Lunatic(旧・春秋零下)   作:四月朔日澪

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遅くなりましたが、最終回です。
時間が経ったので、2話前から見直すことをお勧めします


月蝕(後編)【終】

「シン、答えて。私とくーどっちが好き?」

 

 男女三人しかいない密室の中で眞一は修羅場に突入していた。喉にガラス片を突き付けられている。木原の手はガラスで切れ赤い血が腕をつたい流れているが、意にも介さず無表情で迫っていた。その向こうでは桑野が今にも泣きだしそうな顔でこちらを見ていた。先ほどの喧嘩で部屋は嵐が通り過ぎたかのようになっており、廊下には割れたガラスとジュースの入ったコップとお盆が散乱していた。

 眞一は重大な決断を迫られていた。大人になることを拒絶するように瑠奈を切ることを保留し続けてきた。いずれは彼女の告白を断り、るなを受け入れなければならない。それはこの村を生きていく上で必要なことであり、一度道を外した眞一がもう一度復帰するための使命でもあった。しかし、瑠奈を悲しませることに躊躇いがあり、木原にはしばらくは二人と友達として接したいと願い出た。るなもそれを許し、この関係を続けていたがそれは二人にとって耐え難いものだったようだ。その予兆に気づいていたが、見て見ぬふりをしていた罰なのだろうか。眞一は思考停止状態になっていた。

 

「どうなのよ、シン。だんまりなんて許さない」

「シンちゃん....私のこと好きだよね?」

 

頭が真っ白だが、眞一に考える時間はなかった。瑠奈も蝉に負けるようなか細い声で返答を待っていた。

 

「シン、分かってるよね?」

「るな!そんなのずるいよ。シンちゃんの本心が聞きたいの」

「うるさいわね!元はと言えばあんたが告白なんてしなければ.....シンは私と早く結ばれてたのに!」

「ま、待ってくれ」

 

それまで弱気だった瑠奈が声を張り上げ、それに反応したるなを見て我に返った。先ほどの素手喧嘩とは違い、今は鋭利な凶器を持っていて刃傷沙汰になりかねなかった。興奮しているるなを宥め、眞一はハッキリ伝えた。

 

 

「俺は.....”ルナ”が好きだ」

 

 

 

その言葉はこれまでの優柔不断な眞一にはなかった歯切れのよさを持つものの曖昧さを内包していた。るなは首元にかざしていたガラス片を下げ、眞一に向き合った。しかし、鬼の形相は崩すことはなかった。しばらく部屋には蝉のなき声が響くだけであった。緊迫した空気が流れる中、瑠奈が口を開いた。

 

「シンちゃん、それって私のこと?それとも....るなのこと?」

「ルナはルナだよ」

 

眞一のそんな答えに木原は「シン」と声を掛け懐に潜り込むように視線を合わせた

「そんな答えで納得すると思ってるわけ?私は真剣に聞いてるのに、ふざけるのも大概にしないとダメよ。」

るなは「まぁでも」と紡ぎ、血塗れになった右手を眞一の頬に添えた。

「どのみち、シンは私の旦那様になるんだもの。ちゃんと示しを付けないと、ね」

 

そう言い、るなは唇を眞一の口に寄せた。

眞一は「ごめん」と言い腕を木原の肩にのせ、寸前で接吻を止めた。無であったるなの顔色は驚愕に変わった。接吻をとめられたことをひどく驚いたようで後ろに退いた。

 

「なんで!シンは私のこと嫌いなのっ?!私はこんなに好きなのに。瑠奈なんかよりもずっとずっと好きなのに...!」

「違う!違うんだ...瑠奈は最初に告白してきてくれた彼女で料理もできて麻莉にも優しくしてていい子だと思うし、るなも憎まれ口叩くけどたまにか弱いところがあって守りたくなるしずっと俺なんかのことを想ってくれていて嬉しい。許婚のことも別に嫌じゃない....だからさ。そんなことすぐに決められないよ。俺は最後の自由なこの時間は3人で昔みたいに仲良く過ごしたいんだよっ!」

「...どっちも好きってこと?でもシンも分かってると思うけどそんなこと許されないんだよ。ここ(村)で生きていくには執着を捨てないといけないんだから」

「そんなこと分かってるよ!でも、好きって気持ちはどうしようもないんだよ。なんで、なんでこんな苦しい気持ちにならないといけないんだよぉ」

 

 眞一は泣き崩れた。無理もないだろう。一般社会では眞一のような思春期の少年は好きな女の子と遊んだり自由に恋愛をする自由がある。しかし、このコミューンという閉鎖された統制社会の下では少年は早く大人にさせられるのだ。選択の自由もなく、一生決められた枠の中で生きていくことを強いられる。14か15の男子とてまだまだ強くはないのだ。

