私のことを助けてくれてありがとう。
お前のおかげで私は私でいられるよ。
目が覚めてすぐに感じた幸福を私はきっと忘れられない。
私のために泣いてくれる人たちがいるという事実を、これから先も大切にしていきたい。
♢♢♢
有咲が泣き出した瞬間に勢いよく開いた病室の扉。切羽詰まった表情で登場したのは二人の妹ともう一人の大切な後輩。私を見た瞬間に目をこれでもかってくらい開いたもんだから笑ってやった。
「おはよ」
溜まっていく涙に噛みしめられる唇。溢れ出して抱きしめられた身体。泣き崩れる姿を見ながら頭を撫でてやる。
大丈夫だよ。もうどこにも行かないから。私はここにいるよ。
そんな言葉を掛けてあげる。優しく優しすぎるくらいの口調で言ってやる。
今日ばかりは泣き虫な彼女たち。出てくるのは良かったという言葉と私の名前だけ。
「あぁ。もう泣かないでよ」
そうは口で言いつつ無理だろうなと直感的に思った。
有咲と沙綾には今までずっと私のことを悩ませてしまった。
紗夜と日菜には私がいなくなる恐怖を与えてしまった。
私が抱えている問題を一緒になって解こうとしてくれた。
その事実は変わらない。それが当然じゃないことを今になって知る。
本当なら見捨てても良かった。
私に近づかなければ物理的にも精神的にも傷つくことはなかったから。
けどそれをわかったうえで踏み込んでくれた。あったのは優しさだけじゃない。
強い想い。
こんなこと言うのはおこがましいかもしれないけど私と一緒にいたいという確かな想いがあったからついて来てくれたんだろう。
そんな彼女たちには感謝以外の言葉が贈れない。
隣にいてあげることが今の私にできる唯一のことだと思った。
どれだけ時間が経っただろう。知らなくてもいいが多分結構な時間を使った。とても有意義な時間だったことだ。
泣いていた二人が顔を上げる。目元が真っ赤で、伝っていた涙の道をそっと指で拭ってあげた。
「朝日先輩ぃ!!本当に良かったよぉ!!」
「朝日さん!!!」
私が目覚めたと報告を受けたのか。一時間もしないうちに私の病室にはポピパ、Roselia、松原、白鷺が集まっていた。入ってくる人たちに何事もなかったかのように笑顔で挨拶をしてやれば泣き出すやつも多かった。
特に猫耳とあこちゃんは私の姿を見て秒で懐に飛び込んできた。
あこちゃんには本心ではないとはいえ酷いことを言ってしまった罪悪感がぬぐえないのに、当の本人は私のために泣いてくれた。良い子過ぎて泣けてくる。
猫耳も、うん。あの現場を見せてしまったんだ。怖い思いをさせた。だからごめんの意味も込めて力一杯抱きしめてやった。
いつの間にか増えていた私の知り合いたち。
もう、胸がいっぱいだ。
♢♢♢
数日後。色々な検査を受けて問題のなかった私は無事退院することになった。迎えに来てくれたのはお見舞い皆勤賞の有咲。話を聞けば紗夜と日菜、それと沙綾に任せられたらしい。余計なお世話だと思った。
「朝日先輩。荷物ってこれで全部ですか?」
「ああ。他のは全部昨日紗夜と日菜が持って帰ってくれたから。あるのはそれだけだよ」
「段差、気を付けてください」
「ありがとう」
積極的に私のために行動してくれるから多少苦笑い。私はできることまで取られて手持ち無沙汰だ。
それを言ってみたが「ダメ」「無理されたら困る」「たまには頼ることも大事」と却下された。ぐうの音も出ない。現在許されていることと言えば隣を歩くことくらいだろうか。
「朝日先輩。今から蔵に寄って行きませんか?」
「蔵に?」
「はい。久しぶりに、私たちの曲、聞いてほしいです」
あぁ。そうだ。私が勝手に遠ざけたからこいつらの
「もちろん。お供してよろしいですか?」
「私がお願いしたんですけど‥‥‥」
