どうして、こうなるんだ。ここは大事な最後の舞台だぞ。そう思ったって現実は変わらない。
舞台袖には泣き出しそうなギタリスト。大切な私の後輩。
私だって怖いんだ。知っているから。こうなったギタリストの末路を。だからこそそれだけは辿らせたくなかった。
震える指先を握りしめて大丈夫だよって笑って。
私は昔の仲間をそっと手に取った。
♢♢♢
「姉さん?そんな所で何をしているの?」
「……紗夜」
倉庫の中にいた私に声を掛けたのは紗夜だった。ゴシックなステージ衣装を身に纏って私の隣に並ぶ。何故か不安そうな顔をしていて心配になった。
「どうかした?」
「倉庫の中で立ち止まっているから少し驚いたのよ。何をしていたの」
「……いや。ちょっと思うことがあって。別に大したことじゃないよ」
「これは、ギターね。これを見ていたの?」
紗夜は私の言葉を聞いた後に目に入ったのであろう真っ赤なギターに近づいた。それを止めるように腕を掴めば紗夜は不思議そうな顔になる。
「姉さん?」
これは呪いのギターだから。触っちゃだめだよ。
そんな根拠もないことを思いながら笑うんだ。
「私は紗夜に聞きたかったことがあったんだけど」
「何かしら?」
「どうして今日ここで演奏するってこと教えてくれなかったんだよ。私、あこちゃんとりんりんがいるの見て初めて知ったんだけど」
そう言えば紗夜はきょとんとした。なにその顔かわいい。と思えばすぐにその表情が真剣なものに変わった。
「日菜には話していたから姉さんにも話したつもりでいたわ……」
「おい」
真剣な顔で言わないでほしかった事実。こんなんでも姉なのに。同じ家に住んでるのに。言うタイミングならいくらでもあったはずなのに。
「私、そんな子に育てた覚えない」
「何言ってるのよ」
「私は紗夜の保護者だから」
「本当に何言ってるのよ」
私は紗夜から直接聞きたかったのに。
そう零せば紗夜は申し訳なさそうに眉を下げた。
「それは、ごめんなさい。だけど聞いていなくてもPoppin'Partyに付き添うと思っていたから大丈夫かと思って」
「そりゃあまあ、大切な弟子たちがいるから当たり前だろ」
「姉さんにそんなことを言わせるだなんて驚きね」
「どういう意味だよおい」
「昔の姉さんが聞いたらびっくりするでしょうね」
「案外そうでもないんじゃない?私年下は好きだし」
「……色々問題のある発言に思えるわね」
「いつになく酷いな」
そんなくだらないやりとりに二人で笑いあって私たちは倉庫から出た。
上手く誤魔化せただろうか。誤魔化せているといいのだけど。
「紗夜の演奏を間近で見られる機会なんて今までなかったから新鮮だね」
「それは姉さんにチケットを渡しても行かないの一点張りだったからでしょう……」
「あとは紗夜がバンドメンバーとケンカして抜けたりしたからね」
「……それに関しては何も言えないわね」
紗夜がギターの存在を思い出す前に私は次の話題を切り出す。開演までの時間を計算してもそろそろ準備をしなければならないだろう。そう思い楽屋までの道を進む。
「まあ、こうやって紗夜の演奏が見られるならいいかな」
「……姉さんは」
「ん?」
「姉さんは、
その言葉に私の足が止まった。つられて紗夜の足も止まる。
二人の間に静寂が流れた。
自分で壊した心地のいい場所。
それを、また求めてもいいというのだろうか。
私は自分の手を見つめ、ギュッと握りしめる。そして紗夜に困ったように笑った。
「……どうかな。チャンスがあるならやりたいと思うよ」
曖昧な返事をして紗夜を楽屋へ押し込む。
少し悲しそうな表情をしているのはきっと。
「おいおい。ステージ前から悲しそうな顔は似合わないぞ?」
「姉さん。私は」
「今は言うなよ。お前の演奏を待ってる人たちがいる。だからそいつらの想いに応えて来いよ」
応えられなかったやつが何を言っているんだか。
逃げて今も中途半端な形で楽器を弾いているくせにどの口がそんな偉そうなことを言っている。
守れなくて逃げた卑怯者の声が届いてもいいものなのか。
頑張って紗夜に口角の上がった表情を見せる。
正直、笑えている自信がなかった。
♢♢♢
ライブは、時間通りに始まった。
Poppin'Party、Roselia、CHiSPAを含め全部で六つのバンドが順番に演奏を披露していく形になっている。
関係者席である二階のスペース。そこは私の他に参加者たちの保護者や友人らしき人たちで埋まっていた。それぞれがペンライトを振って、けど私は振らずに一番後ろの方で見守っていて。
オーナーの姿はここにはない。多分舞台袖から参加者たちの演奏を見ているんだろう。前だってそうだった。
1バンドで披露するのは最大四曲。四曲やらないバンドもあるから全体で約二時間半ほどのライブ。まあ何バンドも集まっているのだからそれくらいやって当然だろうと思いつつ演奏を眺めていた。
全然知らないバンドだけどオーナーに参加を許されただけあってやっぱり上手い。きっとあの頃の私なんかよりもずっと強くていい子たちなのが演奏から伝わってくる。
それが少しだけ羨ましくて知りもしない彼女たちに嫉妬する。
随分心の狭い人間になったものだ。そう考えるのもだいぶ今更な気はする。
「こんばんは。Roseliaです。早速だけど一曲聞いて」
