この頃私は何が目的だろうと思う。
最初は紗夜を守りたいという明確な目的があった。大切な妹を守ってあげたいってただそれだけの意思で行動していた。中学の頃の私がどんなことを思ってそうしたかちゃんとは覚えていないが確かそんな動機だったと思う。
けど次第に大切なものが増えていった。
最初の大切は有咲だった。丁度私が虐待される一ヶ月ほど前に偶然見つけた流星堂で出逢った。初めこそ人見知りを発揮していた有咲だったけど話してみれば信じられないほど馬があって。
私のことを先輩って呼んで、ギターの腕前を褒めてくれて、いろんな話を聞いてくれて、なによりも慕ってくれたことが嬉しかった。
次の大切は沙綾。出逢ったのは虐待されてから。キツイオシオキをされた次の日にやまぶきベーカリーの裏手で倒れていたところを発見されたことがきっかけだった。救急車を呼ぼうとしたその手を掴んで掠れた声で拒否するように首を振って困らせて。
怪我の手当てをしてもらう代わりにあったことを全て曝け出した。その後から学校で話しかけてくれるようになった。
他にも大切だと言える人たちが増えていった。猫耳やりみちゃんやおたえのポピパメンバー。あこちゃんやりんりん、松原。
この一年だけで関わりを持ちすぎた。欲張りの私は欲しいものが手に入ってさらに欲しがった。
それが最大の間違いだったんだ。
増えすぎた幸せは持ちきれないと知らなかっただけ。
元々容量のほとんどない私の内部メモリー。溢れたらどれだけ増やしたって溢れるだけなのに私はそれを知らなかった。
一人じゃ抱えきれないほど増えた大切と幸せが私を押し潰す。
どんどんそれらを手に入れるたびに保存しようとしたからそのバチが当たった。
バケモノからの制裁。
あいつらは私の幸せを奪うのが好きだ。私が苦しんでる姿を見るのが好きだ。私を傷つけることが好きだ。
いつだって怒りの表情をしているけど内心はきっと大笑いしている。
だってそうだろ?
人間は楽しくもないことをずっと続けていられない生き物なんだから。そうじゃなきゃ私だって何も納得できないよ。
私の幸せを奪うのが楽しい。私の苦しむ姿を見るのが楽しい。私を傷つけることが楽しい。
だからポピパのメンバーに手を出そうとした。人質にでも取ればさらに楽しく私を傷つけられると思ってたんだそうに決まってる。
人の幸せを奪うことはそれほど楽しいことなのか私にはわからない。けどそれが楽しさに繋がるかは人それぞれだし気にしたことはない。
私はただの人間サンドバック。その扱いだからストレス発散の道具に違いない。
ねえ親って何。親って何をしてくれるものなの。私のはあんなんだけど他の家庭は?
例えば沙綾のところは優しくて良い人たちだった。有咲のところもおばあちゃんとしか会ったことはないが親切だった。
なあ、あれは異常?それともこっちがイジョウ?
ねえ、幸せってたくさん持ってたらだめなの?たくさん持ってることはアクなの?
ほら、誰でもいいから答えてよ。オカシイのはどっち?
私は、ナニヲシンジレバイイノ?
