そこには私以外いなかった。
わかっていたことなのに無性に悲しくなった。
♢♢♢
「合宿?」
「ええ。今週末に二泊三日でコテージを借りてやる予定なのよ」
月曜の夜。夕飯だからと部屋に紗夜を呼びに行けばそんな話をされた。予定は前もって話してくれる紗夜が直前になって話すことは珍しい。けどまあそれは急にでも決まってしまった、とかそういうことだろう。別に追求なんてしない。けど合宿する理由は気になっていた。
「なんでまた。ライブ近かったっけ?」
「ライブ、というかせっかくの休みだし自分たちの音を見直したり、たまには雰囲気を変えて練習するのにはいい機会だと湊さんが言っていて。そこで新曲も作ってしまうらしくて」
「なるほどなー」
夏の間に新曲を仕上げたいという気持ちがわからないわけじゃない。というか長期休暇の間に仕上げたいと思うのは妥当だろう。Roseliaで行くのなら特に心配もない。
ただ偶然とはいえよくもまあ被ったもんだと思った。
「今週末って確か日菜も地方ロケじゃなかったっけ?」
「ええ。そうなのよ」
被ってしまったものは仕方ない。家事に関しても一通りできるし問題はないだろう。そう思ったのだから私は「楽しんで来いよ」なんて言って紗夜には言っておいた。
「二人とも時間大丈夫か?」
「私はもう出るわよ」
「あたしもそろそろマネージャーが迎えに来る時間だよ」
「そっか。忘れ物するなよ。特に日菜」
「えぇ!?なんで名指し!?」
「紗夜が忘れ物すると思ってるのか?」
家を出る前のやりとりはいつも通りであいかわらず可愛くて仕方ない。「紗夜が忘れ物をするなんてことがあったらまず体調を疑う」と告げれば紗夜は「さすがにそれは言いすぎよ」と返した
「それくらい珍しいって話」
「ていうか忘れ物なんてしてないから!」
「はいはい」
頬を膨らませる日菜は妹属性を存分に発揮していた。頭を撫でて落ち着かせる。
家のインターホンが鳴った。日菜の言っていた迎えだろう。
「土産話期待してるな」
「うん!彩ちゃんのるんっ♪ってくる話たくさん用意しとくね!」
「できれば彩以外の話もお願いしたいかな……」
彩とは正直ほとんど関わりないからその話だけだと困る。ただでさえ聞いてもいないのに日菜が話してくるから彩がどういうやつなのか日菜の感性で伝わっていてあんまり関わることのないやつだと思っているのに、学校で会った時にどんな対応すればいいんだよ。
「それじゃあいってきまーす!」
「姉さん私も行くわね」
「ああ。いってらっしゃい。気をつけてな」
夏だからかそこそこ軽装の二人に私は手を振った。扉が閉まれば静寂が私のことを包んでいた。
何をしようかと頭を悩ませる。
本来ならポピパの練習の方にいって練習をしているのだが今日は休みなのだ。というか、あいつらはあいつらで出掛けている。少し遠出をして一泊二日で海を満喫するのだと前回の練習の時にはしゃいでいた。私は楽しんで来いよとだけ伝えていた。
「行かないんですか?」「行かないよ」そんな言葉は何度繰り返したことか。諦めの悪い後輩は他のメンバーに宥められていた。本当は私も行きたかったけど行きたくはなかった。
にしてもここまで仲の良いやつらの予定が被るとは。私はとうとう神にでも見捨てられたのかよ。そう言いたくなるレベルだった。
しばらく考えて私は新作と向き合うことにした。締め切りはだいぶ先。だけどそれ以外やることが見つからなくてパソコンの電源を入れた。
二時間ほど経てば机の上に置いていたスマホが震えた。ディスプレイには香澄からのメッセージを知らせる表示。ロックを解除して開く。
『楽しんでます!』
そこに映っていたのは五人の集合写真だった。みんな笑っている。楽しそうで何よりだと思った。
ピコンと新しいメッセージが送られてくる。また写真だった。
『おすそ分けです』
写っていたのは有咲単体。それも水着の写真。しかも香澄にカメラを向けられて恥じらっていた。撮られないようにこちらに手を伸ばしていた。
なるほど白か。白とはいいチョイスじゃないか。
私はその写真を即保存して「ナイス」とだけ送っておいた。
物語の序盤を書き終わった辺りで日が暮れていた。集中していると時間というものはあっという間だ。ふぅーと椅子にもたれれば腹の虫が鳴いた。
キッチンに行って夕飯を作る。自分一人分だけだからだいぶ手抜きをした。別に困ることはない。
