編集部からダンボールが送られてくることはたまにある。中身は決まって手紙やプレゼントだった。
小説家になって、そこそこ人気が出て、少しずつ増えていったファンレターの数。初めてもらったのはデビューしてすぐだった。私の作品を褒めて好きだと言ってくれて、必要とされている気がして感激して泣いたことを覚えている。認められることが嬉しいとは思っていなかった。
小説家として活動してそろそろ三年が経つ。まだまだ走り始めたばかりの私の背中を押してくれるのはいつもこのファンレターだった。
一枚一枚、丁寧に封を切って中に目を通していく。三十枚目に目を通したところで私はそのファンレターから目を離した。
送ってきたのは旧友。今会うことはないがずっと私を応援してくれる友人だ。内容は何の変哲もないファンレター。でも最後にこんなことが書かれていた。
『戻ってきてくれ朝日。また一緒に音楽やろう』
私が小説家だということを知っている友人はそれなりにいる。だけどわざわざファンレターを送って来てまで私のことを連れ戻そうとする人物は一人しか知らない。
初めて私と音を交わしてくれたあいつ以外ありえない。
だから私はその手紙を閉じて読み終わった方のダンボールに投げ入れた。
私が戻れなかった理由をあいつは知らない。私が真実を知る前に遠ざけたから知っているはずがない。
それに今更合わせる顔なんて私にはない。
だから今回も返事は書かなかった。
♢♢♢
ドラムを叩く。いつも以上に激しく、熱く。これは練習なのかただ我武者羅に叩いているだけなのかは自分でもわからない。それでもドラムを叩いている間は嫌なことは忘れられる、何も考えずに済むのだからこの時間が心地よくて仕方なかった。
「あいかわらず迫力満点だね」
「……何しに来たんだよ」
余韻に浸っていれば扉をノックする音。扉の方を見れば見慣れた仕事仲間が立っていた。
「何って仕事の依頼が来たから伝えようと思って」
「ま、そうだよな。最近じゃその話以外でお前が来ることも減ったもんな」
「それはもっと頻繁に私に会いたいって意味?」
「ちげーよ」
「冗談だよ」
彼女はあたしのもとへと近づいてくる。背中に背負った楽器、キレイな黒髪は下ろしていて、笑う口元にあいかわらず愛想のいいやつだと思った。
「二週間後と三か月後にバックバンドの仕事。二週間後は二曲、三か月後は六曲だよ」
「曲は?」
「全部有名どころのカバーだよ」
「なら結構余裕だろうな」
たまに全部オリジナル楽曲で持ってくるやついるからこれは優しいものだ。
あたしはスティックを置いて彼女に向き合う。渡された資料に目を通していれば彼女はあたしのことを見て何か言いたげな表情をしていた。
「なんだよ」
「何かあったでしょ」
「……なにもねえよ」
「うそつき。わかるよそれくらい」
「だとしてもあたしは話す気はないから」
「あいかわらず不器用だよね。人に頼ること、覚えないとしんどいよ?」
「それはお前にだけは言われたくない」
「私は頼ってるもん」
よく言うよ。あの日あたしを慰めた後に泣いてたこと、あたしは知ってるんだからな。だけどその話題は口に出してやらない。きっとこいつはあたしが何を考えているのかわかったんだろう。言わないでと、目が語っていた。
ため息を吐く。こいつは旧友だ。でも知らないことも多い。何もかもを聞きだすことが正義ではないということに気づいたのはいつだったか。知っていることに対して知らないと答えることも大切だと覚えてしまったのはいつのことだったか。
それであいつは救われたのか。今でも気がかりで考えてしまう。
そう言えばあの日あいつがいなくなった時にこいつは何も言わずに側にいてくれたっけ。結局あたしばかりが頼ってるってことなのか。
「……そう言えばさっき倉庫見てきたけどあのギター、なんで持ってたの?」
「人の家の倉庫勝手に漁ってんじゃねえよ」
「あれ、朝日に渡したやつじゃないの?」
わかっていると、目は口程に物を言う。きっとそれはあたしにも共通して言えることだった。
「やっぱりそうなんだ」と零す。これはもやもやの正体もバレてしまっただろう。なら隠す必要もない。
「……この前オーナーに会ったんだよ。その時に渡された」
「なんでオーナー?」
「SPACEで預かってたんだと。だけどSPASEはもう閉店したからあたしに預けるって」