 木原は膝をついた眞一を通り過ぎ無言で部屋を出た。桑野は「シンちゃん...」と声を掛けるが、反応はなかった。無言で立ち去る木原を追い、部屋には眞一だけが取り残された。

 

********

「ただいま」

 

麻莉が帰ると眞一は居間でテレビを見ていた。ぼーっと座っているのは普段のことであったが今日はやけに疲れているような気がした。麻莉は手提げバッグから宿題を取り出していた。

 

「お風呂沸いてるから先入れよ」

 

眞一は視線を変えずそれだけ言い、また黙り込んだ。

それから兄妹で会話が生まれることもなく、両親が帰ってきて夕食となった。今日はそうめんだった。ボウルに無造作に入った麺を箸でつまみ麺汁の入ったガラス器に運んでいた。夏になると珍しくもない作業を眞一は無気力に行っていた。

ピンポーン

 

居間にベルの音が鳴った。眞一はなぜか胸騒ぎがした。そう高くない可能性のはずなのに自分が考えていることが的中するのではないかという戦慄を覚えた。

 

「お母さん、お客さん」

「わかってます。はーい」

 

母は箸を置き、玄関へと向かった。ここからでも声は聞こえる相手は女の人であった。

 

「¥%^〆#$」

「うん。うん.....えっ」

 

眞一は不意に聞き耳を立てていた。客人の言葉は聞こえなかったが、母のリアクションの一つ一つが眞一を苦しめた。すると、廊下を歩く音がし、母が戻ってきた。

 

「ちょっと、眞一。るなちゃんのお母さんが来てるんだけど。話を聞いてくれないかしら」

「うん」

 

るなの母と聞き、一気に顔色が青ざめたような気がした。内臓も熱を奪われたように冷たい血が流れる感覚がした。そろりと玄関に向かった。

 

「眞一くん」

そこには木原のお母さんがいた。顔には焦りの色が見えた。

 

「るなを知らない?確か眞一くんの家に行くって言っていたんだけど..」

「るななら、3時くらいに帰りましたけど....」

 

そう言うと、木原のお母さんは血相を変え、

「帰ってきてないのよ!もうこんなに暗いのに...どうしたのかしら!」

「え、、」

 

るなはウチを出てから家に帰っていないらしい。眞一の頭の中は良くない考えが巡っていた。

 

「眞一くん、るなが何処へ行ったか聞いていない?!」

「聞いて、ないです。....ごめんなさい」

「..そう。どうしたのかしら。警察に相談したほうがいいのかしら..」

 

こんなに困惑した木原の母は初めて見る。普段はるなのように楽天家で自分にも優しく接してくれる人である。それがこんなに取り乱すということは異常な事態ということだ。眞一は、重い口を開いた。

 

「おばさん、実は...」

 

いいかけたところに息を切らして婦人が走ってきた。

 

「はぁはぁはぁはぁ..眞一くん、って木原さん。もしかして...」

「えっ、瑠奈ちゃんももしかして家に帰っていないの!?」

「そう、そうなのよ..寄り道なんかするような子じゃないのに。何処へ行っちゃったんだろう..もしかして人攫いにあったんじゃ」

 

現れたのは桑野のお母さんだった。同じく瑠奈も家に帰っていないらしい。眞一は残念な確信をした。

 

「あの、木原のおばさんも桑野のおばさんも聞いてください....実は今日2人は凄い喧嘩をして....俺止めたんですけど、上手く...いかなくて、もしかしたら2人はその続きをしてるんじゃないかなって....」

「「えっ」」

 

「それは本当なの!?眞一くん」「瑠奈がるなちゃんと喧嘩だなんて」と2人は混乱していた。眞一はただ肯定するしかなかった。とは、いえ2人の所在を知るわけがなく眞一は2人と大人たちを含め村中を探した。なんの手がかりもなく、学校や遊び場などをあちこち捜索したが見つからなかった。

 

「どうしよう、どこへ行っちゃったの...あの子が居なくなったら私...」

 

そんな言葉に眞一はかける言葉が見つからなかった。夏とはいえ辺りは真っ暗になり余計捜索が難しくなった。

 

「もう遅いし、警察に相談して明日また探そうか」

ある大人がそんなことを言うと、瑠奈の母は泣き出しそうに

「そんな!あともう少しだけっ。瑠奈ちゃん、暗くなって怖いだろうし、お腹空いてるかもしれない...」

 

そんな様子を見て、眞一はふと思いついた。

 

「すいません。最後に竹林を探しませんか?」

「竹林っていうと、あそこのかい?脱走ってわけじゃないし、それにこんなに暗いし」

「お願いします!少し探してダメだったらそれでもいいんで!」

眞一は頭を下げてお願いした。

「私からもお願いします...どうかるなを見つけてください」

 

