不良少女(仮)   作:茜崎良衣菜

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あたしはおねーちゃんのことが__。


好きだって言ってほしいだけだよ。

 

 

なんでもない普通の日常。普通の休日。そんな日の朝一番に目にしたのは妹の寝顔だった。

無垢であどけない寝顔に口角が上がってしまう。

しかしどうしてこの子が私の部屋の私のベッドで私と一緒に寝ているんだろうか。昨日寝る時は一人だったのに。いつ忍び込んできたのか。

無防備な頬を人差し指で軽く突く。柔らかな感覚以外は何も返って来ない。

ほんとよく寝てるな。笑みが零れる。

私の腕を枕にして寝ているもんだから全然動けない。空いている手で充電していたスマホを取り時間を確認する。

ちょうど時計がてっぺんを回ったところ。休日で起きるにはいい時間だ。

 

 

「ひーなー。起きろー」

 

 

優しく、でも気がつくくらいの強さで日菜の身体を揺らす。

しばらく揺らしていれば日菜の目がゆっくりと開いていく。

 

 

「……おねー、ちゃん……?」

 

「そうだよ。おはよう日菜」

 

「……なんでおねーちゃんが、あたしのへやに……?」

 

 

前にもやったことのあるやりとりに苦笑する。

この子は朝が弱いからまだ寝ぼけているみたいだ。

 

 

「ここ、私の部屋だよ?」

 

「ん……?」

 

 

寝起きでは理解できないらしい。

そっと頭を撫で、状況を説明する。

 

 

「日菜が私が寝た後に私のベッドに潜り込んできたんでしょ?」

 

「……そんなことしたっけ……」

 

「覚えてないの?まあ私も日菜がいつ入って来たのかは知らないんだけどさ」

 

 

日菜は「んー」と唸るだけ。ここまで朝が壊滅的に弱い記憶はなかったけど認識を改めないといけないかもしれない。

 

 

「ちょっと日菜。離れなよ」

 

 

腕も痺れてきたから起こそうとまた身体を揺らす。しかし寝ぼけた彼女は何を思ったのか私の身体に抱きついて来た。私を抱き枕のように包み込む。

日菜は「えへへ」「おねーちゃん」と嬉しそうに呟く。ここまで幸せそうだと起こす気になれない。

だが私はこのあとポピパの練習を見に行かないといけないのだ。遅れるわけにはいかない、

 

 

「日菜。起きろって」

 

 

日菜の肩をグッと押す。日菜の目がぱちりと空いた。何度か瞬きを繰り返し、私を見てにへと笑う。

 

 

「ひな__」

 

 

それは一瞬だった。

いつの間にかゼロ距離になった私と日菜の顔。唇には柔らかな感覚。背中に回された手が私の服をキュッと掴む。

たった一秒にも満たない時間。それでも起こったことは数秒あっても理解できずにいた。

 

顔中に熱が集まるのがわかる。恥ずかしさから来ているものではない。突然のことに驚いた反応なのだと思う。

脳がショートしたように動かない。身体も動かせない。彼女からの拘束は解かれているはずなのに、ベッドに身体を預けることしかできずにいた。

 

数分して、やっと冷めた熱。そして理解できたことは一つだけ。

自身の唇を人差し指で軽くなぞる。

柔らかだったそれは夢でも気のせいでもなかった。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「……それで、どう思う沙綾」

 

「それ、多分一択だと思うんですけど」

 

 

衝撃のキスシーンから数時間後。ポピパの練習が終わり次第私は沙綾を誘って羽沢珈琲店に来ていた。すべては今朝のことと紗夜のことを相談するため。

数日前から今日あったことまでを順を追って一通り話した。

頼んでいた紅茶を一口飲んだ後、沙綾はそう答える。私としてもわかりきっていた返答。見たくなかった現実を見せられた。

 

 

「やっぱり、あれってそういうことだよな……」

 

