「ま、待ちなさい朝日!」
「そ、そうですよ朝日さん!」
「……それだけは……!」
「姉さん!さすがに非道よ!」
「お願い朝日!考え直して!!」
そんな風に懇願されたって問答無用。
今の私はお前たちの先生なんだから容赦はしないよ。
「さあ、お前ら。勉強の時間だ」
五人の嫌がる声が部屋中にこだました。
♢♢♢
今日はなんでもない普通の休日だった。
紗夜はバンド練習があって日菜は仕事。私はポピパの練習もないという連絡を受けていたため家でNFOをしていた。
紗夜が練習ならりんりんとあこちゃんも当然練習なわけで、ゲーム内のフレンドと共にボスを倒して素材集めを進めていく。レベル上げも兼ねたその作業。だがこれがそれなりに楽しい。
それをしている時、充電をしていたスマホのディスプレイが点灯した。
ゲーム片手間に覗けばそこには紗夜からのメッセージ。開けば「今家にいるかしら?」なんて簡潔な文章があった。
それ以上のことは何も書いていない。急ぎなのかもわからないそれに返信はせず、通話を繋いだ。
そうじゃないとゲーム止めないといけないし、けど今ボス戦だからそれはできない。
ワンコールですぐに繋がったそれに私は用件を聞くことにした。
『もしもし』
『急にどしたの紗夜?』
『姉さん仕事中だったかしら?』
『ゲーム中。今ボス戦なんだよ』
『それなら暇ね。ちょうどよかったわ』
『別に暇じゃないけどな。で?どうしたの?』
『今から今井さんの家に来られるかしら?』
『リサの家?なんで?』
『それは、来てから説明するわ』
なんだそりゃ。意味深なことを言った紗夜は「お願いね」なんて言って通話を切った。
用件も言わずに呼ぶなんて一体どんな要件なのか。
考えたくもない。嫌な予感がする。
だがしかし妹に頼まれた以上断るという選択肢は存在しない。
ボスを倒し次第チャットで抜けることを伝えパソコンをシャットダウンする。
その間に紗夜から来ていた勉強道具を持ってきてという連絡に、なんとなく察しがついた。
なるほど。勉強会ね。夏休み前に定期テストがあるんだしそうなるよな。Roseliaの練習が終わってすぐに連絡が来たってことはRoselia内での勉強会なのだろう。
今までに紗夜が誰かと勉強会をしているところなんて見たことも聞いたこともない。
一匹狼は卒業したようでお姉ちゃん嬉しいよ。
だが、勉強会を開くということは、誰かの成績がやばいのかな?
そうだとすると該当しそうなのは……やっぱりあこちゃんだろうか。あの子に頭のいいイメージはないし、紗夜たちも全力で教えるのだろう。
けど紗夜たちが教えられるのなら私が行く意味はさほどない気がする。
疑問を持ちつつも私はカバンに参考書と筆記用具を入れてリサの家を目指した。
この時の私は、これから先に待ち受けている試練をまだ知らない。
♢♢♢
「朝日、待ってたよ~」
リサの家のインターホンを鳴らせばすぐに玄関が開いた。出てきたのはリサ。緩めの挨拶で出迎えられる。玄関で靴を脱げばそこには既にリサ以外に四つの靴が並べられていた。
「今日は朝日が来られて助かったよ~」
「リサ。紗夜に言われた通り勉強道具は持ってきたけど今日ってやっぱり」
「うん。そう。今度ある定期テストに向けての勉強会だよ」
予想通りの回答に私は頷く。だがそれだけなら私を呼ぶ必要はなかっただろう。
そう思ってリサに問いかける。
「定期テスト前なんだし勉強会をするのはなんとなくわかるけど、ある程度の範囲は紗夜が教えられるだろ?りんりんもいるし、私を呼ぶ必要なんてなかったんじゃないか?」
「いや~……それが色々問題があってね。紗夜と燐子だけじゃ手に負えないってことになったんだよね……」
リサは頭を掻きながら苦笑い気味に視線を逸らした。
紗夜とりんりんの二人が解決できないって一体どんな問題だよ。
私に解決できるものなのかそれ。
「ま、詳しい話はアタシの部屋に行ってからにするから。朝日は麦茶と緑茶だったらどっちがいい?」
「……麦茶」
「おっけー」
一度リビングによって麦茶の入ったペットボトルとマグカップを取ったリサと共に私は部屋へと向かった。
扉を開いた先に広がっていたのは広めのローテーブルに座っているりんりん、あこちゃん、友希那、紗夜の姿。手にはシャーペンを持って教科書を開いている。
