「なあ紗夜。何があったら日菜とケンカすることになるんだよ」
「姉さんには関係ないわ。これは私と日菜の問題よ」
「いやだからこそ聞いてるんだろ?」
休日。日菜が朝から仕事に出掛けたため昼食は紗夜と二人で取っていた。
雰囲気は、言わずもがな最悪。いつもならなんでもない話題で盛り上がれるのに最近は無言のままだ。
普通の話題ならなんでもない。だけど私が日菜のことを話題に出せば紗夜を包む雰囲気が一気に険しいものになるのだ。一週間経った今も日菜とのケンカが続いていることはすぐにわかった。
「姉さんに話すことなんて別にないわ」
「あのな。ここまで拗らせといて何ともないわけないだろ?」
「そうかしら?」
「いい加減、何が原因なのかくらいは話してくれよ」
また無言。これで何度目だろうか。ため息をつく。
紗夜が話してくれないとなると埒が明かない。
というのも、朝日菜と話した時に今と同じような質問をしたのだが日菜も無言をつき通したのだ。揃いも揃って手の施しようがない。
それに無言を貫かれるのは、心が痛い。反抗期かよ。お姉ちゃん寂しい。なんて冗談も、そろそろ限界だった。
「……はぁー。まあいいよ。私は出掛けるけど紗夜の予定は?」
「今日は練習もないから家で自主練習をするつもりよ」
「了解。今日はポピパの練習あるし夜遅くなるかも。その時は連絡するから出前でも取っちゃっていいから。いってきます」
「わかったわ。いってらっしゃい」
さすがに仲直りしないってことはないだろうけど、自然消滅しそうなケンカの仕方でもない。早急に何が原因なのかを突き止めなければ。
そう考えながら私は約束の場所に足を運んだ。
♢♢♢
昼過ぎの商店街はそれなりに賑わっていた。
部活帰りにアイスを加える学生、スーツに身を包み暑そうなサラリーマン、買い物帰りの主婦。その人たちを避けながら私は指定された店を探す。
商店街にはやまぶきベーカリー以外の目的で来ることがほとんどないため知らない場所だらけだ。
「あっ!朝日さん!」
「……こんにちは、朝日さん……」
「あこちゃん、りんりん、遅くなってごめんね」
目的の店を見つけ中に入れば奥の席についていたあこちゃんとりんりんに声をかけられる。手を振り彼女たちと同じ席に腰掛け謝罪の言葉をかける。
テーブルには既にケーキと紅茶が並んでいた。お冷を持ってきてくれた店員さんに同じものを注文する。
「……珍しいですね。朝日さんが遅れるなんて……」
「ちょっと紗夜と話してて……。ほら、日菜とケンカしてるだろ?」
「あー。そう言えば紗夜さんとひなちんケンカしてるんでしたね。紗夜さんが怒るならまだしも、ひなちんまで怒るなんて……」
「あれに関しては私も驚いたよ」
あこちゃんの発言にため息をつく。
そもそも温厚な日菜を怒らせるとか何をしたらできるんだか私にはわからん。
「……原因、何かわかったんですか……?」
「全然。日菜も紗夜も私には関係ないってそればっかりでさ……」
「だいぶ、怒ってますね……」
「昨日の練習で紗夜さんが鬼みたいな形相だったのもそれが原因ですか……?」
「まじか。それについては私から謝るわ」
紗夜のやつ、練習の時までそんな感じなのか。Roseliaに私情は持ち込まないって言ってたのはどこの誰だよ。がっつり持ち込んでるじゃないか。
ごめんねと謝ればぶんぶんと左右に両手を振られた。
「いや朝日さんが謝ることじゃないですよ!それにあの場はリサ姉がまとめてくれたのでどうにかなりましたし」
「またリサにお世話になったみたいだな」
最近は紗夜関連のことだとリサに頼ってばかりな気がする。この前も急に家に押しかけていたし。今度お礼でも持って行くか。
「てか、この話は別にいいんだよ。それより今日私が呼ばれた理由って何?話があるとは聞いてたけどさ」
店員さんが頼んだものを持ってきたからお礼を言ってそれを受け取る。話を変えるにはちょうどよかった。
首を傾げる私にあこちゃんとりんりんは顔を合わせて照れたように目を逸らした。なんなんだ。
「……あのね、朝日さん。驚かないで聞いてほしいんだけど」
「うん。何?」
「あことりんりんね、付き合ってるんだ」
「へぇ……ん?待ってなんて?」
「だ、だからあことりんりんは付き合ってるの!」
つきあってる……つきあってるって、え、どこに……?