「そうですね。朝日先輩を好きってことで間違いないと思いますよ。むしろそれ以外は解釈の仕様がないかと」

 

 

頭を抱える。紗夜だけで既に想定外だったのに日菜まで私のことが好きだったなんて。

いくら知らなかったこととは言え今までひとつ屋根の下で暮らしていたことが信じられない関係図が出来上がってしまった。

 

 

「でも紗夜先輩はまだしも日菜先輩には告白されていないんですよね?それなら寝ぼけていたって可能性も、まあありえなくはないと思いますよ?」

 

「……いや、その可能性は低いかも」

 

「どうしてですか?」

 

「この前、久しぶりに日菜と天体観測をしてたんだよ。その時に空を見上げた日菜が『今日も月がキレイだね、おねーちゃん』って言ってて……」

 

「……それ、否定のしようがないですね」

 

 

いやだって仕方なくない?日菜は物事をストレートに伝える子だしあんな遠回りな告白するなんて思わないじゃん。しかもあの時の月は満月でめっちゃキレイだったし。

けど今日のと合わせたらもう告白にしか思えないな。

なあ頼む。ちゃんと気づいたんだから呆れ顔はやめてくれ。

 

沙綾はため息を吐く。紅茶と一緒に頼んでいたケーキセットを口に運び、咀嚼する。

 

 

「そもそも朝日先輩は人からの好意に敏感な時と鈍感な時の差がひどいんですよ。クラスメイトとかファンの人からの好意にはすぐ気づくのに、身近な人からの好意には気がつかないってどういうことなんですか?」

 

「それはあれだよ。今までずっと仲の良い人って認識しかしてなかったから私を見る目線が変わってるなんて思わないんだよ」

 

「……はぁ。朝日先輩ってほんとに……」

 

 

沙綾は何か言いたそうに頭を抱えた。

ここまで沙綾のことを呆れさせたのは初めてかもしれない。

 

 

「それで、どうすればいいと思う?」

 

「どう、と言うのは?」

 

「告白に関しては私が二人に妹以上の感情を持っていない以上断るのは決まってる。それは下手な返事をするよりもいいと、そう思ってる。

だけど問題はその後なんだ。どうすれば二人を傷つけずに告白を断れると思う?何をどう言えば今までと変わらない関係を築けると思う?」

 

 

そこだけが全く決まらない。告白の答えも、これからの接し方も、決まっているのにただ一つ、返す言葉が見つからない。

私は姉妹の仲を壊したくはない。だけど現状、壊れる未来が見えてしょうがない。第三者の意見を聞けば何かしらいいアイディアも思いつくかと思った。

 

 

「多分、どうやっても朝日先輩の思い通りにはならないと思いますよ」

 

「え?」

 

 

沙綾は少し考えてそう言った。想定外の言葉に私は思わず声を漏らす。

 

 

「きっと、一度関係性が変わってしまったら元には戻らないと思います。それだけ仲が良くても恋愛感情って言うのは想像しているよりも強くて儚いものです。ですから朝日先輩がどちらかの告白を受けても、どちらの告白を断っても、関係は元に戻らないと思います。もしかしたらしばらくはギスギスした雰囲気が漂うかもしれません」

 

「……沙綾は、そう思うの?」

 

「はい。自分がその立場だったらって考えたら、朝日先輩と話すのが少しだけ気まずくなるんじゃないかって思います」

 

 

真剣な言葉はただ私に突き刺さる。

何事もなかったかのように終わらせたかった私の心情に沙綾の言葉は釘を刺している様だった。

 

 

「だから考えるべきはその後じゃないですか?」

 

「その後?」

 

「はい。告白を断った後ですよ。

きっと完全に元の関係には戻れません。それでも元の関係に近い形には戻せると思うんです。

だから朝日先輩は先のことを考えて動けばいいんじゃないですか?」

 

 

沙綾の言葉にハッとする。

 