「えぇ?どういうこと!?」
「……だから、これは……」
「意味が分からないわ。これを勉強して何になるのよ」
「つべこべ言わずにやってください」
しかしそこには嘆きと放棄の声が二つ。
瞬時に胸騒ぎがした。ここは危険だと直感が伝えてくる。
だが来てしまった以上引けない。だから私は部屋の中に踏み入れた。
「姉さん。来てくれたんですね」
紗夜とりんりんの安心したとでも言いたげな表情に全てを察してしまった。
あぁ。だから紗夜は用件を言わずに呼ぼうとしたのか。私の考えが浅はかだったよ。
目の前には教科書や参考書と睨めっこしているあこちゃんと、涼しげな顔でマグカップに口をつけている友希那。眉を顰める私を見て後ろのリサがまた苦笑いをした。
「……お前ら、とりあえず今の状況を一から説明してくれ」
「ええ。実は……」
私の発言で紗夜は説明を始めた。
♢♢♢
事の始まりは今日。Roseliaの練習後。
白金さんと宇田川さんが話していたことがきっかけでした。
「ねえりんりん!テストでわからないところがあるから教えて!!」
「……うん…いいよ……」
「ありがとう!あこ今回の範囲全然わからなくて……」
「宇田川さん。普段からちゃんと復習しておけばそうやって慌てなくて済むんですよ?」
「うっ。それはそうですけど授業聞いてもチンプンカンプンなんですもん!」
「開き直らないでください」
私は宇田川さんに、失礼ながらあまり頭がいいという印象を持ったことがなかった。いつの間にかしみついてしまったイメージから考えても勉強をしている姿を想像できなかったということもある。
今までは何も気にしたことがなかったがテストの度、毎回白金さんに教えてもらっていたのだろうか。
「あははっ。あこはいつもテストギリギリになってから慌てるタイプだもんね~」
「今井さんは知っていたんですか?」
「うん。ダンス部でもよく話すし多少はね。けどアタシはそこまで頭よくないし燐子が適任だと思ってたから手伝ったことはなかったけど……あこ、この前再試がどうとか言ってなかったっけ?」
「そうなんです!あこ次のテストで点数が悪かったら放課後に再テストを受けないといけなくて……」
宇田川さんは中学生。しかも彼女の通う羽丘は私の通う花女と同じくエスカレーター式の一貫校だ。私が中学生の頃の話にはなってしまうが再試なんて受けたことがない。クラスに数名受けている生徒を見たことがあるが確か皆テストの点数が平均点を大幅に下回っている人たちだったはずだ。
その基準だとした場合、宇田川さんは今までのテストで相当酷い点数を取り続けていたということになる。
「……宇田川さん。その再試の日はもう決まっているんですか?」
「確か先生は、悪かった科目×日数って言ってました」
「テストのある科目は?」
「五科目です」
「苦手な科目は?」
「こ、国語と社会は大丈夫なんです!けど他は……」
つまり、最悪宇田川さんは三日間バンド練習を休む可能性があるということになる。それはその間宇田川さん抜きで練習をするということだ。
もし仮にそうなった場合、今井さんや白金さんはどうにかなるが湊さんは何を言い出すかわからない。かく言う私も事前にその話を聞いていなかったら呆れていただろう。否、既に呆れそうだ。
「でしたら私も教えます。そうすれば白金さんが仮にわからなくなっても大丈夫でしょうし一人で支える必要もないですから」
「……ありがとう……ございます……」
「ねえ紗夜、迷惑じゃなければアタシと友希那も勉強教えてもらっていいかな?」
「ちょっとリサ。急に引っ張らないでちょうだい」
湊さんの腕を掴んでこちらに連れてきた今井さんは申し訳なさそうにそう言った。私がそれに二つ返事を返せば今井さんはホッとした様子で、笑顔でお礼の言葉を返した。
別に何人でやろうが勉強をすることに変わりはないし同学年だから復習や予習するだけのこと。それはすなわち自己のレベルアップに繋がるから私は迷惑だと思ったことはない。今井さんは私が断るとでも思っていたのだろうか。
「けど五人でやるとなるとどこか広いスペースが必要ですよね?宇田川さんたちはどこでやる予定だったんですか?」
「元々はあこの家でやる予定だったんですけど……」
「もし場所がないんならアタシの家使っていいよ~」
「……いいん…ですか……?」