一人でご飯を食べるのは久しぶり。最近はずっと紗夜や日菜と食べていたからかな。
会話のないこの空間。慣れていたはずなのに。
「__寂しいなぁ」
♢♢♢
誰にも自分の音を聞いてほしくない時がある。そんな日は一人スタジオで練習するのが私の中ではお決まりだった。
誰にも聞いてほしくない曲がある。だけど失いたいわけじゃないから練習する。あの頃の私にとってこの曲はすべてだった。
この歌は確か練習曲として作った。だけど曲調を気に入ったから歌詞をつけた。他でもない私が精一杯の歌詞をつけたんだ。
あいつらは喜んで弾いて叩いてくれた。
この曲を知っているのは私とあと二人だけ。三人が忘れてしまえば無くなってしまうそんな曲。
失いたくない。あいつらとの最初で最後の曲になるはずだから。
失っていいはずがなかった。
私はあいつらのことが好きだから、どうしても失いたくなかった。
一音一音、一単語を丁寧に奏でていく。
あいつらに届くように心を込めて弾いていく。
どうやったらあいつらは、あの日のことを許してくれるだろう。
愚かな過ちを犯した私のことをどうしたら……。
「……」
私はギターを弾いていた手を止める。視線を上げれば一人の少女と目が合った。
小学生、いや中学生くらいだろうか。何かを見つけたような表情で私のことを見つめていた。
「見つけたわperfectなギタリストを!」
「はぁ?」
少女は許可もなくスタジオ内にズカズカ入ってきた。私に近づいてくる。何故か余裕のある表情をしていて、変なやつだと思った。
「あなた私の音楽を奏でる気はない?」
「ないけど」
「Why!?どうしてよ!」
俗に言うスカウトってやつをされたことには驚いたが参加する理由もないため断った。そもそも急に現れてスカウトされて「はいやります」とはならないだろう。ほんとに急だし、てかこいつ誰。私は少女の遊び相手になっているほど暇ではない。
「得体の知れない胡散臭い誘いに乗るわけないだろ。子供に付き合ってる暇はないんだけど」
「なっ!?胡散臭いですって!?」
「むしろなんで胡散臭くないと思えたんだよ……」
帰ってほしいのに。私の意思に反してこいつがスタジオから出て行く様子は全くなかった。
「あなたの音と私の曲があれば世界に通用する音楽を作れるわ!」
「なんだそりゃ」
よくもまあ簡単に世界に通用できるなんて自信満々に言えたもんだ。世界の音楽ってやつを甘く見すぎじゃないだろうか。
そもそも私に声を掛けた時点でこいつには見る目がない。
私はもう、終わったギタリストだ。
「あいにくだが私はお前のお遊びに付き合っているほどは時間ない」
「遊びじゃない!!」
少女は激怒した。遊びという単語はどうやら地雷だったみたいだ。
私のことを睨む。そしてポケットの中から猫型のUSBを取り出して私に握らせた。
「聞けばわかるわ!あなたレベルのギタリストなら絶対に!」
「聞く気なんてない」
「いいから!」
それだけ言って少女はスタジオから出て行った。だいぶ勝手なやつだと思った。
けどなんとなくあの頃の自分に似ている気がして、他人事のように思えない。あの必死さは昔の私そのものだった。
どうしてあの子がそんなに向きになるのか気になっている自分がいたのは事実だ。
だけど理由がどうであれ追いかけるような気にはならなかった。
どうせあの子との道はここで違える。
私があいつらとの道を違えたようにきっと二度と会うことはないだろう。
だからあの子の音楽のために協力することもない。
結局名前も連絡先も教えてもらっていないから会おうと思っても会えない。
ふと顔を上げた。
嘆いて、苦しんで、葛藤して、選んで、覚悟を決めて、切り捨てて。
そんな自分がそこにいる気がした。
顔を上げることはない。ただ下を向いて、泣いていた。
慰めてくれる人はいない。その姿は孤独そのものだった。
その自分に掛ける言葉が見つからない。
私はずっと正しいと思って行動してきたんだ。間違った行動だったとしても正しいと思い込んで進まなければ今までの自分を否定することになってしまう。
助言したい気持ちをぐっと堪えた。
色んなものを切り捨てて来た。
今更、否定なんてできない。
できるわけがない。
していいわけがない。
静寂になったスタジオの中でまたギターを弾こうとは思えなくて私は帰る支度を始めた。
「逃げるなよ」なんてあいつの言葉が私を突き刺す。
重くなった身体を引きずって私はスタジオを後にした。