学校へ行って、授業はほとんどサボって、ただ時間を潰す。
変わらない何の刺激もない一週間がまた過ぎ去って土曜日になった。
暴力だって変わらずやられている。
変わってほしいと願っているのに行動できない自分が嫌になる。
そして理不尽なあいつらに殺意だけが湧いていった。
「おねーちゃん!明日暇?」
「…日菜?」
パソコンでNFOを始めようとしていたら突然部屋の扉が開かれた。どうやら鍵を掛け忘れていたらしい。扉が開いた先にいたのは末っ子でやけにニコニコしている。
手には何やらチケットのようなものが握られていた。
「…ノックくらいしろ」
「ごめん次から気をつける!」
そのセリフ聞くの何回目だと思ってるんだ。
「それよりおねーちゃん!明日一緒に遊園地行こう!」
「は?」
話が急すぎてついて行けないんだけど…。
相変わらず天才の考えていることはわからなかった。
説明を要求する。
「あのね、昨日事務所から遊園地のペア招待券貰ったの。それでおねーちゃんのこと誘ったんだ!」
「…事務所?」
「あれ?言ってなかったっけ?私今『Pastel*Palettes』っていうアイドルバンドやってるんだよ」
なにそれ知らない。アイドルバンド、という単語自体初めて聞いたし少なくとも日菜からそんな話をされた覚えもない。
「……いつからやってるんだ?」
「つい最近からだよ!」
「…それはバンド?」
「うん!そうみたいだよ!」
「……日菜の担当楽器は?」
「ギターだよ。おねーちゃんたちと同じ!」
おいおいおいおい、嘘だろ…。
「紗夜に、その話したのか?」
「したよ。ついでにギター教えてって言ったんだけど断られちゃった」
紗夜の反応は当たり前だろう。紗夜は日菜との才能の差に悩んで日菜には負けまいと日菜が興味なさそうな音楽を始めてこれまでギターの練習に励んできたんだ。
それなのに日菜がギターを始めるなんて言い出して、紗夜は焦ったはずだ。
また追い越される。今まで積み上げてきたものを軽々と超えていかれる。また日菜に負ける。
それだけで紗夜のストレスになってしまう。長くやっているかどうかは関係ない。日菜は見ただけ聞いただけですぐにコツを掴んで1ヶ月後には誰にも負けないくらい上手くなっていることだってある。
いくら紗夜が経験を多く積んでいたとしても日菜はそれを当然のように追い抜く。
日菜は冗談抜きで天才なんだ。
しかしその能力がありつつ日菜は紗夜や私のことを自分より上の存在だと思っている。尊敬しててくれる。それが尚更私たちのことを傷つけていった。
「日菜ちゃんが凄いって言うなら日菜ちゃんよりも上手なの?」
「日菜ちゃんのおねーちゃんは勉強も完璧らしいよ」
「日菜ちゃんよりスポーツも得意なんだって!」
日菜の尊敬の眼差しが、日菜のオーバーな発言が、日菜の天才性が、日菜という存在そのものが。
ただ私たちを完璧でなければならないという結論まで追い詰めた。
その事実に、日菜だけが気付いていなかった。
「遊園地もね、最初はおねーちゃんのこと誘ったんだけどRoseliaの練習があるからダメだって」
「それで私に聞きに来たと?」
「そういうこと!一緒に行こうよ!」
「明日ねぇ…」
「もしかして何か用事でもあった?」
明日は小説作りに使おうと考えていたからなー…。遊園地となると一時間や二時間じゃ終わらないし、日菜の性格的に朝行ったら閉店時間までいるつもりだろうし。確実に作業なんてできるわけがないんだよね…。
うん、日菜。捨てられそうな子犬みたいな目しないで。断りにくいから。
「他の人誘え」
「みんな予定があるから行けないって」
「…そのアイドルバンド?のメンバーは?」
「千聖ちゃんは仕事で他のメンバーは私と同じ日に行くって行ってるから」
「じゃあ私が行かなくてもいいよな」
「そしたらチケット1枚余っちゃうよー!もったいないじゃん!」
いや日菜と一緒に遊びに行くこと許してくれない人たちがいるから安易に答え出せないんだけど。
「もういっそ来週行け」
「期限が今週までなの!」
「なんでそんなもの事務所が渡すのさ…」
期限短すぎだよ。
「いいじゃん行こうよおねーちゃんー!」
「えぇ…」
どうしよめんどくさい。いくら断ってもキリないじゃん。
「姉さん、日菜。私の部屋まで声が響いていて勉強に集中できないの。少し静かにしてもらえるかしら」
「あ、おねーちゃん!」
部屋の前で呆れた表情をしていたのは紗夜だった。扉が開いたままだったことを今になって思い出す。これは紗夜に申し訳ないことをしてしまった。
「…ああ。ごめんね紗夜。気付けなくて」
「次からは気をつけてください」
「そうだ紗夜。明日日菜と遊園地行ってあげなよ」
「私はバンドの練習があるから行けないの。日菜にもそう言ったはずよ」
「練習が終わってからでもいいから」
「その後は自主練習をするつもりなの。だから無理よ」
「自主練なんて1日くらいやらなくても平気でしょ。ちょっとくらい日菜に付き合ってあげたら?」
「1日くらいって!私は!」
「自主練なんて言い訳じゃん。紗夜は逃げてるだけでしょ?」
「っ!?」
知ってるよ。日菜に追いつかれたくないってことも、姉としてのプライドがあることも、ギターが好きだってことも。
けど、それで逃げちゃダメだよ。特に日菜には向き合わないと。
「姉さんに何がわかるんですか!?」
「わからないよ逃げてるやつの気持ちなんて。知りたくもない」
どの口が言ってるんだよ。
「逃げてなんかいません!私は今勉学とギター以外に時間を割いている時間はないだけです!」
「なら短期集中でやりなよ。それで結果出せれば問題ないじゃん」
ギターはバンドのことだけじゃない。結局日菜に負けたくないからでしょ。これ以上やって来たことを否定されたくないからでしょ。
「だいたいどうして姉さんにそんなこと言われないといけないんですか!姉さんだって色々なことから逃げてるのに!」
「紗夜にはそう見えてるだけでしょ?私は、逃げてないよ」
少なくとも立ち向かわないといけないものからは逃げてない。
「もういいです。姉さんと話していても仕方ないですから」
「そうだよ。さっさと部屋戻りな。日菜も」
「え、でも」
「遊園地には行けない。話はそれで終わりだよ」
少し強引に日菜を部屋の外に出す。今度こそ鍵をかけてベッドへと転がった。
目を閉じ後悔する。
紗夜はいつも通りだった。だけど自分の部屋に戻ろうとした時、確かに悲しそうな表情をしていた。それは日菜だって同じだ。
自分が逃げていることくらい知っている。けどだからってどうすればいい。
私が妹たちとちゃんと向き合うためにはあいつらを消さないといけない。けど今はまだその時じゃないから手が出せない。完全に詰んでる。
本当はちゃんと向き合いたい。反抗的な態度なんて取りたくない。昔みたいに笑い合いたい。
けど今の私たちはそれには程遠くて、それぞれがバラバラに歩を進めている。
それがなぜかすごく寂しかった。
そして、この家で私だけが抱えていることに永遠と気づかないでほしいと願った。