「うん。今お母さんたち旅行行っててアタシしかいないし。それに多分アタシの家の方がいいと思うんだよね……」
「それはどういう意味ですか?」
「え、えっと……」
意味深な今井さんの言葉に私は首を傾げた。
今井さんは言いにくそうに言葉を濁す。そして衝撃的な言葉を言い放った。
「友希那の勉強見てくれない?アタシ一人の力じゃ手に負えないから」
「「「……え?」」」
今井さんの言った言葉の意味が分からないほど私はバカじゃない。
今まで気にして来なかった。否、酷いとは思っていなかったのだ。
勝手にできているものだと思っていた。そう信じていた。だからこそ、その真実は私たちに衝撃を与えたのだ。
「友希那さん、勉強できなかったんですか?」
「できないんじゃないわ。やらないだけよ」
「それは言い訳のつもりですか」
宇田川さんよりも先に湊さんに呆れそうだった。
この発言、明らかに勉強をしてこなかった人のそれだ。普段が真面目であるからこそ勉強面もそうだと思っていたのに。
「今井さん、テストの科目は?」
「えっと。国語、数学、英語、化学、生物、日本史、の五教科六科目だよ」
「では湊さん。苦手な科目は?」
「……」
「湊さん」
「リサ。用ができたから私は先に行くわね」
「逃がすわけないでしょう」
私の言葉に答えないままいなくなろうとする湊さんの腕を掴んで引き留める。
とりあえず今ので全科目苦手ということはわかった。これは湊さんのためにも教えなければいけない。
これはお節介ではなく使命感だ。
今井さんから湊さんの今までのテストの詳しい点数を聞いて絶句したのは言うまでもない。
♢♢♢
「以上が今日勉強会をすることになったきっかけです」
「……」
それを聞いて私は頭を抱えた。頭痛がする。
やべぇだろ全科目ダメって。大体授業聞いときゃある程度は点数取れるだろうに。というかどれか一教科くらいはどうにかなるだろうに。
今までの授業何聞いてたんだよ。何を勉強してきたんだよ。
「というわけで姉さん。姉さんには湊さんの相手をお願いするわ」
「うん。嫌だ」
誰がそんなやばい成績のやつ教えられるか。無理だろ。わけわからなさすぎて私が教えたくないわ。
「朝日。そこをなんとか……」
「いや無理。ただ授業を聞いてわからないなら理解しようとしてるって面を汲んで教えようと思うけどさ。こいつ、やる気ないだろ」
「失礼ね。勉強する気くらいあるわよ」
「勉強する気があるやつは『勉強して何になるのよ』なんて言わねぇ」
来たばっかだけど帰りたい。
紗夜に視線を移せば静かに首を振られた。
「とりあえず一度友希那の勉強見てくれない?話はその後聞くからさ……」
「……はぁ。わかった」
リサがここまで頼んでいるのだ。彼女に免じてここは素直に教えてやろう。
そう思った矢先、友希那がとあることを言ってきた。
「そもそも、どうして私は朝日に勉強を教えてもらわないといけないのよ」
「あ?」
「戸山さんたちが前に言っていたわ。朝日、貴方は学校の授業をサボっているのでしょう。そんな人が勉強を教えられるとは思えないわ」
「……リサ、もしかしてこいつ」
「う、うん。友希那何も知らないんだと思うよ」
「湊さん、相当勘違いをしているようですね」
変わらない表情のリサに呆れた様子の紗夜。きっと私は紗夜と同じ表情をしていることだ。
「姉さんはこの間の模試で学年一位だったんですよ」
「え?」
「えぇ!そうなんですか!?」
目を丸くする友希那とあこ。だが両者とも異なる理由だろう。
「いくらサボっていようが勉強できりゃ何も言われないってわけだ。んで?誰が勉強教えられないって?」
笑顔を向ければ友希那はすぐさまこの場から逃げようと腰を上げた。その肩に手を置く。そしてそのままその場に座らせた。
「逃げるなんて、許さないからな」
「……はい」
「困るのはお前だってちゃんと自覚しろ」
「友希那さんが、お説教されてる……」
「……珍しいね……」
「これに関しては自業自得でしょう」
「あはは……」
「んなこと言ってないでお前らも勉強しろよ」
「勉強なんかできなくたって音楽活動に関係はないわ」
「それで留年しても知らねえぞ」
テストは留年を掛けた戦争だってことわかってないな。
私は頭を抱える。今にも逃げ出しそうな友希那を捕まえて、ペンを走らせた。