「ふーん。けどそれだけの理由であんな胡散晴らしみたいな演奏する?」
「SPACEのラストライブで演奏したんだと」
「え?誰が?」
「朝日」
さすがにこれは想定外だったらしい。目を見開く彼女はずいぶん久しぶりに見た。
「ちょ、ちょっと待って!演奏したの?朝日が?」
「そう言ってんだろ」
「な、なんで?だって朝日は!」
「オーナーが言うにはトラブルがあったらしい。それで緊急参戦したんだと。それがなかったら出てなかったらしい」
「なるほどね。確かにその出演は朝日らしいかも」
ああ。あたしだって思う。誰かを助けて、誰かを照らそうとするのはあいつの名前の通り、あいつの性格の通り。知っている。あいつのことなら。だけどだからこそ悔しいと思ってしまうのだ。
「……なんであいつが舞台に立つ理由があたしたち以外のやつらのためなんだろうな」
「……なんでだろうね。きっとあの日引き止められなかったからじゃないかな」
「やっぱ、そう思うか?」
「私よりも___が思ってることでしょ?」
あたしはスティックを握ってドラムを思いっきり叩く。それを肯定ととらえたんだろう。彼女は背負っていた相棒を下ろしてケースから取り出す。アンプに繋いで音を繋いでいく。
あいつとの最初で最後の曲。リズム隊だけじゃ何を演奏しているのかわからない。あいつがいてくれなきゃあたしたちの舞台は終わらない。始まることすらない。
「あれは誰のせいでもないよ。だから誰かが責任を感じる必要はない」
「……わかってるよ」
きっとみんな頭の中ではわかっている。
それでも結局あたしたちはあの日に囚われたまま進めない。
♢♢♢
「有咲、買い物付き合ってくれてありがとな」
「いえ。私も色々選んでもらいましたから」
休日、私たちは買い物をするためショッピングモールへ出向いていた。日用品を買い足して、軽くご飯を食べて、今度は有咲の買い物に付き合って、充実した一日だったと思う。
それにいいものも買えた。
「それ、二人なら喜んでくれると思いますよ」
「だといいんだけどな。今日早速渡してみるよ」
「はい。そうしてください」
いつもの分かれ道。ここから有咲を家まで送って行くのが日課だ。
夕日が私たちを照らす。もう少しだけいたいと思った。
「有咲。夕飯食べてくか?」
「……いいんですか?」
「ああ。どうせ作るのは私だし三人分も四人分も変わらないよ」
「なら、お願いします」
嬉しそうな顔をされると私まで嬉しくなるというものだ。いつもなら一緒に歩かない帰路を一緒に歩けることに幸せを感じる。
たわいもない会話をしていれば家まですぐだった。扉の前に立ってカバンの中から鍵を取り出す。ドアノブの鍵穴に鍵を挿そうとしたらそれよりも先に内側から鍵が開いた。
中から出てきたのは当然私の妹。だが様子がいつもとは明らかに違った。
「おねーちゃんのわからず屋!」
「聞き分けが悪いわよ!」
「もういいよ!おねーちゃんのばーか!」
「なっ!それは日菜の方でしょう!」
「おねーちゃんなんか知らないもんね!」
「え、ちょ、日菜!?」
勢いよく飛び出していった妹の名前を呼ぶ。だけど振り返ることはなくすぐに背中は見えなくなっていた。
「すみません。私もちょっと出かけます」
「え、紗夜!?」
続いて無表情の中に怒りのようなものを混ぜた紗夜が出て行った。
この状況に困惑することしかできない。それは有咲も同じみたいだった。
「……とりあえず、上がってくれ」
「あ、はい。わかりました」
どうせすぐに戻ってくることを予想して扉は閉めても鍵までは閉めなかった。
「朝日。日菜ちゃんが突然家に現れて怒りながら『今日からここに住む!』って言っているのだけどケンカでもしたの?」
「朝日ー。紗夜が突然家に来て『泊めてください』って不機嫌そうな顔で頭下げてきたんだけどケンカでもしたの?」
知らねぇ。こっちが聞きてぇ。わけわかんねぇ。
千聖、リサからそれぞれ掛かってきた電話にそう答えながらため息を吐く。
なにやら珍しくケンカしたようだけどケンカした内容はわからない。ていうかあの二人がケンカ?しかも日菜が怒るって紗夜のやつ何したんだよ。頭を抱える。
有咲に一言声を掛けて二人を連れ戻すために私は家から飛び出した。
二人が戻って来て四人で取った夕食は、すごく有咲に申し訳なくなった。