珍しく目覚めのいい朝だった。何かに包まれて温かい。目を開いて一番最初に見たのは日菜のあどけない寝顔だった。幼い頃に見ていたものと何ら変わりのないそれに思わず笑みが零れる。
いつもと違う枕の感触は日菜に腕枕をされているから。視線を下に下ろせば私のお腹には後ろから紗夜の手が回されていた。規則正しい呼吸音がすぐ後ろから聞こえてなんだか嬉しかった。
いつの間にか止まってしまった私たちの時が、また動き出す。
「‥‥‥ねぇ、さん‥‥‥」
「んー?どうしたの」
思いのほか優しい声が出た。けど紗夜は言葉を続ける気配はない。代わりに寝息が耳に届く。寝言だったらしい。
かわいい。やっぱりかわいい。そんな紗夜を頭を撫でようにも後ろにいるせいで撫でられない。手を伸ばしても届かないし動いて起こしてしまったら申し訳ない。だからお腹に回っている左手の上に私の右手を重ねて握りしめた。
「‥‥‥あ、れ‥‥‥?おねーちゃん‥‥‥?」
聞こえた声に視線を上げる。日菜が瞼を薄く開いて私を見ていた。その目に優しく微笑む。
「おはよう日菜」
「ん‥‥‥おはよー‥‥‥」
「よく寝れた?」
「うん‥‥‥ふぁ‥‥‥」
大きな欠伸をする日菜。それも変わっていなかった。
「‥‥‥なんでおねーちゃんがあたしの部屋にいるの‥‥‥?」
「勘違いしてるみたいだけどここ私の部屋だからね」
「ふぇ‥‥‥?」
マヌケな声に笑う。日菜は寝ぼけているのか状況が呑み込めていないみたいだった。
「なんで、おねーちゃんの部屋‥‥‥?」
「昨日のこと、覚えてないの?」
「昨日のこと‥‥‥」
私の言葉を繰り返す日菜。すぐに目を見開いて身体を起こした。とは言っても私に腕枕をしているから大して起き上がれていないけど。
「思い出した?」
「う、うん!」
ガバッと私に抱きつく。腕枕していた手を頭に回された。空いている片手が私の左手を握る。日菜が嬉しそうに笑った。
「えへへっ‥‥‥こういうの、久しぶりだね」
「そうだね」
主に私のせいだけど、とは言わなかった。言ったら日菜に怒られる気がしたから。おねーちゃんのせいじゃないよって悲しそうな目で言われそうだったから。
「昔は私が日菜を抱きしめる側だったのになー。大きくなっちゃって」
「えー?身長はおねーちゃんの方が大きいよ?」
「そうじゃないって」
日菜の発言に苦笑い。うちの妹はこういう話を分かってくれない。器がだよ。まあそんなところもかわいいけど。
その時お腹に回されていた手に力が入った。背中に額を押し付けられる。
「紗夜?ごめん、起こしちゃった?」
「いえ。ただ目が覚めたの」
「そっか。おはよう紗夜」
「おはよう姉さん」
再度手を握り直せば紗夜の手が一度離れた。指を絡められる。俗に言う恋人繋ぎと呼ばれるやつ。恥ずかしがり屋の紗夜がこんなことをするのは珍しい。
「どうしたの紗夜」
「‥‥‥別に」
「おねーちゃん、あたしがおねーちゃんに抱きついてるのが羨ましかったんでしょー?」
日菜の声に紗夜の身体がピクッと揺れた。図星みたい。顔を赤く染めているであろう紗夜を想像するとかわいくてついにやけてしまう。
「そうなんだ。かわいいところあるね紗夜」
「‥‥‥なによそれ」
不貞腐れた声だった。私たちのからかいに拗ねてしまうところもかわいい。
「‥‥‥‥‥‥私だって、たまには甘えたいって思うわよ」
あーもうなにそれかわいすぎ。そのかわいさは世界一だね誰も勝てない。
私は日菜から離れて正面から紗夜を抱きしめた。背中に日菜がくっつく。
今日が幸せだと実感した。
♢♢♢
休日だし出かけようよ。そう言いだしたのは日菜だった。
