「おねーちゃん、沙綾ちゃん。来てたんだね」
「日菜先輩‥‥‥」
「おねーちゃん。今日は特に変わった様子はなかったよ」
「そう。ありがとう日菜」
「いいよいいよ。あたしがおねーちゃんの側にいたくて勝手にやってることだから」
それに事務所からも活動一時休止って言われてるし。
そう言う日菜先輩の表情はやけに暗かった。あの明るさの欠片もない。
「‥‥‥日菜。貴方また寝ていないの?クマができているわよ」
「うん‥‥‥おねーちゃんのこと心配すぎて全然寝られなくて」
「気持ちはわかるけど寝ないと肝心な時に動けないわよ。体調を崩したら元も子もないんだから」
紗夜先輩はそうやって日菜先輩を叱った。
確かによく見ると日菜先輩の目の下にはクマができていた。
四六時中、私たちが呑気にバンド練習をしていた時もずっとここで朝日先輩のことを見ていたというのだろうか。
だとしたら、純粋にすごいと思った。
「‥‥‥中に、有咲ちゃんいるんだよね?」
「ええ」
「‥‥‥沙綾ちゃん」
「は、はい」
病室の扉を見ていた日菜先輩の視線が私に向いた。何を言われるのか緊張する。暗い表情の中、無理矢理笑おうとする日菜先輩の姿を見て、胸が苦しくなった。
「このこと、黙っててごめんね。あたしたちも二人がおねーちゃんと仲良しだってこと知ってたのに、冷静じゃなかったから伝えられなかった」
「い、いえそんな‥‥‥」
「ううん。あたしね、おねーちゃんのことは人一倍見てるつもりだった。
何が好きで何が嫌いだとか、おねーちゃんが本当は優しくて面倒見がいいとか。そういうことは全部わかってるつもりだった。
けどわかってたのはそれだけ。おねーちゃんの悩みには気づいていなかった。抱えているものに何も気づいていなかった。
いくらおねーちゃんが隠してたからってお母さんたちのやってたことに最近まで気づけなかったなんて、おねーちゃんのこと見てなさすぎだよね。妹失格だよ」
「そ、そんなこと!」
「‥‥‥沙綾ちゃんは優しいね。こんなあたしに怒らず接してくれるんだから。
そんなところに、おねーちゃんも惹かれてたのかな」
また病室に視線を向けた日菜先輩は少し口角が上がっていた。
「沙綾ちゃん。
おねーちゃんの側にいてくれてありがとう。
おねーちゃんのこと支えてくれてありがとう。
おねーちゃんのこと好きでいてくれてありがとう。
おねーちゃんのこと怒ってくれてありがとう。
あたしたちが一緒にいられなかった分だけ、おねーちゃんと一緒にいてくれてありがとう。
だから本当にごめんね。あたしたちのせいでこうなってごめんなさい」
「すみませんでした」
「え!いやあの!顔上げてください!」
日菜先輩はあたしに頭を下げた。続いて紗夜先輩も頭を下げる。その行動に驚いて私は焦った声をあげた。
「けど、もう後悔したくないんだ。だからあたしは何があっても最後までおねーちゃんのこと、支えるよ」
「私も日菜と同じです。今更遅いかもしれません。それでも姉さんの隣にいたいと思う気持ちに嘘はありませんから」
「それは‥‥‥私も同じです。けどその気持ちが一番強いのは有咲だと思います」
そう呟けば紗夜先輩は不思議そうな顔をした。
「山吹さんの想いも負けていないと思いますが‥‥‥」
「‥‥‥多分、有咲は朝日先輩の隣にいられればいいんだと思います。
一緒に過ごせなかった時間以上の時間を過ごせたらそれだけで有咲は満足なんですよ。だからどんな時も隣にいたいって思ってる私よりもきっと有咲の方が朝日先輩の隣にふさわしいんですよ」
「‥‥‥沙綾ちゃん」
「いいんです。これが一番いいって知ってますから」
私は確かに朝日先輩の隣にいたいって思ってる。
けど一番は朝日先輩が笑っている姿を見たい。朝日先輩の幸せを願っているから。
「私は、朝日先輩が幸せならそれでいい」
その幸せの中に私の存在があればいいと、ただそう思うだけ。
私が一番であったら何よりも幸せだと、ただそう思うだけ。
きっと、他意はないんだよ。
♢♢♢
姉さんのことがニュースになってから多くの人たちがお見舞いに来てくれた。
Poppin'PartyにRoselia、ハロー・ハッピーワールドの松原さん、Pastel*Palettesの白鷺さん。日替わりで来てくれるその人たちを見て、姉さんがどれだけの人に愛されているかを知った。いつも悪人のような態度をとっていてもその中に垣間見える優しさは色々な人に伝わっていたようだった。
「‥‥‥紗夜さん」
「宇田川さん?どうかしましたか?」
姉さんの病室の外。面会している宇田川さんと白金さんを待っていると先に出てきたのは宇田川さんだった。
「あの。聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「ええ。私に話せることでしたら」
不安げな表情の宇田川さんに視線を向けるも、彼女は姉さんの病室を見ていた。
「‥‥‥紗夜さんは朝日さんがあこに酷いこと言ったの、覚えてますよね」
「‥‥‥‥‥‥ええ。もちろんよ」
あんな衝撃的な出来事、そんな簡単に忘れられるわけがない。
「あの時、朝日さんは言ったんです。『二度と関わるな』って。『鬱陶しい』って。あの時はなんでそうなったのかわからなくて、あこが何か悪いことしちゃったんだと思ってすごく落ち込みました。
けど本当は、今回のことが原因なんですよね?
朝日さんはあこのこと嫌いじゃないですよね」
「‥‥‥‥‥‥私は姉さんじゃないので姉さんの考えていることが全部わかるわけではありません。ですが、今回の件はハッキリ言えます」
すれ違う寸前に呟かれた言葉。あの時はどういうわからなかった。けど今ならわかる。
姉さんは遠ざけたんだ。おそらく宇田川さんたちに虐待のことがバレてしまわないように。傷つけて遠ざける以外の選択肢しか思いつかなかったのか。それほど余裕がなかったということだろうか。
それは姉さんにしかわからないことだ。
「姉さんは宇田川さんのこと、嫌ってなんかいませんよ。むしろ妹みたいに可愛がっていると思うわ」
「‥‥‥ほ、ほんと、ですか‥‥‥?」
「嘘ついてどうするのよ」
姉さんは純粋に尊敬の眼差しで見ている後輩のことを見捨てられない。それどころか面倒見のいい姉さんはなんだかんだ妹のように甘やかしていたことだろう。宇田川さんに忘れ物を届けに来た時に初めてRoseliaの練習に顔を出したときの表情が明らかにそうだった。
「姉さんは宇田川さんのこと、嫌いにならないわよ。だから泣かないで」
「‥‥‥うぅ、紗夜さん!」
私の胸に飛び込む宇田川さん。腕の中で泣く姿はやっぱり年相応で、そっと背中を撫でてあげた。
姉さん。早く目を覚まして。貴方を待っている人はたくさんいるのよ。