不良少女(仮)   作:茜崎良衣菜

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SPACEと私と後輩と。

 

 

 

誰かの演奏をライブハウスでまた聞く日が来るなんて昔の私は想像していたのだろうか。

答えはきっとNOで、踏み出さなければいけない一歩であることも知っている。そのうえで踏み出すことはないと思っていたふとどきものだ。

 

踏み出しただけ、その勇気を出しただけいい方だと私は思っていた。

 

震える指先でその扉を開く。

あの日から何も変わっていないそこは昔を思い出させるから正直好きではなかった。

 

 

 

「すみません、オープンの時間はまだ先で……」

 

「ちょっと待ちな。あんた、もしかして」

 

 

 

私に気付いて声を掛けた女性とそれを止めた女性。

あぁ。本当に、貴方も変わっていない。

 

 

 

「お久しぶりです、オーナー」

 

「まさか朝日かい?」

 

 

 

オーナーは私を見て目を見開いていた。やっぱりオーナーも私のこんな姿を見たら驚くよね。

だって前来た時とは、変わっているから。

 

 

 

「随分変わったね。一瞬誰かわからなかったよ」

 

「そう言うオーナーは何も変わってない感じがしますね」

 

「オーナー。こちらの方は?」

 

 

 

私に声を掛けた女性が問いかける。最近入ったスタッフなのだろう。知らなくて当然。

むしろ、知られていないほうが好都合だ。

 

 

 

「初めまして。氷川朝日と言います。Roseliaの紗夜とPastel*Palletesの日菜の姉です」

 

「あぁ!道理で似てるなーって思ってましたよ」

 

 

 

女性はそう言って両手を合わせ納得した様子だった。

Roseliaはここで演奏していることもあるしパスパレはアイドルという括り。多分知られているだろうと思っていたが、本当に知られているとは。

私の妹たち、有名人すぎないか?

 

 

 

「朝日は昔ここで演奏してたんだよ」

 

「そうだったんですね。それなら何か楽器が弾けるんですか?」

 

「そう、ですね。一応ギターをやっています」

 

「妹さんたちと同じなんですね」

 

 

 

紗夜と日菜が憧れて始めた楽器。それが誇らしいようなむずがゆいような。

私がやっていなかったら誰も始めていなかったであろうそれは言わば私たちを繋ぎ止めてくれた運命なんだろう。とか、柄でもないことを考える。

 

 

 

「それで今日はどうしたんだい。オープン前に来るだなんて」

 

「……私の弟子がお世話になったみたいなのでお礼を言いに来たんですよ」

 

「弟子?」

 

「Poppin'Partyの戸山香澄です。オーナーが色々現実突き付けてくれたおかげで成長できました。ありがとうございます」

 

「……あんた、本当にそういうところは変わってないね」

 

 

 

これは変わっていないところなんだろうか。自分じゃよくわからない。

 

 

 

「それだけで来たわけじゃないだろう?」

 

「そうですね。あとはSPACEが閉店するって聞いたので最後にと思って」

 

「……そうかい」

 

 

 

それを聞いたオーナーはそれ以上何も言う気配はない。ただ杖を持ったその手に少し力が入っているのを見逃さなかった。だから私はもう少しだけここにいようと思った。

 

 

 

「SPACEがなくなるの、寂しいです」

 

「もう決めたことだから何を言っても私は揺らがないよ」

 

「そういうところ、オーナーらしいですね」

 

「……あんたは」

 

「はい?」

 

「あの頃のあんたは私が出会ってきたギタリストの中でも上手い方だったしプロにでもなるんだと思っていたよ」

 

「あははっ。さすがに褒めすぎですよ」

 

「事実だよ」

 

 

 

オーナーがそう言ってくれるのは単純に嬉しかった。音楽に本気の人だと知っているから。目指していた時期もあるんだし嬉しくないわけがない。だけど。

 

 

 

「……そう言ってくれるのは確かに嬉しいです。けど、私はものすごく弱いですから。だからあの日もあのまま逃げ出したんです。全部終わりにしたかったんですよ。何もかも」

 

「あんたの気持ちがわからないわけじゃない。だけどだからって諦めるようなやつじゃなかっただろう」

 

「……色々ありましたよ。この中学の頃から今に至るまでに。本当に嫌で辛くて自分が嫌いになることだって多かったです。

 

だからここには。いえ、ここだけじゃない。ライブハウスって場所に誰かの演奏を見に来ることはもう二度とないって思ってました」

 

 

 

けど最後なら来れてよかったと思う。またオーナーに会えてよかったと思う。あのままお別れというのはあまりにも寂しすぎたから。

 

 

 

「今まで、ありがとうございました。ここで私たち(・・)を使ってくれて。あいつら(・・・・)もきっと感謝してると思います」

 

「私はあの日、間違っていると言えなかったのが今でも心残りだよ」

 

「あれは私の落ち度の問題でしたからオーナーは何も悪くなかったですよ」

 

 

 

そう。あれはあくまでも事故であり私だけの失敗だった。だから私以外の人間は何も悪くない。それは割り切れているからいい。一番割り切れていないのは私の周りだけだったのが問題だっただけだ。

 

