不良少女(仮)   作:茜崎良衣菜

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今の先輩。

 

 

 

保健室に入ればそこに保健医の先生はいなかった。

誰もいない方がいいと思っていた私は市ヶ谷さんと山吹さんを一番奥のベッドに連れて行く。白いカーテンで周りの空間を遮った。

 

 

 

「‥‥‥紗夜先輩。聞きたいことがたくさんあります」

 

「はい。わかっています。姉さんのことなら全部話しますよ」

 

 

 

いずれ市ヶ谷さんたちには話さないといけないとわかっていた。それなのにあの日、市ヶ谷さんたちに会った時に言えなかったのは。

 

 

 

「まず最初に、ごめんなさい。姉さんのことで嘘をついたことを謝らせてください」

 

「‥‥‥いえ。私の方こそ突然掴みかかって、しかも殴ろうとしてすみませんでした。私焦ってて冷静じゃなかったです」

 

「仕方のないことですよ。私だって市ヶ谷さんたちの立場なら市ヶ谷さん同様、キレていましたから」

 

 

 

大切な人が突然入院して、しかもそれを知っていた親族から何も伝えられていなかったら。特に仲の良い人たちにさえ伝えられていなかったら。そんなこと、考えるだけでムカついてしまうだろう。

だが今回ばかりはどうしようもないと思った。それで諦めてほしかったというのはおかしなことだろう。

 

 

 

「紗夜先輩。どうしてこんなことになったんですか?」

 

「今から話すことで、もしかするとお二人は私たちのしたことを許せないかもしれません。そうなったとしても、せめて最後まで話を聞いてください」

 

 

 

そんな前振りで始めたのはあの日の話。

事実であり、私にとっても最大の分岐点だった忘れられない一日のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「私、紗夜と日菜が妹で本当に良かったよ」

 

 

 

何を思ってそんなことを言ったのか、買い物に出かけている最中の私には見当もつかなかった。日菜が「どうしたの?」と聞いても姉さんは「なんか言いたくなった」なんて返答しかしなくて。それでもその言葉の嬉しさで、持っていた疑問は吹き飛んでしまった。

 

 

 

「あたしもおねーちゃんたちがおねーちゃんで本当に良かったって思ってるよ!」

 

「ありがとう日菜」

 

 

 

ニコニコとお互いに笑顔を向けあう二人。しばらくしてその目は私に向けられることになった。

 

 

 

「な、何よ‥‥‥」

 

「いや。日菜は言ってくれたんだし紗夜は言ってくれないのかなーって」

 

「おねーちゃんはあたしたちがおねーちゃんと妹なの嫌だった?」

 

「うっ‥‥‥」

 

 

 

そんなわけがない。二人と姉妹で良かったと私だって思っている。だけど今、ショッピングモールの人がたくさん通る場所で言う必要はあるのかしら。そもそも恥ずかしい。

 

 

 

「さーよー」

 

「おねーちゃーん」

 

「わかった。わかったわよ。言えばいいんでしょ」

 

 

 

はぁーと息を吐いて二人に目を向ける。

姉さん、日菜も。そんな期待の目で見ないで。

 

 

 

「‥‥‥私も、姉さんと日菜が姉妹で良かったわよ」

 

 

 

これでいい?そう聞こうとした瞬間に聞こえてきたのは歓声だった。

 

 

 

「聞いたか日菜。紗夜が私たちと姉妹で良かったってよ!」

 

「うん。バッチリ録音したよ!聞く?」

 

「聞く。音源も送っといて」

 

「もちろん!」

 

「ちょっと!何してるのよ!」

 

「まあまあ。落ち着けって紗夜」

 

 

 

姉さんと日菜がやり始めたことだから落ち着けという姉さんに納得がいかなかった。けどここは公共の場だし大人しくすることにする。

悪気なさそうに笑う姉さんを見ていると今までのことを思い出して怒るに怒れなかった。

そもそも言ったとこ自体は事実なのだから問題はない。ただ私が恥ずかしいだけ。それくらいなら今日くらいは見逃してもいいと、そう思えたのはきっと和解できたから。

 

 

 

「‥‥‥今日だけよ。いいわね」

 

「はいはい。了解しましたよー」

 

 

笑顔なんて最近じゃレアなものを見せてくれたお礼ということにしておこう。

 

 

 

「ねぇおねーちゃん!これ誰に送ればいいと思う?やっぱりリサちーかなー?」

 

「それと白鷺に送っとけ。絶対驚くから」

 

「日菜!それ今すぐ消しなさい!」

 

「えぇ!嫌だよ!」

 

 

 

前言撤回。何がなんでも消させないと。あれが今井さんや白鷺さんに広まるなんて考えただけで恥ずかしいわ。

 

 

 

「よし日菜逃げるぞ!」

 

「うん!」

 