それはどっちでもいいじゃん?一歩前に出て有咲の手を引く。
頬を染める有咲の表情ににやりと笑った。
「いいだろ?」
「‥‥‥仕方ないですね」
私から顔を逸らす有咲だが耳まで赤くなっているのを見逃さなかった。
そんなところもかわいい。
「照れなくてもいいのに」
「‥‥‥照れるに決まってるでしょ、馬鹿なんじゃないですか」
口では色々言っているのに手を離す気配はない。それどころかギュッと握り直す。
どんだけ私のこと好きなんだよ。とは言わなかった。
蔵に行けばそこにはもう全員集まっていた。扉を開いた瞬間に聞こえたギターの音色に笑みが零れる。あーあ。マシになったとは言え教えることはまだありそうだ。
「あっ!朝日先輩!」
「退院おめでとうございます!」
「おう。ただいま」
ポピパのメンバーじゃない人間が「ただいま」というのは少しおかしいかもしれない。けど私はこれが一番合っていると思ったから。
「朝日先輩!早速なんですけどここのフレーズを上手く弾くコツ教えてください!」
「朝日先輩。私、朝日先輩の退院曲考えました。聞いてください」
「お前ら、ホント元気だな」
「か、香澄ちゃん!おたえちゃん!朝日先輩退院してきたばっかりだから」
「あーいいよりみちゃん。なんか、力抜けて助かるわ」
ポピパらしさ。それはこいつらにしか出せない空気感って意味だ。ならそれを感じられる時に感じなきゃな。それに、こうドタバタしてる方が「帰ってきた」感じあるし。
「‥‥‥朝日先輩。丸くなりました?」
「元々こういう性格だっつーの。ほら。どこができねえんだよ」
「できないんじゃないです!上手く弾けないんです!」
「どっちも大差ねえよ。いいからやるぞ」
「朝日先輩。私の演奏‥‥‥」
「わかったわかった。後で聞いてやるから今は待てって」
「嫌です。今聞いてほしい」
「我儘か!」
さすがに退院して早々これは面倒だけどな。
結局一時間ほど猫耳やおたえに付き合った後、本題に入ることにした。私がここに呼ばれたのは五人の成長を見るため。それを特等席で見れるのだ。嬉しいに決まっている。
「で?何の曲を見せてくれるんだ?」
「新曲です。今度SPACEのオーディションを受ける用の出来たばかりの曲」
「全力で歌うのでしっかり聞いていてくださいね!」
そうやって始まったのはエールソング。夢を追いかける人たちの背中を押す曲だった。猫耳が歌い、おたえがギターをかき鳴らす。りみちゃんと沙綾がリズム、有咲がメロディーを支えた。最後に見た時よりも格段に上手くなっている演奏。少し変な音が聞こえてきたりもするが、ハッキリ言って今までで一番上手いと思った。
私が遠ざけている間にできた曲。それは歌詞の通り困難に立ち向かって前へ進もうとしていることがわかった。この歌詞は誰に向けられたものか。それを追求する必要はないだろう。
やりきったのであろう笑顔での終演。真っ先に拍手が出てきた。
こんな曲を作ったことへと演奏に対して。そしてちゃんと進めた自分に、というのは変だろうか。
まあそんな心情はどうだっていい。
今が最高であると、言えればそれだけで。
私も、前に進まなきゃな。
♢♢♢
「お、おねーちゃん、本当に行くの?」
不安げな日菜の声にコクリと頷く。今から私が行こうとしている場所は本来行く必要のない場所。そこに行こうとするのを妹たちは止めようとする。
「どうして行くのよ」
「話したいことがあるからだ」
「それはどうしても行かないといけないの?」
「ああ」
覚悟なら決まっていた。私の決意は変わらない。
「明日、母さんたちに会ってくる」
この先がどうなるか私は知らない。
罵倒されるだろうか。それでも構わない。
私は私のしたいことをして、知りたいことを知れれば、言いたいことを言えればそれで。