不良少女(仮)   作:茜崎良衣菜

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ケンカの原因、それは……。

 

 

突然だが石抱(いしだき)という言葉をご存じだろうか。

十露盤(そろばん)板と呼ばれる三角形の形をした木を並べた台の上に正座をさせ、後ろ手を柱などに固定し足の上に重しの石を乗せる江戸時代に行われた拷問の一つだ。算盤(そろばん)責や石責とも呼ばれ、未決囚に施された拷問と言われている。時間が経てば経つほど石の重りで脛に十露盤が食い込み非常な苦痛を味わわせるかなりきつめの拷問だと私は記憶していた。

 

しかしそれが目の前で、しかも朝日先輩が実行される側になるなんて誰が想像できただろうか。

 

 

 

「なるほど。つまりすべて姉さんの提案ということね」

 

「は、はい。そうなります……」

 

 

 

朝日先輩が紗夜先輩と日菜先輩に事の経緯を説明すること早十五分。本来拷問で使われている石よりも明らかに少ない枚数の石を乗せられているとは言え、辛いことに変わりはないだろう。

弱々しく段々声が小さくなっていく。何も知らなかった組に多少のトラウマを植え付けておきながら平然とした表情で帰ってきた先輩には確かに怒りを覚えた。しかし拷問されている姿を見てしまうと、なんというか可哀そうという感想しか出てこない。

 

 

 

「それでおねーちゃん?あたしたちに言うことは?」

 

「本当にすみませんでした。反省してます」

 

 

 

ここまで怒られている朝日先輩自体初めて見た。それに紗夜先輩と日菜先輩のキレ方にはここにいる全員恐怖を覚えたことだろう。少なくとも私は何でもない時にでも無駄に緊張してしまいそうだ。

謝罪の声を聞いて紗夜先輩が石を朝日先輩の足の上から降ろしその間に日菜先輩は手の拘束を解除する。よろよろとキレのない動きではあるが歩けるのを見る限りそこまで重症ではないのだろう。脛についた痕を見る限り、無事というわけもなさそうだが。

 

その場に座り込む朝日先輩に紗夜先輩がため息をついた。日菜先輩は朝日先輩と同じ目線になるようにしゃがみ込んだ。

 

 

 

「おねーちゃんはさ、何するにしても考えが極端だよね。もっと他にもやり方なんていくらでもあったでしょ?」

 

「そんなの考えても思いつかなかったんだから仕方ないだろ?暴挙にでも出なきゃ原因を話してくれないと思ったし、そもそもお前らがさっさと仲直りしてくれればここまで大掛かりなことしなかったって……」

 

「まあ、それもそうね」

 

「何があったんだよ。いい加減教えてくれてもいいだろ」

 

「……そうだね」

 

 

 

日菜先輩が静かに立ち上がる。こう言うことを思うのは失礼かもしれないが、珍しくとても真剣な表情をしていた。

 

 

 

「この際だから決着つけちゃおうかおねーちゃん」

 

「……そうね。いつまでも引きずっているわけにはいかないものね。はっきりさせましょうか」

 

 

 

向かい合う二人。オーディエンスとして見守っていた私たちは息を呑む。

この時の私たちは知らなかったのだ。

ケンカになった内容がとんでもないことだと言うことを。

 

 

 

 

「千聖ちゃんが世界一かわいいに決まってるよね!?」

 

「は……?」

 

「何言っているのよ!今井さんが世界一に決まってるでしょ!?」

 

「へ……?」

 

 

 

ケンカの原因がただの恋人自慢(のろけ)だと誰が想像しただろうか。

 

 

 

「千聖ちゃん普段は芸能活動もパスパレの活動も手を抜かずにこなしてる完璧超人だけど、スタッフさんとかがいなくなって気を抜いた時に見せる優しい笑顔に勝てる人なんていないから!」

 

