「あ、朝日さん!」
「お待たせあこちゃん、りんりん」
放課後、正門の前で集まる約束をしていた私がそこに行けば待ち人であるあこちゃんとりんりんの二人がいた。楽しそうに談笑していたあこちゃんだが私の存在に気付いた瞬間満面の笑顔を向けて手を振る。それについ笑みがこぼれてしまった。
今日集まったのには理由がある。
先日私はあこちゃんとりんりんを呼び出して事件発生の数日前、私が一方的にあこちゃんを傷つけて悲しませてしまった時の謝罪をしていた。二人を家に呼んで目の前で土下座して、あんなことを言った以上、ひどいことを言われて縁を切られても仕方ないと思っていた。
それなのに
本当に恵まれていると思った。最低な私を許してくれる優しすぎる場所だと思った。だからこそいつの間にか私の目からも涙がこぼれていて、肩にそっと頭を預けて。
この場所は絶対に守らなければいけないと心に誓った。
今日は言ってしまえば私を許してくれたお礼。
あこちゃんのリクエストでRoseliaの練習のない今日にファミレスに行く約束をしていたのだ。
本当はもっと豪華なものをご馳走をしたかったのだがあこちゃんが「これがいい」と言ったのだからそうすることにした。
Roseliaの話、ゲームの話、姉妹の話。話題が尽きることはない。
ファミレスに着くのだって一瞬だった。
店員さんに案内された席に座ってわくわくした表情でメニュー表を開くあこちゃんにりんりんと二人で笑って、ドラムを叩いている時はものすごくかっこいいのにこんな時はかわいいだなんてずるい子だと思った。
ドリンクバーで飲み物を入れて注文した料理に手を付けていく。多いかと思った料理もどんどん減っていく。話の花が咲けばお腹も空くみたいだ。
「……そう言えば…朝日さん……」
「ん?どうした?」
「……戸山さん……大丈夫でしたか……?」
「あー、うん。まあ大丈夫だと思うよ」
「え?香澄に何かあったの?」
同じ学校であり、社交的な猫耳の変化にはすぐに気づける。声が出ないという問題ならばなおわかりやすいだろう。
あこちゃんは違う学校だから知らなくて当然。興味津々に聞くその無垢な瞳にあまり暗い雰囲気の話はしたくないが……。
「まあ、簡潔に言えば猫耳の声が出なくなってさ」
「え!?大丈夫なんですか!?」
「一応今日の朝会った時には声は戻ってたから日常生活には問題ないはずだよ」
一番の問題はちゃんと歌えるのかどうかだ。
もし歌えなかったら、猫耳がここを乗り越えられなかったら。
いや、そんなこと考えるのは野暮かな。
猫耳に本心を伝えた以上、今は信じて待つしかない。
あこちゃんは私の言葉に「よかった~」と胸を撫で下ろしていた。それはりんりんも同じ様子だった。
「Poppin'Partyの曲って落ち込んでるときに聞くと元気になれるからあこは好きなんです!」
「……うん……そうだね……」
「ああ。私も、そう思うよ」
元気を貰える曲に仕上がっているのはあいつの元気さが歌に乗るから。前向きな歌詞を穢れを知らない純粋でまっすぐな笑顔で歌うから。みんなに元気を与えようという気持ちをもっているから。
だから変な言い方かもしれないがこうなるのは当然なのだ。ただそれを当然のようにできてしまうのは才能でしかない。あいつにしか出せない誰かへの歌。
きっと私はどこかでそんな歌を歌える猫耳を羨んでいたのかもしれない。
「ねえ朝日さん、今度Roseliaと一緒にライブしましょうよ!絶対楽しいですって!」
「そういうのは私じゃなくて猫耳たちに言え。私に言われたってどうしようもないぞ。そっちだって友希那に確認取らないとできないだろ……」
友希那の了承さえ取れればどうにかなるだろう。なんせこっちにいるのはライブやイベント事の大好きな連中ばっかりなんだから。
そう思っているとテーブルの上に置いていたスマホの画面が点灯した。それに目を移せば送り主は猫耳だった。
『今から蔵に来られますか?』
そんな短い文章。だけどそれが大切なことだと直感的に判断できて。
私はテーブルに置かれていた伝票を見てカバンの中から財布を出す。
「悪い。用事ができたから今日は先に帰るな」
「……戸山さん、ですか……?」
「ああ。お金は渡しとくから」
「わかりました!また行きましょうね!」
「もちろん」
二人に笑いかけて私はファミレスを出る。
走って蔵を目指した。
♢♢♢
蔵の扉を開けばそこにはPoppin'Party全員が揃っていた。
私を待っていたのか、私が入ってきた瞬間に空気が変わった気がした。
猫耳が真剣な表情で私を見つめる。他のメンバーはそれぞれの担当の楽器を構えていた。
「朝日先輩。私たちの音楽、聴いてください」
目の前の丸椅子に座れば始まったのは「前へススメ」
ただ前に聞いた時とは少しだけ違った。
歌割りが違う。前聞いた時は全て猫耳が歌っていたのに、今はみんなで歌うパートが増えていた。
りみちゃんから始まりおたえ、有咲、沙綾へとバトンが渡る。そして猫耳に渡った瞬間、真剣な眼差しを私に向ける。
猫耳一人を周りのみんなが支える。それがこいつらが導き出した答え。一人で背負わなくてもいいと知った猫耳は笑顔でその歌を歌っていく。
猫耳の笑顔を見ていなかったのはここ一週間くらいなのに随分久しぶりな気がした。どれだけの笑顔を毎日振る舞っていたのだろう。そして私もその笑顔に多少なりとも元気をもらっていたらしい。
この曲は、みんなで歌ってなお輝く。
それが実感できた。
最後のフレーズを弾く。
終わってほしくない。けど終わってやりきった表情を見たいとも思う。あぁ、矛盾してるな。
別にいいか。これを一番最初に見られたのはきっと私なんだから。その事実だけで十分だ。
「どう、でしたか……?」
最高の演奏をしても当本人は無自覚らしい。
まあ、それが猫耳らしくていいか。
「……なあ猫耳。お前はこれを、どんな気持ちで歌ってたの」
「みんなの、ポピパだけじゃなくて他の人たちの、たくさんの人の背中を押せるように。そんな気持ちを込めて歌いました」
意思はぶれない。きっと今回のことでさらに強くなった想い。私は、もう支えなくたっていいのかもな。
一度息を吐く。そして優しい口調で言った。
「よかったよ。今までで一番上手かった」
「……!!」
猫耳だけじゃない。他の四人も目を開いている。
なんだよ全員自覚なしかよ。必死すぎ。そこもいいところか。
「オーディション、頑張れよ」
笑いかければ私の胸に飛び込んできた猫耳。
ギターを持ったまま抱きついてくるから焦って、怒りたかった。けど涙を流す猫耳にそんなことできるはずもなくて頭を撫でる。
「よくやった」と言えば、さらに泣き声の大きくなった。