時刻は短針と長針がてっぺんをさしていてみんなして寝すぎたと少し反省。テキパキと準備を進め家から出たのはそれから三十分後のこと。
先に部屋を出て全ての部屋を確認して「誰もいなかった」と言う日菜の言葉を聞いて安心して一階に降りられた。両親がいないとこに違和感を覚えるも今は気にしないことにした。
「それで日菜。どこに行くつもりなんだよ」
「ショッピングモールかな。買い物行こうよ!」
「そうね。お昼を済ませるのもショッピングモールのフードコートがいいんじゃないかしら」
と言うわけで私たちはショッピングモールに向けて足を進めた。
お昼時と言うこともありフードコートは人で溢れかえっていた。だが日菜が運よく見つけた四人掛けの席にどうにか座ることができた。
「お昼買ってくるけど二人は何がいい?」
席を見つけてくれた日菜と包帯を巻き直してくれた紗夜へのお礼として代表してお昼を買いに行こうとした私。それについて来ようとしたのは紗夜だった。
「姉さん。私も行くわ」
「いやいいよ。一人で大丈夫。てか二人で行くと日菜が泣くから」
「おねーちゃんはあたしのことなんだと思ってるの!?」
「喜怒哀楽が激しいかわいい妹」
しまった正直に答えすぎた。
日菜が目を輝かせて見えない尻尾を全力で振っている。恥ずかしくなってつい目を逸らした。
「おねーちゃん!もう一回!もう一回言って!」
「昼抜きにするぞお前」
私の抵抗は虚しくかわいくおねだりされて買いに行かざるを得なくなった。元々行かないという選択肢はないのだが。
「‥‥‥‥‥‥紗夜、日菜。セットメニュー注文したらハッピーセットついてきたんだけどいる?」
「あ、朝日さん!私をハッピーセットのおもちゃみたいに扱わないで!」
「ま、松原さん?」
「花音ちゃん?どうしたの?」
ハンバーガーショップで目的の物を買って席に戻ろうとした私の目に飛び込んできたのは見たことある人影だった。今にも泣き出しそうな表情で私に「助けて」と言ったのはクラスメイトの松原花音。急なことで困惑する私だったがとりあえず話を聞くことにした。
どうやら前に屋上に来ていた黒髪の一年と一緒に買い物に来ていたがそいつとはぐれたらしかった。ショッピングモール内で迷子とか子供かよと思ったがここがどこかも分からないと言っているのを聞く限りこいつは方向音痴で間違いないのだろう。
とりあえずトレーを机の上に置いて私の隣に松原を座らせた。
「迷子だと。ついさっき拾った」
「拾ったって‥‥‥」
「つーわけで松原。スマホ出せ。その後輩に電話掛けろ」
「う、うん」
松原は私の言う通りスマホで後輩に電話を掛ける。それを借りて耳に当てた。
『もしもし花音さん?今どこにいるの?』
「松原なら今フードコートにいる」
『え!?だ、誰!?』
「氷川朝日」
『えっ!?ひ、氷川先輩!?な、なんで!?』
「迷子になってるの拾ったんだよ。いいからとりあえずフードコートの一番奥の席に来い」
それ以上は聞かずに電話を切った。松原にスマホを返せば苦笑いしていた。紗夜も日菜も似たような表情をしていて眉を顰める。
「‥‥‥どうしたお前ら」
「いや、さすがに強引すぎだよ朝日さん‥‥‥」
「おねーちゃんってこういう時不器用だよね」
「同意見よ」
「うるせ」
紗夜や日菜、あとは有咲と沙綾相手になら素で話せるけど、今まで冷たくあしらってたやつらに急に口調変えるのなんか変だろ。恥ずかしいだろ。わかれよ。
「おねーちゃん食べていいのー?」
「どうぞ」
「姉さんお金は」
「いいよ私の奢り」
「え!?いいの!?」
「いいよいいよ。仲直り記念だから」
「そう言って姉さんは今日の分は全額払う気なんでしょ」
「まあね」
まあ妹たちに金なんて使わせたくないからね。