「いつもはクッキー焼いてきたり皆をまとめたりお姉さん的立ち位置なのにふとした瞬間に見せる無邪気な表情とか幼い寝顔とかに勝るものなんてないわ!」

 

「千聖ちゃんは冷たい人みたいに見えるし仕事の時は小言言ったりもするけどそれはあたしのこと考えていってくれてる優しい子だし!外ではイチャイチャできないけど二人っきりになった時は意外と積極的なんだから!」

 

「今井さんは初デートで恋人繋ぎをしたら照れて数時間は目を見れなかったのよ!?それに間接キスに気づいたら耳まで真っ赤にしていたのよ!?これほどピュアな人がどこにいるって言うの!?なのに帰りは勇気を出してほっぺではあったけどキスもしてくれたんだから!こんなの天使と言わざるを得ないじゃない!!」

 

 

 

お互いに大声でみんなに主張するように行われたノーガードの殴り合い、もとい惚気合い。

ダメージが入っているのが本人たちではなく好きな人たちだなんてやられた側からすればたまったもんじゃないだろう。

リサさんと白鷺先輩って紗夜先輩と日菜先輩と付き合ってたのか。知らなかった。

紗夜先輩と日菜先輩がどれくらいリサさんと白鷺先輩のことを想っているのか、好きすぎるのかはよくわかった。譲れない案件なのも、わからないわけじゃない。

 

だけどこれくらいでやめてあげろよ。その肝心の恋人たちこんなところで惚気られると思っていなかったから耳まで真っ赤だしぷるぷる震えてるぞ?

 

 

 

「いーや!千聖ちゃんの方が天使だね!ダメって言いながらも押しに弱いし、何やっても最終的には許してくれるもん!!」

 

「膝枕してくれるし腕枕した後の幸せそうな姿を見たらこの世に生きている人と比べるなんておこがましいくらいよ!!」

 

 

 

もうやめろよ!リサさんと白鷺先輩のライフはゼロだぞ!?

 

 

 

「いい加減に考えを改めなさい!!」

 

「考えを改めるのはおねーちゃんでしょ!?」

 

「はいはいストップストップ!」

 

 

 

お互いに引けない案件だからか口論は続く。それを見かねてか朝日先輩が二人の間に割り込んだ。やっとのことで二人が止まる。

 

 

 

「あのな、お前らこんなことでケンカしてたのかよ。呆れるわ」

 

 

 

今度は朝日先輩がため息をつく番だった。ついさっきまでその役割は紗夜先輩だったのに。攻守交替らしい。

さっきまで散々怒られていたはずなのにその雰囲気はない。さすがは先輩たちのお姉さんだ。先輩たちを止められるのは結局朝日先輩だけのよう。

 

 

 

「何言ってるのおねーちゃん!」

 

「そうよ!これは大切な問題なのよ!?」

 

「だからってここまで引っ張るネタじゃねえだろ。アホらし……」

 

「だったらおねーちゃんが決めてよ!」

 

「ええ。もちろん今井さんですけどね!」

 

「千聖ちゃんだよ!」

 

 

 

究極の選択に思えた。これは回答次第ではどちらかを敵に回すことになる。

選べるはずがない。そう思っていた。

 

 

 

「バカなこと言ってんなよ」

 

 

 

平然と答える朝日先輩に私は目を丸くする。先輩の口振りを考えるにもう答えは完全に決まっているという感じだった。こういう時は普通悩んだりするもんじゃないだろうか。意外だ。

もしかしてどっちも敵に回さないように、どっちも傷つかないように「好きな人が一番なんだからそんなこと争う必要なんてないだろ?」とか言うのだろうか。朝日先輩ならやりかねない手だけどそれで先輩たちが納得してくれるとは到底思えな――。

 

 

 

「有咲が一番に決まってんだろ」

 

 

 

中立案をあげることなどなく朝日先輩は言い切った。

前言撤回しよう。朝日先輩が一番暴走する人だということを忘れていた。

 

 

 

「はぁ!?な、何言ってるんですか!?」

 

