不良少女(仮)   作:茜崎良衣菜

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想像通りの厳しさで。

 

端的に言えば、数週間で私の想像していたことは現実となっていた。目の前で机に突っ伏す朝日先輩がまさにその証拠だった。

 

 

 

「今日もダメだったんですか?」

 

 

 

朝日先輩の隣には先ほどまで配っていたビラが積まれていて、配りに行く前に見た厚さとあまり変わっていないことを瞬時に察した。沙綾から受けたアドバイスを実行に移したのはいいけど結果がついてきていないことがよくわかる。

 

 

 

「ダメ、どころじゃないよ。後輩は謝りながら走っていくし先輩にはめんどくさそうな顔されるし同級生はどうすればいいのか困惑してるし。ちゃんと受け取ってくれたのは知り合いと数名のクラスメイトくらいで人数も疎ら。日に日に配れるビラの数が限られて来るし、正直もう無理しかない。つらい」

 

 

 

ここまで弱音を吐く先輩も珍しい。自分が避けられている存在だということは理解していたけど実際目に見えると思っていた以上にきつかったのだろう。見る限りよっぽどショックだったんだな。

 

 

 

「燐子先輩は?」

 

「りんりんの方は順調みたい」

 

「そうなんですか」

 

「でも」

 

「はい」

 

「私が応援演説もするって学校中で広まってるから受け取らないやつらもいるみたい。元々生徒会長が誰になろうと興味ないやつらが主だろうけど、私が応援演説とかありえないって言ってるやつらも一定数いるみたいだから」

 

 

 

これは、相当弱ってるな……。

朝日先輩は自分が傷つくことや被害を被ることはまったくと言っていいほど気にしない。むしろ自分がそうすることによって誰かが助かるならそうする。

 

 

 

「りんりんは人と話すの苦手なのに勇気出して頑張っているんだ。それが私のせいで無駄になるとか」

 

 

 

だからこそ自分のせいで誰かのポイントを下げることを誰よりも嫌う人だ。しかも燐子先輩とは仲が良いし変わりたいって思っているのにそのチャンスを潰すようなことになるのは嫌なのだろう。気持ちは、わかる。

でも、一度染みついたイメージを払拭するのは難しいから。朝日先輩の内面を知る前に見た目や行動から遠ざける人たちがいることもわからなくはない。私だって出会い方が違っていたら間違いなく仲良くなっていないだろうし今までの朝日先輩を近寄り難いと思ったことが一度もないわけじゃない。

 

 

 

「……生徒会選挙の日っていつでしたっけ?」

 

「三週間後」

 

 

 

一ヶ月を切っている。そんな状況でこれだと生徒会選挙の日まで持つかも怪しそう。

燐子先輩以外の立候補者は二人。全生徒は約六百名。そこから当日真面目に入れる生徒が七割、興味がなく適当に見た目や話し方の印象で入れるのが二・五割、残りが休みだと仮定しても最低二百名ほどからの支援を得なければいけない計算だ。

正直大切なのは生徒会長に立候補した人がきちんと意見を言えるかどうか。応援演説は補正くらいの役割しかない。ただ燐子先輩が大人数の前でハッキリ話せるのかどうかが問題だ。やっぱり燐子先輩って大人しくて、人と話すことに慣れている感じはあんまりしない。それをこの短期間でどれだけ直せるのか、だな。

他の立候補者のことは顔と名前くらいしか知らない。でも人の前に立てそうな印象は持った。私がそう思うのならおそらく他の生徒たちもそう思っているのかもしれない。実際、活動も上手くいっているように思う。

このままだと先輩たちは当日まで支持を得られないまま終わる可能性だって……。

 

 

 

「あの、朝日せんぱ」

 

「……朝日さん」

 

 

 

背後から声がして振り返ればそこには燐子先輩が立っていた。手にはさっきまで配っていたのかビラがあって、少なくとも朝日先輩の半分以下になっていた。

 

 

 

「りんりん?どうかしたのか?」

 

「少し、話したいことがあるのですが、いいですか……?」

 

「あ、ああ。わかった」

 

「じゃあ私は先に蔵に行ってますね」

 

 

 

生徒会長選挙のことでの話し合いだということは理解していたから私はそう先輩に告げて教室から出た。先に蔵に行く、とは言ったものの練習に集中できる気はしていなかった。

 

 

 

「あら市ヶ谷さん」

 

「……鰐部先輩?」

 

 

 

校舎から出て正門へ足を進めようとしたところでばったり会ったのは鰐部先輩だった。鰐部先輩も私同様カバンを持っていた。

 

 

 

「こんにちは。今帰りですか」

 

「そうよ。市ヶ谷さんも?」

 

「はい。今からポピパの練習に行こうと思って」

 

「そうなのね。でもこの時間まで学校にいるのも珍しいわね」

 

「そう、ですかね?」

 

「ええ。市ヶ谷さんって学校が終わったら一刻も早く帰路についているイメージだもの」

 

 

 

それについては一切否定できなかったからとりあえず笑っておいた。

 

 

 

「もしかして朝日のところにでもいた?」

 

