「どうも皆さんこんばんは」
マイク越し響いた声。優しいお客さんは持っていたペンライトを振ってくれる。そんなお客さんにお礼を言ってMCを続けていく。
「今日はオーナーに頼み込んで飛び入りで参加させてもらうことになりました、氷川朝日と言います。お気づきの方もいると思うんですけどRoseliaの氷川紗夜は私の妹になります」
紗夜の名前を出せば一部が騒ぎ出す。Roseliaか紗夜の熱狂的なファンだろうか。
「このあと私の弟子にあたるPoppin'Partyが演奏するんですけどその前に少しだけ私の演奏を聞いてください」
これはただの時間稼ぎ。けどお客さんを退屈させてはいけない。退屈になって途中で退出されたら困る。「師匠がこの程度の実力なら弟子のレベルはもっと低い」なんて思われるのは心外なのだ。
あいつらは私よりも上手い。誰にも負けないくらい上手い。思いの強さに勝てるやつはいない。
そうだって証明したくて、猫耳を奮い立たせたくて私は今日ギターを取った。
けどそんなもの建前に過ぎない。ステージに立つ建前。それがなかったら絶対立つことはなかったSPASE最後のステージ。きっと私はステージに立つための理由が欲しかった。
立ちたくて仕方なかったけど過去の自分に拒まれて、このステージだけだけどその呪縛から解放されたのに内心どこかには怖がっている自分がいる。
そんな自分を笑い飛ばしてやりたくて、目をつぶって深呼吸をする。
私ができる曲数は多くても三曲。
あいつらには最高の形で繋げる。そのために場を温めよう。もっと熱くしよう。
やるのはBLACK SHOUT!
正直音数が足りていない段階であいつらの完璧な演奏とは程遠い。
スコアなんて見たことはないし紗夜が弾いているのを数回聞いた程度。覚えていないところばかりだからアドリブを入れまくる。歌姫様には敵わない歌声。音程を維持しつつも自由な演奏。これが終わったらあいつらに怒られてしまうだろうか。
それでも今だけは。
届けたい気持ちを込めて弾いていく。
これが慰めになる確勝はない。
それでもやる価値はあるし彼女たちの記憶にトラウマなんてものを植え付けたくはない。
何よりも。
紗夜と同じステージに立てる日々を想像してしまったら離れたくもなくなる。
もしもなんてあるかもわからないそんな日を想像して意味はないかもしれない。
私が紗夜と一緒のステージに立ちたいというのは事実だから紗夜が隣にいてくれたらなんて思って。
その日が来ないことをわかっているのに私は何度だって夢を見続ける。覚えていない曲を選んだのだってそれがあったからだ。
♢♢♢
「す、すごい……」
「すげぇ……」
舞台袖で姉さんの演奏を見ていた私たちはほとんど全員が度肝を抜かれていた。宇田川さん、市ヶ谷さんから零れた言葉に幾人かが頷く。
私が姉さんの演奏を見たのは一番最近でも数か月前のRoseliaの練習の日。あの時も演奏技術の高さに驚いた。けど今やっているこの演奏はその時と比べ物にならないくらい上手い。いつの間にこんなにも上達していたのだろうか。市ヶ谷さんの家にあるという蔵で練習しているのだろうか。
Poppin'Partyの皆さんは姉さんに練習を見てもらっているのなら姉さんの演奏も見ているはずだ。それなのに全員が驚いている。
もしかしてステージに立ったことで成長したというの?昔から本番に強い人だったけどそんなことあるのかしら。
「……ここまでだとは思っていなかったわ」
BLACK SHOUT!をギター一本で弾いて、圧倒的に音が足りなくて下手したら何もやっているのかわからない状況。
それなのに、どうして姉さんの音はこんなにも響くの。演奏技術云々じゃない。心に訴えかけてくる何かがある。
同じ姉妹なのにきっと姉さんしか持っていないそれは私のことを揺さぶった。
「市ヶ谷さんたちは、知っていたの」
「へ?」
「姉さんの演奏がこれほどのものだということを、知っていたんですか?」
市ヶ谷さんは私の問いかけに首を振った。
「朝日先輩が練習してるところを私たちはほとんど見たことないんですよ」
「見たことないんですか?」
「ないって言うのは少し語弊がありますけど……朝日先輩はなんでもすぐにこなしちゃうんですよ。だけどそれはきっと天才だとかそういうものではなくて努力して積み重ねているんだと思います。きっと朝日先輩の意地みたいなものだと思うんですけど、なんでもできるから頼ってくれっていう心の表れなんじゃないですか?なんでも聞いてほしいって思ってるんじゃないですか?私はそうだって捉えてます」
市ヶ谷さんが語ったのは姉さんの本心のようなもの。意地っ張りな姉さんのことだ。それはありえる。
