不良少女(仮)   作:茜崎良衣菜

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子猫は効果抜群。

 

 

 

夏の日のこと。聞こえて来たのはなき声だった。傘にリズムを刻む雨音に紛れる小さな声。何度も聞いたことのあるか弱い声。

私は家に帰る足を止め、その声を頼りに進んでいく。

 

 

 

「みぃーつけた」

 

 

 

声の主はすぐに見つかった。しゃがみこんで傘を傾ける。伸ばした手は抵抗されることはなかった。それどころか私の手にしがみついてきたのだ、逃げられると思ったのに想定外だった。

 

 

 

「案外人懐っこいんだな」

 

 

 

今は小雨だが予報ではこれから強くなる。雨の中放っておけば体調を崩してしまうことは目に見えていた。まだ小さいのだから弱って死んでしまうかもしれない。

それは嫌だった。犠牲にしたくなかった。

私はカバンからタオルを取り出してその子を拾い上げる。その中に包んで抱いた。家の近くで良かった、なんて思いながら足を速めた。

 

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「「「「「かわいいー!!」」」」」

 

 

 

私の部屋に五人の声が室内にこだまする。自分が褒められているわけでは決してないがついドヤ顔をしてしまう。「そうだろー」なんて返してこの子の頭を撫でてやる。

 

 

 

「猫飼い始めたとは聞いてましたけどこんなにかわいい子猫だったなんて!」

 

「名前なんて言うんですか?」

 

 

 

この前拾ったこの子を飼うと決めてから早一週間が経過した。その間に飼うために必要な道具を集めて。

そのことをこいつらに知られ見たいと言うもんだから今日は急遽練習を休みにして私の家に集まることになっていたのだ。

私の部屋の小さな同居猫は今日も人気者だった。

 

 

 

「アッシュだよ」

 

 

 

アッシュグレーの毛並みを撫でながら答える。何かに名前をつけるのは時間がかかると思っていたけどこの子の場合はすんなり決まった。安直ではあったかもしれないけどシンプルだし呼んだらちゃんと反応してくれる。この子も気に入っているように思えた。

 

 

 

「朝日先輩!撫でてもいいですか!?」

 

「ああもちろん」

 

 

 

許可を出せば香澄はアッシュの頭に手を伸ばす。私がさっきまで撫でていた所を撫でれば香澄の手に身体をこすりつけていた。

 

 

 

「みんなも撫でていいぞ」

 

「じゃあ遠慮なく」

 

 

 

おたえが躊躇なくアッシュの背を、りみちゃんが控えめにアッシュの顎を撫でる。目が細くなっていて気持ちよさそうだった。

 

 

 

「有咲と沙綾も触るか?」

 

 

 

触りたそうにうずうずしている有咲とそれに苦笑いを浮かべている沙綾にそれぞれ声を掛ける。

三人からアッシュを取りあげて二人の方へ抱きながら見せればなぜか有咲は緊張したような表情になっていた。

今度は私が苦笑いする番だった。

 

 

 

「別に噛んだりしないぞ?」

 

「そ、それはわかってますよ!」

 

 

 

有咲はおそるおそると言った感じでアッシュに手を伸ばす。アッシュの目と鼻の先で、その先に触れられない手。先手を打ったのはアッシュ。小さな舌が有咲の指をペロッと舐めた。有咲の身体がピクリと跳ねた。

だけどそれに安心したのか今度は頭を撫でていた。その手は顎に下りる。アッシュは気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。

有咲が嬉しそうに笑う。

 

その表情にきゅんとした。

 

 

 

「おー。朝日先輩と有咲がいちゃついてる」

 

「お、おたえちゃん冷やかしたらダメだよ」

 

 

 

おたえとりみちゃんの声に私は我に返った。どうやら無意識に有咲の頭を撫でていたらしい。有咲を見ればワナワナと顔を赤くして震えていた。しまったと思って手を離すがこの空気は変わってはくれない。

アッシュは私の手からすり抜けてベッドの上にジャンプした。そこで丸まっている。

 

 

 

「ごめん、無意識だった」

 

「い、いえ、別に嫌じゃないですから……」

 

「有咲!それって私たちも撫でていいってこと!?」

 

「撫でていいの有咲?」

 

「お、お前たちはダメ!」

 

 

 

「なんで?」と香澄は不思議そうに首を傾げた。それに私は頭を掻いた。りみちゃんが香澄とおたえに説明しようと試みる。

 

 

 

「おたえちゃん、香澄ちゃん。有咲ちゃんは朝日先輩だけに撫でて」

 

「りみストップ!それ以上は言うな!!」

 

 

 

それを止めたのは他でもない有咲だった。焦ったように声を上げる。

 

 

 

「急に目の前でイチャイチャしないでよ。嫉妬しちゃうじゃん」

 

「沙綾は何言ってんだよ!!」

 

 

 

なかなかカオスになってきた。冷やかされ色んな地雷を踏まれ踏み抜き有咲の顔は真っ赤なまま。

ふと目が合った。その目は明らかに助けを求めている。二人きりの時は私の言葉でよく真っ赤になっているけど大人数の時はあまりない。正直独り占めしたいところはあるから見せたくないって想いはあるけれど。