「いや、えっと、待って、理解が追いついてない」
「あの……わかってるとは思いますけど……どこかにつきあってもらうとか、そういう意味ではないですよ……?」
「あー、うん。大丈夫、だよ。うん」
とりあえず落ち着こう。そう思って紅茶を一口飲む。
まずは状況を整理しよう。
あこちゃんとりんりんにこの喫茶店に呼び出されて、紗夜たちのことを話して、本題である二人の話を聞いて、あこちゃんとりんりんが付き合ってるってことを知った。
うん、これで認識は間違いないはずだ。
「えっと、おめでとう……?」
「なんで疑問形なんですか?」
気の利いた言葉が出てこない辺り相当動揺しているのがわかる。いや、休日の喫茶店でそんな素振りを一切見たことがない友人にそんな報告をされたら誰だって驚くだろう。
私の反応は彼女たちの予想は裏切っていてもおかしくはないはずだ。
「ごめん動揺してる。けどいつから?ていうかどっちから告白したの?」
「夏休み入る直前にあこから告白しました」
「あ、そうなのか。ならよかった」
「……それ、どういう意味ですか?」
「あ、いや、ううん。なんでもないよ」
りんりんから手を出したんじゃないかって思ったわけでは決してない。本当だよ。
「本当におめでとう。結ばれてくれたことは素直に嬉しいよ」
「ありがとうございます朝日さん!」
「けどこの話、誰が知ってるの?」
「朝日さんと紗夜さん、友希那さん、リサ姉、それからお姉ちゃんですね!」
私とRoseliaのメンバーと、お姉ちゃん?
「あーそう言えば出会った頃にお姉ちゃんがいるとか言ってたな」
「はい。ちゃんとは話したことなかったでしたっけ?」
「……宇田川巴さん……聞いたことないですか?」
「名前は初めて聞いたよ。巴って言うの?」
「はい!自慢のお姉ちゃんです!」
笑顔のあこちゃんからは日菜みたいな雰囲気を感じる。お姉ちゃんが好きだって気持ちがよく伝わってくる。
「どんな人なの?」
「かっこいい人です!あこが世界で一番かっこいいって思ってるドラマーですよ!」
「へぇ。てことはバンドやってるの?」
「はい。Afterglowってバンドのドラマーなんです!」
あこちゃんも私たち姉妹と同じ関係性だったとは。だけど担当が同じならバンドのことでも話が合うしさぞ楽しいことだろう。
「おっ!あこ!ここで会うなんて奇遇だな!」
「あっ!お姉ちゃん!」
「え?」
店の扉があいた途端、あこちゃんが席を立ちあがる。
手を振るあこちゃんの視線の先には赤髪のお姉さんがいた。その人を筆頭に一人を除きギターかベースかを背負った四人がいた。もしかしたらこの子たちがさっきあこちゃんから聞いたAfterglowってバンドだろうか。
「燐子さんと紗夜さんも一緒だったんですね」
なんか、知ってる展開で苦笑する。
姉妹で三つ子とは言えそんなに私と紗夜は似ているだろうか。
「キミが巴か。あこちゃんとは全然似てないね」
「へ?あの、紗夜さん……?」
「なんかー。いつもと態度違くないですかー?」
「ていうか巴。この人紗夜さんじゃないよね?」
「あーうん。一から全部説明してあげるよ」
赤メッシュの子が気づいてくれた。
ちゃんと自己紹介しようと思って隣の席に座るように促す。
「みんな何飲む?」
「いつものでいいよ」
「あたしも~」
「私はケーキセットもお願い!」
「わかった!ちょっと待っててね!」
慣れたような注文内容と裏に下がっていく女の子。
常連であるうえにお店側の人なのだろうか。
「……羽沢さんの親が、このお店を経営してるんですよ……」
「つぐちんは看板娘なんです!」
「ほー。なるほどね」