 

「まあこれは私の考えなので一つの意見として捉えていてください。私は朝日先輩の考えを尊重しますよ」

 

「……ありがとう沙綾。色々まとまった気がするわ」

 

 

財布の中から紙幣を一枚抜いてテーブルに置く。

立ち上がってカバンを肩にかける。

 

 

「もう行くんですか?」

 

「ああ。こういうのは先延ばしにした方が言いづらくなるからな。私の気持ちも、早めに伝えておいた方があいつらのためでもあるだろ?」

 

「さすがの行動力ですね。尊敬しますよ」

 

 

沙綾は困ったように笑った。

 

 

「私はどういう結果になっても朝日先輩の味方でいますよ」

 

「本当にありがとう。行ってくるよ」

 

 

店を飛び出して私は走り出した。

夕日が沈み始めている。

今なら夕日が沈むよりも早く走れる気がした。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

急がなくてもよかった。それでも身体は勝手に動いていた。

いつもなら何でもない階段が鬱陶しい。家までが遠く感じる。

カバンから鍵を取り出して鍵穴に挿して回す。鍵をカバンの中に戻しドアの取っ手に手をかける。

一度精神を落ち着かせるために深呼吸をしてから扉を開いた。

中からは話し声がする。靴を見る限り二人とも帰ってきているようだ。

緊張で心臓がバクバクと動き出す。今すぐに逃げ出したい気持ちを抑えて部屋を進んで行く。

 

 

「おねーちゃんおかえりー」

 

「おかえりなさい」

 

「ただいま」

 

 

お茶でもしていたのかテーブルの上にはティーセットとお気に入りのお茶っ葉が並んでいた。

 

 

「遅かったわね。練習、長引いたの?」

 

「え、ああ。ちょっと沙綾の相談事に乗ってて」

 

 

咄嗟についた嘘ではあったが沙綾と会っていたことに間違いはないしバレはしないだろう。現に二人が何かを気にする様子はなかった。

一度部屋に戻ってカバンを置く。そしてもう一度深呼吸をした。今から告げるのは今までで一番緊張する告白だった。

 

 

「姉さん、ちょっといいかしら」

 

「っ!?ど、どうした?」

 

 

ノックの音は緊張しきった私には爆竹のように思えて勢い良く肩を揺らした。

開かれた扉の先にいたのは紗夜だけではなかった。

 

 

「あたしたちおねーちゃんに大切な話があるんだけど」

 

 

私の方から行こうと思っていたのに、あちらから来てしまった。

好都合と言うべきか想定外と言うべきか。

とりあえず部屋に入れる。行き場を失ってベッドに腰を掛けた私の正面に二人は立った。

 

 

「話?何?」

 

「まずは伝えないといけないことから伝えるね」

 

 

日菜はそう言って笑った。

 

 

「おねーちゃん。あたしおねーちゃんのこと好きだよ。お姉ちゃんとしての好きじゃなくて、一人の女の子としておねーちゃんのことが好きなの」

 

「……知ってるよ」

 

 

絞り出した返答はそれだった。私の言葉に驚いた様子はない。

「それなら話が早いね」と言うだけだ。

 

 

「姉さん。もちろん私の告白は覚えているわよね?」

 

「……あぁ。覚えてるよ」

 

「なら私たちの言いたいこと、わかるわよね」

 

 

逃げられるような状況ではない。

二人を交互に見る。同じような表情で微笑んでいた。

二人ならきっと、告白に対する私の答えを理解してくれているはずだ。なんだかんだ以心伝心しているのだから。

だとしたら彼女たちはどうして今告白をしたのだろう。断られるのは理解しているはずなのに。

恋心に終止符を打つため?それにしてはいくらなんでも早すぎた。

だとしたら、宣戦布告だろうか。それなら納得できた。

 

けど、仮にそうだとしても。今の想いだけでも伝えるべきだと思った。

 

