠していることがありますよね」
「人間なんだし隠し事くらいあって当然だろ」
予想範囲内の質問。解答を返す。
「そういうことじゃありません。知っているんですよ私たちは」
「知ってる?」
「ええ。姉さんが三年前から抱えているものを私たちは知っています」
「っ!?」
冷水を浴びたような気分だった。
知ってる?あの日からの私のことをか?待ってなんでいつから。
あれだけ二人にはバレないように行動してきたのに一体どこでバレたって言うんだ。
ケガやら包帯だって多少無理矢理にでも誤魔化してきたのに。
それなのにどうしてあいつらのことが‥‥‥。
いや待てよ。違うどう考えたっておかしい。もし仮に二人が
そうなっていないのならこれは紗夜のブラフ。あいつらについて何も触れていない辺りそういうことなんだろう。
けど今それが分かったとしても見開いてしまった目をなかったことにはできなかった。
「‥‥‥やっぱり、そうだったのね」
「ち、違う!別に何も」
わかりやすい慌て振りだった。これで気づかないやつなんかいない。墓穴掘ってどうするんだよ。
「姉さん、姉さんが抱えているものは何。私たちには話せないようなこと?」
思わず目を逸らした。
話せない。話せるわけがない。二人はあいつらのことを純粋に慕っているのに、その想像を壊せない。
「そんなに私たちは頼りない?」
「違うんだ、本当に、違くて‥‥‥」
____何が違う。間違いなんか起きてないだろ。
私の嫌な声が脳内に響き渡る。
「紗夜たちが、頼りないんじゃないんだ‥‥‥」
____あぁそうだ。紗夜と日菜みたいな秀才と天才が頼りにならないわけがないよなぁ。
「じゃあどうして言ってくれないの?」
____お前本当は最初から自覚してるんだろ。
「おねーちゃん」
____お前の弱さが人を切り捨てられないことだって。
「どうして私たちをあの日突き放そうと思ったの」
____人をいくら遠ざけてもその繋がりまでは切りたくないってこともわかってんだろ。
「そ、れは‥‥‥」
____そのせいで自分以上に周りを傷つけていることに気づいちゃいない。
「本当のことだけ教えて」
____下手くそなんだよその立ち回りが。
「本当に‥‥‥なんでも‥‥‥」
____もう言っちまえ。その方が楽だ。
「嘘なんかつかないで」
____中途半端な気持ちなんて何の役にも立たねぇよ。
「‥‥‥わかってんだよそんなことは」
____ならハッキリしろ!
「姉さん!」
____自分の意思くらいちゃんと持ちやがれ!!
「うるせぇ!いい加減にしろ!!」
「「ッ!?」」
____おぉ?やる気か?
「なんなんださっきから適当なことばっか言いやがって!!」
____結構核心ついてたろ?
「ふざけんな!言えないものは言えないだろ!」
____さっさとぶちまけちまえばいいのによぉ。
「そんな簡単な話じゃないだろ!将来に関わることなんだぞ!!」
____だからって妹たちの将来のために自分の将来潰すのは間違ってるだろ。
「関係ない!私はどうなったって構わない!」
____そんなこと言って沙綾や有咲、他のやつらがこれからも隣にいてくれるとは限らないだろ。
「わかってるってそんなこと!」
____お前がずっと大切にしたいものはなんだ。大切なもののためにお前がすべきことは何かよく考えろよ。
「‥‥‥わ、たしが‥‥‥するべき‥‥‥」
「おねーちゃん!!」
「っ!?」
大声で呼ばれてハッと視線を上げた。
いつの間にかベランダに続く大窓まで後退していた。両耳を塞いでいた手を日菜は握りしめる。肩で息をして汗が地面に落ちた。
「あたしは何があってもおねーちゃんの味方だよ!何があっても受け止めるし軽蔑なんてしないから!だから」
「‥‥‥もう、今日は出て行って」
「お、おねーちゃん‥‥‥?」
「今、全然冷静な思考じゃないから話したって何の意味もない」
今は何をしてもダメな気がした。ゆっくり一人でしっかり冷静に何が正しいのかを自分なりに考えないといけない。じゃなきゃ向き合う理由も価値もないから。
「‥‥‥頼むよ、もう出て行ってくれ」
「‥‥‥日菜行きましょう」
「で、でもおねーちゃんが」
「姉さんは一人になりたいって言ったのよ。邪魔したらダメよ」
紗夜が日菜の腕を引く。私の手を握っていた日菜は心配そうな表情のまま手を離した。重力通り私の手が落ちていく。その手をじっと見つめた。
人の温もりが消えていく。かき集めてもどんどん逃げていく。嫌だった。まるで私の前からみんながいなくなるみたいに感じた。両手を握りしめる。
そっと視線を上げて二人を見る。
日菜を先に部屋から出した紗夜が心配そうな顔でこちらを見ていた。
やめろそんな目しないでくれ。私は心配されたくないんだよ。
扉が閉じた後、二人がいなくなったことを確認して私はその場に崩れ落ちた。