「‥‥‥」
「なんだよ松原」
「いや‥‥‥紗夜ちゃんたちには優しいんだなって‥‥‥」
「‥‥‥はぁ?」
不思議そうな表情をしていると思ったらまさかそんな当たり前のことを言い出すとは。
私は呆れた声を漏らした。
「妹に優しくするのなんて当たり前だろ」
「それ花女の人が聞いたら衝撃受けると思うよ」
「なんでだよ」
「今までの朝日さんと紗夜ちゃんのやりとりを見てたらそうなるよ‥‥‥」
まあ学校でもケンカ腰でしかなかったからな‥‥‥。さすがに困惑するか。
「けど、仲直りできたんだね。よかった」
ほほ笑む松原。つい目を逸らした。
「ま、おねーちゃんはあたしたちのこと好きだからね!」
「本当によかったね日菜ちゃん」
「つか二人は知り合いだったわけ?初耳なんだけど」
「あたしは天文部だからこころちゃんと知り合いって」
「私はこころちゃんと同じバンド組んでるから」
「は?バンド?」
松原がバンドを組んでいるなんて話初めて聞いた。確かこころってあの金髪だろ。あの話通じないやつとバンド組んでいるとかどんな物好きだよ。まあ私に関わろうとするくらいなら相当か。
「松原さん、バンドを組んでいたのね。初めて知ったわ」
「おねーちゃんもそうなの?」
「ええ。ちなみに担当楽器は何?」
「ドラムだよ」
「嘘だろおい」
「ほ、ホントだよ!」
松原がドラムってどうなってんだよ。リズムの要だぞ。大丈夫かよそのバンド。
「今度ライブやる予定だから時間があるなら見に来てよ」
「‥‥‥まあ、時間があればな」
「‥‥‥」
「‥‥‥なんだよ」
「いや、断られると思ってたから意外で‥‥‥」
「‥‥‥姉さんって素直じゃないわよね」
「紗夜には言われたくない」
「おねーちゃんが言えなくない?」
「うるさいわよ」
結局どっちもどっちだろ。
「ふふっ。仲良しだね」
松原のその声に三人して目を合わせる。こんな時にシンクロするなんて三つ子とは不思議なものだ。おかしくて笑う。
結局私たちは離れていたようで昔と何も変わっていなかった。ちょっと長い姉妹喧嘩をしていただけ。仲直りしたらその後は。
「当たり前だろ」
「当たり前じゃない」
「当たり前じゃん!」
お互いに笑い合えるんだ。
♢♢♢
花音ちゃんが美咲ちゃんと合流して別れた後、あたしたちはお昼を食べ終わってショッピングモール内を回る。
姉妹三人でショッピングなんて初めての経験だった。家族で来ることはあったけど、それも中学生の頃までの話。だからこうやっておねーちゃんたちと並んで歩けることが嬉しかった。
「そういえば日菜。アイドルなのに変装もなしに歩いてていいのか?」
「んー大丈夫じゃない?パスパレは最近始動したばっかりだしね」
「もしそうだとしても少しくらい変装したらどうなの?」
「もーおねーちゃんたち心配しすぎだって」
なんだかんだ心配してくれるおねーちゃんたちのことがあたしは好き。
向けられていた視線が睨みから優しいものに変わったことが嬉しい。
ただたわいもない会話を隣で聞ける、言える。
見ているのが背中じゃなくて横顔になったのは進歩であり初心で。
永遠にこの時間が続けばいいってあたしは思うんだ。
「紗夜。日菜」
不意におねーちゃんの足が止まった。つられてあたしたちも足を止める。
「‥‥‥どうしたの姉さん」
おねーちゃんが不思議そうに問いかける。その表情は曇っていた。あたしも同じような顔になる。
なんで少し悲しそうに俯き気味なの。
おかしいよ。だって今日は楽しい日でしょ?その表情は合ってないじゃん。
そう思っていたらおねーちゃんが顔は上げた。
何かを決意したような、それでいてとても笑顔だった。
「私、紗夜と日菜が妹で本当に良かったよ」