けど本当にそれだけが理由だろうか。疑っているわけではない。何か隠していてもそれを全部無理に話してほしいとは思わない。言いたくなった時に言えばいいと思っている。
今の姉さんは、どこか怖がっているように感じた。
二曲目が始まる。二曲目はPoppin'Partyのティアドロップスだった。Poppin'Partyの中でもかっこいいに分類される数少ない曲。確か今回のセットリストには入ってなかったはずだ。
ギターがかっこいいこの曲。花園さん、戸山さんとはまた違った演奏。アレンジの入ったそれはPoppin'Partyの奏でるものとは別物だ。
「あれが、ティアドロップス……?」
「私たちが弾くのと全然違う……」
Poppin'Partyの皆さんも初めて聞いたのか驚いていた。ここにいる全員が姉さんの演奏に引き込まれている。
弾き切れば観客からは拍手と歓声が響いていた。
『ありがとうございます。残念なんですけど次が最後の曲になります。次の曲は私の始まりの曲です』
ふと姉さんがこっちを向いた。目が合えば笑っていて、胸が高鳴る。
次は何をするの?って昔の私が顔を出す。無邪気で私のできないギターを弾ける姉さんのことを純粋に尊敬し憧れていた頃。
自由で楽しそうに弾く姉さんの姿を見るのが好きだった。
私は姉さんの弾くギターの音が好きだった。
あの頃の音は、もう聞けないんだと思っていた。
三曲目に姉さんが弾いたのは懐かしいあの曲。私たちがギターを始めようと思ったあの曲。曲名はなんだっただろう。姉さんに聞いても教えてもらえなかった。調べても出て来ない。おそらくオリジナルのもの。
あの頃と、なんら変わりのない音だった。
かっこいいのにその裏に隠れたどこか悲し気な曲はどこか姉さんと似ている。
ねえどうしてそんなに悲しそうなの。私が何かしたなら謝るから。だからお願い。笑顔を見せてよ。
そう言いたくなるような音。あの頃はただいい曲としか思わなかったが、あの頃の姉さんの想いを込めていたのだろう。
泣きたくなる。
私は多分。姉さんのことを何も知らないのだと思う。
昔は隣を歩いていたから姉さんの考えていることは手に取るように分かった。
けどいつの間にか姉さんは一歩前を歩くようになって。私たちが進むのに邪魔なものを率先してどかしてくれたから私たちはスムーズに歩き続けることができていた。苦労も理不尽なこともたくさんあったのに私たちに何も悟られないまま文句一つ言わずにやってくれた。
私たちはずっと姉さんの背中に守られて生きて来たから、いつしか正面から姉さんを見ることはなくなっていた。とても自然なやり方だった。
趣味だったギターがいつの間にか家からなくなって、引きこもって、と思っていたら身体に傷を作って。
すべて私たちのためなんて今だから理解できていること。距離を置かれていた頃は姉さんの抱えているものを知ろうとも思わなかった。そんな余裕なかった。私は私で必死だった。
なんて自分勝手な話だろう。自分のためにしか行動できていなかったというのに、それでも姉さんは私のことを見捨てないでくれた。
ずっと大切で私のたった一人の姉さん。
そんな姉さんと叶えたい夢はただ一つだけ。
「いつか、一緒のステージに……」
そんな声は観客の歓声にかき消された。
♢♢♢
紅のギターの音を止める。私の耳に届くのは荒い息遣いと歓声。私の名前を呼ぶ声に拳を突き上げればさらに声が上がった。横目でステージ袖を見ればそこにいるのは弟子たちの姿。ちゃんとランダムスターを持っていた。
まっすぐ進んで猫耳に拳を突き出した。コツン、とぶつかり合う。それに笑みが零れた。
「全力で暴れて来い」
「はい!」
真剣な表情でステージに向かった五人。それに安心する。大丈夫な気がした。
ギターのストラップを首から抜いて近くにいた夏希に渡す。目の前に紗夜がいるのを確認してそこに抱きついた。
「ね、姉さん!?」
驚いた声が耳に届く。他の周りにいたメンバーを揃って私の心配をしていた。震える身体で紗夜の服を握りしめる。
「大丈夫なの!?どこか痛めたりとか……」
「うるさいな……あいつらの演奏が聞こえないだろ……」
そう呟けばみんな私に気を遣ってか静かになった。目を閉じてその音を聞く。
安定した沙綾のリズム、それに寄り添うりみちゃんの低音、有咲のしなやかなメロディー、おたえのめちゃくちゃかっこいいギター、そして猫耳のまっすぐで繊細な音と歌声。
みんな上手くなったと思う。特に猫耳は、各段に進化している。
上がる歓声は、あいつらの成功をわかりやすく表現していた。
それがただ嬉しかった。