Roseliaは真面目なやつが多いだけに他のバンドより一回りも二回りもレベルが上だと感じた。やはり練習量が違うのか、完璧にでも個性のあるそんな演奏。
昔よりも自分の音を手に入れている紗夜のギターが奏でる音が心地いい。
普段通り周りを支えているリサの低音に安心感を覚える。
かっこよさを追求し見せ方を徹底しているあこちゃんのドラム。
綺麗で美しいというキーボードならではの印象を与えるりんりん。
そして力強くて伸びのある友希那の歌声。
その中で演奏できたらどれだけ幸せだろうと考えて、やめた。
友希那が私の実力でRoseliaに参加させてくれるわけがない。完成されたバンドにわざわざ歯車をつけ足して壊す気にはなれない。
あり得もしない未来のことを考えても空しいだけだ。
知っている。何度も願って叶わなかった夢があるから。
だから私は何かを望んだりしない。どうせ叶いやしないんだから。
「こんばんは!CHiSPAです!まずはメンバー紹介から」
CHiSPAは沙綾が加入している時に少しばかり一緒に練習していた時期がある。とは言え隠したいことがあったからわざと距離を置いていたし夏希とは学校で会っても一言二言話して終わっていた。これからはもっと話せるといいんだけど。
CHiSPAの演奏は基本元気さが伝わってくるものが多い。それは彼女たちの人柄なんだろう。
夏希はがむしゃらだけどまっすぐに。
文華は夏希に寄り添いつつも周りとのバランスを取って。
真結は自由に、けど羽目は外しすぎず。
さとちゃんが全体を導いて。
バランスの取れたいいバンドだと思った。相当練習したんだろう。前よりも格段によくなっている。これならオーナーに認められて当然だと思った。
「朝日ちゃん!」
突然真横の扉が開いたかと思えば呼ばれた名前。そこには朝オーナーの隣にいたスタッフの女性がいた。確か名前は
「どうしたんですか?」
「一緒に来てほしいの。アクシデントが起きちゃってオーナーが朝日ちゃんのことを呼んでるの」
アクシデント?このタイミングで?しかも私を呼ぶって一体どういう状況だって言うんだよ。
とりあえず私は凛々子さんの言葉に頷いて後ろをついていく。向かう先はどう考えても舞台袖で、そこに入った私は硬直した。
泣いていたのだ、猫耳が。他のメンバーが必死に励ましているのがわかる。
「おい猫耳!どうした何があった!」
私は猫耳に駆け寄って肩に手を置く。けど猫耳は泣いたまま。状況が読めなくて困惑する。
「朝日先輩!」
「有咲!何があったか簡潔に説明しろ!」
「舞台袖で待っていたら香澄のギターのストラップが切れて!」
「っ!?」
まさかと思った。急いで周りを見渡せばオーナーと凛々子さんがなにやら話し合いをしていた。その手には猫耳の相棒であるランダムスターが握られている。私と目が合って、こちらに近づいてきた。
「朝日。頼みがある」
「……時間稼ぎ、ですか」
言われなくたってこの状況ならすぐに理解できた。オーナーは表情を変えない。前にもこのトラブルがあったからだろうか。曇るのは私の表情だけだ。
「この子の相棒を直すのに約十分。それまでの時間をどうにか繋いでほしい」
CHiSPAの演奏はもう終わる。残るバンドはポピパだけ。他のバンドがもう一度出るという選択肢はない。そしてこの場で演奏できるのは私だけ。
こんなの選択肢がないのと同じだ。私は、ステージには立ちたくないのに。だけど。
ふとポピパのメンバーを見渡す。不安そうな顔だ。とても演奏なんてできそうにない。これは、誰かが励まさなきゃ今日が最悪な思い出になることが容易に想像でいた。
もしかしたら猫耳は、ギターやバンドのことが怖くなってしまうかもしれない。
それは、それだけは絶対、あっちゃいけない。二の舞を作ってはいけない。作らせたくない。
立ち上がって走った。目指すのは倉庫。
真っ赤に染まったそいつは私をどういう風に見ているのか私にはわからない。
あの日のことを謝れていないのだから怒っているのかもしれない。
一年以上ここに置き去りにしていたのだから許してくれないかもしれない。
「……お願いだ。力を貸してくれ」
今日だけは、怖さもすべて投げ出して。
まっすぐ、君たちへ勇気を届けたい。
ストラップを首から掛けて私はみんなの元へ戻る。何故か驚いたような顔をしていた。
そんなに赤は似合っていないだろうか。髪をポニーテールに結ってオーナーを見る。
「暴れて来な」
「……はーい」
それは約束できる自信がないけど。
舞台袖からはCHiSPAのみんなが戻ってくる。もう時間か。早いな。
「あ、朝日先輩!大丈夫なんですか!?」
「それは、どういう意味で?」
「手首とか!」
有咲は心配性だな。有咲だけじゃない。みんな心配しているのは同じだ。紗夜だって私を見つめている。そんな不安げな表情に大丈夫だよって笑いかけた。
猫耳に近寄ってその頭を撫でてやる。
「__見てろよ私のステージ」
最高に熱く盛り上げてポピパに繋げる。それが私の使命だと思ったから。
ステージに足を踏み入れれば少し困惑の混ざったような歓声が聞こえた。当然かな。ソロで出る予定は今回なかったのだから。心配しなくても全員私のファンにしてやるよ。
傷ついたボディをひと撫でする。そしてギターをかき鳴らした。