「待ちなさい!」

 

 

 

結局高校生にもなってショッピングモールで追いかけっこが始まった。鬼は私。追いかけられているというのにやけに嬉しそうな二人を見てついにやけてしまう。

 

あぁ、なんて馬鹿なことをしているのかしら。学校では風紀委員なんてやって色んなことを取り締まっているというのに。こんな姿他の人たちに見られたら次からどんな顔して委員の仕事をすればいいのかしら。

 

けどまあ。今はそんなこと、どうでもいいわね。

この状況を楽しいと感じている段階でもう手遅れだもの。

 

 

 

ショッピングモールを出た所で捕まえた日菜の腕を掴んで動きを止める。それを狙っていたのかニヤリと口角を上げた日菜は、日菜の腕を掴んでいた私の腕を引いた。倒れそうになったところを抱きとめられて、さらに後ろから覆い被さるように姉さんであろう人物が私を抱きしめる。

 

めちゃくちゃだ。外でこんなことしてるなんて恥ずかしい。

けど不思議と振り払おうとは思えなくて、ただ胸の奥が温かくなった。

 

 

 

 

 

 

 

この時の私たちは幸せが有限であることをまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

事件が起こったのは家に着いてからだった。

薄々おかしいとは思っていた。

家に近づくにつれて姉さんの口数が減っていくのが目に見えて、私たちが話を振っても聞いていないことがあった。

けどそれを今日連れ回したからだと思い込んでいた。

 

それは間違いでしかなかった。

 

 

 

「紗夜、日菜。約束してもらってもいい」

 

 

 

家まで残り数十メートル。もう視界に入っている距離で告げられた言葉。突然のことに日菜と二人困惑する。

 

 

 

「え?約束?」

 

「どうしたの姉さん」

 

「大切なことなんだ」

 

 

 

静かに淡々と重なっていく言葉。いつの間にか一歩前を歩いていた姉さんの表情は私たちには見えなくて、けど震えている手をキュッと握りしめていることはわかった。

不安が私たちに降りかかる。

今すぐにその手を取ってあげたいのに、その背中が何もするなと言っていて動けなかった。

 

 

 

「今日くらいはさ、私の言ったこと、守ってよ」

 

「‥‥‥姉さん。何を企んでいるの」

 

「何も。私は、何もしないよ。ただ、最後に抵抗くらいはしないとね」

 

 

 

姉さんが何を言っているのか本気でわからなかった。

家はもう数メートル。

姉さんは学校から帰ってきたかのような何気なさで家の扉を開いた。

 

 

 

 

 

姉さんが何を考えているのかすぐにわかった。だから納得したくない自分しかいなくて。その瞬間だけは姉さんを否定したかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 

紗夜先輩に案内されて朝日先輩の元に訪れていた私たちは、今の朝日先輩の姿を見て絶句していた。

個室の病室のベッドの上。腕には点滴、包帯。痛々しい傷が巻かれていない部分から見えた。口を覆う酸素マスクと規則正しい音を鳴らす心電図。大人しく寝ている先輩は珍しすぎた。

元気に笑うこともからかうことも愚痴を漏らすこともない。ただ息をしているだけの先輩は知らない先輩だった。

そんな先輩に寄り添って手を取る。前に感じた体温よりも冷たくて泣いてしまいそうだった。

 

 

 

「‥‥‥姉さんはお母さんたちに刺されてすぐに運ばれたわけじゃないの。救急車が来るのが遅れたから。‥‥‥いえ。私たちが逃げて、すぐに連絡しなかったから姉さんは今こうなってしまっている。

 

 

それに姉さんが虐待されていたという事実を知ったこと自体最近で、ずっと姉さんのことは勘違いしたままでした。

 

 

‥‥‥市ヶ谷さん 、山吹さん。私は姉さんに対しても貴方たちに対しても酷いことをしたと思っています。正直、許してなんて簡単には言えないし私が貴方たちの立場だったら許せなくて当然です。一生恨んでくれて構いません。どんな罰でも受け入れるつもりです。

 

もう、腹は括りました」

 

 

 

ちょっと外に出ています。

そう聞こえた後に扉の開閉音が耳に届いた。

私に近づいてくる足音。それに背中を撫でられる。

 

 

 

「‥‥‥大丈夫だよ有咲。朝日先輩なら絶対戻ってくるからさ」

 

「‥‥‥あぁ」

 

 

 

私も外出てるね。

そう言って沙綾も出て行った。

 

朝日先輩と二人きり。このシチュエーションがこんなに嬉しくないと感じたのは初めてだった。

 

 

 

「‥‥‥‥‥‥はやく、めさませよ‥‥‥バカぁ‥‥‥‥‥‥」

 

 

 

両手で握っていた先輩の手に雫が落ちていく。

誰もそれを拭ってはくれなかった。

 

 

 

 

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