「それで姉さん?」
「これはどういうことなの?」
夜になりパスパレが到着した。夕食を終え、部屋分けをした。正確には事前に決めていた部屋分けを伝えた、という感じだ。
部屋分けされた部屋に入り、荷物を置いて風呂の準備をしていると同室の二人にそう問われた。
「何が?」
質問の意図は理解していた。当然、不満なのだろう。同じ立場なら間違いなく抗議する。
けどこれは仕方ないのだ。こいつらは多少強引なことしないと揺らがない。
「姉さんがこう仕向けたんでしょ?」
「なんだ。バレてたの?」
「当たり前よ。そうじゃないとこうはならないじゃない」
「なんでケンカしてるのわかっててこんなことするの!?おねーちゃんのいじわる!」
意地悪とか知らんわ。仲直りしないお前らが悪いんだろうが。
残念だけどこの部屋分けはもう決定事項だし変えられない。というか他のやつらには十分迷惑かけてるしまた部屋分けなんて迷惑をかけるわけにはいかない。
「とりあえず二泊は一緒だからその間に仲直りもしろよな」
「無理!」
「無理よ!」
「何なのお前ら。仲良しかよ」
「違うよ!!」
「違うわよ!!」
仲良しじゃねえか。
ほんとになんでケンカしてるのかわかんねぇよ。
「なあちょっとは……」
「もういいよ!」
「ちょ、おい!日菜!」
勢いよく扉を開き出て行く妹に私は頭を抱える。紗夜に目を向ければベッドに腰をかけてギターを鳴らしていた。
ため息をつく。本当に困ったものだ。
「とりあえず私もちょっと出てくるから大人しく留守番してろよな」
「ええ。わかったわ」
♢♢♢
私の過去を知っている人間はそう多くない。何があったのかを詳しく知っている人間はさらに少ない。
だけど過去の私を知っている人間が現れたとするのなら、そしてこの合宿参加メンバーの中にそんな人間がいるとするのなら。
口止めの手段は選んではいられない。
「あっ!朝日先輩!」
「香澄。彩とこころも一緒か。何してるんだ」
「うん。香澄ちゃんが別荘内を探検しようって言い出してついて来たの」
「探検って、黒服さんに説明してもらっただろ。探検ってなんだ」
「部屋の中までは説明してもらってないですよ!だから探検するんです!」
なにその理論。
「探検するのはいいとして、なんでこころまで一緒なのさ。こいつはこの別荘内知り尽くしてるだろ」
「あら。そんなことないわよ?探検って言われたらわくわくするもの!朝日も一緒に探検しましょう!」
あ、そうですか。私はやらないですけど。
「そうだ朝日ちゃん。さっき麻弥ちゃんが朝日ちゃんのこと探してたよ」
「麻弥が?なんで?私話したことないんだけど」
「さあ。話の内容までは知らないけど」
「そうか。教えてくれてありがとう。だけど一つ訂正してくれ」
「え?何?」
「ちゃん付けはやめろ。吐きそうになる」
「えぇ!?なにそれ!?」
「いいからやめろ。いいな」
そう言い残して私は三人の横を通り過ぎる。麻弥は確か、沙綾と花音と同室だったっけか。ならそっちに向かうのが手っ取り早いだろう。
つーか。話って一体何なんだろうか。見当もつかない。
そんなことを考えながら扉横の呼び鈴を鳴らす。
「はーい、って朝日先輩。どうかしたんですか?」
扉を開いたのは沙綾だった。部屋の外から中を覗けば麻弥と花音が楽しそうに話している姿が確認できた。
「麻弥のこと呼んでくれる?」
「何か用事ですか?」
「私がっていうより麻弥が私に話があるらしくてさ」
「そうなんですか。呼んできますね!」
沙綾が麻弥を呼びにかけていく。
「あっ、朝日さん!は、初めまして!」
麻弥はアイドルで見ていた時と違いメガネをかけていた。緩いパーカーを着ている。そして何故か緊張していた。
確かに怖い印象を持たれて話しかけるのに緊張されることは多いけど今回のはそれとは違う気がした。なんというか、会えて嬉しそうな表情をしていたのだ。
「初めまして。話があるって聞いたんだけど」
「そ、そうなんです!ずっと聞きたかったことがあって!!」
グイッと私に顔を近づけてくる麻弥に私は身を一歩引く。テレビで見た時は大人しい子だと思っていたけどそうでもないのかもしれない。
