私が本屋に行く理由は主に三つある。
一つ目は好きな小説家さんや漫画家さんの作品、雑誌を買うため。本屋の当然の使い方である。
二つ目は暇潰し。ふらっと本屋に立ち寄ってゆっくり店内を見て回る。そこで発見した気になる書籍を買ったり買わなかったり。静かで本があるのは落ち着くからというのもあるのかもしれない。
そして三つ目。これは特殊な本屋への通い方。
「あ、見て見て。『赤日和ひさ』の新作出てるよ」
「ほんとだ。今日発売なんだね」
そう、新作がどれくらい売れているのかの市場調査。私はそのためだけに朝からショッピングモールに併設されている本屋に足を運んでいた。ショッピングモールに併設されている場所を選んだのは家から近いというのもあるがお腹が空いたらフードコートに行けるからというのもある。
私の新作が積まれたコーナーから私の小説が二つなくなる。小さな声で「ありがとうございます」と呟いてガッツポーズをした。やはり自分の作品が売れてくれるのは嬉しかった。
基本的に私が小説を書く時は自分が書きたいストーリーを好きなように書いている。だから他の人にこうがいいと言われても書こうとは思えなかった。それは書きたいと思ったストーリーじゃないと書けないが故だった。
私はその辺りの評価を気にしたことはあまりない。もちろん面白くないという文字を見た時は凹んだが。
評価を気にしないとは言ったがこうやって市場調査をしているのには理由があった。
一つ目はどの年齢層が読んでいるのかを知るため。それによってウケるネタが違うのだからそれを知りたいということ。
二つ目は、まあ、私が私の作品がどれだけ近所の本屋で売れているか知りたかったから。買う人を見ているのは楽しいし嬉しかった。
だから、うん、それはだいぶ想定外の出来事だった。
「あれ?朝日さん?」
本を選ぶフリをしていた私に声をかける人がいた。振り返ればそこには見慣れた人たち。
「あこちゃん、りんりんも。ここで会うなんて奇遇だね」
「……そう、ですね」
「ほんとですよ!あこびっくりしちゃいました!」
あこちゃんは挨拶そこそこに無邪気に抱きついてくる。猫のようにすり寄ってくるあこちゃんの頭を撫でた。
「朝日さんも本を買いに来たんですか?」
朝日さん「も」と言っている辺り二人は本を買いに来ている様子だった。まあ本屋に訪れる人たちは大抵それが目的だが。
私は別に本を買いに来たわけではないから首を横に振った。代わりに「本を見に来たんだよ」と答える。本当のことは言っていないが間違ったことは言っていないしいいだろう。
「朝日さんがここにいるってことは今日はポピパの練習はお休みなんですか?」
「うん。今日は有咲と沙綾とりみちゃんが用事があるから全体練習はないよ。多分香澄とおたえは練習してるだろうけど」
「……それ、行かなくてもいいんですか……?」
「……正直さっきから着信がうるさい」
香澄からのメッセージは止むことを知らないのか定期的に送られてくる。マナーモードにしているからまだいいが音が鳴り続けていたらいよいよ電源を切るところだった。
「Roseliaは確か休みだったよね」
「はい。なのでりんりんの買い物に付き合った後に一緒にオフ会でもやろうと思ってて」
「……朝日さん、最近ゲームの方にログインしていなかったので……忙しいのかと思って誘わなかったんですけど……よければどうですか?」
「もちろん付き合うよ。オフ会、久しぶりだし」
最近はポピパの練習だけでなく友希那や香澄、おたえの勉強を見たりで時間が取れていなかったように思う。実際昨日だって締め切り間近の小説を書いていてあこちゃんからのクエストの誘い自体を断ったのだ。まさか今日オフ会があるなんて思っていなかったし時間があるうちに遊んでおきたいと思った。
あこちゃんは私の返事を聞いて喜んでいた。さらに抱きつく力が強くなる。
うん、今日はその笑顔を見れただけで満足だ。
「それでりんりん、今日は何買いに来たの?小説?」
「はい……好きな作家さんの新作を……」
