「────以上で演説を終わります」
拍手と共に多少の談笑が増えていく。演説の終わった生徒は舞台上に置かれていたパイプ椅子に座り直す。その隣には朝日先輩と燐子先輩が何やら話していた。とは言っても、朝日先輩が緊張気味の燐子先輩を気にかけている、という感じだったけど。
生徒会長選挙の日はあっさりやってきた。
できる最低限の手伝いをしていればすぐにこの日はやってきた。
朝日先輩はいつからか吹っ切れたような顔つきになっていて、そのうち蔵にも来なくなった。
理由はわかっていたからポピパのみんなは何も言わなかった。私だって邪魔するわけにもいかず、ただ今日を待つことしかできなかった。
「有咲。大丈夫?」
「え、あぁ……」
「……そんなに朝日先輩のことが心配?」
「……べつに」
偶然隣になった沙綾が問いかける。それに当たり障りのない言葉を返す。
正直、心配で仕方ない。
朝日先輩はいい人だけど、他の人たちはそうは思っていない人は多い。それはここ数週間でよくわかった。
「朝日先輩なら大丈夫だと思うよ」
「そうだと思いたいけど……」
上手くやる、なんてことは言っていたけど、朝日先輩は人の目を気にして、そのうえで行動することもあるから、本当にどう転ぶかわからない。
「私たちは見守っておこう」
「……そうだな」
せめて何事もなく終わってくれればいいけど……。
そう思っていた五分前の私を殴ってやりたい。
「次は白金燐子さんの応援演説です」
そのアナウンスを受けて朝日先輩が立ち上がる。それを見て体育館内がざわついた。
朝日先輩が演台の前に立った頃には簡単にはかき消せないくらいになっていた。教師たちも一部は「静かにしろ」と苦言を呈していたが、多くは黙ったままだった。
完全にアウェーだ。
演台に立った朝日先輩はざわつく体育館を見ていた。静かに治まることのない空間を数秒黙って見ていた。
大きく深呼吸をして、その眼差しが真剣なものに変わる。
──キィィィィィン
「っ!?」
「え、なに……」
甲高い金属音が響いて、一瞬で静かになる。全員の視線が演台に集まっていた。
マイクを指で叩いていたらしい朝日先輩は一礼していた。
「はじめまして。白金燐子さんの応援演説を担当します、氷川朝日です。退屈な時間かとは思いますが、大切なことなので最後まで聞いていただけると助かります」
淡々と自己紹介を続ける。
何度か瞬きをしていると朝日先輩はおもむろに原稿を取り出し、何を思ったのか元に戻した。
「私にいい印象を受けている方は少ないと思います。色々な噂が立ち、敬遠していた人が大半です。……正直、この場に立つつもりはありませんでした。私のせいで悪い印象を与えることは必至だからです。でも、白金さん直々のお願いだったので、私にできる最大限のプレゼンをしたいと思います」
また体育館がざわついた。
そりゃあ「白金さん直々のお願い」だとは誰も思っていなかったんだろう。
傍から見れば燐子先輩をカツアゲする朝日先輩の図は容易に想像しやすい。実際はゲームでもリアルでも仲良しなのだが。
「私が生徒会長に白金さんを選出する理由ですが、主に決断力が優れている、という面です。第一印象では大人しそう。話してみれば口下手。それ故に勘違いされる方々も多いと思います。
ですがそれは誤解です。まぁ大人しいのも口下手なのも事実ですけど、実際は芯が強く、揺らがないことは確かです。
生徒会長になるということは、これから先も様々な決断を迫られることはあるでしょう。その際に私たちを正しく導けると思います。
また、寛容なので学校を盛り上げる生徒会の一員となった方々の意見も、生徒から集まった意見も、すべて取り入れ、充実した学校生活になるように努めることができる人です。
そこが彼女の強みであり、彼女が生徒会長に相応しいと思う最大の理由になります」
朝日先輩は息を吐いて、また体育館を見回す。
「噂や見た目などでは判断することだってない。こんな私に嫌な顔をすることなく、快く接してくれているのがその証拠で、……そんな彼女に私も勇気をもらえました。
白金さんならこの学校をもっといい場所にしてくれると思います。
なので皆さんの投票をよろしくお願いします」
深く深く、朝日先輩は腰を折った。
呆然とする私たちから顔を上げて、椅子に戻った。
遅れてやってきた何度目かのざわつき。それはしばらく止まず、司会も困惑していた。
「……なぁ沙綾」
「どうしたの有咲」
「朝日先輩って、本当にすげぇな」
「……そうだね」
舞台上には仲良さげに笑っている先輩二人がいる。
きっとここにいる全員に朝日先輩の言葉は伝わっただろう。
その事実に私はひどく安心した。
「つ、続きまして、生徒会長候補の白金燐子さんの演説です」
マイクを通しているはずの声も小さく聞こえる。それだけ朝日先輩の言葉が残っているということ。
いい雰囲気だ。
自然と口角が上がっていた。
♢♢♢
「つっかれたぁ……」
「お疲れ様です朝日先輩。飲みますか?」
「ありがとう。もらう」
生徒会長選挙から一週間が経った。
