「‥‥‥」
「どーしたのおねーちゃん」
夕飯を食べ終え紗夜に入れてもらったお茶を飲みながら、猫耳をどうすればいいか考えていればテーブルの向かいに座っていた日菜が不思議そうに声を掛けてきた。顔をあげれば似たような表情が二つ。
「いや、ちょっと考え事してて」
「今度は何に悩んでるのよ」
まるでいつも私が悩みまくってるみたいな言い方だった。間違っていないが複雑だ。
けど、二人になら相談してもいいだろう。何かいいアイディアが出るかもしれないし。
そう思って私は猫耳の声が出なくなったことを話した。
原因はおそらくオーディション後にオーナーに言われた言葉。
『あんたが一番できてなかった』
その言葉を猫耳がどれほど深刻に受け入れたのかはわからない。
だが結果的にオーディション中に声が出なくなるという事態にまで発展していた。
やらなければいけないことが多くて、不安で、失敗できない状況で。失敗してはいけないという考えや雰囲気が猫耳を追い詰めた原因だろう。
どうして隣にいてやれなかったのかと今更後悔する。
SPACEのライブに出られるかどうかはあと一回のオーディションで決まってしまう。
失敗してはいけない。
もっと上手くならないといけない。
これで失敗したら出られなくなる。
同じことの繰り返し。
散々に自分を責めていた。
今も声の出ない自分を責めている。
ポピパのみんなの優しさが焦りに繋がっている。
普段なら気にしていないようなことを気にしてしまう。
わかっていた何が原因かは。
だから助言してあげることもできたはずなのに。
そんな猫耳に、何も言えなかった。
師匠なのに、何もしてあげられていない事実が悔しかった。
違う。あの日の二の舞になると思ってどうにもできなかった。ただ怖がっていただけ。
「姉さんはどうしたいの?」
「私‥‥‥?」
「こういうのは姉さんの気持ちが大切だと思うわ」
「そうだよ。おねーちゃんの真っ直ぐな想いを伝えれば大丈夫だって」
私の気持ち。真っ直ぐな想い。
悲し気に笑うのが嫌だった。踏み出すことやギターを弾くことに戸惑ってほしくない。
ただ、それだけ。
「私は‥‥‥あいつに笑っててほしい。バカみたいに笑って、バカみたいに突っ走って。失敗を恐れて、何かに挑戦することを怖がらないでほしい。そんなのあいつらしくないから。ギターも、ずっと続けていてほしい」
「その言葉を伝えてみたらいいじゃない。答えが出ていたのに悩むのはやめて。姉さんらしくないわよ」
「堂々と思ったことを伝えたら、きっと伝わるよ。今までがそうだったじゃん!」
「‥‥‥うん。そうだったな」
そうだよな。考えすぎたって意味はない。どうせ同じことを繰り返すのだから。
ならいっそ想いを全部曝け出してしまった方が、楽なうえに伝わるよな。
「ありがとう紗夜、日菜」
「別にいいわよこれくらい」
「どういたしまして!」
♢♢♢
「猫耳」
「朝日先輩」
「悪い。待たせたな」
放課後。前日からメッセージで呼びだしていた猫耳と合流するために猫耳の教室に訪れていた。HRから時間も経っていたということもあって教室には猫耳以外誰もいない。私が一緒にいて変に騒がれることもなくて楽だ。
「今日はどうかしたんですか」
首を傾げる猫耳が聞く。
「今日、この後何か予定あるか?」
私の質問に猫耳は少し落ち込んだ顔で首を横に振った。
多分猫耳は蔵で練習しようと思っていたはずだ。だけどそれを他のメンバー、主に有咲に止められたのだろう。それならいつも持っているはずのギターを今日は持っていないというのも頷ける。
それはバンドが好きな猫耳からしたら苦痛のはずだ。だから息抜きにでも連れて行きたかった。
「暇ならさ、私に付き合ってくれない?」
「どこか、行くんですか‥‥‥?」
「ちょっと買い物に付き合ってよ」
そう言って半ば無理矢理猫耳の手を引けば慌てながらも鞄を持ってついて来てくれた。猫耳にイタズラに笑いかければ困惑していたけれど気にしない。
私は猫耳の手を引いたまま学校を出て進んで行く。戸惑ったような声が後ろから聞こえてきたが聞こえていないことにした。
「もしかして、江戸川楽器店に行くんですか?」
「ん?案外察しがいいんだな。そうだよ」
その瞬間、猫耳の手が震えた。手を握る力が強くなる。
やっぱりか。そう思っても行き先を変えようとは思わなかった。
「ピックが足りなくなってさ、買いたくて」
「そう、ですか」