♢♢♢
放課後、HRが終わってすぐ私は一年生のフロアに出向いていた。
理由はただ一つ。
「市ヶ谷さん」
「さ、紗夜先輩‥‥‥!?」
教室を覗けば帰る準備をしていた彼女を呼んだ。私の姿を見て驚いた彼女だったがすぐに駆け寄ってきた。
「市ヶ谷さん、もうHRは終わってますか?」
「はい。終わってますけど‥‥‥どうかしましたか」
「話があって来ました。お時間よろしいですか」
首を縦に振る彼女。おそるおそるというのか緊張しているというのか。そんな市ヶ谷さんに私は首を傾げていた。
「‥‥‥あの、紗夜先輩。話って何ですか?」
「今からする話には山吹さんもいてほしいのだけど同じクラスではないの?」
「沙綾は隣のクラスですけど‥‥‥」
「そう。なら行きましょう」
カバンを持った市ヶ谷さんと共に隣のクラスに向かう。
そこには山吹さんの他にもPoppin’Partyのメンバーが勢揃いしていた。
「あれ?有咲と紗夜先輩?」
「珍しい組み合わせだね」
仲良く話していたはずの戸山さんが私に気づいた途端そう言った。花園さんが私の方を見て続ける。牛込さんと山吹さんもそれを聞いて振り返っていた。
「‥‥‥有咲、何仕出かしたの?」
「何もしてねぇよ!」
山吹さんが眉をひそめながら言う。
あまり話したことがあるわけではないが市ヶ谷さんはいつも丁寧な話し方をしているからこの口調は珍しいと思った。ハッとしているのを見る限り人には見せない一面なのだろう。
私のせいでその面を引き出してしまったし、誤解されているようなので助け舟を出すことにする。
「別に市ヶ谷さんは何か規則を破ったから私といるわけではないのでご安心を」
「そ、そうなんですね。よかった‥‥‥」
「私、有咲のことだから出席日数の関係で呼び出されても不思議じゃないと思ってた」
「もしかして有咲、留年の危機?」
「んなわけあるか!香澄が引っ張ってくからちゃんと学校行ってるだろ!」
「なんで仕方なくみたいな言い方なの?」
何故だろう。みんな市ヶ谷さんに対する発言が酷くないだろうか。反応が初犯に言う感じではない。私は市ヶ谷さんを問題児だと思ったことはなかったが今日で少し変わりそうだ。
「つーか紗夜先輩がいるのは私と、あと沙綾に話があるからだよ」
「え?私!?」
「有咲に続いて沙綾まで留年の危機?」
「おたえは留年から離れろ!」
軽快でリズミカルにツッコミを入れていく市ヶ谷さんに笑いそうになりながら私は五人のやり取りを見ていた。あいかわらずいつ見ても楽しそうで元気をもらえる。バンドもこの五人だから成り立っているのだろう。
「皆さんこれから練習ですか?」
「はい!今日も蔵で練習です!」
「蔵‥‥‥?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。その疑問を私に説明してくれたのは市ヶ谷さんだった。
なんでも市ヶ谷さんの家の敷地内には蔵と呼ばれる建物があるらしく防音なためPoppin’Partyの練習はいつもそこでやっていると言う。近くに無料で練習できる場所があるだなんて羨ましい限りだ。
「すみません。練習があるのはわかってますが少し市ヶ谷さんと山吹さんをお借りします。長い時間は取らせませんから」
「わかりました。有咲、沙綾、頑張ってね!」
戸山さんたちと別れた私は二人を引き連れて生徒会室の隣にある会議室へと入った。
二人を先に入れて後ろ手に鍵を掛ける。不思議そうな二つの目が私を見つめる。
「それで紗夜先輩。私たちを呼んだ理由は何ですか」
「‥‥‥多分、お察ししているかと思っていますが‥‥‥」
私は二人の目を見てそう言う。
そして勢い良く頭を下げた。
「え、あの、紗夜先輩!?」
「お願いします。私に力を貸してください」
「ちょ、顔上げてください!」
焦った声が二つ。それに顔を上げた。困惑した表情だった。
「急にどうしたんですか。何かあったんですか」
「頭下げなくても私たちにできることがあるなら協力しますから」
心配そうな表情。私がこんな姿を見せたことがないからだろうか。
けどこれは私でも日菜でも解決できなかったこと。多分姉さんの隣にいなかったから、だから隣にいた秘密を知っている彼女たちの協力が必要だと思った。
「‥‥‥先に言っておきます。私は文化祭のすぐ後に市ヶ谷さんと山吹さんが話しているところを偶然聞きました」
「「っ!?」」
「すみません。聞くつもりはなかったんです」
狼狽が二つ。やはり聞かれたくない話だったらしい。
「ま、待ってください。どこまで、聞いたんですか‥‥‥?」
「姉さんのあの態度が演技ということは聞きました」
私の発言に彼女たちの肩がピクッと震えた。これが多分、彼女たちにとって一番聞かれたくない話だったのだろう。それを察しつつ私は問いかけた。
「私は、知りたいんです。私と日菜の知らない姉さんのことを。市ヶ谷さんと山吹さんが知っている姉さんのことを。教えてくれませんか」
最初はどうするか迷っていた彼女たちだがしばらくして口を開いた。
それでわかったことは彼女たちが本気で姉さんを想っているということ。
本気で姉さんを変えようと思っているということだった。