「オーナー」
「よく来たね」
元ガールズバンドの聖地、ライブハウス『SPACE』
そこに現れたのは過去の常連だった。私を呼ぶ姿がえらく久しぶりであの頃よりも成長していた。子供の成長は早いものだと実感する。
「……本当に閉めたんですね」
「私も歳だからね。いい頃合いだったんだよ」
「そうですか。あたしとしてもここには思い入れがありますからまたここで演奏したかったんですけどね」
「あんたも音楽で生きているからそう言うだろうとは思っていたよ」
「オーナーなら受け入れてくれるのを知っているからですよ」
「あんたたちは実力があったからね。息もあっていた。あれでバンドを組んでいないのか不思議なくらいだったさ」
私たち以外誰もいない静かなスタジオ。彼女は懐かしそうにスタジオ内を見て回っていた。
「出られるのなら、四人で出たかったですよ」
「そうかい」
悲しそうに笑う彼女。何があったのか知っているからこそ辛いものがある。
「本当はラストライブ行きたかったんですけどどうしても外せない仕事が入ってて」
「そいつは仕方ない。だけどラストライブはあんたにも聞いてほしかったよ」
「ははっ。そう言ってもらえるのは嬉しいですね。何か面白いものでもあったんですか?」
「朝日が歌った」
私の言葉に彼女は信じられないとでも言いたげに目を見開いた。動揺が手に取るようにわかる。
本当に朝日のことに関してはまっすぐ感情を出す子だ。
「朝日が、歌ったんですか……?」
「ああ。全力でね」
彼女は嬉しそうな、けどどこか悲しそうな表情をしていた。唇をきゅっと噛みしめる。
「……いつか、弾いてくれる日が来るとは思ってました。願ってました。ですけどその日がこんなに早いとは」
「アクシデントの対応だった。出る予定はなかったんだよ」
「それでも、見たかった。一度失敗して立ち直れなかったあいつが立ち直る瞬間をあたしは間近で見たかったですよ」
「……別に、立ち直っちゃいないさ」
「え……」
「ただ大切な子たちを奮い立たせるために自分の恐怖を押し殺しただけ。本当は怖くて仕方なかっただろうよ。……それでも弾き切ったことは褒めてやるべきだと思うがね」
それがあんたたちとじゃなかったことが私としても悲しかった。もしあの時舞台に上がったのがあんたたちであったのなら私はどれほど嬉しかったことか。
「……ちなみに、何を弾いてたんですか」
「あんたの望む曲ではなかったよ」
「……まあ、そうですよね」
「……それで、あんたに渡したいものがあるんだ」
私は彼女を引き連れて倉庫に向かう。扉を開いて彼女が息を呑んだ。
「……まだ、ここにあったんですね」
「初めて失敗した日、朝日は私にこう言ったんだ。『このギターは、捨ててください』って」
「っ!?」
「多分朝日は自分で処分できないから私にそう言ったんだろうね。もちろん私はそんなことしなかった。このギターが朝日にとって、あんたにとっても大切なものだってことを知っていたから」
「……そう、ですかね」
「そうだよ。じゃなきゃわざわざこのギターを使ってステージになんて出ないさ」
時間稼ぎを頼んだ時、確かに私はこのギターを弾いてほしいと思った。だけどこのギターにトラウマがあることを知っていたから絶対に出ないと思っていた。
だからこのギターを弾いてくれたことが嬉しかったんだ。
「こいつを弾いた日、朝日に言ったんだ。『連れて帰ってくれ』って。けど朝日はいい顔をしなかったよ。まだあの日のことを気にしているんだろうね」
「あたしたちは気にしてないのに。本当にバカですよあいつは。あいつがいなくなる方が困るってのにわかってないんだから……」
「朝日にも色々あったんだ。わかってやってほしい」
「わかってますよ。……わかってます。それでもあたしは朝日に隣にいてほしかったんです。バンド、組んでほしかったんですよ」
俯いた彼女は悔しそうに身体を震わせる。握りしめた拳からは今にも血が流れてしまいそうだった。
「……このギター、持って帰ってくれないかい」
「え……」
「ここにあっても使われることはない。朝日もきっと取りに来てくれない。それなら元の持ち主に、そして朝日のことを一番理解しているあんたに渡しておきたいんだよ」
「……オーナーがそう言うなら、預かります。だけど一つ勘違いしてますよ」
彼女はギターを受け取ってケースにしまいながらそう言う。どういう意味なのか私にはわからなかった。
「確かにあたしは朝日と仲が良かったです。親友だって、言える仲でした。ですけどあたしは朝日のことを何もわかってなかった。だからあいつは隣からいなくなったんですよ」