「朝日さんってあれですよね!元々ふぇい……もがっ!」
聞こえて来そうになった単語に私は思わず麻弥の口を片手で抑えた。
心臓が急にうるさいほど脈打つ。
どうしてお前がその名前を知っている。
「ちょっとこっち来い!」
「え!?ちょっと!」
こんなところでできる話じゃない。そう判断して私は誰もいないスタジオに彼女を押し込んだ。連れてくる前に色んなやつに不思議そうな目を向けられたが気にしてられない。
そのまま壁に追い詰めれば照れているのか頬を赤く染めた。こんな状況で悪いが正常な判断力くらいは残しててくれよ。
「え、あ、あの……」
「おい。どうしてそのバンドのことを知ってる」
「どうしてって、ライブを見ていたので」
「ッ!?」
いつ想定しただろう。日菜のバンドメンバーに私のことを知っている人間がいるなんて。いつからバレていたのだろう。私があのバンドのメンバーだって。一体、その事実を誰が知っているのだろう。
「……いつ」
「へ?」
「いつのライブだ。お前が見たのは一体いつの……」
「えっと……中学三年生の冬のライブです」
中三の冬。ということは……。
「……
「はい。ジブン、会場で見てました」
「マジかよ」
私は手を離し壁に背を預け胡坐をかいて座り込んだ。どうしたもんかと頭を掻く。
麻弥はそんな私に心配そうな視線を向けた。
「あの、どうかしました?」
「麻弥」
「は、はい?」
「お前この話、誰かにしたのか?」
「え?」
「私が昔入ってたバンドのこと、誰かに話したことあるか?バンドメンバーとかに」
「い、いえ。少なくともジブンはメンバーには話してないっすよ」
それならひとまず日菜が知っていることはないんだろう。
FWFは大きなイベントだ。けどあの頃はネット配信もしていなかったしバンド参加メンバーも優勝、準優勝したバンド以外名前も顔も出ることはなかった。だから普通何十何百といたバンドの一つである私たちのバンドを知る人間なんていないはずなんだ。確かにネットでは多少騒がれていたけどそれでも今では誰もバンド名など覚えていない。その程度の知名度だった。そのはずなのに。
「どうして、お前は覚えてるんだよ」
「え?」
あんな悪目立ちしたバンドを覚えているなんてよっぽどのもの好きか変人だ。そんなやつがこんな近くにいるなんて想定外に決まってるじゃないか。
「そりゃあ、あれだけいい演奏をしていましたから。それを披露したのが同年代の女の子たちだと考えたら憧れないわけないじゃないですか」
「憧れ?」
「はい。そうっす」
憧れって一体何を言っている。確かに予選ライブの日の演奏はどの練習の時よりも上手くできた自信はあった。みんな絶賛してくれた。だけど本選のあれは……。
そこで一つの可能性を思いつく。そのまま麻弥に質問をした。
「……お前もしかして、知らないのか?」
「知らないって何をです?」
「本選の私たちの演奏だよ」
「あー、実はジブン本選の日は用事があってどうしても行けなかったんですよ。ですけどホームページで順位は確認しました。ネットでの評判も」
「だったら」
「はい。あの失敗の話も聞きましたよ」
あの日の失敗は夢であってほしかったのにそうはいかないらしい。
自分以外にも覚えている人間がいる。目の当たりにすると罪悪感が増していく。
「麻弥、この話は誰にも言わないでくれ。バンドのことも、誰にも話さないでくれ」
「え……?」
「頼むよ」
「別にそれはいいんですけど言いたくない理由でもあるんですか?」
言いたくない理由。
ただ一つの最大の理由。
「……話が広まって、あいつらにバレたくないんだよ」
ワガママを押し通して来たのだ。
今更会う資格もどんな顔して会えばいいのかもわかりやしない。
「事情はわかりませんけどわかりました。皆さんには黙っておきます」
「ほ、ほんとか?ありがとう」
「ただ条件があります」
麻弥はにこっと笑う。不気味さはない。ただ最初と変わらず嬉しそうだった。
「バンドの曲を聞かせてください」
「……下手な演奏で良ければいいよ」