演説が終わってからも何かと忙しく、今日も年末に向けての準備だのなんだので主に七さんにこき使われていた。生徒会のメンバーでもないのに、生徒会長選挙の演説者の一人だからという理由で使われたのは多少理不尽に思うけど、七さんの頼みとなると断れなかった。
生徒会室の片付け、という名目で昼休みと放課後は書類整理と移動で、終わった頃には日が暮れてしまった。
蔵練が休みらしい有咲は教室で私のことを待ってくれていて、差し出された飲み物を呷った。
「はぁー! 生き返る……」
「なんだかおじさんっぽいですね」
有咲はクスクスと手の甲で口元を笑っていた。
それに私は幸福感を得ていた。
「……なんか久しぶりだな」
「え?」
「こうやって何でもない時間を過ごすの」
「あー……最近はずっと立て込んでて、話もそこそこでしたもんね」
「そうそう。だから有咲の笑顔を見るのも久しぶりだなーって」
自然と笑みがこぼれる。
それを見た有咲は赤く染まった顔を逸らした。
「……そういうの、ズルいと思います」
「え? 何が?」
「あ、いや、なんでもないです」
有咲の言ってる意味がわからなくて首を傾げる。有咲は大丈夫だと言わんばかりに私の顔の前に手を出して、もう片方の手で顔を覆っていた。意味わからん。
「忙しかったですけど、でも、よかったですね」
「りんりんのこと?」
「それはもちろん、朝日先輩の言葉がちゃんと届いてよかったなって」
生徒会長選挙の結果、りんりんの生徒会長就任が決まった。そのせいで生徒会室の掃除を手伝うことになったと言っても過言ではない。
肝心のりんりんは驚いたようなホッとしたような顔をしていて、それを見てしまえば雑用なんて軽いものだった。
「すっげぇ緊張した」
「そうだったんですか? 堂々としてるように見えましたけど?」
「そりゃあ演台の前に立ったら開き直るしかないだろ……心臓飛び出て死にそうだった……」
「……本当にお疲れ様です」
有咲は机に突っ伏す私を見て苦笑していた。人前に立つのが苦手なのは有咲も同じだろうに。
「全校生徒と教員を前にあれだけ言えるなんて、かっこよかったですよ」
「……そうか?」
「はい。まさか全部アドリブで乗り切るとは思ってませんでしたけど」
「それに関しては最初からそのつもりだったんだよ」
「え?」
「七さんが、私の言葉で伝えればいい、って言ってくれたからな。出そうとした原稿も結局上手くまとめられなくて白紙のまま。形式上、持ってた方がいいかなって思ったから持ってただけだし」
「…………本当に朝日先輩って度胸の塊みたいな人ですよね」
「ははっ。なんだそれ」
ありえないとでも言いたげな有咲に笑って見せる。
何を言われようとも結果が全てなのだから結果を出した以上文句を言われることはない。これで文句を言われるならそれはただのいちゃもんでしかないのだ。
「正直どうなるかって心配してたんです。一部では朝日先輩が燐子先輩のことを良いように扱ってるって噂も立ってましたし、燐子先輩への同情の声とか多かったんですから」
「まぁそうだろうな。実際はめちゃくちゃ仲良いけど」
「今回のことで朝日先輩のことを知らなかった人たちの見方は変わったと思います」
「……だといいな」
確かに私に向けられる目はいい意味で緩和されたように思う。でも生徒会長選挙のたった一つの演説で一度ついたイメージを覆すだけの力があったのかと問われれば疑問は残る。
これから先のことはわからないことばかりだ。
「そうですよ。朝日先輩はいつもみたいに胸を張って自分らしくいればいいんです」
悩みは絶えない私とは裏腹に何故か余裕そうな有咲は私の頭に手を置いていた。そのまま優しく撫でられる。
温かなその感覚は懐かしい気がした。
「あ、すみません突然」
有咲は自分のやっていることに気づいて手を離す。咄嗟にその手を掴めば彼女は目を丸くした。
「やめていいなんて言ってない」
「え?」
「……今日くらいは甘やかしても、いいだろ……」
「え……」
途中から恥ずかしくなって語尾に連れて声が小さくなっていく。
何を言ってるんだ私は……!
顔を見られたくなくて腕で隠す。
有咲の困惑する声が届いて、さらに顔が熱くなった気がした。
「……朝日先輩って、実は甘えたがりですよね。でも甘え下手」
「…………有咲にだけは言われたくない……」
頭を撫でられながらそう言われる。言い返したが、その声に力なんて入らない。それを聞いて有咲は楽しそうに笑っていた。
「先輩は一人で頑張りすぎです。たまには私たちのことも頼ってください」
「……わかってるよ」
「ほんとかなぁ……?」
「嘘ついてると思ってる?」
「いえ。まったく」
そっと視線を上げれば有咲は優しく笑っていた。
……ずるいな、この子は。
『朝日は偉いよ。あたしにできないことをできちゃうんだから』
どうしても重なる姿は、どんどん無視できなくなっている。
有咲は私を信用してくれている。それを知りながら私は、あの日からずっと秘密を隠し続けている。いつかバレてしまうかもしれないことを言えずにいる。
「朝日先輩……?」
「……もう少し、このままがいい」
「はい」
気づかないでほしい。
バンドを続ける以上無理だとわかっていながら私はそんなことを思ってしまう。