今日はありがとうございました。そう言って彼女はギターを背負って出て行く。あの頃の姿はもう見られないのかと思うとやっぱりその手を取っていればよかったのかと後悔して仕方なかった。
♢♢♢
最近よく夢を見る。
紗夜がいて、日菜がいて、有咲がいて、沙綾がいて、他にもたくさん今までに関わってきたやつらがいてみんな楽しそうに話している。楽器を弾いてる、叩いてる。そんな夢。
その中には両親もいて、紗夜や日菜だけでなくポピパのメンバーとも仲良くしていた。そこにいるやつらは揃いも揃って全員が笑顔だった。それがなんだか嬉しくて。
話しかけたんだ、みんなに。
なのに誰も私の言葉には耳を傾けてくれなくて、触れようとすればその身体をすり抜けていた。
幽霊にでもなった気分だった。
そこにいる全員が知り合いなのに、全員が知らない人になったようだった。全員が全員私の存在を認識すらしていなかった。
何度叫んでも私の叫びは届かない。
返ってくるのは楽しそうな笑い声。
私に見せつけるように声は大きくなっていく。
私はこの世界にいらない人間なのだと言われているみたいだった。
そうして目が覚める。
みんなが私を認識している事実に安心したのは初めてのことだった。
♢♢♢
それは夏休みも半分が過ぎた頃の話。宿題が終わっていないからと香澄によって蔵に集められた私たちは静かにクーラーの効いた部屋で過ごしていた。
宿題なんてとっくに終わらせていた私と有咲はそれぞれネットサーフィンを、他のメンバーは黙々と問題を解いていた。だがその空気が一時間も続けばさすがに限界も来るもの。
「あ~疲れたぁ~」
真っ先に
これは一旦休憩かな。そんなことを思いながら自分のコップにお茶を注いだ。
「……ねぇ、夏らしいことしたくない?」
「夏らしいこと?」
香澄は顔を上げてそんなことを言う。また面倒な展開になりそうだと私は先に視線を逸らしていた。
「うん!みんなでどこか遊びに行こうよ!」
「いいね。どこ行く?」
「みんなが行きたいところ全部!」
「はぁ?」
あーあ始まった。こうなると香澄に引きずられるから私は何も聞こえていないフリをする。
「みんなどこ行きたいとかある?」
「私は水族館行きたいなー」
「私、うさぎがいるところ」
「おたえはぶれねえな……」
「有咲は?」
「え?そ、そんなこと急に言われても思いつかねえっての」
まあ普通はそうだよな。私だって思いつかないし。正直家に籠っていたいもんな。
「それじゃあ朝日先輩はどこ行きたいですか?」
「へえー。177って天気予報だったのかー」
「あの、朝日先輩?」
「117は時報ねー。ふーん」
「朝日先輩話聞いてくださいよ!」
さすがにこの方法じゃ回避できなかったか。残念だ。
私はジト目を香澄に向ける。香澄はぷくーと頬を膨らませていた。なんだよかわいいなこのやろう。
「……なんだ」
「だーかーらー!この夏の間にどこに行きたいかって聞いてるんですよ!」
「特にない。てかそれ私も連れて行かれるの?」
「もちろんです!朝日先輩はポピパの一員みたいなところありますから!」
いつからだよ。とは思っていても口にしなかった。個人的にそれは嬉しかったし目の前のこいつらもいい顔で私のことを見ていたから。
けど遊びに行くかは別問題だと私は思っていた。
「それで、どこ行きたいですか?」
「だからそっちで決めてくれよ」
「ダメです!ちゃんと朝日先輩も意見出してください。全部行くので!」
なんだそりゃ……。呆れてしまう。苦笑しているメンバーもちらほら。
「それでどこですか?」
「マジなことを言うとどこにも行きたくない」
「え!?」
「だって夏だぞ?暑いんだぞ?灼熱地獄だぞ?用があってもなくても外出たくないじゃん」
むしろなんでわざわざ暑い中外出たいの?焼けたいの?太陽にいじめられたいの?もしかしてドМなの?絶対クーラー効いた部屋でゆったり過ごしてる方がいいじゃん。
「朝日先輩が有咲みたいなこと言ってる……」
「朝日先輩、有咲の引きこもりがうつったの……?」
「おい誰が引きこもりだ!」
「それは否定できない事実でしょ?」
なんか有咲に飛び火したな。ごめん有咲。その犠牲は無駄にしないよ。
「一応言っておくけど本心だから」
「そんなこと言わずに行きましょうよー!ね!?」
「わかったわかった。わかったから離れろ香澄暑い」
頼むからいちいち私に抱きつかないでほしい。
有咲からの視線が痛いんだ。
「んで?どこ行きたいんだよ。場所次第では断るぞ」
「じゃあまずはどこに行こっか?さーやは行きたい場所ある?」
「え、私?私はそうだな……」
__海とかどうかな。
その言葉に私は表情が暗くなった。「行きたくない」と本気で思った。