 

「紗夜、日菜。私は二人の想いには応えられない」

 

 

色々考えていたはずなのに口から出たのはとてもシンプルな言葉だった。

 

 

「おねーちゃん、他に好きな人でもいるの?」

 

「いないよ。断るのはそれが理由じゃない」

 

「……姉さんは、私たちのこと、嫌い?」

 

「好きだよ。だけどそれは二人と同じ意味じゃないから」

 

 

そう、これでいい。曖昧な言葉でなければ彼女たちには言葉の意味が伝わるはずだから。

 

 

「そう。姉さんならそう言うと思っていたわ」

 

「へ?__っ!」

 

 

気づけば私はベッドに倒れ込んでいた。二人に拘束された腕、身体。目線の先には紗夜と日菜の顔。間から見えるライトが眩しい。

何が起きたのか理解できなかった。

紗夜の言葉の意味も、何故押し倒されたのかも、目の前の楽しそうな表情も。

 

 

「姉さんが帰ってくる前に日菜と話していたの。姉さんなら私たちの告白を絶対に断るだろうって」

 

「え、なんで……」

 

「だっておねーちゃん真面目なんだもん。だから好きでもない人と付き合うようなことはしないでしょ?ずっと見てきたから知ってるよ」

 

「だから日菜と話し合って決めたんですよ。これからのことを」

 

「これからのことって何……」

 

「簡潔に言うと、姉さんにどちらかを選んでもらうのはやめました」

 

 

訳がわからないまま次々と進んでいく二人の言葉。

目を丸くする私に紗夜がクスッと笑う。

 

 

「一人ではなく二人を選んでください」

 

「え?」

 

「そうすれば完璧でしょう?」

 

「え、は?いや、何言ってるの……?」

 

 

紗夜はちゃんと順序を追って説明してくれるから言葉の意味を理解できなかったのは今日が初めてのことだった。

 

 

「言葉の通りだよ。あたしたち二人と付き合ってよおねーちゃん。どっちも選ばないで全員が悲しむ未来よりは何倍もマシでしょ?」

 

「いや、そんな不誠実なことあるか!?」

 

「大丈夫よ。二人ともその状況は承知の上だもの」

 

「ていうかどの道戻れないよねー」

 

 

日菜の手が不意に唇を撫でた。クスッと口角が上がる。

 

 

「だって、意識しちゃってるもんね」

 

「日菜、もしかして今朝のは!」

 

「おねーちゃんはあたしがあんな寝ぼけ方するの今まで見たことあった?」

 

 

ハメられた。そう思ってももう遅い。

紗夜に、そして日菜に告白された時点で私は二人の手の中で踊らされていただけに過ぎなかったみたいだ。

 

 

「安心してよおねーちゃん。ちゃんとあたしたちのこと好きにさせてあげるから」

 

「それには、身体で覚えてもらうのが一番早いわよね」

 

 

二人の手が私の手と絡む。顔の距離が一気に近づいた。

 

 

「今夜は寝かせないよ」

 

「明日が休みでよかったわね」

 

 

両耳にキスをされる。

ここまで来てやっと私は妹たちのことを勘違いしていたことに気がついた。

 

二人の告白を断ったら何かが変わると思っていた。変わるは関係性。だからそれを修復することばかり私は考えていた。

だけどそれは違ったようだ。

 

私の気持ちが変わることはあっても二人の気持ちまで変わるなんてことはないらしい。

こんなの完全に想定外だ。

 

 

「勘弁してくれよ……」

 

 

これじゃあ沙綾に貰ったアドバイスはなんだったのかわからないじゃないか。

乾いた笑い声と共に漏れた声はすぐに塞がれた。

妹たちが独占欲の塊なんて知りたくなかった。

 

 

二人に溺れる日は、案外遠くないかもしれない。

って思ってしまったのはちょろすぎるかな?

 

 

 

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