 

 

自分がこのケンカの対象になった。さすがに黙って見守っていられる状況ではなくなる。

しかしそれは紗夜先輩と日菜先輩も同じだった。

 

 

 

「いやここで別の人の名前あげるとかありえないんだけど!」

 

「姉さん話聞いていたの!?」

 

「聞いてたから言ってるんだよ。よく考えてもみろ。いつも練習のために蔵を貸してくれて、なんだかんだ言いながらも私のこと大切にしてくれてる。顔はかわいいし、キーボードが上手く弾けた時にぱぁってはじけた笑顔見せてくるところかわいいし、勉強してる横顔見つめてたら照れて視線逸らす姿がかわいいし。抱きしめたら最初は慌てるんだけどすぐに腕の中に納まるし、すりすりしてくるんだぞ?猫じゃん。かわいすぎてしんどいに決まってるじゃん。

お前らはリサと千聖のことを天使なんて表現してたけど有咲のかわいさを天使なんて安っぽい言葉で言い表していいわけないから。そもそも世界で一番かわいいのは有咲以外いないから。紗夜、日菜。バカなこと言うなよ」

 

 

 

紗夜先輩と日菜先輩の口論とは違ってとても静かで淡々と平然と何でもないことのように私のかわいいところをあげていく朝日先輩。

それを聞いてしまったから、私の顔は火が噴き出してしまいそうなほど真っ赤に染まっていることだろう。鏡で確認しなくても水を沸騰させられるくらいには熱くなっていることだ。というか今朝日先輩の顔が見れる自信はない。私のこと好きなのはわかるけど普段そんな具体的にかわいいところ言うことないのに!!まあ普段からこんなこと言われて耐えられる自信もないけど!!

突然こんなことを言われ、普段の私なら朝日先輩に「バカ」だのなんだの悪口の一つや二つ言っていただろう。だけど知らなかったんだ。人って、一定以上の恥ずかしさを超えると何も言えなくなるって。

両手で顔を隠してしゃがみ込むという抵抗も今の先輩の前では無力だ。だって私のかわいいところあげることに全力出しすぎて周り見えてないから。

 

 

 

「どうやら貴方たちとは分かり合えないみたいね」

 

「残念だよおねーちゃん。わかってくれると思ってたのに」

 

「決定事項を覆すことなんて最初から無理だから諦めなよ」

 

 

 

姉妹戦争勃発。それは誰にも止めることができず、結局一時間続いた。

私たちの悶え死ぬ声など、恋人たちには届かなかった。

 

 

 

 

 

「お、おい有咲!どこ行くんだよ!」

 

「ついて来ないでください」

 

「何拗ねてるんだよ」

 

「自分の胸に聞いてみたらいいんじゃないですか?」

 

「ちょ!有咲!」

 

 

 

「え、あの、今井さん?なんで私のこと避けるんですか?」

 

「別に避けてないから!」

 

「でしたら一緒に練習しましょう?私確認したいところが……」

 

「アタシはないから大丈夫だよ!」

 

「待って!なんで怒ってるのよ今井さん!」

 

 

 

「ち、千聖ちゃん?」

 

「何でしょうか氷川さん。私に何か御用ですか?」

 

「いや、あの、なんで敬語なの……?」

 

「何言ってるんですか?私はいつも敬語使っていたじゃないですか。冗談がお好きなんですね」

 

「え?ちょ、千聖ちゃん!?」

 

 

 

姉妹揃って一週間のお触り禁止令が出た。朝日先輩には蔵に来ないように伝えれば落ち込んでいたものの、その結果三日で機嫌を取りに来た先輩を思わず許してしまった(そもそも恥ずかしかっただけで怒っても拗ねてもいない)ことと、姉妹の間で「それぞれの中で一番ならそれでいい」という結論に至ったことはまた別の話だったりする。

 

 

長かった夏休みが、もうすぐ終わりを告げる。

 

 

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