「一人で行くのもあれだったからさ。よかったよ猫耳がいて。あ、猫耳もピック足りなかったら買ってあげるよ」
「‥‥‥ありがとうございます」
そのお礼の声が小さいのは、きっと出ないからじゃない。
「蔵に、行かなくてもいいんですか?」
「行くよ。けどそれはピック買った後」
楽器店に入ればバイト中のリィ先輩と目が合った。私たちを見て何やら意味ありげに微笑んでいたが見なかったことにして店内を進んで行く。
「猫耳は、何個くらいピック必要?」
「‥‥‥三つ、あれば」
「ん、三つね。他に必要なのある?弦とか」
「大丈夫です‥‥‥」
「‥‥わかった」
ここに来る時は大抵はしゃいでいるのに。静かすぎて落ち着かない日が来るとは思っていなかった。
「私はお会計してくるから店内見て回ってなよ」
頷く猫耳の手を離して私はレジにいたリィ先輩に商品を渡す。
「朝日。香澄ちゃん、どうしたの」
「ちょっと、色々あって」
リィ先輩は慣れた手つきで商品をレジに通していく。
「‥‥‥浮かない顔してるね」
「え‥‥‥」
「大丈夫だよ。香澄ちゃんは強い子だから」
深く追求してはこない。それなのにわかったような発言をする。
リィ先輩、エスパーかな。
けど今はそれくらいの距離感がありがたかった。
お会計を終え猫耳を探す。さっきまでの場所に彼女はいない。少し店内を探せば猫耳はすぐに見つかった。
ギターを見つめていた。紅のそれをただ羨ましそうに、そして切なそうに。
「猫耳」
一言呼べば振り返った。
私は何度その似合わない表情を見ればいいんだろうか。
「行こうか」
君の明るさには程遠い笑顔を向けた。
「もう一つ行きたいところがあるんだけどいい?」
楽器店から出て猫耳に問えば疑問を持った表情のまま頷いた。それを確認してまた手を引いた。
向かったのは近くにある公園。日も暮れてきたということもあるからあまり長い時間拘束することはできなさそう。だが誰もいないここなら話くらいはゆっくりできそうだった。
ベンチに猫耳を座らせ私は鞄をその隣に置く。
中から財布を取り出して自販機で缶ジュースを二本買った。一本渡せば小さい声でお礼が聞こえた。鞄を挟んで隣に腰を下ろす。缶を開けて一口飲んだ。
「ねえ猫耳。バンド楽しい?」
「‥‥‥楽しい、です。毎日キラキラしてみんなで音を合わせる時にいつもワクワクして」
そう言って猫耳は一度言葉を止めた。彼女の方を向けば缶ジュースを握りしめたまま俯いていた。
「けど、最近わからなくなって。‥‥‥楽しいから続けてたはずなのに、それよりも上手くならないとって。楽しいよりもプレッシャーが大きくなって。ちゃんと弾かなきゃって思えば思うほど指が動かなくて声も出せなくて」
____怖いんです。
「このままギターが弾けなくなるんじゃないかって。弾けても肝心なところでミスして、みんなが一生懸命練習してきた努力を無駄にするんじゃないかって思って」
初めて聞いた猫耳の弱音。よかった、ちゃんと聞けて。
私は立ち上がって猫耳の前にかがみこむ。不安に揺れる瞳と目が合った。それに微笑みかける。
「猫耳は、ギター好き?」
「‥‥‥好きです」
「ポピパは?」
「‥‥‥大好きです!」
「それはきっとあいつら全員が思ってることだよ」
猫耳は何も言わず私を見つめた。
「大丈夫。お前には、何でも何度でも支えてくれる仲間がいるんだから」
安心して、弾いていいんだよ。
驚きと困惑が混ざったような表情。そんなの初めて見た。やっぱり似合ってない。
「お前の気持ちが全部わかるとは言わない。けど、理解できる部分もあるんだ。
仲間の期待に応えたい気持ちと自分の気持ちの両立ができなくて、不要に仲間を傷つけて。ずっと、隣にいてくれたのに裏切って。
嫌になるんだよ自分が。その瞬間は自分自身のことが世界で一番大っ嫌いで許せなくなる。
けどさ、そういう時こそ自分がどれだけその事実に向き合えるかが重要なんだよ。
死にもの狂いで努力を重ね続けることが重要なんだよ。
今すぐに、答えを出せとは言わない。ただこれだけは覚えていてくれ」
お前は一人じゃないよ。
「有咲、沙綾、りみちゃん、おたえ、それに私だっている。他にもお前を支えてくれるやつらはいくらでもいるじゃないか。
最初にポピパを作ってあいつらを、私を巻き込んだのはお前だ。巻き込まれた今なら巻き込まれて良かったって、多分みんな思ってる。だから頼られたって、文句なんか言わないさ」
だから、少しずつ前に進もう。一緒に歩いてやるからさ。