そう言ってりんりんは店内を見回す。そしてまっすぐ、私の小説の置かれている方へ歩き出した。そこにある本を一冊取ってその表紙を私に見せる。
震えた。
「その本……」
「『赤日和ひさ』さん……この人の小説、面白いんです……」
りんりんの表情はとても楽しそうだった。
私は嬉しいやら、読まれている事実が少しだけ恥ずかしくて動揺して。
「りんりんその人の小説全部持ってるんですよ!毎回発売日に買いに来るくらい大好きだもんね!」
こくりと頷くりんりん。それを見て私は乾いた笑いと「まじか、まじかぁ……」と零しその場に座り込んで頭を抱えた。
知らなかった。私は嬉しさで涙が溢れてしまいそうだった。さすがにここで泣いたら軽く事件だし堪える。
「あ、朝日さん!?どうしたんですか!?」
「え……と、その……」
「朝日さん……?」
「毎度、ありがとうございます」
立ち上がり下げた頭の先で聞こえて来たのは困惑した声ばかりだった。
♢♢♢
「え!この『赤日和ひさ』さんって朝日さんのことだったんですか!?」
本屋から移動してフードコートに集まった私たち。それぞれが注文を終え、オフ会が始まった。とは言っても話題は『赤日和ひさ』のことで埋め尽くされていた。
「う、うん。ほら『赤日和ひさ』って並び変えたら『氷川朝日』になるでしょ?」
「ほ、ホントだ!」
先ほどからテンションの上がりまくっているあこちゃんとむしろ何も言葉を発しないりんりんは対照的。いつも通りのようだが、りんりんは私の小説を全部読んでいると言っていたしこの話題ならもっと食いついてきてもいいのに。
「それからNFOの『ひさ』って名前もここから取ってるんだよ」
「な、なるほどー!なんで『ひさ』なのか気になってたんですよね!」
まあ一度オフ会をしてからというもの通話を繋ぎながらゲームをする時は私は名前で呼ばれることがほとんどだったから今では『ひさ』と呼ばれることの方が違和感ではあるけれど。
「……あ、朝日さん……」
「りんりん?」
「……本当に朝日さんが、あの『赤日和ひさ』先生なんですか……?」
「そうだよ?」
「……証拠とか、ありますか……?」
やっとのことでりんりんが口を開いたかと思えばそれは疑いの言葉だった。突然証拠を見せろと言われて困ってしまう。
「うーん、家に帰れば新人賞取った時の賞状とトロフィーがあるけど……」
「……今証明できるものはないんですか?」
「えー、そうだなぁ……」
そうは言われても普段から特別何かを持っているわけではないし証明なんて……。
「あ、そうだ。SNSのアカウントなら今見せられるぞ?ほら」
私はスマホを操作して青い鳥がアイコンのSNSアプリを開いた。そのアカウントのトップページを見せる。
あこちゃんは変わらずはしゃいでいて、りんりんは何かを決意したような表情に早変わりしていた。
「あの、りんりん?」
「……朝日さん」
「何?」
「……サインください……!」
買ったばかりの本を差し出してそう言われた。
嬉しいと困惑の混ざった表情になったことは許してほしい。
「もちろん。いくらでも書くよ」
私はカバンの中からマジックを取り出して本の表紙を開いたそこにスラスラと筆を走らせていく。できたサインを渡せばりんりんは今日一の笑顔を向けていた。
「……ありがとうございます……!嬉しいです……!」
「ははっ。どういたしまして」
「朝日さんが小説家だってこと、紗夜さんたちは知っているんですか?」
「知ってるよ。私から話したから。他にも日菜とか有咲とか沙綾とか。あこちゃんが知ってる人だとこれくらいかな」
「そうなんですね。紗夜さん、知ってたんなら教えてくれてもいいのに……」
まあ紗夜は私が言わない限り言うことはないだろう。有咲と沙綾も同じ。日菜はどうかわかんないけど。
「……これからも、応援してますね……」
「ありがとう」
ファンが増えたことは純粋に嬉しかった。そんなファンに聞きたいことはたくさんある。
「ね、私の小説のどこが好き?」
「え……?そうですね……」
今はこの時間を大切にしたい。
そう、思った。