「な、なんでわかるんですか」

 

「市ヶ谷さんが学校に残りそうな理由がそれくらいだもの」

 

 

 

口元に手を当てクスッと笑う。

確かに私が学校に残るのはそれくらいしか理由がないけど……。鰐部先輩は面倒見がいいし的確なアドバイスをくれる人だから頼りになるのだけど、なんだか色々見透かされている気分になることがあるからその時だけは苦手だと感じる。

 

 

 

「朝日、苦戦してるみたいね」

 

「は、はい。結構他の生徒たちから避けられちゃってるみたいで。ちょっと落ち込んでました」

 

「正直こうなるのは想定の範囲内よね。みんな朝日の内面を知らないからそうなっても仕方ないもの」

 

 

 

鰐部先輩は今の状況になることがわかっていたような態度で少し驚いてしまう。

こうなるのがわかっていたのなら普通選ばないだろう。だって不利になるし。燐子先輩のことを考えても、そうだ。

 

 

 

「あの、鰐部先輩。先輩はどうして朝日先輩に燐子先輩の応援演説をお願いしたんですか?正直、適任な人は他にもいたと思うんですけど」

 

「あら。市ヶ谷さんは朝日が応援演説者なことに不満なの?」

 

「ち、違います!違いますけど……」

 

 

 

朝日先輩が前に言っていたように紗夜先輩でもよかったはずだと今更ながら思う。紗夜先輩なら真面目だし教師たちからの信頼も厚い。それに鰐部先輩も知っている生徒だ。紗夜先輩なら燐子先輩とバンドメンバーでもあるしコミュニケーションだってとりやすい。なのに紗夜先輩ではなく敢えて朝日先輩を選んだ理由が、朝日先輩にも私たちにもわからないままだった。

 

 

 

「言いたいことはわかるわよ。でも私は朝日に任せるのがいいと思った」

 

「どうしてですか?」

 

「理由は色々あるわ。例えば、信頼を取り戻すため、とかね」

 

「信頼を取り戻すため、ですか?」

 

「市ヶ谷さんはどうして朝日が避けられていると思う?」

 

「え?それは、不良生徒だからですか?」

 

「間違ってはいないわ。ただ原因はそれではないのよ」

 

「え?」

 

「一年生の頃の朝日は、自分のせいで誰かが傷つくことを極端に嫌っていた。それは今も変わらないかもしれないけれど今以上に自分の周りから人を無理矢理遠ざけていたわ。その時の朝日は遠ざけることでいっぱいいっぱいになっていたんでしょうね。遠ざけ方が酷かったの。だから今更手のひらを返したように普通の生徒であろうとすることをよく思わない生徒だっているのよ。特に、二年生で当時同じクラスだった人はね」

 

 

 

鰐部先輩が話すのは私の知らない朝日先輩のことだった。そんな話誰からも聞いたことがなくて困惑する。どの時期の話なのかの察しはつくけれど。

 

 

 

「今の朝日は誤解されたままだもの。それは私たちとしても嫌でしょう?だから誠実さを見せて、ちゃんと変わったと証明して、少しくらいは誤解を解きたいのよ」

 

 

 

一応あの子は私にとって可愛い後輩だからね。と続ける。しかし微笑んでいた表情が次の瞬間には真剣なものに変わった。

 

 

 

「それに……朝日はいい子だから、そろそろ逃げるのをやめてほしいのよ」

 

「逃げる……?朝日先輩がですか?」

 

「ええ。朝日はあの日からずっと逃げている。だからそろそろ誰かが向き合わせないといけないの。そうじゃないとあの子は、いつまでも前に進めないから。言ってしまえばクラスメイトへの誤解を解くのはリハビリみたいなものよ」

 

 

 

何の話をしているのかわからなかった。

朝日先輩が逃げている?一体何から?それに今の話って?

困惑する私を見た鰐部先輩がまた微笑んだ。

 

 

 

「でも、苦戦されたまま終わるのは困るから少し助言をしてくるわね」

 

 

 

鰐部先輩は何事もなかったかのように校舎に戻って行く。

 

 

 

「え、あの、鰐部先輩!今の話」

 

 

 

聞かなければいけない気がした。だから呼び止めた。

 

 

 

「市ヶ谷さん」

 

 

 

鰐部先輩の足が止まって、振り返り、ただ一言こう言った。

 

 

 

「朝日の支えてあげてね」

 

「いや、あの、鰐部先輩!」

 

 

 

それ以上答えることはなく鰐部先輩の姿は見えなくなった。

 

 

 

「朝日先輩を支えてあげてって……」

 

 

 

どういう意味で鰐部先輩がそう言ったのかわからない。

朝日先輩はまだ何か隠していることがあるのだろうか。真相は謎のままだし朝日先輩に聞いてもいいものなのか、答えてくれるものなのかも判断しづらい。

 

 

 

『有咲。先に練習始めとくね』

 

 

 

香澄からのメッセージを受けてとりあえず蔵に向かうことにした。

練習だし、今さっきのことは一旦忘れよう。カバンからイヤホンを取り出して最近流行りの曲を再生した。

 

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