 

 

「あの子たちもあんたが来なくなってから見なくなったが元気にしてるのかい」

 

「……さあ。私もよく知らないですから」

 

 

 

あんなことがあって会えるほど私の肝は座っていない。裏切った人間を受け入れてくれるとは思えない。そんな判断の結果だった。

 

ここにいたって深堀されるのは過去のことだけ。ならもう潮時だ。これ以上あの日を振り返る必要はない。

 

 

 

「それじゃあ私はこの辺で。最後のライブ、楽しみにしてますね」

 

「朝日」

 

「はい?」

 

「_________」

 

「っ……」

 

 

 

それは今言わないでほしかった。私がまた、繰り返したらどうする気なのさ。

 

その言葉に返す言葉はなく、私は再度扉を開く。

段々と熱くなり始めている日差しが私を攻撃していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

二時間もすれば最後のライブということもあって人が押し寄せていた。私は関係者という立場を使ってすぐに中に入れたけどあれを並んで入ろうと思うと人によって大変な目に遭うのは目に見えていた。本当に関係者チケットをくれた有咲たちには感謝しかない。

 

 

 

「……何してんだ」

 

 

 

そんな感謝は一度置いておこう。

私の目の前には楽屋の扉の前で佇んでいるポピパの姿。一度扉を開いたかと思えばすぐに閉じる。それを何度か繰り返していた。

いや、本当に何してるんだよ。

 

 

 

「あっ!朝日先輩!」

 

「もう来てたんですね」

 

「ああ。てかなんで楽屋入らないの?」

 

「それはその……」

 

 

歯切れの悪い有咲と苦笑いしている沙綾とりみちゃん、いつも通りの猫耳とおたえ。

本当にどうしたんだこいつら。

 

そう思っているとその扉が勝手に開いた。中には見慣れた人物。

 

 

 

「ふっふっふっ。漆黒の闇より現れし、混沌を司る魔王!宇田川あこさんじょー!ドーン!!」

 

「……あ、あこちゃん……!」

 

「あ、あこちゃん!?りんりんまで!」

 

「あっ!朝日さん!こんにちわ!」

 

 

 

扉の先にいたのはあこちゃんとりんりん。制服姿の彼女たちは笑顔を向けていた。

 

 

 

「今日のライブ見に来てくれたんですか?」

 

「うん。けどRoseliaも出るなんて知らなかったよ」

 

「……氷川さんから…聞いていないん…ですか……?」

 

「何も。なんだよ紗夜のやつ。教えてくれたっていいのにさ」

 

 

 

紗夜が何か言ってた記憶はないし聞き逃していたということもないはずだ。つまり紗夜には何も言われていない。どうして言わなかったのだろう。ポピパが参加するなら絶対来ると思ったからだろうか。

 

 

 

「朝日先輩と燐子先輩とあこって仲良かったんですね。私初めて知りました」

 

「ゲーム仲間なんだよ」

 

「オフ会もよくやるくらい仲良しだもんね!」

 

 

 

あこちゃんが周りに見せつけるように勢いよく飛び込んでくるもんだからしっかり受け止めた。抱きしめられた身体。優しく頭を撫でてやる。

……有咲からの視線が痛い。

 

ふと部屋の中を覗けば出演者であろう人たちが大量にいた。それを見てなんとなくポピパの意思を感じ取る。

こりゃ、有咲とかりみちゃんの性格だと中に入るまでが至難だ。てか人多すぎだし、外で着替えた方がよさそうだな。

 

 

 

「お前ら、ここから少し行った先にスペースがあるからそこで着替えて来いよ」

 

「そんな場所あるんですか?」

 

「ああ。人気もないし着替えて待ってる分には十分な広さだと思う」

 

「へぇ。朝日先輩よく知ってますね。ここで演奏したことでもあるんですか?」

 

「……まあ、昔ね」

 

 

 

それはきっと好奇心から出た言葉。だから彼女たちに非はない。

けど思い出させないでほしかったって、そう思っている。

 

 

 

「いいからさっさと着替えに行けよ。時間迫ってるだろ」

 

「あ、ほんとだ!みんな行こう!」

 

「……あこちゃん…私たちも……行こう」

 

「うん。そうだね。朝日さん、また後で!」

 

 

 

ステージに出るみんなと別れてやることのない私だけが残る。さすがにここにいるのは邪魔だから移動することにした。

とは言え開演の時間まではまだ時間がある。ここで時間を潰せるスペースがないことくらい知っていた。どうしたものかと途方に暮れる。

 

 

そんな時にふと目に入った倉庫。暇だった私はギターでも借りて弾いておこうと思った。

それだけだったのに。

 

 

 

「っ……」

 

 

 

その真っ赤なボディーには見覚えがある。むしろ見覚えしかない。

あの日何度も後悔することになった、ある意味原因でもある存在。

 

なんでここにあるんだよ。だってオーナーには。

 

 

 

「……見なかったことにしよう」

 

 

 

ああ。ここには何もなかった。だから私は何も見ていない。

そう自分に言い聞かせてカフェに向かった。異常なほど甘ったるい飲み物が飲みたくなったから。

 

 

 

 

 

 

 


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