私の思考を見透かしてかりんりんが教えてくれる。それをあこちゃんが補足してくれた。
「や、やっぱり紗夜さんじゃないよね?モカ、誰かわかる……?」
「多分、朝日先輩じゃないー?ほらー。日菜先輩がよく話してる」
「日菜と知り合いなんだ?それなら話が早いね」
軽く自己紹介を済ませ、その間に戻ってきたつぐも交えて話に花を咲かせた。
「へぇー、みんなは幼なじみで全員羽丘に通ってるんだ」
「はい。そうなんです。日菜先輩のことをそれで知ってて」
「バンドやってるってこともあってよく話すんですよ」
自己紹介を終えて私は真っ先に日菜との関係性を聞いた。どうやら学校の先輩後輩になるらしい。
日菜はアイドルでもあるし存在が目立つから同じ学校通ってるなら知っててもおかしくはない。というか話題には上がるだろうしきっと一度くらいは聞いたことある名前ではあるだろう。
「なるほどな。けど日菜とよく話すってことは何かしら日菜が迷惑かけてるだろ?ごめんな?」
「いえそんな!迷惑なんて……」
「いやー。つぐは意外と日菜先輩に絡まれてるよねー」
「ほんとごめんねつぐ」
謝れば「そんなことないです」と両手をぶんぶん身体の前で振った。
迷惑だと思ったら言ってくれていいのに。けどつぐは本当に迷惑だって思ってなさそうだ。
「けどなんか、意外ですね」
「意外って何が?」
「朝日先輩って紗夜先輩と似てるって日菜先輩から聞いていたのでもっとお堅い感じかと思ってました」
「ちょいちょい。そればっかりは勘弁してくれよ。あのお堅さは紗夜だけで十分だって」
「それは、確かに言えてますね」
「だいたい紗夜は真面目すぎだし日菜は自由すぎだしな。意外と大変だぞ」
「大変って言うわりには嬉しそうな顔してますね~」
「まあ二人のことは嫌いじゃないから。まあ、頑固なところが玉に瑕って感じだけど」
私も頑固だと言われがちだが、それでも今回ほど拗らせたことなんてない。
まあ、虐待の件は別だとしての話だけど。
「そう言えば最近日菜先輩に会った時、難しい顔してたんですけどどうしてかわかりますか?」
「え?日菜が難しい顔?それっていつの話?」
「会ったのは先週です。珍しく怖い雰囲気出してて……」
「ああ、あの日ね。確かにあの日の日菜さんは紗夜さんかと見間違うくらいには怖い顔してたね」
「あーそれはあれだな。ケンカした日だな」
「え、ケンカ?」
「紗夜と日菜のやつケンカしてるんだよ。今も続いてる」
私の発言にAfterglowは目を丸くした。
これに続く言葉はわかっている。「おねーちゃん大好きな日菜がケンカ!?」って感じのこと言われるんだろう。わかってるよもう何回も同じこと言われてきたんだから。
何か言われる前に紅茶を一口飲んでため息を吐く。
「ったく。家にいる時はいつまでも険悪モードだし、正直仕事とかに支障出てないか心配だよ」
「なんでそうなっちゃったんですか?紗夜先輩と日菜先輩がケンカするってだいぶ大事なんじゃ……」
「原因は知らん。私もずっと聞いてるんだけど全然理由話してくれないし。むしろ何か知らないか?」
「いえ。あたしたちもその話は今日初めて聞いたので」
「まじか。なら何かわかったら教えてくれ」
来て早々した話題がまたぶり返されるとは思っていなかった。そう思いながら私はスマホを見た。
時間的にそろそろポピパの練習が始まる頃で有咲からメッセージが数件来ていた。元々はあこちゃんとりんりんの話を聞くために訪れただけだし聞きたいことはたくさんあるだろうが私はここで抜けさせてもらおう。
七人に事情を話しお会計を済ませる。
店を出た直後にかかってきた電話を取り、次の日の予定を取り付けた。