照れて目の潤む恋人はめちゃくちゃかわいい。

 

 

 

「ホントかわいいな有咲は」

 

 

 

思わず本音が満面の笑みと共に零れる。怒りたくても怒れないのか有咲は顔を隠していた。指の隙間から見えた目。

 

 

 

「…………バカ……」

 

 

 

逸らされ小さな声で呟かれた言葉。私の心臓を貫くのには十分すぎた。破壊力が高くて顔に熱が集まるのを感じる。両手で顔を覆って俯き悶えた。

 

バカって、そう言いたいのはこっちだっての。

アッシュはあくびをしてまた目を閉じた。

 

 

 

「ただいま。姉さん、頼まれてた買い物してきたわよ」

 

「ただいま~。あ、ポピパ勢揃いだ~!」

 

 

 

最悪のタイミングで帰ってきて部屋の扉を開いた妹たち。頭を抱えて私は俯いたまま。ポピパのメンバーは元気に挨拶を返していた。

 

 

 

 

「アッシュ!遊ぼー!」

 

 

 

日菜は無邪気にアッシュに声を掛ける。私たちよりもアッシュに構いたいみたいだ。アッシュは興味なさそうにそっぽ向いていたが。

 

 

 

「……何があったのよ」

 

「何も聞かないでくれ……」

 

 

 

紗夜の不思議そうな声に私はそう返した。さすがにこの顔を見られるわけにはいかない。絶対にやけてるし。

 

私はリビングに向かって熱を冷やすため冷蔵庫から水を出して飲んだ。汗を拭う。胸元をパタパタと仰いだ。

 

 

 

「……朝日先輩」

 

「……飲む?」

 

 

 

私に続いて部屋から出て来た有咲に水を注いだコップを差し出す。受け取って飲み干す。両手でコップを持つ姿が可愛かった。

 

 

 

 

「抜け出してきてよかったの」

 

「みんなはアッシュに夢中でしたから」

 

「けど紗夜たちは私たちのこと気にしてたし」

 

「多分、紗夜先輩は気使ってくれてるんだと思いますよ」

 

「なんか、ごめんな。からかわれる形にしちゃって」

 

「……別に。私は本当に嬉しかった、ですから」

 

 

 

むしろもっとやってほしかったし。

そう呟く。コップを預かってシンクの中に置いた。

可愛い以外の言葉で表せるはずがなくて思わず抱き寄せた。大人しく腕の中に納まるのは珍しいと思った。

 

 

 

「……さすがにあれは反則」

 

「……そんなこと言われても困ります」

 

「…………二人きりじゃなくてよかった」

 

「……それも、困ります」

 

 

 

熱を帯びた声。無意識だろうか。背筋がゾクッと震えた。身体を離して有咲の唇にキスを落とす。さっきよりも強くその身体を抱きしめた。

 

 

 

「……今日、泊まってく?」

 

「下心が見えるんですけど……」

 

「……うっさい」

 

「もしかして、照れてますか?」

 

「照れてないよ」

 

「照れてる」

 

「照れてない」

 

「照れてる」

 

 

 

同じ言葉を繰り返すその口をまた塞いだ。赤い顔で嬉しそうに笑う有咲は世界一可愛い。

 

 

 

「じゃあ、戻るか」

 

「そうですね」

 

 

 

離れてからは一定の距離間。だけどそれが心地いい。君が好きで仕方ない。零れる想いは君に全部あげるよ。君だけへの愛だから。

 

 

 

「ね、姉さん!絆創膏ってどこにあったかしら?」

 

「絆創膏って、ケガでもしたのか?」

 

「私ではなく山吹さんが」

 

「あはは……」

 

 

 

部屋に戻って聞こえて来たのは紗夜の焦る声だった。苦笑いを浮かべる沙綾の右人差し指からは赤い液体が出ていた。

私は沙綾を連れ出しリビングに戻る。沙綾が指を洗っている間に救急箱から絆創膏を取り出した。指を拭いて絆創膏を巻き付ける。

 

 

 

「一体何したからこうなったんだよ……」

 

「実は私もアッシュに触ろうと思って手を伸ばしたら噛まれちゃって」

 

「は?アッシュが噛んだの?」

 

「はい。みんなも触れるし子猫だからって油断してたらがぶっ、と。結構痛かったですよ」

 

 

 

アッシュが誰かも噛むなんて初めてのことだった。しかも噛まれたのが沙綾だとは。勝手に動物に好かれるタイプだと思ってたのに。

 

 

 

「私、昔からなぜか動物になつかれないんですよね。好きなんですけど」

 

「意外だな。すぐなつきそうなのに」

 

 

 

沙綾は巻かれた絆創膏を見てお礼を言う。小さな傷だし練習に影響はないだろうと思いながら返事をした。

 

 

 

「……羨ましいって思っちゃってるの、バレてるんですかね」

 

 

 

意味ありげな表情で笑う沙綾に私は何も言えない。

選ばなかったんだ。今更何か言う資格もないだろう。

 

「戻るぞ」なんて言って私は沙綾に背を向ける。部屋に入ればアッシュが初めて見る動きをしていて頭を抱えた。

 

 

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