木原のお母さんも頭を下げ、今日最後に竹林を探すことになった。

眞一は大きな声で「るなー」と叫ぶが辺りは殺風景で返答も無かった。懐中電灯を持ちながら茂みを掻き分け進む、見えてくるのは竹藪ばかりであった。

 

「るなー」

 

さらに進むと、黒い影が前方に見えた。その影に向かうと人であることが分かった。るなだろうか、それとも瑠奈だろうか。どちらでもいい、どちらかが助かっていたら、高まった動悸を落ち着かせることができるような気がした。

 

「るな、そこにいるのか!?」

「!?」

 

その影は驚いたように見えた。眞一は懐中電灯をかざし、その人影に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは木原るなだった。

 

「るな!」

眞一はるなのもとに駆け寄り抱きついた。しかし、るなの反応は予想外のものだった。

 

「え!?誰ですか、やめてください!、怖い!」

「えっ、るな...?」

「"ルナ“って誰ですか?」

 

眞一は訳が分からなかった。自分の名前を誰と言っているのだ。冗談だと思ったが、るなは困惑していた。

 

「眞一、見つかったのか?」

『おーい、木原さんところのるなちゃんが見つかったみたいだぞー』

 

そうこうしていると、父たちが応援に来た。

 

「お父さん、る、るなが..るなが」

「見つかったな。偉かったな。」

 

そうじゃない。見つけたこともそうだが、もっと大きなことを伝えたかったが眞一の整理がつかなかった。

 

「るな!もう馬鹿、心配したんだから...でも良かった、無事で」

「お母さん...ここはどこ、ルナって誰?」

「え?るな、何言ってるのよ。冗談でも笑えないわよ、」

「分かんない...分かんない分かんない。みんな言ってることが分からないよ!」

 

母の腕に抱かれ、るなは泣いてしまった。

錯綜したまま捜索は終わった。

********

あれから3ヶ月が経った。夏休みも終え、二学期が幕を開けたわけだが学生相談室には水島先生の他に新たなメンバーが加わった。

 

「るな、水島先生だよ。覚えてるかい」

るなはふるふると横に首を振った。

「...」

「私はここの先生の水島です。木原さんよろしくね。」

「..(こく)」

 

2人の失踪、それがもたらしたものは大きかった。木原るなは発見されたが、病院での精密検査の結果記憶喪失と判定された。原因は不明だが、ショック性の記憶喪失だそうだ。明るかった性格も一変して、極度の人見知りとなり眞一の側にずっといる。眞一がトイレの時も犬のように入り口で待つなど、まだまだ元の生活に戻るのは難しいようだ。

眞一はというと、るなと同棲をはじめた。記憶喪失とはいえ、許婚であることは変わらず記憶を取り戻すきっかけになればと先月からるながうちへとやってきた。折り合いの悪かった麻莉とも上手く接していて、るなとはまた違う女の子と暮らしているような気分である。

 桑野瑠奈は残念ながら今もなお行方をくらましている。桑野のお母さんは今でも村じゅうを探し回っているのを見る。残念ながら竹林で何が起きたのか今も分かっていない。眞一は決断を誤った罪悪感に満たされていた。今自分にできることはるなのそばにいること。眞一は自分に言い聞かせ、学校や村でるなの世話をしている。

 

水島は眞一の肩をポンと叩いた。

「覆水盆に返らずだ。前を向いて進んでいこう」

「...はい」

 

「シンイチは教室で、授業、しないの....?」

「うん。ずっとここで受けてたからこれからはるなと一緒だよ」

 

るなは眞一のことを「シンイチ」と呼んでいる。思えば、るなが「シン」と呼んでいたのも「シンイチ」と呼ぶのが長いからだった。

 

「えへへ、嬉しい。シンイチと、授業。」

るなの無邪気な笑顔を見ると罪悪感が込み上げてくる。

 

「ごめんな。るな...」

 

それは眞一の口癖のようなものになっていた。るなは聞き飽きているかもしれないが、眞一には何度謝っても償い切れないものであった。

「シンイチ、もう謝らなくて、いいよ」

るなが慰める、るなは「だって」と続け

 

「"シン"とやっと結ばれたんだもん。本当の"ルナ"になれたんだよ。」

「....え?今なんて。」

「...?シンイチ?」

「いや、何でもない」

 

村には北風が吹き込みはじめ、また新たな季節が巡ってくる

 

fin




閲覧ありがとうございました。
衝撃のラストだったでしょうか?本当は終戦の日に書き上げたかったのですが、立て込んでおりまして今日となりました。
1話が2018年執筆と約2年もかかったわけですが応援してくださりありがとうございました。
今後も摂氏0℃や短編集をよろしくお願いします。
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